表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第3章:世界の終わりも半ばを過ぎて
109/325

第二幕-5

 オイゲン邸で風呂を借りたアマデウスとブリギッタは、邸宅の応接室に通された。その応接室は、実用性を重視した親衛隊本部の物と比べると豪華であり広かった。

 だが、1階にあり日当たりの良い窓からは街の通りが塀越しに見える事に、アマデウスは幾等かの不安を感じた。

 そんな気分を卓上のコーヒーで紛らわしながら、アマデウスは持っていた鞄から書類を取り出した。


「自己紹介が随分遅くなりまして申し訳ありません。ぼっ、私はガルツ帝国宣伝相兼外交官兼親衛隊副総統を勤めておりますアマデウス・ルーデンドルフと申します」


 アマデウスの長い自己紹介に、オイゲン姉妹の三女は固まった。


「アマデウスルーデンドルフさん…ですか?随分長い名前ですね。それに凄い兼業ですね?」


「帝都においてホーエンシュタウフェン皇女殿下とリイトホーフェン総統によって国民姓名必称義務令が出されてるんです。なので、アマデウスが名前でルーデンドルフは名字です」


 皇女が自身をアポロニアと名乗ったことで、カイムは国民姓名必称義務令を提案し発布した。

 帝国では名前は貴族やその臣下だけの物であり、平民には無いという事にカイムは不便さを感じていた。それを解消し、平民と貴族の間の軋轢を小さく出来ると提案されたそれは、仮設の帝国議会で可決され帝都の住人は名前を持てる様になっていた。


「帝国北方でも一応発布されてますから、貴族でなくても名前を持つ事は普通で、個人の権利に成りつつあるんですよ」


 アマデウスの説明と、渡された義務令に関する書類の束をまじまじと見詰める三女の表情は唖然としていた。


「なっ、名前を付ける勉強もなしにどうやって付けるというのです!それをいきなり付けろなんて酷な話じゃ…」


「国民向けの講習や、学校制度で子供の教育内容に名前の付け方も有りますよ。まぁ、学校制度はまだ帝都でしか発布してませんが…」


 名字だけでも驚いた彼女は、名前や学校制度という新しい言葉を前に理解が追い付かず、目を白黒させていた。

 帝国では個人を表す名前だけでは無く学校教育という概念も無かった。これについても対策を考えていたカイムも、議会の騒乱や内戦準備のゴタゴタで帝都にしか発布できていなかった。

 アマデウスに促され、三女は義務令に関する書類の2枚目を見ると、確かに学校教育に関する事項が書かれていた。それら書類には皇女の許可を示す捺印がされており、彼女は黙るしかなかった。


「驚く気持ちは解ります。しかし、この国は大きく変わりつつあるのです。私も皇女の騎士でしたが、今では国防軍の一士官です…あぁ、失礼しました。私は、ガルツ帝国国防陸軍・首都防衛隊隊長のブリギッタ・フォン・ファルターメイヤー中尉であります」


「ブリギッタ…が名前で、フォンは貴族称…ですか。ツーというのも有るんですね」


 驚きに静かになった三女の気持ちが良くわかったブリギッタが、自己紹介ついでに気持ちを吐露した。

 彼女も帝国の変化には付いて行くのがやっとであり、その状態を何とかするために作戦に参加した事を改めて思い出した。

 そんな彼女と同様に、三女も公式書類を必死に捲り、話を理解しようとした。


「有り得ない。こんなの…今までの帝国には…」


 初めて聞く制度や内容に彼女は驚きの声を出した。アマデウスがその声にもう一度フォローを掛けようとしたが、声に反して表情は満面の笑みであった為に、何も言えず静かになった。

 その視線に気付いた彼女は、自分の表情と口調のギャップにはにかんだ。


「いや~。森とかばっかりの土地だと、こういうのが珍しくて。凄い非日常って感じがして」


 三女の言葉は明るく言うと、ブリギッタ良くわかるとばかりに頷いた。

 だが、アマデウスは言葉にこそ悪気を感じる事はなかったが、帝国内でもまだまだ皇女やカイムの存在が軽視される現況に不安しか感じなかった。特に、内戦が始まる前だというのに非日常などという気の抜けた発言には、親衛隊の働き詰めの状態から不快にさえ感じた。


「国の危機にそんなだから、いつもヒト族に負けるんだ…」

 自分でも驚くような独り言は聞かれなかったが、彼から出る雰囲気に何かを察した三女は頭を下げようとした。


「すみません、この国で内乱が起こりそうだと言うのに…」


「起こってるんだ馬鹿妹!もっとちゃんと頭を下げい!」


 謝罪しようとした三女の後ろから低めの凛々しい声が響くと、彼女は頭を鷲掴みされながら深く下げさせられた。

三女の後ろには、彼女同様に頭から羽角を生やす女性が少しふらつきながら立っていた。その顔つきは三女に似ているが目付きは若干鋭く、また眉毛が若干太かった。髪は灰色と黒の混じった斑で、身長や髪もも三女より少し高く長かった。体つきも変わっていないため、誰が見ても彼女の姉とわかった。


「後姉さま、いつの間に居たんですか?朝はいつも弱いのに!この時間帯ならまだイビキをかいて…」


「お前が部屋に入って行くのを見て話を聞いていた!内戦が起きかけている状態で惰眠など出来るか!それに私はイビキなんてかいてない!」


 壁にある振り子時計を指差しながら三女は羽角を立てたが、後姉と呼ばれた彼女の反論に言葉が詰まった。


「盗み聞きなんて逆に失礼じゃ…」


「何だって?」


 三女の小声のぼやきに、彼女より長い羽角を立てながら後姉は睨みを聞かせた。よりオレンジの強い瞳は圧か強かった。


「いや御二方、うちの無神経な妹が失礼した。話は大体聞いてたから解る。帝都から来た要人方…でよろしいか?」


 幾等か粗雑さがあったが、帝国の現状により理解が有りそうな事から、アマデウスは二女である彼女へ交渉の協力を要請しようと考えた。


「今回は、帝国皇女と総統からのオイゲン卿へ協力をお願いしたく来ました」


 アマデウスの目付きが、三女を対応していた時より真面目になった事から、二女は三女から書類を摘まみ取ると軽く眺め始めた。


「こういうのは、姉さんのが向いてるんだけどな…この翼みたいな印は?」


「帝国政府の公式印です…自分でも言うのもなんですが、信じてくれるのですか?今更ですけど、私達凄く怪しいと思えるのですが?」


 書類の内容に頭を掻き、羽角を乱しながら半目で難しい表情をする彼女に、ブリギッタが余計な事を付け足して答えた。

 その言葉に、アマデウスはファルターメイヤー姉妹の余計な事を言う性格を思い出し慌てた。

だが、そんな心配を気にせずに、二女は乱れた羽角を直しながら軽く笑った。


「私達…少なくとも私は帝国と皇女殿下の臣民だ。なら、その印がある書類を持って来た君達を疑うのはおかしな話だろ?それに、南方なら交渉なんてせずに攻めるだろ?そういう事さ」


 その気さくさの混じる言葉に、アマデウスは鞄から別の書類を取り出し置いた。先に渡した義務令等の書類は説明を省く為の物であり、その書類こそ本命の書類であった。


「成る程…戦線を減らす為に時間を稼いで欲しいという事ですか」


「時間稼ぎという事は、勝つ手立てが有るという事か?数では南方に負けてるだろう…とはいえ、こういう訳の解らん制度を作る例の英雄殿には考えが有るのか…」


 書類の内容はグライフ作戦の草案と変わらず、派兵へのボイコットと帝国への合流についてであった。

 その内容に、帝国の方針を理解した2人は呟くとお互いを見た。


「でも…これは、私達だけ派兵を拒んでもあまり意味が無いような?」


「爺さん達の兵じゃ戦力にならんだろ。とはいえなぁ…いくら何でもこっちが丸損な気がするぞ」


 彼女達の言う事も確かに事実であり、例え帝国派といえど対価や報酬無しでするのは危険過ぎる内容に、2人は難色を示した。失敗した場合のリスクも当然考えれば、受けるべきではないと考えられる物だった。


「しっ、しかし!これが無理と言うなら帝国の敗色は濃厚です!もし我々が負ければ、ガルツ王国なる賊軍の貴族第一主義と血統主義が横行するのですよ?そうなれば、後の世界は悲惨ですよ」


「他人事の様で悪いが、私達も貴族だ。屈辱的だが、奴等に頭を下げれば…」


「勿論何か条件が有るのでしょう?」


 熱い主張をしたブリギッタに、目頭を押さえて反論しようとした二女を遮り、三女が鞄の中を探るアマデウスへ質問を投げ掛けた。彼女の言葉に2人は文句を言おうとしたが、それより先にアマデウスが書類を引き出した。


「勿論!こちらとしては、今後敷設予定の帝国鉄道の西方基地をコブアーに建造。街に帝国の技術を最優先で提供する。木材をこの街から優先的に取引する。もっと条件が必要と言うなら幾らでも出して頂いて大丈夫ですよ」


 書類を見せながら話すアマデウスの内容に、話し掛けた三女でさえ驚愕した。


「まっ、待ってください本気ですか?こちらが過剰過ぎる利益を要求しても…」


「勝つためならやむを得えません。流石に政権の譲渡等は出来かねますが、最大限努力しますよ」


「成る程…帝国は何としても王国を討つと…鉄道ってのが何か解らんが、そこまで私達を頼るなら悪い気はしないな!」


 何故か焦る三女に軽く返答するアマデウスへ、二女が半開きの瞼をこすると照れながら笑った。とはいえ、彼女の瞳はいたって真面目という事を表していた。


「まぁ、コブアーに父さんや姉さんの言ってた帝国の最新技術ってのが入るのは良い事だよな。土地が森ばかりだから、あれこれ利権を渡されても処理出来んしなぁ」


「なら、相談の後に要求を提示して頂いても構いません。世界の終わりも半ばを過ぎて、このまま負けるかも知れないのに、出し惜しみしても意味が有りませんから…」


 彼の1言は姉妹の迷いへの決定打となった。交渉のいろはを知らない彼女達にも、これは受けるべき要請と理解できた。何より、ザクセンの支配する世界に自分達の居場所が無い事を理解していた彼女達は、何としても父親であるオイゲンにこの交渉を伝えねばと考えた。


「妹!私は良いと思う。多少危険だが、戦後好き勝手出来たり…何よりいけ好かない南方連中をきちんと殴れるなら文句は無い!」


「殴るって…攻め込む訳じゃ無いのに。でも、私もお父さんに通すべきだと思います」


 姉妹の会話にアマデウスとブリギッタは笑みを浮かべた。

 その2人を置いて姉妹は立ち上がった。その状況に、ブリギッタは疑問の表情と共に立ち上がった。


「心配しないでください。寒さとかで覚えて無いかも知れないですが、この屋敷にお父さんは居ないんです。」


「父ちゃんは、今はビンテルに居るんだ。アンハルト=デッサウ卿に呼び出されたんだ。この話、早く通さなきゃだろ?」


 アマデウスとブリギッタは前日まで馬車に揺られ、野宿で凍えた体は風呂に入って暖まっても休息を求めていた。それでも頑張り2人を味方に付けようとした彼等は、平静な様で限界だった。

 成り行きを上手く使い交渉を成立させたその体に、追い討ちを掛ける様な未来を考えたアマデウスは肩を落とした。


「ビンテルまでは馬車で2日くらいでしょうかね?とにかく早めに行きましょう」


 交渉の成立の代償にしては安いのかと、現状を考えたブリギッタは、アマデウスの肩を叩いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ