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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第3章:世界の終わりも半ばを過ぎて
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第四幕-1

「アマデウス…無事で良かった。西方への休暇は楽しめたか?」


「デルンの2日以外…冗談でも休みなんて言えなかったよ…でも、良い経験は出来たかな?野宿とか…」


「野宿って…まぁ、いいか。取り敢えず、その報告書と共に色々聴かせてもらおう」


 西方での任務から単独で帰還する事になったアマデウスは、5月30日の昼間に帝都デルンに帰還した。2日の休暇を得た彼は、報告書を携えてカイムの執務室へ向かった。

 勿論、部屋の主であるカイムは彼の帰還に喜んだ。再会を喜び抱き合うと直ぐに、彼等は仕事を始めようとした。

 執務室にギラの姿がなく、彼は長机の上の山の様な書類と格闘を始めた。それを見たアマデウスは、仕方無いとでも言いたげな面倒見の良い表情を浮かべそれを手伝った。


「カイム、大丈夫?」


「大丈夫だ。デルン郊外に銃器と弾丸の工場が本格的に稼働も始めた。第2期訓練生も卒業して、ハルトヴィヒの志木で前線配置。3期生の訓練も…」


 若干早口で説明するカイムに、アマデウスは肩を叩いて落ち着かせた。彼と顔を見合わせたアマデウスは、その目の下にうっすらとクマが出来ているのに気付いた。


「カイム…また寝て無いのかい?確かに、君の体は確かに比較的睡眠は要らないよ。でも、何事にも限度が有るよ!少しは休まなきゃ」


 カイムの頬に手を添え親指でクマを撫でる彼に、撫でられた本人は溜め息混じりに彼の手を気だるげに払った。


「言っても休んでる方だ。少し前はもっと酷かった。各地から送られる兵員の報告書の確認、兵科配属の調整と親衛隊の訓練視察。工場の稼働式典の演説。前線兵員への激励。住人への演説。ゲーテ教皇…今はアーデルハイトか…彼女への従軍司祭の調整…」


 処理しきった仕事を挙げながら、カイムは最後の書類をどかすとソファに腰を下ろした。


「ギラにも"休むのも仕事の内だ"って言われたよ」


「あぁ、アロイス君から聞いたよ。カイムも隅に置けないよね…まさか、あれだけ拒んでたのにねぇ…そのクマが薄くなったのは彼女のお陰かい?」


 うっすらと笑みを浮かべるアマデウスに、顔を真っ赤にしたカイムは書類を丸めて彼の頭を軽く叩いた。


「ギっ、ギラは城だよ!書類を届けに行ってる!それに、あの時は…」


「良いんだよカイム…君だって男だろ。ただ、今まで頑張った。これでもう、体に無理無茶を掛けられないね。僕としては良い事だよ」


 言い訳をしどろもどろに言おうとしたカイムに、アマデウスは暖かい目で彼を見詰めると何度も頷いた。


「ただ、殿下とヴァレンティーネさんには知らせない方が良いと思う」


「ヴァレンティーネはまだしも、アポロニア?何で彼女の名前が出てくる?」


「解んないなら良いよ…」


 アマデウスの付け足した言葉にカイムが疑問の返答をすると、彼はそっぽを見ながら書類を渡した。

 その書類を見たカイムは、目の色をカイム個人から総統の色へ変えた。雰囲気が替わった事で、アマデウスは片手で渡そうとした書類を両手に持ち変えた。それを受け取ったカイムは、ひたすらにそれを読み続けた。

 完全に読みきったカイムは、その内容に軽く溜め息をつくと、いつの間にか置かれていたコーヒーに手を付けた。


「アンハルト=デッサウ…議会の時の死霊族の人か。何か野心家っぽい感じだったけど、まさか西方貴族も偽旗作戦ってどうなんだ?」


「でも、作戦は決行されるのは確実だよ。だからブリギッタが同行したんだよ。ヴァレンティーネさんが班長である以上、絶対に彼女達は"ガルツの宵"に首を突っ込む筈だから」


「ブリギッタは…所々抜けてるけど、1周回って有能だからな。きっと全員回収して戻る筈だ…全員帰還するのは、6月22日くらい…ね」


 未だに西方で行動を続ける工作班と、彼女等の救出に向かったブリギッタの無事だった場合の予定を読み、カイムは頭を掻いた。


「書いてある通り、あくまでも予想だよ。それでも、南方との宣戦布告には間に合わないね。ギラさんが届けた書類って…」


「開戦の為の議会召集と、ラインの守り作戦後の攻勢作戦会議の書類」


 退かした書類の中から、カイムはその書類を取り出し机に並べた。その内容は、カイムの言った通りであった。だが、アマデウスはその中の攻勢作戦という言葉に目を丸くした。


「攻勢って…軍事に素人の僕でも、攻勢が無理なのは解るよ!なのに…本気かい?」


「各将兵から、今までの帝国の軍の管理方法を改めて聞いたんだ。基本的には貴族1人が将となって管理する。その軍が得た戦果がそのまま報酬に直結するから、各軍は協力したがらない。報酬どころじゃない東や北、ニースヴァイセン州ならともかく、戦災の無い南は絶対にその運用方を通す筈だって」


 驚くアマデウスに、カイムは大陸地図を取り出しながら説明をした。


「前段作戦として、ライン川の橋を確保し3つを落とした。残ったこの橋で防衛戦をし、取り敢えず軍を1つ抑える」


 地図のライン川に架かる4つの橋の内、西側の2つと東の1つにペンで印をつけた。残った1つに丸を書き、机に乱雑に置かれた兵棋を1つ取って橋に置いた。


「ペルファル准将の砲兵隊の訓練が予想以上に上手く行ってるから、ここに砲兵も移動させる。南方の橋桁から800m先に着弾するように砲撃し、橋に入ってきた者は機銃掃射で撃退する。奴等の軍組織は横並びだから、絶対に救援は求めないし、敗北を隠そうとする。初撃を防げば、何も知らない敵に奇襲が出来る」


 南方の兵棋を配置しながら説明を聞いていたアマデウスだったが、地図に書き加えられていた名前に頭を抱えた。


「カイム…君の居た世界は川や山だけじゃなく、橋にまで名前を付けるのか?」


「そうだよ。落とした橋も、戦後再建するんだから必要だろ?」


「だからって…何でルーデンドルフ橋なんだよ!」


 なんて事の無いように説明をするカイムに、兵棋を並べられた橋を指差してアマデウスが言った。彼の言葉通り、橋にはルーデンドルフと名前が書かれており、他の橋にもガルツァー橋等名前が書き加えられていた。


「有名な橋が有るんだよ。丁度同じ名前だし、この橋を通って君は南へ交渉に行くんだから」


 軽く言い訳を言うと、カイムは更に書類の山から紙を1束取り出した。


「"陸戦における捕虜と市民の取り扱い。それに伴う市街戦と都市周辺における戦闘規定について"ね…」


「差別思想とか何とか第一主義とかは、市民や捕虜への虐殺を生みかねないからな」


 帝国を2分する内戦における帝国側の要求規定を書いた書類をアマデウスは読み始めた。内容としては至って普通であり、白旗は降伏を表し赤十字旗は医療施設を表し攻撃してはならない等だった。

 それを納得して読む彼だったが、それを見詰めるカイムの視線が気になった。


「どうしたの?」


「いやっ…そのっ…白旗が降伏とか、赤十字が病院とか医療を表すっていうのは、私がもと居た世界と同じなんだ。それが気になってから解ったんだ。この世界の技術関係は滅茶苦茶なんだよ」


 アマデウスの疑問に首を撫でるカイムは、 口を曲げ天井を見上げた。


「そもそも、300m近くある川に橋を架ける技術が有る。しかも多くの部分に鉄が使われている。時計もそうだ。そんな考えが少し気になってな…」


 カイムの疑問にも、彼はしばらく黙って返すしかなかった。


「カイムのもと居た世界にも、"失われた技術"って有ったでしょ?ダマスカス鋼だっけ?それと同じかもね…もしかしたら、昔の魔族はカイムの世界みたいな技術が有ったりして…」


「そんな歴史も、侵略で炎の中…燃えカスだけで生き証人も書物もない。全ては空想の中か…」


 アマデウスの曖昧な返答に彼は呟いた。瞳を閉じて瞑想しようにも、過去の記憶は何のヒントにもならず、カイムは考えるだけ面倒になった。


「マーデン=カールスベルク州のウルムガルトで交渉ね…ラインを挟んで反対側でも、地図見ると結構遠くないかい?」


「期日は6月10日だ。ブリッツ(トラック)を走らせれば帝都から片道6日の旅だ」


「いやっ、運転手がさ…」


「リヒャルダじゃないから安心しろ…」


 不安の表情を見せたアマデウスの理由に、カイムは総統として張った気が抜けながら答えた。

 南方の使者との交渉は、ニースヴァイセン州のしたにあるマーデン=カールスベルク州のウルムガルトで行うと、使者に対してアマデウスは答えていた。

 デルンから直線距離が近いという理由でその場所を決定したが、アマデウスからすると帝都どころか州の南方に出向くという事自体が後悔の種だった。


「なら、もう出発するべきかい?」


「そうだな…本当なら私が行くべき何だけどな」


「ばっ、馬鹿言っちゃいけないよ!君に何かあった、それこそおしまいだよ!君は軍の総大将なんだろ?なら…せめてライン川までだよ」


 カイムの戦意に立ち上がって文句を言うと、アマデウスは書類を纏めて鞄に押し込んだ。彼の反応に、カイムは言葉を掛けようとした。だが、アマデウスはそそくさと扉に向かった。


「戦場で戦うだけが英雄じゃないし、何より君は英雄じゃない。総統だろ?なら立場を考えて行動しなきゃ…君が変な気を起こす前に僕は行くよ」


 そう言って、アマデウスは執務室を去った。


「何だかな…書類だ演説だ激励だばかりで、何もしていないじゃないか…これじゃ…」


「そんな激務の日々で戦闘もやってギラさんの相手までしてたら、帝国統一前に死んじゃうでしょ!」


 カイムの独り言に、去った筈のアマデウスが扉の隙間から文句を言った。

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