表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第3章:世界の終わりも半ばを過ぎて
101/325

第一幕-2

 帝都の議会から南方へ帰る途中の有権者の一団は、馬車や護衛の兵士の隊列に至るまであちこちで明るい声に包まれていた。これまで南方地域はヒト族との戦火を逃れて力を温存していたが、皇帝ホーエンシュタウフェンの力の前にやむを得ず屈していた。

 しかし、議会でのザクセンによって事実上独立を宣言した事は、彼等南方貴族達にとってはとても喜ばしいことだった。大抵のヒト族の侵攻で戦火を逃れ、市民の税を自分達の富として吸い上げられていると考える彼等にとって、帝国からの独立ということは、それから自分達の吸い上げた富を帝国から護るというある意味において解放であったのだった。

 だが、そんな明るい南方有権者達の馬車列の中には、たった一団だけだが歩兵に至るまで暗い空気を漂わせる馬車列があった。その馬車列は南方貴族のフリッチュが乗った馬車が率いる一団であり、特にフリッチュの乗る馬車の隊列は重苦しい雰囲気が漏れだしており、客車の中はどれ程重い空気が流れているのか想像出来ない程だった。


「ザクセンの小僧め…やってくれた物だ…何がガルツ王国だ…」


 南方貴族達の馬車の中で機能性に重視されたシックな馬車の中で、馬車の重苦しい空気を醸し出す張本人である南方の帝国貴族であるフリッチュは、苛立ちから荒く座席の背もたれに背中を投げやると、悪態をつきながら棚の中に仕舞っていたワインをラッパ飲みしながら窓の外を見た。彼の馬車の周りは、自分と仲の良い貴族が多く、それらの馬車のからも同様の暗い空気が流れていた。

そのフリッチュの空気と対を成すように、隊列の前方や後方に広がる明るく未来への希望に満ちたまるで革命に成功したかのような南方貴族の雰囲気に、彼は溜息を吐いたのだった。


「馬鹿たれ共め…成り行きで言うだけ言って逃げただけだぞ…それを戦勝気分か、何が独立だ…政治も何もかも異常だというのに…まして、彼が…」


 客車の中で一人、フリッチュは周りの明るい空気を感じる度に何度もワインの瓶を傾けた。多少なりともワインの味を楽しもうと口の中で転がす彼だったが、外の騒ぎが耳に入れば入るほど、味に対する感想が苛立ちに飲まれ、ただアルコールを胃に流し込むだけという状態へと変えていったのだった。

 フリッチュも貴族であるので損得勘定だけで考えれば、ザクセンの独立したいという気持ちは解らなくも無かった。ジークフリート大陸の南方は水産や農耕、物流業や工業共に規模は大きかった。戦中戦後の混乱も多少なりとも被ったといえど、民の収入もそれなりであり戦災に苦しむ帝国においては最早別の国とさえ思えた。だからこそ、自分達の土地を戦前以上に発展させることより帝国中央へと無駄に税として流すことは、彼ら南方貴族の利になる点はほぼないに等しかった。

しかし、それは南方地域という小さな範囲で見た時の感想でしかなく、南方だけでヒト族に対抗できる訳ではない。さらには、南方の生産の規模が大きく民の生活水準が高くても、貴族の選民思想の強さや強大な一個人が少しの分担をすることもなく完全に一人で国家運営を行い独立するというのは、独裁政権であろうと専制政治だとしてもバランスがとても不安定だった。

 まして、帝国皇女であるホーエンシュタウフェンの認めぬ自治独立となれば、ほぼ確実にザクセン率いる南方貴族はガルツ帝国とは内戦となる。武家に仕える職業軍人が多い北方や、大公と貴族騎士による忠誠社会の東方と比べると、南方は人数こそ圧倒的だが戦力は戦場に殆ど出たことのない口だけ大貴族とそれに仕える数人の武家貴族、その武家貴族が集めた民衆と傭兵を無理矢理纏めた統率の悪い烏合の衆では質的には圧倒的に劣っていた。

 更には、南方から北へと進軍するという補給線を疎かにした甘い戦略と、決起の時期を誤るような全体を指揮する貴族達の軍略における才の無さからこそ、フリッチュはこれから起こる内戦に脅威と不安しか考えられなかったのだった。


「全く…こんなことになるならあの時南に土地を買って引っ越そうと思わなければ良かった。子宝に恵まれたからと少し贅沢しようなんて思わなければ…」


「フリッチュさん、開けて貰っても宜しいですかい?」


「クニース君か!解った」


 ワインの瓶の中身を半分以上空けたながら酔で饒舌に悪態をつき続けていたフリッチュは、馬車の扉が叩かれ大きな男の声が聞こえたのだった。そのしゃがれ声に笑みを浮かべて酔を覚ますように声を上げたフリッチュは馬車のカーテンを開けた。

 その馬車の窓には、走る馬に跨がる革鎧姿の一人のリザードマンがいた。表皮の一部が黒い鱗に覆われたその体は、人型の蜥蜴と言うよりは蜥蜴のような特徴を彼方此方に散りばめた人型と言ったような外観だった。魔族における獣人やリザードマン、鳥人等の男の顔はその系統の動物の顔そのものであった。異なる種族間のハーフでは、それぞれの特徴を持つ者もいるとはいえど、窓の外のリザードマンはその例外であり、右目に大きな縦の切り傷のある強面の顔立ちと中肉中背の見た目は人間に近かった。腰より下から生える尻尾や首もとや手の鱗が無ければ、迂闊な格好に発言をすれば街で市民に恐怖の象徴として叫ばれる様な姿であった。

 そのリザードマンのクニースと呼ばれた男の頼みにフリッチュがそのまま移動を続ける馬車の扉を開くと、彼は馬の上から扉の中へ吹き込む風に乗るように飛び移ってきた。そんなクニースは馬車の戸口で軽く革鎧の位置を正すと風で重くなる扉を勢いよく閉じた。


「しかし、何時見ても見事な身のこなしだ。流石、他の連中が真似するように成るわけだ」


「止めてくだせぇ、そんなのはただの噂ですぜ」


 まだ少し酔いの残るフリッチュの誉め言葉にうっすら笑うと、クニースは独特な口調で気恥ずかしそうにしつつ腰の剣を手をベルトから取り外した。その剣の柄上部は不自然に真横に曲がっており、その柄と鞘は意図せず抜けないようにクリップで固定されていた。その剣の真横に曲がった柄を掴んだクニースが右足を庇う様に床に突くと、金属が擦れる音を響かせながら席に座ろうと1歩床に踏み出した。彼の右足はズボンが不自然にはためく程に細かった。


「片足の無い奴の真似なんてしたいと思いますかい?」


 自分を卑下するクニースの言い方には、幾等かの明るさが有った。そんな彼の気さくな態度に安心して頷いたフリッチュは、彼がクニースが座席に座ると棚からもう1本ワインを取り出した。その瓶の栓を抜くフリッチュがクニースに瓶を渡そうとすると、彼は遠慮するように頭を振りながら窓の外に目をやった。


「合流地点に、傭兵達の生き残りは来なかったですぜ…あの小僧の言う通り、連中は全滅です。確かに荒っぽい連中でしたが、腕は確かです」


 そのクニースの真剣な表情の報告に、フリッチュは一段と深い溜息をついた。彼としては一番聞きたくない台詞を信頼する部下から聞かされ、フリッチュは両手に持つワインの瓶を交互に見ると、少ない方を一気に全て飲み干したのだった。


「圧倒的戦力差を前にしても、手練れの兵を殲滅するのか…カイム・リヒトホーフェンの親衛隊とやらは、ひょっとすると本当に"英雄の再来"なのかもしれんな。こうなっては、内戦が始まる前に直ぐにでも早馬を出して…」


「早馬なら、もう出てますぜ」


 帝都デルンにザクセンの命令から傭兵達を放って革命まがいのことに参加させられていたフリッチュだったが、クニースの報告を前にすると驚きと同時に少しだけ満足そうな表情を浮かべると今後の行動について少しだけ呟くのだった。フリッチュとしては、訳の解らぬ武器で殲滅された東方の共和主義者や傭兵集団を全滅させる親衛隊を含めたカイムの配下と戦う気は起きなかった。

 それとは別に戦いを避けたい気持ちが湧き上がっていたフリッチュだったが、そんな彼があれやこれやと考えるより行動が早かったザクセンに、フリッチュは自分達の暴君への考えを改めようとした。

 そんなフリッチュの思惑に反したクニースの報告に、彼は早々に内戦回避の未来が一瞬だけ見えた気がした。しかし、その報告をするクニースの顔が明るい物で無いことを不思議に思ったフリッチュは、嫌な胸騒ぎによって訝しげにクニースをじっと見詰めた。詳しい事情を話せと迫る偽瞳孔に、クニースは気まずく感じると短く刈り揃えられた黒髪の頭を軽く掻いた。


「本人や配下に聞いた話では無いですがね。どうもあの髭は、もう勝った気で居るみたいですね。悠長に戦時下の捕虜だ民間人の取り扱いだを決める為に、使節を走らせたんですよ…」


 苦い表情を浮かべて右目に縦に入る切り傷を撫でるクニースの話で、フリッチュは思わず驚きから腰を席から浮かせていた。その南方貴族達の間抜けな行動の報告は、フリッチュに驚きより敵を甘く見すぎているザクセンへの呆れを感じさせたのだった。

 確かに内戦における捕虜や民間人への扱いは決めなければならない重要事項であった。内戦の勝敗は、決して敵兵を全滅させれば良いなどという甘い物ではない。同じ国の人間同士で争う以上、出来る限りの戦死者は軍民総てで抑えなければならない。詰まりは、如何に自分達に反対する勢力の上層と戦闘要員を殲滅し、指導者を失った民や兵を取り込むかが内戦の勝敗の鍵とフリッチュは考えていた。

 その上で、帝国へ攻め込むなら兵の少なく組織上層を守る手段の少ない今こそが好機だった。


「ザクセンが走らせた早馬は、南じゃなく北へ…有史以来初の内戦とはいえ…」


「悠長過ぎる…敵の装備は、今までの物とは全く異なるのに…何故だ?」


 ザクセンの行動に理解が出来なかったフリッチュは、クニースの呟きと疑問の視線を前にワインの瓶を呷ろうとした。だが、その中身は既に空となっており、彼は己が不幸にも属してしまった勢力の当主の行動に疑問を感じながら馬車の天井を仰いで天に尋ねかけたのだった。


「自分が他の者より強いから…あれの脅威に理解が追い付いていないんでしょう?そういう事ですよ」


「真に恐れるべきは、有能な敵では無く無知な頭目か…」


 クニースの呆れるような皮肉を前に一言呟いたフリッチュは何かを素早く決心すると、軽く目配せした。そんな視線から主の意図を理解したクニースは、頷きながら杖代わりの剣を突いて立ち上がり馬車の扉を開けた。扉の向こうには、主人を待っていた馬が並走を続けており、彼は愛馬へ優しく飛び乗った。

 扉を閉めたフリッチュは遠ざかるクニースを見詰めながら、彼へと渡そうとしていたワインも一気に飲みきった。


「泥船で、あの髭と一緒に沈む何ぞ御免だわい」


 一気に仰いで瓶の中身を空にしたフリッチュは、独り言を呟きつつ近くの棚から紙とペンを取った。


「折角だしな…手土産は多い方が良いしな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ