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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第3章:世界の終わりも半ばを過ぎて
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第一幕-3

 デルンに送られて来た南方貴族の使節達は、自領への帰途の道中に送られて来た者達だった。そのために、陸戦における協定会議は帝国側が捕虜や民間人の取り扱いに関して一方的に意見を言うだけとなった。その一方的かつ論理的な意見の連発に理論立った反論ができず、それに気を悪くした南方貴族の使節達は、改めて王国側の陸戦規定草案を持ってくると帰っていった。その際、アマデウスがかなりの毒を吐いたとティアナの報告書にあったために、カイムは彼と一緒に防衛線まで出向くべきだったと残念がった。

 それでも、戦端が開かれるまで少なくとも1か月半程の時間が稼げることになり、カイムとしては軽やかに小躍りしたいくらいであった。

 だが、翌日5月12日においても親衛隊の訓練は第2期訓練生の訓練課程が後26日残っていた。第3期訓練生の訓練をしようにも、教官に回せる人材は既に帝国南方と西方への警戒に回している。東側は帝都の端でなけなしの親衛隊候補生が警備しているという状態である。


「今攻められたら…虐殺されるのはこっちだな…」


 親衛隊本部のカイムの執務室に置かれたテーブル一杯に広げられたジークフリート大陸地図を見詰めながら、カイムはその光景を前に呟いた。その地図には兵棋代わりにチェスの駒が置かれており、首都であるデルン中央の駒には帝国旗と親衛隊旗が付けられていた。更にデルン外周の南と西に1つずつ駒が置かれていた。駒は北の帝国各州にも置かれていたが、帝国軍の駒にはポーン以上の役職は一切無かった。

 それに対して、南方の反乱軍を表すものは執務室に有った駒どころかペンや小物まで置かれる程であった。端から見れば、南方を雑多に扱っているように見えたが、激務から剃る暇がなくモミアゲと繋がるまでに伸びた髭を撫でるカイムの表情は明らかにその小物達を恐れる表情だった。


「こう見ると…やはり圧倒的に不利であるな…兵が有って用兵に苦しむとは何とも奇妙だな…」


 さらに、カイム同様に仮の戦略地図に広がる圧倒的戦力差から来る絶望的不利な状況には、アポロニアを心配し帝都に残っていたヨルクも眉間にシワを寄せるカイムの横で頭を掻いて弱ったように呟いた。その口調は彼特有の明るさこそあったが、その芝居がかった身振りは嫌に落ち着きがなく何か異様に他人を焦らせる雰囲気を醸し出していた。それほど、帝国国防軍の現状は嘗てのヒト族の侵攻を生き延びた将兵でさえ焦らせる程に切迫していたのだった。


「首都への街道は全ての方面で1本ずつです。今のところ西と南は2km先で防衛線を張っていますが、迂回されればどうにも…」


「リヒャルダ達の装甲車が防衛線2km先で巡回警戒していますが…1両ですので掻い潜られる可能性は大きいですよ…第2小隊は車両で3人も人員が減りましたし…」


 その絶望的な状況下の中で頭を捻るカイムとヨルクに追い打ちをかけるようにギラとアロイスの弱気な報告が告げられると、同席していたアポロニアがテーブルに拳を打ち付けた。その表情はカイム達の発言の内容とその絶望的状況を理解できることによる不安と、そんな危機的状況下で弱気な発言をするカイムに対する怒りの混ざったものだった。


「だからと言って、帝都放棄はガルツ帝国が敗北を認めた様なもの!それを認める訳にはいかないでしょう!違う、カイム?」


「しかし…しかしなぁ…」


 ガルツ帝国次期皇帝であるアポロニアのその息巻いた力強い発言は、確かにカイムも様々な面で納得出来るものだった。内戦のであろうと国家間戦争であろうと、首都から政治中枢が移動するのは事実上劣勢を表明するのと等しく、まして首都が陥落すれば、兵や市民に覆せない敗北感を与えることとなってしまう。その事態は、カイムもなんとか回避すべきだと考えてはいたのだった。

 だが、カイムの親衛隊やアポロニアの国防軍は防衛に必要な戦力が整わず内戦を迎えようとするのだから、カイムには状況と地理的要因、敗戦回避のためにも不利な帝都から撤退するのが1番の策と言えた。

 それでも退却を認めないアポロニアへの返答に困ったカイムはテーブルへ視線を落とし唸る事でその場を誤魔化した。

 そんなカイムは、地図を舐めるように見回している最中にデルンを州内部に抱えるニースヴァイセン州の下に河が有る事に気付いた。今までカイムは帝都防衛を補給線が長くならないように帝都ギリギリの位置での防衛や戦力状況ばかりを考えていた。そのために気付かなかったそれは、西にある山岳と森林地帯から東の山脈下にまで伸びる長大な大河だった。

 ニースヴァイセン州は帝国の中央に在るため、凹凸を下に向けた"くの字"の様に大陸を横断するこの河は、大陸中央と西や南の州境となっていた。


「ギラ、この河の川幅はどれくらいだ?」


「その河は…正確な長さは解りませんが…」


「狭くて300mだ。橋は南に4つ、西に2つ。渡るには船が要る」


 その大河についてカイムが対象を決めずに疑問を投げかけると、沈黙する親衛隊の中でギラが正確さを欠いた答えを出した。それにヨルクが正確な情報を付け足すと、その言葉を聞いたカイムは数秒の沈黙の後に参った様な苦笑いを浮かべた。

 そのカイムの苦笑いの意味が良く解らなかったヨルクとアポロニアは、そんな彼を不思議そうに眺めた。その視線に気付いたカイムも、自分が浮かべていた苦笑いを恥しがるように何でも無いと言いたげに手を振って口元を隠した。


「いやっ、何でも無いんだ…嫌な考えを思いついてさ…」


「何よ?そこまで言って言わないのは駄目なんじゃない?」


 誤魔化そうとしたカイムの一言は、その言葉に反して何かしらのはっきりとした考えが感じ取れた。それでも隠そうとするカイムに焦れったくなったアポロニアは、彼の元へと勢いよく詰め寄りながら問いただしたのだった。

 カイムとアポロニアの距離が近づき、お互いの鼻先が付きそうな程に顔の距離が近づいた。すると、カイムは背筋が凍るような猛烈な嫉妬の気配を全身に感じた。その周りの気付かない一点へと向ける猛烈な嫉妬の気配はギラから出ているものであり、ある意味カイムには慣れたものだった。

 だが、問題はギラの嫉妬から来る怒りの対象がアポロニアであり、皇帝に対して敵意を向けながら溢れる冷気を纏う彼女はカイムにとってある意味反乱軍より恐ろしかった。


「わかった!わかった言うよ!」


 これ以上ギラからの嫉妬の気配を感じたくなかったカイムは、アポロニアの両肩を掴み彼女を引き剥がすと、若干投げやりながらも返事をしつつ地図の広がるテーブルに向き合った。すると、彼の感じていた冷たい殺気は感じなくなった。


「尻軽女…」


「不敬罪で銃殺されたいの…」


 カイムの背後で聞き慣れた声が奏でる不穏な会話が聞こえたのを無視すると、彼は溜息をつくアロイスやヨルクに視線を向けた。


「この考えは…あまり良いとは思えない…何より相手に過剰な出血を強要するからな…それに南方への攻勢も当分出来なくなる…そもそも、攻勢の"こ"の字も無いけどな…」


「まさか…橋を落として、渡河を強襲するのか?」


「戦力的には強襲するにも兵員が足りませんよ!」


 部屋の全員がカイムに視線を向ける中、彼は長い前置きを話し始めた。その若干要領を得ない言葉から何かを察したヨルクとアロイスは、それぞれの考えを持ってカイムに意見をしてみせた。

 だが、カイムはそれに対して力無く首を横には振ると、地図の上の帝都に置かれた駒の二つを大河に掛かる橋の中で一番大きな橋の前に集結させたのだった。


「一か八かの賭けになる。外れれば全滅、上手くいけば連中の出鼻を挫ける」


 そう言ったカイムは、周りの全員に更に説明しながらテーブルの上にある駒を移動させると、帝国軍と反乱軍全ての戦力を南方の大橋にて対面させたのだった。


「訓練生も動員し、我が帝国国防軍は…」


 勿体付ける言い方に、言い合いを続けていたギラとアポロニアも黙ると、カイムを中心に執務室は静まり返った。窓の外の喧騒や鳥の声さえ聞こえてきそうな程の静けさの中でカイムは軽く腕を組むと、彼は自分の戦略方針を発するために大きく息を吸うのだった。


「国防軍の方針は、出来た戦力を逐次防衛に投入する。とにかく守勢だ!」


 カイムの戦略方針が執務室の中に響き渡ると、ただ一人明るい顔で拍手するギラ以外の全員が真っ白になって止まった。

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