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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第3章:世界の終わりも半ばを過ぎて
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第一幕-1

 アポロニア暗殺未遂や共和革命、ザクセンの反乱などの荒事だらけの帝国議会を何とか乗り切ったカイム達だったが、大事が一段落ついて帝国有権者が集結したにも関わらず、彼等ガルツ帝国は更なる危機を迎えていた。


「まさか僕が本部で仕事してる間にそんな事が有ったなんて…緊急事態って事は察してたけど…」


 帝国議会が終わって既に3日が過ぎ、多くの帝国国防軍将兵となった北方貴族や政治家達は、議会でザクセンが宣言した反乱を前に自分の領地や兵の数に訓練状況を確認するため帰省していった。そんな彼等をカイムは送り出したり本部でマヌエラへの無線機の増産を依頼、帝都周辺の警戒や緊急時の撤退の指示を出していた。

 その為、本部の無線で中途半端な情報しか獲られず報告書されていたアマデウス達本部職員の為にカイムは夜なべして帝国議会での暗殺未遂などの事件を事の経緯から細かくできる範囲の調査で得られた情報を纏めた報告書を書き上げた。その書類の束を前にして内容を読み切ったアマデウスは、口を付けていたコーヒーカップを置きつつ顔を青くしていたのだった。


「南方と帝国が内戦…それってさ、計画B(べー)の予定より早すぎるよね?早すぎる所かそもそも戦いに成るの?」


「成る訳無いだろ…北方貴族の持つ兵は1人当たり少なくて5千、多くて4万。それに対して南方は少なくて2万だ。桁が違う。それに、議会に出ていただけしか貴族が居ない北方とは違って、南方は後方にまだまだ貴族が居る…」


 カイムの執務室にて青くした顔を抱えるアマデウスは、書類の束をテーブルの上に力なく置くと不安しか感じられない言葉でカイムにその不安の内容を尋ねた。その言葉に、彼も頭を抱えると手に持ったコーヒーさえ口を付ける気にもならず、ソーサーに置くとソファの背もたれに寄りかかって苦悶の表情を天井を仰いで隠した。そんなカイムの困り果てた一言は自身の困りようにトドメを刺してしまい、彼は思考を止めるように膝に両肘を置いて俯いた。その表情は今後の自分達への不安と、今後の戦略への心配で嫌に陰りが差していたのだった。

 これ以上カイムにあれこれと尋ねるのを止めたアマデウスだったが、彼に掛けるべき言葉に困ると仕方なくコーヒーに手を付けながら今一度書類を頭から軽く読み直していくのだった。


「そもそも、戦力差を埋めるためにマヌエラさん達に銃器を造って貰ったがな、それは訓練した兵が使ってこそ意味がある。剣や槍振り回してた奴等にいきなり渡して使いこなせる訳がない」


 アマデウスの書類を捲る紙の擦れる音とコーヒーを啜る音が沈黙の中で流れていたが、暫くするとカイムは現実逃避を諦めて目の前のカップの中のコーヒーを一気に飲んだ。空のカップをソーサに置いたカイムは、唐突に激しく動く彼の姿に驚くアマデウスへと書類を貸すように手招きした。

 カイムのその手振りに従って書類を渡したアマデウスに、彼は自作の書類の出来を確認しつつ言い訳の言葉を口にしながら再び書類をアマデウスへと返したのだった。

 そのカイムの姿には、ガルツ帝国を南北に分けた内戦という予定外過ぎる現状への焦りがそのまま現れていた。それでも、諦めるという訳でなく何かしら対策を立てようとするカイムの姿にアマデウスも何かしら手伝おうと彼なりに状況を整理して対策を考え始めたのだった


「兵はコーヒーみたいに注げば増える訳じゃない。基礎訓練課程は短縮出来ても最低60日は欲しい。となれば、直ぐに出せる兵力は親衛隊の544人だけだ」


「そうだね…んっ?何か2人多くない?」


「私と君だよ。何を言っているんだいアマデウス?君も多少なりとも訓練したろ?なら私達2人は立派に戦闘要員だよ」


「まっ…またまた、そんなこと言ってさ…」


 再び沈黙の流れていた執務室で、カイムはテーブルの上の二つのカップへポットを傾けると並々と入ったカップの中を見詰めながら呟いた。彼の言葉にはアマデウスは両手で掴む書類をテーブルに置いて納得の言葉を漏らしかけた。

 だが、アマデウスは眉間にシワを寄せるその表情と口調に驚きと不安を表しながらカイムに数字の誤差の理由を尋ねた。その誤差の理由を答えるカイムの冗談の様に聞こえる言葉だったが、アマデウスは彼が至って本気で言っていることを彼は理解した。もしカイムの目が閉じられていたら解らないかも知れなかったが、アマデウスを見つめ返す彼の目は冗談を言っているものではなかったのだった。

 そのことでアマデウスは自分達親衛隊を含めた帝国の危機迫る現状を前に静かになると、無言で注がれたコーヒーを啜った。


「でっ、でもさ!北方の人達の軍は近代化訓練をしてるんじゃないの?教官としてマヌエラさん達と一緒に10人くらい隊員が行ってるし…」


「それでも訓練出来てるのは500人。正規訓練をした教官無しで訓練しても…まぁ、私も知識だけでやってみたがな…それでも、きちんと手順を理解してない訓練をした兵は当てにならない」


 コーヒーを啜る中とっさに思い出したアマデウスの希望的観測だったが、その希望はカイムの無情な現実にあっさりと砕かれた。結局、カイム率いる帝国国防軍や親衛隊は技術的には勝る敵との圧倒的人的資源という簡単に埋められない差を突き付けられたのだった


「そうなるとな…やはりデルンを放棄して後方に防衛線を構築するしかないな」


「それは却下よ」


 執務室のカイムとアマデウスは覆せない現状の帝国軍の不利を前に、攻勢案を捨てて早速防衛による持久戦という案へと逃げようとした。そんなカイムの出した差し当たっての対応の方針に、アマデウスは多少後ろめたい気持ちを顔に見せながらも納得したように頷いてみせた。

 だが、その案における最大の問題を前に、カイムの隣でツェーザルとハルトヴィヒの提出した帝都デルンでの戦闘報告書を読むアポロニアは容赦なくその意見を却下してみせたのだった。数日前に終わった帝国議会での騒動から、アポロニアは何故か皇居であるシュトラッサー城に居ることより親衛隊本部のカイムの執務室に居ることが多くなった。今では私服で建物内をふらつく程で、カイムとしては南方貴族の動向に次ぐ悩みの一つとなっていた。

 カイムは兵を指揮する以上、冷酷な命令や受け入れがたい判断を下す必要があった。その一つとして、今も兵力の問題から防衛することが困難な帝都デルンを放棄するというものは彼の中に初期の段階から考えられていた。というのも、カイムとしては敵に敢えて帝都を占領させ、伸びきった補給線や占領地維持の為に兵力を割かせて減った前面に攻撃するという考えがあったからだった。

 だが、雑談程度の話合いで考えていた最有力案を崩されたカイムは、我が物顔で執務室で寛ぐアポロニアの真紅のルームドレス姿に鼻頭を数回掻いたのだった。


「アポロニア・フォン ウント ツー・ホーエンシュタウフェン殿下…ここは親衛隊本部の私の執務室です。城にお帰りになられた方が…」


「あら?貴方の物は私の物。私の物は貴方の物でしょう?それが英雄カイムと皇帝アポロニアの間柄よ。ならこの執務室は私の執務室でもあるの!それに、他人行儀な呼び方は止めて」


 婚約者のアモンの裏切りや南方や東方の反旗で、アポロニアには手放しで信頼出来る人物が帝国に少ない事はカイムも理解していた。それでも、彼は彼女の誰かに精神的に依存しようとする行動は受け入れる訳にはいかないと考えていた。というのも、彼は自分の立場を軍を動かし時として兵の命を危険にさらし、たとえ敵でも同族である南方貴族と戦わせようとする悪人の様なものと考えていた。それに対してアポロニアは次代皇帝である。民の命を守り国を豊かにするのが仕事なのである。相反する立場である以上、カイムは共に国を導くと言っても棲み分けは必要であると強く考えていた。何より、東の共和主義や皆の反乱分子に対して行おうとしている事を考えると、カイムは彼女と自分の立場を光と影のようなものであるべきと考えた。


「しかしですね殿下…」


「アポロニア!」


「アポロニア…ここは親衛隊、つまりは軍の中枢です。知りたくない事実や血生臭い戦闘の状況などが…」


 曖昧な言い方で執務室からアポロニアを追い出そうとするカイムに、彼女は一瞬暗い顔になると直ぐに作った笑顔を彼に向けて呼び方を是正させようとした。そんな彼女の膝の上で握られる震えてた手を見ると、カイムはくどくどと彼女に言いかけた言い訳の言葉も何も言えなくなり、苦い表情を浮かべて頭を軽く振ったのだった。


「何故帝都放棄を拒否するんだ?負ければ元も子もないんじゃないか?」


 カイムの疑問にアマデウスは驚きの表情を浮かべ、彼は思わず腰をソファから浮かせた。その動きを見ていたアポロニアは片手で制した。そんな二人の動きを見たカイムは、先代皇帝が帝都から逃げなかった事を思い出すと気まずい顔を浮かべてただ静かに頭を下げた。


「お父様が逃げなかったのだから、その娘の私が逃げる訳にはいかない」


「しかしな…」


「"しかし"も何もないの!私はたとえヒト族だろうとなんだろうと、ここに攻めてきたとしても逃げも隠れもしないわ!勇ましく立ち向かってやろうじゃないの!貴方もそうでしょう!」


「はぁ…」


 そんな頭を下げたカイムに、アポロニアは彼の頭を撫でながら自身の意志を言った。その言葉は力強く、決して折れることはないということをカイムに理解させた。それでも、最後にカイムが彼女へ自身の考えを説明しようとすると、アポロニアは顔を上げた彼の額を数回小突くと、全ての反論を封殺するように力強く言い放つのだった。

 そのアポロニアの意見を前に何も言えなくなったカイムが八方塞がりの状況を前にため息をつくと、執務室には三度目の沈黙が流れた。


「失礼します。ギラ少尉です。入室の許可願います」


「入って良いぞ」


 執務室に気まずい沈黙が流れていると、部屋の空気を変えるように扉が数回ノックされた。扉の向こうから入室許可を求めたのはギラであり、カイムは扉の方を向くと少し声を張って応じたのだった

 静かに扉を開けて書類を小脇に抱えて入室して来たギラは、カイムの隣に座るアポロニアを見ると露骨に嫌な顔をした。


「皇女殿下…帝国の最高権力を御持ちの貴女が、親衛隊本部に用も無く居るのは問題では?」


「私達は帝国の今後を話し合っているのです。一介の兵が気にするべき事では無い」


 眉間にシワを寄せて苦い表情と共に敵意を剥き出しにした発言をするギラと、それに対して不適に笑い挑発するアポロニアを前にしたカイムは、ただでさえ国の現状に苦しむ中でも自身の生活にも迫る問題の山を前に頭を抱えた。


「ギラ…その私的な意見は脇に抱える書類より重要な事か?」


 ギラとアポロニアによって部屋に漂い始めた尖った空気を破る為、カイムは少し軽い口調でギラへと尋ねかけた。それに返すギラの視線は、手に持つ書類の内容とそれが重大な問題だと主張していた。そんな彼女の様子にカイムがソファーから立ち上がってギラの元に歩むと、彼は渡された書類に目を通した。


「帝都南から2km先で警戒中の第2中隊からです。中隊長のツェーザルは冗談の類いとぼやいてましたが…内容が内容なので…」


 語尾を濁すギラや受け取った書類を見詰めると天井を仰ぐカイムに、アポロニアとアマデウスは疑念の表情を浮かべた。

 その視線の先で、カイムは薄ら笑いを浮かべるとアマデウスに視線を向けた。その視線を真っ向から受けた彼は、蛇に睨まれた様に震えると自身の顔を指差した。


「アマデウス…君の立場は?」


「副総統と宣伝代表だった…よね?」


 不吉な予感を感じたアマデウスは、敢えて曖昧な言い方をしようとしたが、ついはっきりと己の親衛隊における役職を言っていた。その言葉に笑みを浮かべると、カイムは手に持つ書類の表紙をしたり顔で数回叩いて見せた。


「南方も、むやみやたらと戦いたいと考える程馬鹿ではないみたいだ。戦時下における捕虜や民間人の取り扱いについて話し合いたいみたいだ」


「それは良い事じゃないかな…?むやみに殺し合うのは無駄に国力を低下させるからね…でも、僕にどんな関係が?」


 ゆっくりと自分に歩んでくるカイムに、アマデウスは怯えるながらも苦笑いを浮かべた。その笑いを見ながら、カイムも満足そうな顔を浮かべると彼に書類を渡した。


「戦時陸戦法は重要だ。それ故に、じっくり話し合う必要がある」


「僕に…時間を稼げと?」


 その表情には嘗ての小心の執事の姿は無かった。

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