第一幕-4
帝都デルンの商店街で、ファルターメイヤーは一人立ち尽くしていた。彼女は騎士としての自分の不甲斐なさに腹が立っていたのだ。
というのも、ファルターメイヤーは議会において皇女アポロニア護衛の任を全う出来なかったからであった。皇女を暗殺から守ったのは妹であり、アモンの裏切りも彼女は疑うだけで最終的には気付けなかったのだった。
そんな彼女は皇女の騎士としての自信をすっかり無くし、行く宛もなく途方に暮れていた。アポロニアも彼女の失態に対して罰を与えずに放置していたことが彼女の落ち込みに拍車を掛けていた。そこに追い打ちをかけるように、親衛隊本部に入り浸るアポロニアは彼女に国防軍の軍服と自由行動を与えたために、ファルターメイヤーは城にさえ居場所が無かった。
「親衛隊の視線は…冷たいしな…」
南方貴族のアポロニア暗殺未遂から、皇居シュトラッサー城の警備さえも親衛隊傘下の警察隊管轄となった。アモンの指揮下にいた数人の衛兵も、マックスの率いる保安隊によって全員が国家反逆罪で連行されてしまった。
ファルターメイヤーとしては、皇女アポロニアに反逆する連中がどうなっても知った事ではなかった。だが、その反逆者連中に向ける様な視線や、"護衛の一つも出来ない役立たず"という扱いをする警察隊警備班達には、流石の彼女も耐えられなかった。
やるせなく街を歩いても、国防軍の軍服姿に市民が自分へ優しさや羨望の目線を送ってくることも、今の彼女にとっては逆に辛かった。
「妹…ブリギッテじゃなくて、私があいつに同行していればな…」
現在では親衛隊の重要人物であり、帝都防衛の指揮官の一人である妹ブリギッテのことを考えていつの間にか出てきた独り言に、ファルターメイヤーは更に深く落ち込んだ。妹であるブリギッテはカイムの元で訓練と教育を重ねた結果と功績で一人前の士官になったのと対象的に、訓練もまともに受けていない自分に与えられた中尉という階級の軍服は重苦しく、ファルターメイヤーの自信を吸い取っていた。
そんな陰の気を出して大通りを歩くファルターメイヤーの横では、帝都市民が行進訓練をする親衛隊に歓声を上げて手を振っていた。
「叫びの如き雷鳴
響く衝撃と剣戟
ラインへ、ラインへ、ガルツのライン
誰が護るのか?
祖国よ安らかに!
愛しき祖国よ!
磐石と忠実、ラインの守り
揺るがぬ我等、護りなり!」
行進する親衛隊訓練生達の歌う歌詞の一部にあった"ライン"と言う言葉を聞くと、ファルターメイヤーはゆっくりとその歩みを止めた。
二日前の5月12日の夜に、ファルターメイヤーはアポロニアの夕飯に同行した。城で食事することがめっきり無くなり外食する様になったアポロニアへの同行が許されているのはファルターメイヤーとカイムだけだった。その晩餐で彼女はアポロニアから、カイムが今後の内戦において防衛作戦を展開すると聞いたのであった。
「確か…"ラインの守り作戦"…だったか?」
アマデウスが前日大々的に、帝都デルンを内包するニースヴァイセン州と南方の境にある帝国最大の大河をライン川と名付け、その川を帝国の防衛戦の最前線とする方針を発表していた。
その宣伝文句がファルターメイヤーが呟いた"ラインの守り作戦"であり、歌まで作って開戦ムードを高めた結果、デルン市民の戦争における意識は日に日に強くなっていったのだった。
「親衛隊は凄いなぁ、俺も入りたいなぁ」
「あんた、まだ子供でしょう!役に立てる訳無いでしょう!」
待ちゆく市民の中で、隣で親衛隊を見詰めていた親子の会話にファルターメイヤーはふと考えた。
正規の訓練を受けていないとは言え、今の彼女は国防軍人である。ならば自分には国防のために戦闘に参加する義務がある。そして、戦場で武勲を上げれば今までの失態を帳消し出来ると考えると、彼女は汚名返上のための活力が湧いてきた。
勢いと気迫で大抵のことを乗り切ってきたファルターメイヤーは、その湧き上がる活力を止まった足に強く流し込むと、特に事の流れや対応等もあれこれと考えることなくその足を親衛隊本部に向けたのであった。
「申し訳ありませんが、関係者以外立ち入り禁止です」
だが、ファルターメイヤーは親衛隊本部の前に着くと早速警備の隊員が立ち塞がった。そのハーフリングの警備員は彼女の軍服が帝国軍国防軍のものと理解すると、半分小馬鹿にするように襟の色と襟章、規格帽を見ながら声を掛けて引き止めた。
その警備のファルターメイヤーへの舐めた言い草や態度は彼女の騎士精神に怒りを覚えさせ、彼女は胸元から皇女の護衛であるという身分証明書を取り出して見せた。
「これでも止めるのか?」
「失礼しました、中尉殿!カイム万歳!」
その身分証明書と肩章の中尉の階級を主張するファルターメイヤーを見ると、警備の隊員は目の色を変えながら敬礼した。その敬礼は親衛隊敬礼であり、更には謝罪の言葉の後に付けられた一言は"カイム万歳"という帝国国民として不敬ではないかと思わせる一言であった。
しかし、ファルターメイヤーはこれ以上止まっていられないと思うとどう返すべきか悩み、少し前に習った陸軍式の肘を張った着帽敬礼をしたのだった。
「アポロニア万歳!」
最後に嫌味を含めて万歳を一言付け加えたファルターメイヤーは親衛隊本部の入り口を抜け、とにかくカイムの執務室を目指した。その途中、彼女はようやくどうやって前線に送ってもらうか考え始めた。アポロニアが居れば絶対に反対されるために、先ずは部屋に彼女が居るか確認する。そして、自分の立場の無さや不甲斐なさをカイムに説明する。
(情けないが、今の私にはこうするしかない)
そう思いながら、ファルターメイヤーは足早にカイムの執務室の前に歩んだ。広い親衛隊本部で手間取りながらも部屋の前まで着いた彼女は、妨害を警戒して周りを数回確認した。
しかし人手不足から警備は居なかった。そんな自分の行為をまるで不審者か何かのように思うと、ファルターメイヤーは安心感と気恥ずかしさを織り交ぜた表情をしながら、ゆっくりと扉を少し開けて聞き耳を立てた。
隙間から見える総統執務室の室内には、テーブルを挟んで向き合うアマデウスとカイムが見えた。深刻な表情をする二人はテーブルの上の書類を見ていた。
「…で西方に…本当にこれをやるのかい?」
「アマデウス、確かにこれは卑怯と言われるかもしれない。でもな…戦うだけが戦争じゃない。何より、如何に自分達の兵士を死なせないかが重要なんだ」
「でもさ…僕に出来るのかな?失敗したら…」
「帝国は3つの戦線を抱え込む。そうなれば…戦力不足の国防軍と親衛隊は崩壊する。少なくとも、帝都市民は私達に期待と信頼を向けてる…失敗は許されない」
「なら、尚の事僕には自信がないよ」
「大丈夫だ。私達は戦闘に向いてない…だけど、口と舌先という武器がある。戦闘はヴァレンティーネ達に任せれば良い。この作戦…グライフ作戦は君無しには成立しないんだ!」
最初こそ聞き逃したが、ファルターメイヤーはその会話が確実にカイムとアマデウスのみで行われ、しかも今後の内戦で重要な作戦を話している様に聞こえた。
(失敗の許されない作戦で武勲を上げれば…私だって…)
覚悟を決めた彼女は扉のノブを掴むと、有らん限りの力で開け放った。
「そのグライフ作戦、ブリギッタ・ツー・ファルターメイヤーも参加させてもらう!」