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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第3章:世界の終わりも半ばを過ぎて
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第三幕-4

「ゾっ、ゾエ見てくれ傑作だぞ!あの豚共が髭爺に粛清されてるんだと!何て馬鹿馬鹿しくて笑える喜劇だ!」


 移動途中の馬車の中で、アンハルトが爆笑しながらゾエに書類を渡した。その書類を受け取りながら、既に知っている書類の内容を軽く眺めると、真顔で彼を見詰めた。

 移動途中に娯楽が少なく、いい加減馬車の中の面子が退屈していた事は彼も解っていた。だからこそ、途中休憩の時に渡された報告書はありがたく、彼女の反応は彼に喜びを与えた。


「そうだろう、そうだろう!特にあの幼女趣味のカッテ卿が"財の1部を孤児院に寄付"だとさ!買い取りの間違いだろって!」


 彼の言葉に頷くゾエの反応に気分が良くなったのか、アンハルトは笑いながら膝を叩いた。

 おぞましい内容の報告書で和やかな雰囲気を放つ2人は、車内の隅で気まずそうにする1人の騎士にも報告書を渡した。

 彼もアンハルトと同じ死人族と言われる青白い肌の若者だった。主にも劣らない伊達男だったが、整った眉は不満気に寄り、瞳はジト目になっていた。


「すみません御二方…俺も居るのに、2人だけの世界に入らないで頂きたい。独り身の虚しさとか、幸せへの嫉妬とか、疎外感で悲しいんですよ」


 鷲鼻を軽く掻くと、彼は書類を受け取り不機嫌そうにそれを振った。


「2人だけの世界って…そんなのは無いぞ」


「何が無いですか…俺にはゾエさんが真顔にしか見えないし、若様の"そうだろう、そうだろう!"も、何が"そう"なのか解りませんよ!」


 否定するアンハルトに不貞腐れる騎士は、彼の口真似をすると黙って書類を眺め始めた。

 そんな独り身の僻みに、ゾエは口角を上げ笑おうとした。だが、その笑みは作り笑い所か笑おうとしているとも思えない歪な物だった。


「私は昔から感情表現が下手なんです。それこそ、若様にゾエと名付けられる前、若様がアンハルト=デッサウになる前からです。そんな奇妙な悪魔の私を若様は理解しようと、毎日後ろを付いてきてくれたんです」


 抑揚の無い棒読みで語る彼女は慎ましい胸の前で手を組むと、アンハルトに一瞬で迫った。


「"僕ね、お姉ちゃんの気持ちが解る様になりたい!だからお姉ちゃんの事ずっと見てるよ!"」


「止めろゾエ!そんな昔の事話して何になる!」


 幼い日の彼を真似た言葉は、真顔でこそあるが感情が篭っていた。目の前で幼い日の自分を熱演され、嘗ての自分の恥ずかしい記憶を思い出したアンハルトは、顔を赤くして即座に彼女の発言を止めた。

 そのやり取りの横で、騎士の男は笑うより先に驚きの表現を浮かべ、開いた口が塞がらなかった。


「えっ、ゾエさんって悪魔族なんですか?というか、若様より年上?」


 緑の瞳を丸くする彼に、ゾエは朱色の癖毛をつかむと瘤にも見えるサイの様な角を見せた。


「私、癖毛で毛量多いから隠れるんですよ。それに、赤髪が全員吸血族じゃないのです」


 手を離し髪を整えると、彼女はいつの間にか顔を両手で覆い隠し小さくなっているアンハルトをそのまま抱き締めた。


「親離れ出来ない若様は、私みたいな年上で包容力ある女性が好みなんですよ。良かったですね。好みの女性に全力で愛されて…」


「成る程…そういえば若様が言い寄った女性は全員年上だな…昨晩、宿で言い寄って振られたキュヒラー卿の娘さんも…」


「もう止めてくれ…」


 2人からいじりこかされたアンハルトは、手を顔から離せないほど恥ずかしさを感じ、絞り出された声も震えていた。

 騎士の告げ口にゾエが片眉をあげると、自分の腕の中で恥ずかしさに震える彼を宥めるように彼の頭を優しく撫でた。


「よしよし、若様は何も悪く無いですよ。格好付ける時に、恥ずかしさが残るから様にならないだけですよ。私、貴方の事は全部解ってますから」


「悪かったから…謝るから……それ以上は勘弁してくれ…」


 再びイチャ付く2人を騎士は微笑ましく思えた。そんな彼女等を置いて、彼は渡された書類を改めて読み始めた。

 内容は、5月26日頃から突然多発し始めた貴族や商人の暗殺についてであった。彼も暗殺が多発している事は知っていたが、報告書には更に詳細が書かれていた。暗殺の対象とされた者の半数以上は南方に協力的な貴族や商人だった。だが、残りは後ろ暗いだけで南方と関わり無い者ばかりだった。

 それだけならば大した問題でも無かったが、その死体の状態が問題となっていた。どの死体も、全裸にされ頭皮を削がれた挙げ句刃物で罵倒や裏切り者等と言った言葉が刻まれ、最上階級者には額にザクセンの家紋と彼を裏切った謝罪文が首から下げられていた。

 殺し方も最初は心臓を1刺しという比較的良心的な方法だった。だが、8件名を越える頃には全員全身をズタズタにされるのが普通となっており、必ず1人頭蓋骨を完膚無きまでに叩き潰されていた。

 全ての暗殺に唯一共通しているのは、暗殺者達はザクセン=ラウエンブルクの為に行動していると主張しているという事である。


「君としては、この暗殺をどう思う」


 書類をまじまじと見詰めて捲る彼に、アンハルトは疑問を投げ掛けた。そのまま声は、先程までのだらけた口調から、組織の長としての威厳があった。


「そうですね…一見すれば、確かにあの髭爺が命令しそうでもありますね。あの髭は金については言及しないらしいですけど、女だ土地だには五月蝿いらしいですし…ルッツ卿なんて妾を大量に持ちすぎて、血統主義のテンペルホーフに疎まれてたとか」


「流石、南方出身。聞いて良かった」


 的確に答える騎士に頷くと、アンハルトは率直な感想を述べた。


「そんな横暴がまかり通るから、家族全員で逃げて来たんですよ…野を越え山越え、谷越え検問越えて…まぁ、全員無事だから今となれば良い経験ですけど」


 悪意の感じない口調であった事から、彼は気軽に返すとアンハルトを折檻しようとするゾエを止めた。


「それでも、この一連の暗殺は不自然ですよ。あまりに突然過ぎる。議会での騒動や南北内戦の話を踏まえてもおかしい。いくら南方が戦力的に余裕が有っても、こんな事すれば民や穏健派といえど悪感情を持ちます」


 言い切ると、彼は片手を顎に置き唸りながら窓の外を見た。日の光を受け輝く海岸を見詰める彼は、何かを思い付くと足元に視線を移した。


「まるで…誰かが意図的に南方へ悪感情を植え付けようとしてる?」


 彼の結論は曖昧さがは含まれていたが、殆ど断言に近かった。


「だろうな」


「でしょうね」


 そんな彼に同意する2人は声を揃えて同意した。


「そうなると、やっぱり帝都の総統君の指示かな。北方の連中じゃあ思い付きもしないだろうし…いや、この国の全員か?」


「若様は違うので?」


「なら2人か…しくじれば大悪党だと言うのに、彼も中々度胸の有る決断をするものだ。僕ならも少し悩んだ」


 そう言うと、アンハルトは騎士からゾエに視線を向けて座席脇からファイルを出した。


「なら折角だし、総統の忠犬にも"ガルツの宵"に協力して貰うか」


 彼の取り出したファイルの中身は数枚の書類であり、"ガルツの宵作戦"と名付けられていた。色で塗り潰されたり、線の書かれたフェルラント州の地図を眺める彼は他の州との境を指差した。


「ゾエ、兵の配置は?」


「州境には既に配置されているはずです。作戦開始前日にはライヒェンバッハ=レッソニッツ卿とオイゲン卿の軍と共同で封鎖が始まります」


 アンハルトへゾエが地図の位置を指差しながら答えると、彼は議事堂の全体図を取り出した。


「議事堂の配置を薄くしてくれ。出来た余剰戦力はザールリンゲンの街に…市民に偽装して配置だな。きっと彼等も行動を起こすだろうからな。ゾエも街に出て、彼等と接触してみてくれ」


「協力するので?」


「まさか…逃げるのを手伝うだけさ」


 若干数とはいえ突然の配置転換に、騎士は驚きの表情を浮かべた。彼の疑問に帝国西海岸を眺めるアンハルトは呟いた。

 この海の向こう側に、自分達を苦しめるヒト族やエルフ、ドワーフ等が居ると考えた彼は不思議と体が強張った。


「大丈夫…大丈夫ですよ若様…」


 ゾエの言葉に頷くと、彼は書類へ書き足すとファイルをしまった。


「さて予定通り4日前にザールリンゲン到着ですか。午後になっちゃいましたけどね…」


 騎士が窓の外を見かなら言うと、棚に置いていたヘルムを被り前面を閉じた。


「それと…若様、いつまで抱き締められてるんですか?ゾエさんも…いつまで頭撫でてるんですか?」


 彼の言葉に、アンハルトは慌てて自身の席に戻ろうとした。


「おっ、おいゾエ!放せ!人に見られるだろ!」


「後少しだけ。これから忙しく成るんですから…」


 だが、我が儘を言って放そうとしないゾエによって彼は数分間格闘する事となった。

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