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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
9/81

偶然

 翌日。

 晴れ渡る空に嫌気が差しつつも歩を進める。


『それじゃあホタル呼んでくるからよ、昨日の喫茶店で待っててくれ!』


 そう言い残しマンションの前で友と別れたのはつい先刻のこと。

 昨夜マサノブの部屋に泊めさせてもらい教えてもらった新しい世界の(ことわり)。それを今から実践に移す為、辿り着いたのは昨日の喫茶店。友人から借りた派手目な衣服からはじんわりと汗を滲ませる。


 レンガ造りの建物をよくみると店の名前だろうか、『  M』とアルファベットを木材で加工した表札が目に入った。

 M、つまりはマッキーの店ということか。

 昨日偶然に訪れた店はマサノブが居住するマンションの目と鼻の先、ほんの数百メートルの離れた位置にあった。

 


『カラン』


 中へ入ると店内は相変わらず涼しく、焼けつくような肌は一瞬にして冷却され清涼感を得る。


「お! ダイトくん、おはよう! 昨日は大丈夫だった?」


 元気よく挨拶をしてくれたのはこの店の主。洗い物でもしていたのか、手拭いらしき布で両手を拭き取りながら俺をカウンター越しに出迎えてくれた。


「おはよう。昨日は、その、迷惑かけてごめんね」と、頭を下げ謝罪する。


「いいってことよ! それで今日はどうしたの?」


「ああ、マサノブとホタルとここで待ち合わせなんだ。待たせてもらっていいかな?」


「どうぞどうぞ、座ってぇ」


 そんな甘えるような声で誘われたらどこにでも座ってしまいますよ、お嬢さん。


 座る席を探そうとした瞬間、目に付いたのは黒い装束の人物。纏っている服装のせいか肌の白さがより際立つようにみえる。カウンター席に座るその人物は、腰のあたりまで伸びた金髪を一つ揺らしこちらの様子を窺がっていた。


 目と目が逢う。

 

 心臓が一つ跳ね、思わず見惚れてしまうほどの美人がそこにいた。目つきは鋭いが、ファッション誌から飛び出してきたかのようなその容姿に息をするのも忘れてしまいそうになる。


「お前、ホタルの知り合いっていうフジサワか?」


「は、はい。そうですけど……」


「ん」


 いきなり名を呼ばれ戸惑うも、ちょんちょんと自身の隣の席を指差す金髪の麗人。

 隣に座れという意味なのだろう、逆らう理由も特にないので大人しく従うとする。


「ダイトくん、なにか飲む?」


「ああ、それじゃあトマトジュースを一つ」


「お! 気に入ったのかい? オッケーちょい待っててね」


「あ、お金! 振り込むよ」


「うん? ああ、使い方覚えたんだ! ふふん、毎度あり!」


 新世界の金事情。

 昨日、アンドロイドが言っていた『国という存在は消失』という事実。

 それはつまり政府や税金も無くなったかわりに『通貨』というシステムも消失したことを意味している。そこで人類保全機構が流通させた世界共通の電子通貨『バイト』。旧世界でも至る所で使われていた電子マネーを統一化したモノだと昨夜マサノブが例えてくれた。


 つまりレジでお会計をするということはなく、個人同士での金銭のやり取りのみが新しい世界での『商売』という形を成している。


「マキ、こいつの分は私が払うよ」


「「えっ!?」」


 思わずマッキーと同時に声が上がる。


「転生したばかりってんなら金もほとんど持ってないだろ? いいよ、私が出す」


「うっ……! それは……」


 図星である。

 お金を振り込もうと立ち上げた端末の画面には『10000 byte』と表示されている。人類保全機構からの転生お祝い金。

 『1 byte』に対し日本円の価値にして『一円』というマサノブからの前情報、この店のメニューにあるトマトジュース『2000 byte』であるということを顧みればマサノブが言っていたぼったくりというのもあながち間違いではない、気がする。

 しかし、昨日のお詫びも兼ねて代金を支払おうと息を巻いてきただけに、ありがたくも出鼻をくじかれる結果となってしまった。

 情けない、二日続けて女の子に奢ってもらう働き盛りの二十代男性。


「気にすんなよ、ホタルの元仲間なら悪いヤツじゃないんだろうしな」


 『元仲間』という言葉に少し引っかかりを覚えるが、奢ってもらう手前なにも言えない。


「ええっと、それじゃあ準備するから待っててねーん」


 そう言い残し戸惑いつつもマッキーは飲み物の準備に取り掛かった。


「すみません。会ったばかりなのに、えっと……」


「ん? ああ、私の名前は河崎(カワサキ)シノだよ」


「河崎さんは、その、ホタルとはどういう関係なんですか?」


「シノでいいよ。ホタルは……まあ、同じ『チーム』の仲間ってところだ」


「そう、ですか」


 成程ね。同じチームの『現仲間』ということなんですね、河崎シノさんは。

 

「はい、どうぞトマトジュースです。ごゆっくり」


「ありがとう」


 昨夜教えてもらった『チーム』について思い返す。

 世界から国が消失したように、数億も存在していた企業や団体は消失。そんな中で気の合う仲間と『チーム』を作り、互いにヒト同士の繋がりを構築する背景にはあの『終わりの日』が始まり、数少ない生存者たちで作った『グループ』を思い出させる。


「いただきます」 

 

 隣に座る麗人に軽く会釈をして、置かれたトマトジュースを手に取り一口。

 うん、旨い。前は苦手だったんだけどなと昔の記憶を辿ろうとする。ふと隣を見れば、空になった皿と半分ほど水が注がれたグラスが河崎シノの前に置かれていた。食事でもしていたのだろう。


 向けられる視線に気づき顔を上げるとまたも目が逢う。

 警戒でもするかのように、ジュースを飲んでいた俺を睨む麗人。怖いと同時に照れる、これだけの美人に凝視されるのを嫌がる男子はいない。


「あの、なにか?」


「いや、記憶をかなり無くしていると、昨日ホタルと『モジャ男』が話していてな。どうだ? だいぶ『戻った』のか?」


 正直なことを言えば、まだ朧げな記憶に靄がかかり不快感のような感情を覚える。


「……ええ、それなりには。ホタルやマサノブと一緒にいた時のことは、まだ思い出せないことも多くて。感染症が流行る以前のことは、ほとんど思い出せているんですけど」


「まあ、そんなもんさ。ホタルと一緒にいたってことはお前もそれなりに生き延びたんだろう。私も全部思い出すのに二年近くかかったからな」


「に、二年!? そんなにかかるんですか!?」


「個人差はあるけどな。私の仲間にも八年経っても思い出せないヤツもいるし、気にすんな」


 疑問がよぎる。

 だって、おかしいだろ。マサノブやホタルの姿は服装こそ変わっても俺と出逢った時と変わらない容姿をしていた。なんだ、この違和感は。まるで世界と時間がズレているかのような。


「それにしてもお前、いい声してるな」


「はいぃ!?」


 唐突に、思考を巡らせていた回路を切断される。


「別に変な意味じゃないぞ。私さ、昔の世界では役者を目指してたんだよ。声ってのは重要だぜ? 演技力なんかも勿論大切なんだが、それ以上に声だけで存在感を出せるってのはいい武器になる」


「かわさ……シノさんは女優だったんですか?」


「いいや、そんな大層な肩書きなんかなかったよ。大根役者でね、オーディションなんて一つも受からなかった。東京にあった小さな劇団で稽古をしながら毎日バイト三昧さ」


 すごい親近感。しかし、俺なんかとは違い夢を追っていた姿勢はそれだけでも眩しく映るものだ。


「凄いと思いますよ。シノさんは……その、美人ですし。チャンスがあればオーディションも受かっていたと思いますよ」


「ハッ! なんだそれ、(おだ)てたところでもう奢ってやんねーよ」


 慣れないことをするものではない。新世界で獲得した教訓である。


「ところでお前タバコは持ってないか?」と、大昔の不良がするようなことを聞かれる。


「いえ、持ってないですけど。シノさんはタバコ吸われるんですか?」


「いいや、私は吸わないんだけどな。世話になってる人がいて欲しがるんだよ。この世界じゃ貴重品だからな」



 それはそうだろうと頭の中で考え浮かぶ。いわゆる旧世界でもタバコを吸っている人はごく少数だった、それだけ多くは流通もしていないはずだ。


「だからさ、もしタバコを手に入れたら譲って欲しいんだ。高く買い取るぜ? 手作りのもので構わん、市販されてたやつは大体シケてるからな」


「はい、わかりました」


「それじゃあこれ、私の番号な。手に入れたら連絡してくれ」


 差し出された端末に合わせてこちらも端末を差し出す。

 『ピロン』と音を鳴らし《河崎 シノ》の電話番号を登録する。

 新世界には驚かされるばかりだ。まさか二日続けて女子の電話番号を手に入れるなんて。


「さて、そろそろ行くかな。マキ、ご馳走様」その言葉と同時に席をたつ金髪の麗人。


「はい。いつもありがとうございます、シノさん! どこかへお出かけですか?」


「いや、昨日というか朝まで起きてたからな。部屋に戻ってから寝るよ」


「あらら、昼夜逆転してますね。それではおやすみなさい!」


「ああ、おやすみ」


 満面の笑みに見送られ、店を後にしようとする彼女の声をかける。


「あの、ジュース。ありがとうございました!」


「ん、またな」


 彼女の後ろ姿にまたも目を奪われる。

 見た目だけで言えば、髪は金髪のロングで前髪は顔の右半分を覆い、全身を黒い特攻服で着飾っている。昔青年向け漫画で見たことのある『不良』という言葉がお似合いの姿。しかし、立ち姿や振る舞いはとても凛々しく、その背中からは哀愁のような雰囲気を感じる。


『カラン』


 店内に一瞬の静寂が訪れ、隣にあったお皿やグラスを片付けながらマッキーがルンルンとした表情で話しかけてくる。


「いやぁそれにしてもダイトくん凄いね! シノさんがあんな風に男の人と話すところ初めてみちゃったかも!」


「え? そうなの?」


「うん、シノさんはね『男嫌い』で有名なんだから」


 言われてみれば確かに。この店で話し始めたあたりはどことなく怒っているような、鋭い眼光が向けられていた。

 だが、話していくうちにそれも和らぎ『気さくな人』という印象が残る。最初は怖い印象もあったがホタルの仲間ということであれば信頼も置ける人物なのだろう。


「やっぱりあれかな、ホタルちゃんの知り合いってのが大きかったのかな」


「そうかもね。ところでマキちゃんもホタルと知り合いなの?」


「うん、そだよー。『生前』で言えば歳も一緒だし、常連さんだしね」


 さりげなく下の名前で呼ぶことに成功。マッキーと呼ぶのには少々照れが生じる。

 それよりも『生前』とは。そうか、俺たちの身体は既に屍なんだっけ。


「あーあ、私も頑張って生き延びてたら『黒酔(こくよう)』に入れたかもしれないのにな」


「黒酔?」


「うん、ホタルちゃんとさっきまで居たシノさんが所属するチームでね。たった六人しかいない女の子だけのチームなんだけど、()()()()()()()()()()!」

 


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