第二幕-6
ビンテルまでの街道を進み半分程進み日も暮れ始めた所で、オイゲン等に客車に押し込まれたアマデウスとブリギッタは死にそうな顔をしていた。
「凄いですね。こんなに帝都が変わっているなんて知りませんでしたよ…街灯で街が明るいなんて、戦前だって珍しいのに」
「成る程、貴族では無く国が軍を一括で管理するのか。悪くない…むしろ良いな。南みたいに足並みが揃わない戦果主義は各個撃破を生んだからな…」
帝国の現状を知りたい三女や軍に関与している次女は、乗り合わせているアマデウスやブリギッタに質問攻めをした。
その為、2人は馬車で目の下のクマを取る事が出来なかった。船を漕いでも質問が飛んで来るため、避けられない以上は応答するしかなかった。結果的に早朝から丸1日話続けた2人は、限界を超えた疲労を前にむしろ気分が良くなりかけていた。
「おい、馬鹿な方の姉!そろそろ着くぞ!」
「お前なぁ、いくら幼馴染でもそんな事言っても良いのか?」
「お前の姉さんから、言って良いと言われてる。疲れ果ててる要人苛めはそれくらいにしろ!」
馬車を操るウズラの鳥人が、小窓から次女に文句を付けた。それを右側で伴走するネコの獣人の騎士が嗜めたが、彼は気にせずに良い放った。
「何だとお前!家の騎士だろ?もっと私に敬意を払え!」
「何だ馬鹿!非番の俺達引っ張り出して、やい"ビンテルに行くから馬車の用意と護衛の準備をしろ"って何だよ」
「軍人だろ?不測の事態に対処出来てこそだろ」
「兵を振り回すのを不測の事態とは言わない」
口喧嘩を始める彼等を見ていたアマデウスは、隣で船を漕いで涎を足らしかけるブリギッタに気付き起こそうとした。その彼の右手を三女が掴むと、頭を横に振った。
「ごめんなさい。私達舞い上がってしまって…だって帝国の新たな時代の目撃者になれるから…」
「目撃者じゃない…私達が帝国の明日を創るんだ」
ブリギッタを起こさない様に言った彼女の小声に、次女が訂正を入れた。ウインクさえする彼女の上機嫌さに、三女は微笑み背もたれに寄りかかった。
「本当に姉さんはあの方が好きなのですね。先の戦争でも帰還がずれたので慌ててましたし…」
「止めろ…未来の話をしてるのに、過去の話をするなよ…それに、あれは戦争じゃない。一方的な虐殺だ。誰が見たってそう言う」
三女の何気無い言葉は次女のトラウマに触れ、彼女の口調は少し荒れた。その反応に、戦場を経験していない2人は気まずく頭を下げた。
その反応に、嘗ての戦場を思いだし顔をしかめていた彼女は、はっとして顔の前で手を振った。
「いやっ、そういう積もりじゃなかったんだ。済まない」
そう言っても、車内に広まった暗い空気は流れ去る事は無かった。うっすら笑顔を浮かべていても、彼女の目は目の前の2人では無く嘗ての戦場を見ていた。
そんな車内に、窓を叩く音が聞こえると小窓からウズラの鳥人が小窓から顔を覗かせた。
「帝都の要人が居るんだ。エイフェルの馬車駅に偵察を送った方が良いんじゃないか?まさかとは思うが、南方の連中が居るかも知れん」
「そうだな。2人で良いと思う」
「解った。それと、明るい空気を砕くのはどうかと思うぞ。辛いのも解るがな…」
次女の反応に、一言付け足すと彼は早々に小窓から去った。
馬車の御者席に座り直すと、ウズラ男は左横の色黒のオーガとハーフリンクの2人に声を掛けた。
「2人共!先に馬車駅に偵察を頼む!観光じゃないんだから、ヤバかったら直ぐに戻って来いよ!」
「俺たちゃガキか!」
「もー!僕達子供じゃ無いよ!」
彼の子供に言うような言葉に、2人は文句を言うと馬を先へ急がせた。先へ2人が進んで行くと、馬車の背後を走っている死霊族の少女とゴルゴンの少女が横に付いた。
「2人より私達の方が良いのでは?あの2人は重要戦力ですよ」
「それに、私達小柄だし」
「何言ってんだよ、お前ら行っても騒いで見つかるだろ」
そんな2人の発言を右側の猫獣人が指摘すると、彼女達は静かになった。
そんな彼等の喋っている間に、偵察に行っていた筈の2人が早々に帰ってくると、ウズラ男の元へと向かって行った。そんな2人に怪訝な視線を向けるウズラ男は馬車を止めた。
「まさか…敵か?俺は予言なんて出来たのか」
御者席で驚く男の脛に、オーガが1発殴り付けハーフリンクは頭を抱えた。
「お前は何処の教皇だ!いきなりボケるな面倒臭い」
「敵じゃ無いけど、オイゲンの旗が立ってた。それにしては馬も3頭しか居ないからおかしいと思って」
脛を押さえるウズラ男はオーガを見詰め、猫の獣人を含めた護衛の面子はお互いを見あった。
「偽物って事は無いのか?」
「隊長さんよ、こいつはともかく…俺が見間違えると?」
「何か酷くない!僕だって視力良いんだぞ!」
「とにかく、オイゲンの旗が有るのに間違いないって事だな」
「馬3頭は少なすぎません?オイゲン卿は居ないんじゃないですか」
「なら誰が何で旗持って移動するの?」
護衛の騎士達が思い思いに意見を言うと、馬車から次女が羽角を立てて顔を出した。
「父ちゃんには護衛で姉さんが居たはずた。でも何でエイフェルの丘に居るんだ?」
彼女の発言に納得すると、全員は改めて馬車駅へ向かい始めた。
「何か問題が?」
「気にするな…多分姉さんが何かあって帰ってきたんだろう」
「先姉さまが?」
不穏な空気を感じたアマデウスが次女に尋ねたが、彼女は軽く返事をした。三女の疑問に緊急事態を感じた彼は、肩に寄りかかって爆睡するブリギッタの肩を揺すり起こした。
「にっ、にゃんだ?敵しゅうか?」
「解らないけどとにかく起きて。涎拭いて」
寝起きで呂律の回っていないブリギッタにハンカチを渡しながら、アマデウスは窓から少しでも情報を獲ようとした。
窓の外は日が落ち暗く、道の先の馬車駅の明かりが良く見えていた。そんな道を伏兵に警戒して近づくと、馬車駅の状態が良く見えてきた。
木造の駅は2階建てであり、横にある馬小屋には確かに3頭馬が入っていた。たが、全ての馬は素人目に見ても疲れはてており、これ以上は泡を吹いて倒れる様に見えた。
その馬小屋には確かにオイゲン家のフクロウともミミズクとも見える紋章が書かれた旗が立て掛けてあった。
そんな馬車駅の明かりの漏れる窓に、人影が揺れ動くと正面の扉が勢い良く開けられた。入り口前でそれに慌てた護衛全員が抜剣しようと腰に手を伸ばした。
「お前ら止めろ!抜くな!」
馬車の御者席からウズラ男が全員を止めると、急いで席から降りると跪いた。
扉から出て来たのは豊かな胸に括れた腰とスタイルの良い女性であり、腰まである白く長い髪には長い羽角を生やしていた。
「先姉さま!」
「姉さん…やっぱりか。私にも予知能力が…」
跪ずく護衛達の後で馬車を降りたオイゲン姉妹が口を揃えて声を上げると、姉と呼ばれた女性も驚きで黄色い目を丸くしていた。
「なっ!妹達…何でここに居る?」
「あれっ、隊長が居る」
「隊長に皆だ」
驚く長女の後ろから、筋肉質だが細身の金髪の悪魔とゴブリンの男2人が顔を覗かせた。
「お前達まで!」
立ち上がり護衛の隊員全員が再会に集まっていると、三姉妹もいつの間にか集まっていた。身長と髪や羽角の長さが上から順に長く、解りやすい等と詰まらない事をアマデウスが考えていると、彼女達がアマデウスとブリギッタを手招きした。
「初めまして。私はガルツ帝国国防陸軍…」
「ファルターメイヤー殿だろ?私も議会に居たから知っているよ。君は…初めてだな」
「ガルツ帝国宣伝相等をやってますアマデウス・ルーデンドルフです。今回はオイゲン卿に用事があって…」
ブリギッタの自己紹介やアマデウスの言葉を遮ると、長女は羽角を立てながら数回頷いた。
「妹達から大体聞いた。だがな、アマデウス殿…君達は西部から脱出すべきだ」
突然告げられた彼女の言葉に、アマデウス達2人どころか妹2人も驚いていた。
「先姉さま、どういう事です!」
「さっき言ったろ!破格の条件があるんだぞ!」
妹二人が主張する中、アマデウスは長女の焦るような態度に違和感を覚えた。その違和感は1つの可能性を思い付かせた。
「長女殿、オイゲン卿はビルテンとの事ですが…そちらで何か起きたのですか?」
アマデウスより先に、完璧に目覚めたブリギッタが長女へ歩み寄り問いかけた。その質問に数回頷くと、彼女は頭を抱えて星の輝く夜空を仰いだ。
「本日25日から、アンハルト=デッサウ殿の召集に応じた貴族で、西方議会を武力制圧する事が決定した。私は街に戻って軍をフェルラントのザールリンゲンに向ける指示を出そうとしていたのだ」
その言葉はアマデウスが何となく予想した事態であった。
そもそもグライフ作戦が、西方の帝国派市民や貴族に行動を促す為の偽旗作戦であり、行動を起こす可能性のある人物が居なければ計画さえされない物であった。
「議会の武力制圧って…ならザールリンゲンでは近く議会が行われるんですか?」
アマデウスの質問に長女は頷くと、今後を考える彼の視線から何かを理解した彼女は次女より鋭い視線を彼に向けた。
「6月7日に緊急議会が有るんだが…そこで決起を起こす予定だ。細かい計画は知らないが…」
彼女の言葉にアマデウスが右手で口元を押さえた。そんな彼をブリギッタが肘でこずくと耳打ちをしようとした。
「あの小娘達の分隊…いや班か?あれが行動を起こすのはノルデン=ヴェストエッセン州だったな。なら…」
「嗅ぎ付けると思うよ。王国派の商人襲撃とかでだろうけど。そして…議会襲撃に向かうだろうね」
小声で話す2人の会話を聞いていた長女は、きちんと聞いていなかった妹2人を馬車駅に向かわせると2人に歩み寄った。
「今の班とか襲撃とかって言うのはどういう事だ?ただの交渉のとは思えない内容だったが、まさか別に兵を忍ばせているのか?」
2人に迫る彼女の表情は鬼気迫る物であり、そのオーラのような物に全員が彼女を見ていた。その視線は現状の危機を察知した物だった。
「立ち話でする内容では無いですし、入りませんか?こんな夜ですし、しっかり話して対策しないと今後が大変だと思いますし」
アマデウスはそう言うと、全員に馬車駅に入るように提案した。
「そうだな。このうまい話には随分深い裏が有るらしいからな…」
そう言うと、長女のは全員を中に入るように促した。




