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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第3章:世界の終わりも半ばを過ぎて
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第二幕-2

 ライラント=シュパルツ州は、ライン川を挟んで帝都デルンを内包するニースヴァイセン州の隣にあった。

 その州は十字架形とも菱形とも言えるジークフリート大陸の北と西を結ぶ地域にある。そしてその州は3分の2が山林地域を占めており、その森林がライン川の源流となっている。

 支流も多く存在する為、村や集落も多い。其れゆえに、鬱蒼とした森林ばかりにも関わらず、人口は多い州と成っていた。

 その州の森林地帯が8割を占めるビンテルという地区は、嘗てない厳戒態勢となっていた。


「済まないね諸君。待たせてしまったようだ」

 ビンテルを統治するアンハルトが自分の屋敷の会議室に入ると、そこには男女問わぬ若い貴族や権力者が揃っていた。

 その多く自分の席で思い思いに過ごしており、その中の梟の顔をした眼鏡の男が彼の登場に本から目線だけ上げた。

 彼はアンハルトの右後ろに居るゾエを見た。その視線に気付いた彼女は出席者全員に真顔でウインクをして見せた。

 彼が遅刻した時にする彼女のウインクは、彼の遅刻理由が両親に関する事という意味であり、それに触れないのが彼に親しい者の暗黙の了解だった。


「気にするな。どうせここに居るのは老人に仕事を取られた暇な奴しか居ない…」


 彼等とゾエのやり取りを誤魔化すように眼鏡のブリッジを上げると、梟男は首だけ回して部屋全体を見た。

 多くの出席者が頷く中、アンハルトは後ろのゾエを軽くみた。彼女は真顔でその視線を受けると、そのまま首を傾げた。その対応に何も言えないアンハルトは、笑いながら肩を竦め自分の席を引いた。


「それなら良かった。忙しい面子をもっと忙しくさせるのは気が引けるからな」


 機嫌良く笑う彼が席に着くと、ゾエが書類を全員に配り始めた。その書類は表紙が白く内容が捲らなければ解らない物だった。

 その書類に、多くの出席者が手を付けようとしなかった。表紙には5月25日という日付以外何も書かれてない以上その書類は公的な物では無く、見たら関与するか消されるかの2択という意味を表していた。


「アンハルト=デッサウ…これはどういう事か?お前との付き合いは長いが、こんな物寄越すのは初めてだぞ」


「貴方…南方の貴族主義や血統主義嫌いは解るけど、まさか皇女の為に南方…今はガルツ王国だったかしら?そこに攻め込むとか言わないでよね?」


 垂れ目のサイクロプスと青い長髪のハーピィが書類を摘まみながら言った。

 その発言や行為に、全員が目の前の書類に顔をしかめた。仮に攻め込む内容なら、彼等からすれば余りにも荒唐無稽だった。


「アンハルト=デッサウ…先の議会で間抜けな老人達に腹が立ったのは解る。だがな、質なら職業軍人が多い我等の領地が勝る…」


 梟男が書類に目もくれず、手元の本をひたすら読みながら言った。その淡々とした口調は、凛として冷静さを含む声であった。彼の言葉に多くの出席者が頷くが、彼は短く浅く溜息をついた。


「それでも出せる兵は少ない。あの南に与する間抜け達の方が兵は多い。数で負ける」


 その言葉は現実的な1言であり、西方のザクセン派が幅を効かせる理由の1つであった。


「お前1人が、ただ怒りに任せて勝手に暴れて勝手に死ぬなら結構」


 明確な事実を前に、突き放すように梟男が言いった。余りにも素っ気ない言い方に数人は顔をしかめたが、その言葉は全員を頷かせた。


「オイゲン卿…その言葉はアンハルト=デッサウの騎士である私には看過出来ない言葉です」


 そんな冷たい空気が流れる中、梟男をオイゲンと呼んだゾエの表情は変わらず無表情であった。だがその目は烈火の如く怒りに満ちており、オイゲンももっと言葉を選ぶべきだった考え、目線を反らした。

 その反応に、アンハルトは背後の彼女へ視線を向けた。たが、その頃には再び元の無表情に戻っていた。

 一瞬とはいえ、ゾエの怒りに場の空気は乱れた。ゾエの存在はアンハルトにとって制御装置の様な物であり、普通に考えれば彼女は彼を止めようと考えるはずであった。オイゲンの言う通り、これ程の戦力差があるのなら帝国に協力するべきではないし、それ所かまだ内戦さえ正式に布告されていない。

 そんな状況であえて行動を起こそうとし、ゾエも受け入れたアンハルトの心境は全員の気になる所であった。


「言い方が悪かったな…巻き込もうとするからには、きちんと事情を…いや、君が闘争を欲する理由を聞きたい」


 オイゲンの言葉は全員を代表した1言であった。言い終わった彼等は、座席に座ったまま手を組む彼に視線を向けた。


「所謂第五次国防戦争と呼ばれた、防衛戦争の終戦が偽りのものであることは、誰の目にも明らかなはずだ」


 会議室の沈黙破り、アンハルトは目を瞑り淡々と語り始めた。その口調は、オイゲンにアンハルトの母親であるデッサウと似た物を感じさせた。

 穏やかで、それ故に深い谷底の様な聞くものを引きずり込む口調は、デッサウの話し方の特徴であった。

 化粧をすれば女と見間違える彼に今は亡き友の妻を思い出す彼の耳に、再び語りだすアンハルトの声が響いた。


「何故ならば、協定は"討たれた皇帝の代理"を騙る売国奴によって結ばれたからだ。

私達は些かも戦いの目的を…私達の存在意義を見失ってはいない。

それは、間もなく実証される」


 そう言った彼は、手元の書類を1人開き、その端を握った。


「私は日々思い続けた。

我々魔族の平和と自由の確立を信じ、戦いの業火に焼かれていった者達の事を。

そして今まで、魔族の団結を信じ苦痛の日々を耐えていた民の事を」


 オイゲンは語り続けると彼の口調が、語尾に連れていつしか母親から父親であるアンハルトの様になっている事に気付いた。


「我々魔族の心からの希求である安息にして平和な日々に対し、ヒト族がその暴利に歪む卑劣な軍事力を行使して、ささやかなるその芽を何度踏みにじられてきたか!

そしてその苦しみはヒト族だけに寄る物で無い事を証明するに足る事実を私達は見せつけられたはずだ!それが、先の議会で起きた全てだ。

あの議会は、皇女暗殺を企てた南方勢力に妨害され、帝国…否、魔族の団結を愚かな南方の利権確保の為に崩されたのである!」


 語気が強く言い出しの頭が荒くなる点に、嘗てのアンハルトを知る全員が、目の前の若者に亡き友を脳裏に重ねていた。


「全て民の求める平和が、密かに企てられた利権保護によって完膚無きまでに叩き割られた事実を以ってしても、呪わしきザクセン等の悪意を否定出来得る者がおろうか!」


 いつの間にか立ち上がっていたアンハルトは、握りしめた右手を胸に押し当てた。

 その癖は、彼の父親が熱くなった時にする癖と同じであり、オイゲンには彼の姿が戦場で共にした勇ましき悪魔族のフルフル種にしか見えなかった。


「省みよ。何故我等が祖国にて国防戦争が勃発したのかを!何故我等がアポロニア・フォン ウント ツー・ホーエンシュタウフェンと共にあるのかを!」


 アンハルトは荒くなった息を整えると、1度天井を見上げた。


「父も母も求めているはずだ…」


 彼は自分にしか聞こえない程度の声で呟くと、アンハルトは改めて目の前に座る出席者達を見詰めた。


「私達は、国の為に…民の為に立ったからこそきぞくなのだろう?

ならば、戦うしかないのです!

もはや、私の軍団に躊躇いの吐息を漏らす者は居ない!

まして、敢えて内戦という戦火に飛び入らんとする若者達がいるのに、私達がここで意気地無く立ってるのは許されるのか?

南方の歪んだ貴族至上主義の…仮初の平和への囁きに惑わされて、何が貴族か?

ならば…ならば私は、この心に繰り返し聞こえてくる…父と母、そしてこの地に生きる民の名誉の為に戦うしかない!」


 その言葉を言い終えると、アンハルトは席に座り込んだ。まるで憑き物が失せた様な様に、オイゲンを含め多くの出席者がただ静かに彼を見詰めていた。


「これが、私の闘争理由です…」


 そう呟くと、アンハルトは背後のゾエから渡されたコップの水を一気に飲み干した。彼の表情はやりきったという表現だったが、それに対して出席者達の表現は対応に困るといった物であった。


「アンハルト…君の言い分も解る。しかしな… 」


 サイクロプスの男が、周りに同意を求めるように見回しながら言い淀んだ。

 多くのものが彼と同じ状態だったが、オイゲンと青い長髪のハーピィは躊躇い無く表紙を開けた。


「オイゲン卿、ライヒェンバッハ=レッソニッツ卿!2人共本気か?本気で南方と事を構えるのか?」


 サイクロプスの男が、ざわつく出席者の中で声を上げた。その声に続く様な疑問の続発に、会議室は騒がしく収拾がつかなくなった。

 そんな中で、ライヒェンバッハ=レッソニッツと呼ばれた彼女が苛立ちに耐え切れなくなり、机に右手を叩き付けた。その音は拳のぶつかる鈍い音ではなく、高い金属の音だった。不自然に丈の長い右手を庇うようにコートの裾に隠すと、彼女は周りを髪を振り回しながら睨み付けた。


「確かに、さっき私は否定的に考えたわ。けどね、あの気取り屋が大して上手くもないし、誰かの真似事みたいだけどこれだけ言ったんだぞ!それで二の足踏むなんて情けなく無いのか?」


 メリハリのある彼女の怒りの声は、全員にぐうの音も出させなかった。


「マントイフェル卿、君の言い分も解る。勿論これは私達の勝手だ。諸君等は好きにしてくれて構わない!諸君等の無事は私が保証しよう。去るものは去ると良い!」


 止めの如く発せられたオイゲンの言葉は、全員に判断を迫る物だった。彼自身、帝国貴族は一度決めると動きが速いが、急かされなければ決断が遅いと考えていた。だからこそ、決断し行動を命令できるカイムがいつの間にか北方貴族を抱き込めたのだと理解していた。

 多くの出席者は、集まっている皇女派や勢力の弱い貴族達の中で武勲が高いオイゲンの言葉に迷った。彼等も否定的な言葉を掛けたが、内心ではアンハルトと同様に考えている為に、目の前の書類を押し返す事が出来なかった。

 結果的にほとんどの出席者が書類を捲り内容を見始めた。


「またか…もう解った…昔からお前には振り回されて来たが、今回も振り回されてやる!」


 そう言うと、マントイフェルと呼ばれたサイクロプスさえも書類を開いた。

 アンハルトの行動に全員が賛同し、彼の計画に1枚噛む言う結果に、アンハルト自身も驚いた。だが、その驚きも一瞬でただゆっくりと頭を下げた。


「私の我が儘に付き合わせて済まないが…皆の命を少しの間で良い…私に預けてくれ」


 その言葉で、彼の計画の説明と修正相談が夜通し行われた。

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