第三幕-3
ガルツ帝国西部は、比較的緩やかな気象変化をする土地であり、豊かな自然と山林が特徴である。
山はそこまで標高が高くなく、平地も多い事から山脈の壁のある東部とは違い移動に難がなかった。そんな西部のフェルラント州へ至る林道の外れに1台の馬車が止まっていた。一見すればただの休憩にも見えなくない。
だが、その馬車や木々の影に隠された惨状は誰が見ても言葉を失う物だった。
「貴方達!1人100枚、ザクセン派のクズの頭の皮を剥ぎなさい!貴方達を指揮して生かす私への"個人的な借り"を返しなさい!」
ナイフ片手に別な作業をしようとするヴァレンティーネは、班員2人に指示を出すと1人の男に歩み寄った。
そのゴブリンの男は両手を頭の後ろで組み跪かされており、助けを求めて横の騎士2人に視線を向けるた。だが、2人は目の前で頭の皮を剥がされる仲間の死体を涙目で見つめていた。
「貴様!自分達が何をしているか解っているのか!私は帝国…」
「ザクセンとか言うクズに協力するゴミのルックでしたか?まぁ、ウジ虫の事なんてどうでも良いですわね…」
ルックの言葉を遮ると、紺のハンチング帽にオリーブ色のジャケットで4つの腕を隠し、茶色のズボンと運動靴という動きやすい格好の彼女は、片手で親衛隊ナイフを遊ばせると彼の前で止まった。
彼がこの様な目に会っているのは、人通りの少ない林道の近道を通った為であった。その林道を少し進むと、溝に嵌まって動けなくなった馬車と数人の騎士が立っていた。その騎士は所属する家の家紋等が無い傭兵で、立ち往生する馬車を横並びで見つめていた。
「おい!どうしたんだ?何があった?」
先頭を進むルックの騎士が声を掛けて止まると、馬車隊が止まった。
それを合図に振り返った3人の手には、細身のサブマシンガンが握られており、腰だめで乱射された弾丸は騎士達を容赦無く引き裂いた。騎士達は鎧ごとその下の肉や皮が千切れとび落馬したり、馬が数ヵ所の孔を開け嘶き振り落とされて首の骨を折るなどで即死させられた。
十数人いた護衛は殿2人を残し壊滅すると、逃げ出そうとした2人も馬を撃たれ落馬し動けなくなった。
馬車の中で奇跡的に生存できたルックは、撃たれた右足を引きずり中から這い出すと惨状に驚いた。
そして死体も孔だらけの馬車も何もかもが、人の来ない林道外れに運び出されたのだった。
「成る程そうか…解ったぞ!お前達がこの頃我等の同胞を虐殺している連中か!やはり閣下を名誉を汚そうとする悪人共か!」
「そこの騎士!こっちへ来なさい」
突っ掛かるルックを無視すると、ヴァレンティーネは生存していたハーピィの騎士へ呼び掛けた。
彼は立ち上がろうとしなかったが、ラーレに背中を蹴り飛ばされると立ち上がり、彼女の前にたった。
「立場が解ってないのね…跪け!」
そう彼女が叫ぶと、ラーレが左手の角材を騎士の右膝へフルスイングした。セロリの折れる様な軽い音と共に、騎士の膝の稼働範囲が増え反対に曲がった。砕けた骨が膝裏を突き破り、骨の1部と共に血が吹き出した。
「うっ、ぐぅあぁっ、んにぃいあぁ!」
「ラーレ…少しやり過ぎですわ。でも、良くやりましたわ」
ヴァレンティーネは左右で前後逆に膝を曲げる騎士に満足した表情を浮かべると、遊ばせていたナイフをしまい声にならない悲鳴をあげる騎士の前に立った。
「痛いのは解りますが、私の話に答えて下さいましね?貴方、私達の事を知ってますか?」
「ふっ…うっ…西の…街で、ザクセン=ラウエンブルクの…名を騙り仲間を虐殺する…人でなし…」
その言葉に、工作班全員が短い歓声を上げるた。ヴァレンティーネも見事と言うように両手を広げた。
「知っての通り、私達は捕虜を捕りませんわ。ザクセン派に地獄の片道券を売るのが仕事ですわ。繁盛してますのよ」
その言葉に、さらに工作班達が歓声を上げると彼女は手を挙げて礼を表した。
「貴方の始末は2つに1つ。殺すか、逃がすか。ここから生き延びられるかは、貴方次第ですのよ?」
そう言うと、彼女は騎士に視線を合わせるようしゃがみ、ハンチング帽を斜めに被り直した。
「この先にあるフェルラントに議事がありますわ…緊急議会には貴方達のようなザクセン派も全員出席するのでしょう?熟練の騎士には、私達のような南の荒くれ者を取り押さえるのは朝飯前でしょう…」
笑顔で語るヴァレンティーネは、突然のその笑みを消し騎士に真顔で詰め寄った。
その真顔は剥き出しの殺意をばら撒いており、彼は一瞬痛みを忘れた。
「この先もザワークラウトが食べたいなら、この座席表で彼等の席を教えなさい!ついでに護衛の位置と人数、装備も教えなさい!」
彼女はポケットから血の付いた議事堂の座席表を取り出し、落ち葉や雑草の上に広げた。その座席表を苦悶の表情で見詰める騎士は、深く息を吐くと余裕の笑みを浮かべた。
「同胞や貴族方を危険に晒す情報は教えられんな、下衆の小娘…」
侮蔑を含む薄ら笑いを浮かべた彼に、彼女は軽く溜め息をついて肩を竦めた。
「そう言うと思ってましたが、それは間違いですわ…」
そう言うと、彼女は帽子を外して投げる足元に投げると彼を8つの目全てで睨み付けた。
「私は、ノコノコやって来るお客様の座席が知りたいのです。さっさと教えなさい。貴方の指で、この座席表に、護衛の人数と装備も教えなさい」
所々を強調するヴァレンティーネに、騎士は苦悶の表情でゆっくりと右手を動かすと胸元に手を当てた。
「謹んで、御断り申し上げる…」
その言葉が全員の耳に伝わると、近くの洞穴から岩を叩く音が響いた。その音にルックと騎士達はその洞穴へ視線を向けると、中からゆっくりとラーレが出て来た。
だが、彼女は先程と違い片手に角材では無く別の物を持って岩の床を叩いていた。それはこの国では廃れてしまったスポーツ用品だった。
「貴方…群れの死体でこの頃1つ特徴有りませんでした?」
「頭を…叩き潰されているのが1つだけある…と」
その回答にヴァレンティーネな笑顔を浮かべ満足そうに頷いた。
「そうなんですの!内のラーレは球技が得意で軟式野球が趣味なんですの。でも彼女、何故か金属製じゃなく木製バットを使うんですの!今は特別に、貴方達害獣の頭をかっ飛ばすのに使用を許可してますの!」
立ち上がりジェスチャー混じりに説明すると、彼女は再び騎士の視線に合わせてしゃがんだ。
「野球バットで脳みそを叩き潰しますわ。もう一度聞きます。謹んで御断りするなら、彼女が我が商品を御提供いたしますわ」
うっすらと微笑む彼女は、改めて座席表を指差した。
「貴方のその細い指で、私の知りたい場所を示せ!」
ハチャメチャな丁寧語を忘れ、彼女は騎士に回答を迫った。
そして騎士は、勿体つけると口を開いた。
「糞喰らえ!帝都のあばずれの犬め!」
彼の暴言に、班員全員が爆笑するとヴァレンティーネは腹を抱えて立ち上がった。
「良く言ってくれた!ゴミ屑害獣がくたばるのは見物だからな!ラーレ!後はお願いしますわ。彼、南の馬鹿の為に死にたいんですって!」
その言葉に周りから歓声や口笛を受けて、慈愛を感じさせる垂れ目に肩で切り揃えられた髪を振って、ホームランバッターが騎士の前に立った。紅潮した頬が白い肌に映え、独特な艶やかさを放っていた。
だが、ルックや騎士はそんな感想は二の次で彼女の姿に恐怖しか感じなかった。彼女のバットは、返り血を浴びすぎて元の色が解らない程赤黒く変色していた。
「閣下や殿下を侮辱しましたね?」
「事実を言っただけだ」
バットで頬を軽く叩き聞いた彼女の言葉に、騎士は静かに答えた。彼の返答に数回頷くと、彼女は綺麗なバッティングフォームで騎士の頭を吹き飛ばした。
バットの直撃した左側頭部を粉々にし、頭蓋骨の破片と脳を混ぜながら、騎士は痙攣して倒れ込んだ。その騎士にまだ足らないとばかりに、ラーレは彼を跨ぐと頭が潰れて無くなるまでそのバットを振り下ろした。
スイカが割れるような音から、トマトを潰すような音になるまで続くバッティングの度に、ルックと騎士は身を震わせた。
「スゲーだろ?流石の4番打者だよな」
震えて涙目の2人にゲオルグが囁いた。その言葉や目の前で誰だか解らなくなった友人が堪えたのか、騎士は泣き出し始めた。
「見たか!これが場外ホームランだ!」
白い肌に返り血を撒きながら、ラーレは満面の笑みで叫んだ。そのまま怯える2人に視線を向けると、騎士にバットを向けた。
「2番!ほら来い!」
その言葉に耐えられなかっな騎士は、逃げようと走り出しゲオルグに撃ち殺された。
「馬鹿…直ぐ殺しては駄目でしょう?」
ゲオルグに注意すると、ヴァレンティーネはルックを来させるよう促した。
彼女の前で跪く彼の後ろにすかさずラーレが立つと、彼は恐怖で嗚咽をした。
「少しでも生きたい?」
「殺さないで下さい!」
「配置は?」
「ここです!全員固まってます!」
「護衛は?」
「1人帯剣した騎士2人まで。でも、全員待機室です!」
彼女の質問に全て即答するルックに、工作班全員が侮蔑の笑みを浮かべた。
笑みを浮かべて座席表に詳細を書き加えるヴァレンティーネは、鉛筆で数回座席表を叩いた。
「話して下さってありがとうございます!では、貴方を解放しますわ」
あっさりと解放すると言った彼女に、ルックは胸を撫で下ろした。だが、未だに消えない彼女の笑みに、不思議と彼は胸騒ぎを覚えた。
「ですが、私達の顔を見られて正体もばれましたから…対策しなければなりませんね…」
そう言うと、彼女は唐突にナイフを引き抜き彼の両目を切り裂いた。突然の行動に驚き、痛みに叫びを上げようとした彼の口に彼女のナイフが入ってきた。
そのナイフはルックの舌を舌根から切り取り、地面に落とした。
「んー!んんー!」
口の中に広がり脳を引き裂く程の激痛と、光を失った視界から、彼は口を押さえて唸る事しか出来なかった。
そんな彼の両腕を引き剥がし、ゲオルグが真っ直ぐ引き伸ばした。ルックは抵抗したが、騎士の頭皮を剥ぎ取る作業を終わらせたユッタとダニエルの3人がかりであり意味をなさなかった。
もがき苦しむ彼の口を開かせると、ヴァレンティーネが無数の布を突っ込んだ。
「慌てなくても、押さえていれば血は止まりましてよ…これで見付けることも、詳細を喋る事も出来ませんわね。けれど、紙に書かれると不味いですわ」
「迫撃打法!」
彼女の発言が終わると、ラーレがルックの肘を天高く打ち上げるようにへし折った。
ルックは脳が痛くなる程の激痛にのたうち回ると、小柄な体が仰向けの自分に乗った感覚を覚えた。
そして、彼は音さえも失った。
「さて、最後の仕上げと行きましょうか。しかし、散々民を苦しめてこれぐらいで苦しむとは…貴族っていうのも対した事ありませんわね」
そう言うと、ヴァレンティーネは痙攣するルックの額にナイフを当てた。ゆっくりと丁寧に刻まれる印は、ザクセンの家紋である龍であった。
「少尉、だんだん上達してきてますね」
ダニエルの感想に満足した彼女は、ナイフの血をルックのシャツて拭った。
「上達に必要な物は?」
彼女は立ち上がり、射殺した騎士に火を放つよう指示しながら彼に振り向いて言った。
「沢山の練習ですわ」
ブリギッタ達がその惨状を知るのは3日後の事だった。