第二幕-1
「しかし…まさかグライフ作戦があんな内容とは思わなかったな…卑怯と言うか、何と言うか…」
「どう口が裂ければそんな言葉が言えるのです、中尉?…わざわざ親衛隊本部に潜入して機密作戦を盗み聞き、まさか自分も参加させろなんて言っておいて…本来なら軍法会議で禁固刑か銃殺だって有り得たのでしてよ?」
「僕が言うのも何だけど、この国や街が変わり始めたようにさ、戦争のやり方だって変わるよ。皆だって昔と変わったでしょ?」
座席に座るブリギッタが文句を垂れると、横並びで座るヴァレンティーネとアマデウスがそれぞれの考えを口にした。
ブリギッタにはアマデウスの言葉が妙に心に引っ掛かり、言い返せずに黙った。
「ずっとそのままで居るのって難しいんだよ…だから、変わって行く物なんだよ。この世の全ては…」
被っていた外交官用のトップハットの位置を直し、膝の上に置いた鞄を撫でるとアマデウスが更に続けた。その言葉に全員が自分の姿を俯いて確認し、静かになった。彼の一言はその場で話を聞いていた全員に、これまでの経験や自身の変化を改めて考えさせた。
「何であれ…私達はカイム総統の為に全力を尽くすっ、て…うわっ!」
頭上の青空を見詰めてアンニュイに呟こうとしたヴァレンティーネの言葉は、一瞬の激しい振動で遮られ、彼女は荷台の柵に頭をぶつけた。座席に座る他の乗員は、全員衝撃を背後の柵を掴んだり座席に手を掛けて抑えていた。
「いぅあぇっ!リっ、リヒャルダ准尉!もっと丁寧に運転して下さいまし!私の後頭部が…」
目頭や目尻に痛みからうっすら涙を浮かべたヴァレンティーネが、座席を立って運転席の見える小窓へ文句を言った。
「ごめんなさい、ティーネ!でも4輪なんて久し振りで…よく乗る装甲車6輪だし車長ばっかりだから」
「なら直の事ですわ!隣の彼に運転換わりなさいな!」
「えっ!自分まだ通常車両の教習受けてないですよ!」
騒ぎ始める3人を横目に、アマデウスは鞄の中から書類を取り出し眺めた。その書類には"グライフ作戦指令書"と書かれていた。
5月14日にカイムからアマデウスに草案が提出されたグライフ作戦は、西方の帝国派貴族に対して行う軍のボイコット交渉と、王国派への偽旗攻撃が大まかな内容となっていた。
議会で皇女が南方貴族の拘束命令を出した時に、カイムは西方において皇女に協力的な集団とザクセンに協力的な集団、そしてどちらでもない曖昧な集団と混沌としている事に気付いた。
そこに目を着けたカイムは、皇女派貴族と曖昧な態度の貴族を抱き込み、ザクセン派を押さえ込めるのではと考えた。その為、カイムは作戦の内容をアマデウスに西方で強力な軍を持つ皇女派貴族と交渉し派兵をボイコットさせる事。ヴァレンティーネ達偽旗部隊にザクセンの尖兵としてザクセン派の貴族を討ち、挑発的発言をさせて西方市民の王国に対する悪感情を煽る。あわよくばザクセン派へ暴動を誘発させるという2つに要点を絞った。
草案にはヨルクやアマデウス、ブリギッタにギラ等様々な人員による改善が施され、5月23日に決行となり、彼等作戦参加者は兵員輸送トラックに揺られているのであった。
「私達交渉班はライラント=シュパルツ州のコブアーに居るオイゲン卿の所へ、あの小娘の班がノルデン=ヴェストエッセン州で工作活動…そうそう上手く行くのか?」
「オイゲン卿はヨルクさんも信頼出来るって言ってたし、何より職業軍人が多い西方の主力だから可能性は高いよ。問題は…」
「俺達工作班か?」
ブリギッタとアマデウスの不安の言葉に、工作班のゲオルグが不機嫌に眉をしかめた。ずれた眼鏡を直すと、足下の雑嚢を軽く叩いた。
「格好こそ…確かにぱっとしない商人姿だが、中身は親衛隊精鋭です。雑嚢には武器弾薬もあるし、緊急時には対応出来る」
彼は同じ工作班の要員や、未だにリヒャルダへ文句を言うヴァレンティーネの姿を見た。彼等は普段の親衛隊制服や野戦服では無かった。ゲオルグの言うとおり、彼と他の工作員4人はシャツにサスペンダーと荷物持ちの様な格好であり、ヴァレンティーネはドレスで商人の1団に偽装していた。
「君達の能力は信頼してる。でも人数が少ないし…」
「それくらいなら、私がいるから心配は無用ですわ」
アマデウスの言葉に、ようやく文句を終わらせたヴァレンティーネが座席に戻り言った。その言葉は端々に自信が感じられた。だが、それに対して言葉こそ明るいゲオルグ達の表情はまだ少し不安があった。
「まぁ…そうだね…それはそうと、皆中々似合ってるね」
流れる空気を変えるため、アマデウスは全員を見ながら話題を変えた。
「任務ですから」
彼の言葉にゲオルグが肩を竦めて答えると、工作員全員がただ静かに頷いた。そんな彼等がとりとめない話を数十分続けると、トラックはゆっくりと動きを止めた。
「着きました!ライン西方行き終点ですよ!」
バスの運転手の様に小窓から振り返ったリヒャルダが、全員に下車を促した。
乗用車は絶対に目立つため、ライン川の西側に架かる橋からは徒歩移動となっていた。
「それでは、私達はここで失礼しますわ」
ヴァレンティーネが軽快に荷台から荷物ごと、スカートをはためかせ飛び降りた。他の工作員も下車すると、足早に橋へと去っていった。
「本当に防衛部隊が居ない…」
カイムのグライフ作戦やラインの守り作戦で、西側の部隊は南に全員が移動していた。その為、彼等が作戦に失敗した場合橋を落とす以上の防衛策は無かった。
自分達の作戦の重要さを理解したアマデウスは、拳を握り唾を飲んだ。
「アマデウス副総統、大丈夫ですよ。やるべき事をやればそれで良いんですよ。仕事なんですから、淡々とこなせば良いんですよ…それじゃ、ご武運を!」
緊張するアマデウスに去り際、リヒャルダは言葉を残して去っていった。
その言葉に、自分より若い女性が内戦という状態で、"淡々と仕事をこなす"という表現を使うことに、彼は帝国の少し先に不安を感じた。
「平和には代償が要る…未来の1億の為なら、やむを得ない…」
「何をぶつぶつ言っているんだ?行くぞ」
いつの間にか橋の近くに歩いていたブリギッタが、独り言を呟くアマデウスへ振り返った。
彼ははっとして肩越しに去り行くトラックを見ると、軽く肩を回して歩き始めた。