第二幕-3
カイムが拠点としている城の書庫から城門は歩いて行ける距離だった。
城門までの通路から回りを見回すと、広大な城は過去の戦いの爪痕を残したままだった。サッカースタジアム以上の中庭には、爆発の跡と思える窪みがいくつも有り、城壁には無数のヒビが入っていた。屋根の崩れた箇所も、数えるのが面倒になるほどだった。
「戦いは大敗北って所か?」
「大敗北なんかで済めば良い方だよ…」
戦争時の魔王軍の平均装備は剣や盾、槍や弓矢等と言った武器だけだった。それに対して、最後に侵攻してきた王国連合という軍は魔法を使ったと歴史書にあった。
「魔族は魔力はあっても、性質の違いから魔法には使えないんだ。魔力で力を強くしても、近づけなくちゃ戦えないよ」
アマデウスが解説した時には、カイムに戦闘のイメージがついていなかったが、被害を見れば魔法が如何に厄介な物かわかった。
(魔法対策はあれしかないよな…量産、いや作ってもらえるかが問題だよな。細かい構造までは書いてないしな…)
カイムは1人、荷物を一瞥すると先の事だと考えるのを止めた。
「なぁ、アマデウス。同行者ってお前だけじゃダメなのか?あれじゃ無駄話の1つも気を付けてなくちゃいけないじゃん」
カイムはアマデウスに気だるげな小声で話しかけた。
彼が異世界から来たという事実は、未だ召喚初期の混乱で知ったアマデウスのみだった。彼の助言により事実を隠し続けているが、会話に注意する必要があった。
カイムの悩みの1つである。
「城の外は結構治安が悪いんだよ。復興が進んでないからさ、護衛が必要なんだよ。僕が戦えるように見えるかい?」
そんな2人の小声の会話が気になったのか、先頭を歩くファルターメイヤーの妹が肩越しに様子をうかがっていた。
そんな視線に気付いたカイムは、アマデウスに脇を小突かれるとファルターメイヤーの妹に話しかけた。
「どうかしましたか?えっと…何て呼べば良いですか?」
名前のある人物の方が少ないこの世界で、カイムは人を呼ぶ時に純粋に困った。彼はこの世界独特のマナーなどを知らないため迂闊な事は言ず、他人や知り合ったばかりの人物をお前呼ばわり出来る程の度胸も無かった。
「そうですね、ファルターメイヤー妹とかあなたなんて呼ぶ人は多いですね」
そこまで言うと、ファルターメイヤー妹は俯きながら言った。その口調は明らかに暗く、カイムはこの世界の名前の価値について改めようと考えた。
「でも、良いですねカイムさんは。凄い力も有って名前も有るなんて。やっぱり名前が有るって羨ましいですよ」
ファルターメイヤー妹は、話すほどに声を暗くして語った。
「お姉ちゃんはすごく凄いのに。私は全然何もできないから、昔はファルターメイヤーの名前もあまり出すなって。お姉ちゃんは気にするなって言ってるけど…」
劣等感の塊の様な短い独白に、カイムは背中がむず痒くなった。彼も打たれ強いが根は暗い。その同族嫌悪にも似た感覚を女性に感じる事が彼には耐えられなかった。
「つまり、名前を付けて呼んで欲しいって事かな?名前くらいなら思い付く限り色々出せるけど」
価値観を改めると少し前に考えたにも関わらず、カイムはファルターメイヤー妹の劣等感を反らすために、思っていた言葉を口に出してしまった。
自分の発言と以外と低かった不快感への耐久力に、カイムは後悔と共にアマデウスへ助けを求めた。だが、彼は呆れる様に頭を振ると前方を指差した。
アマデウスの指先にはファルターメイヤー妹がいたが、彼女はは顔を赤くするとその口元に両手を当てた。一瞬見えた口元には喜びの笑みが浮いており、少なからず怪しまれなかった事にカイムは安堵した。
「でも、名前ってそんな簡単に思い付く物なんですか?いくら魔王の力を受け継いでいるとしても難しいんじゃ…」
名前について言ったファルターメイヤー妹を前に、安心感からカイムは彼女の名前を少し考えた始めた。
「やっぱり可愛い感じでドイツ語か…」
そう呟くと、彼は記憶の彼方の中にある大学の講義のドイツ人名を思い出した。能力調査である程度力の使い方を理解していたカイムは、絶対記憶に近い能力をある程度使えていた。
「ブリギッテって女性名だよな。ローレとかアーダとかビアンカ…」
思い出せる範囲でカイムが女性の名前の例を出すと、ファルターメイヤー妹は焦りながらカイムとの距離を一気に詰めて近寄って来た。
「そっ、そんなに色々名前って有るんですか!」
名前の量や発音に驚きとそれが自分に付くかも知れない期待の混ざった表情を浮かべたファルターメイヤー妹に、カイムは一瞬身を反らした。
「まぁ、知り合い?に聞いた分だけだよ!」
「それでも十分ですよ!やっぱりあなたは救国の英雄なんですね!」
変に知識がある事を今更のように誤魔化すカイムを無視して、ファルターメイヤー妹は目を輝かせながら身を反らした彼へさらに詰め寄った。
「この世界には名前が殆ど無いから思い付く事だけでも凄いんだよ」
今更のように耳打ちをするアマデウスに、カイムは奥歯を噛み締めながら"何故早く教えなかった"と視線だけで主張した。
そんなカイムとアマデウスのやり取りに気付くと、自分の行動に恥ずかしくなったファルターメイヤー妹は赤くなった顔を両手で覆うとその場に踞った。
「あのっ…わたっ、私は最初の名前で…"ブリギッテ"というので大丈夫ですから、他の名前は他の人に付けてあげて下さい」
ブリギッテと成った少女は、踞ったまま深呼吸すると興奮冷めやらぬ状態で立ち上がり足早で先に進み始めた。知識や不自然さを追及されなかった事に安堵したカイムとアマデウスは、先へ行く彼女の後を追いった。
紆余曲折有りながらも城門までついた彼等は、通用扉を開いて外に出ようとした。
「カイムさん、出来るだけ私から離れないで下さいね。何かあったら大変ですから」
そんなブリギッテの一言に不安に成りながら、一行は城外にでた。




