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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
81/81

屍者の誇り

少し長くなりました、申し訳ないです。

お時間のある時にでも読んでいただければ幸いです。

 目を開けば、綺麗な天井があった。

 変だな、俺は屋上で寝ていたのだから天井なんてないはずなのに。


「やあ、おはよう」


 女の人の声がする。

 声のする方向へ顔を向けようとするも頭が思うように動かない。それに身体もだるい。


「外してあげるよ、ちょっと待ってて」


 そう言われ、視界を急に覆った豊かな胸が接近することに緊張を感じ、生唾を呑み込みつつ動かずにいると、頭の上の方からパチパチと音がする。固定されていたであろう頭が自由になるのを感じる。


「さ、起きれるかい?」


 状況が飲み込めないまま、言われるがままに女の人から手を引かれてベッドで寝ていた上半身だけを起こす。

 そして俺を引き起こした女の人を見れば、赤みがかかった長い髪の毛、白衣を着用し、顔は端正で整ってはいるが眉間のしわに威圧感を覚える。視線を少し落とせば、彼女の脚は長く細く黒の網タイツで覆われており大人の女性といった印象だ。

 そして俺はぼうっとした頭で、彼女と酒場で面識があることを思い出していた。


「あれ……フィオナ、さん?」


「おや、嬉しいね。その名前で呼ばれるのは久しぶりだよ」と、彼女は俺の質問に嬉しそうに答える。


 そして彼女は俺の顔に急接近して、何かを観察しているようだ。咄嗟の行動に身動きが取れず、にやけた彼女とのにらめっこをしていると、少しばかりの違和感を覚える。今の、声は誰なんだ。


「うん、体調も問題なさそうだ。安心したよ、なにせ久しぶりの『到達者』なんだからね」


「フィオナさん、ええっと、俺は今どこにいるんですか? 確か屋上で寝ていたはずですが」


「おや、やはり記憶に混乱が見られるね。うん、私もそうだった。それでは簡潔に、わかりやすく説明をしていこう。それではキミ、まずは自分の胸を触ってみたまえ」


 何を言っているんだろう。そう思いつつも自分の胸に手を当ててみると、柔らかい感触が返ってくる。

 俺についているはずのない胸部の脂肪。


 これは……あれ、オレ、違う、ワタシは?


「そう、君は女の子だよ。思い出してきたかな。キミが記入した登録情報によれば名前は『ジル・ホワイトフィールド』そして年齢は今年で二十歳になったばかりだね。覚えていないかい? キミがここに居る理由を」


 彼女の言葉で靄のかかっていた頭が徐々に晴れていき、私がこの施設に訪れた理由を思い返していた。

 私の名前はジル・ホワイトフィールド。大学の校外学習の一環で連れて来られた研究施設、人類の過去を体験し、レポート課題を作成するために仮想世界を体験するというものだった。


「思い、だしてきました。でも、どうして私は……仮想世界で、記憶が」


「大丈夫、落ち着いて。ジルと呼ばせてもらっていいかな? 自己紹介が遅れた、私の名前はリア・ヴェーバー。ここの研究所では一応所長をしている者だ。気軽にリアと呼んでくれ、よろしく」


 握手を求められ反射的に手を差し出して手を握る。

 所長ということはかなり偉い人のはずだが、とても気さくで若くも見える。


「さて、それではジル。まだ混乱しているようだから、キミがプレイしていたゲームについて順番に説明していこうと思うのだが……構わないかな?」


「ええ、お願いしま……ちょっと待ってください。ゲームっ、ゲームだったんですか? 私が体験した世界は」


「ああ、そうだよ。人類史上最高のクソゲーと名高いゲームであり、そして現実だ」


「ゲームなのに現実? 意味が、よく……」


「んん、そうだね。ノンフィクションアドベンチャー型フルダイヴ式って言えばわかるかな? まあ簡単に言えば現実に起こったことをそのままゲームに当てはめ、当時の世界を体験できるだけのゲームと思ってくれればいいよ。それと、ジルは記憶がまだ混乱しているようだが、キミが今いるこの場所がどこかまでは忘れていないよね?」


 そう彼女は言いながら全体が白で覆われた室内の床を指さした。

 床、つまりはこの星のことを言いたいのだろう。


「はい……人類最終拠点、月面基地、です」


「その通り。我々人類が暮らしていた地球は度重なる争いにより汚染された。そして西暦二千四百年を過ぎた頃に数の少なくなった人類は、居住が困難になった地球を捨て月への移住を決断。それからは宇宙歴と定められた紀年法により現在は宇宙歴二百三十一年だ。どうだい、少しは落ち着いたかな?」


「ええ……はい。大丈夫です」


「いいね。それでは率直な感想を訊こう。()()()()()()()()


 その言葉を聞いて思わず胸が詰まる。

 子供の頃から聞かされてきた地球。かつて人類が繁栄していた広大で、豊かな土地。そんな土地にそびえ立つ背の高い建築物の数々。資料の映像で何度も目にしていた光景を、私は間近に体験してきたんだ。


「すご、かったです。空はとても青くて、風が吹いてて、色んな匂いがして。それに色んな建物があって、なんだろう、これ意味があるのかなって、今では思える品物で溢れかえっていました」


「うん……そうだね」


 言葉が上手く出てこない。

 でも私は今まで見聞きしていたイメージとは違う地球に戸惑いながらも、体験した地球での光景に心が昂っていた。

 私の答えに満足したように彼女は頷き解説を始める。


「それでは話を戻すよ。ジルが体験したゲーム、名前は『屍者の誇り』という訳の分からないタイトルでね、お察しの通り意識を電脳空間へ転移させて遊ぶ型式のものなんだ。でもこのゲームはとんでもない仕様でさ、プレイヤーである人物の記憶は電脳空間に持ち越すことができないんだ。もっと正確に言えばゲームのプレイヤーである人物の記憶領域をプレイアブルキャラの記憶に塗り替えると言えばわかるかな?」


「ぷれい、あぶる?」


「ジルが使用したキャラクターのこと、つまりキミで言えば藤沢大翔のことだね。このリスト、覚えていないかい?」


 そう言われ、私の足元の先にあるモニターが光る。そこには複数名の名前と顔写真、それからアルファベットが名前の隣に記されていた。


C エレノア・リヌス・テイラー

C マナブ トキウチ

B フィオナ・シュミット

B ホタル タカラヅカ

A リック・カルムス

S ダイト フジサワ


「これは、たしか」


「そう、ジルがここに来て見せられたはずのリストだよ。名前の隣にあるアルファベットは、まあ難易度のようなものだね。全然参考にはならないけど、でもキミは本当に凄いよ。まさか最高難易度であるフジサワで『到達者』になるなんてさ」


「あの、先程からリアさんが言っている到達者とはなんですか?」


「ああ、このゲームは各キャラクターごとに四部編成の物語が展開されるんだけど、各部の中間にセーブポイントがあってね、そこまで到達した人物を我々は到達者と呼称している。そしてジル、フジサワをプレイアブルキャラとして最初のセーブポイントまで到達したのはキミが初めてなんだ。うん、まさに今、私は歴史的瞬間に立ち会うことができて光栄だよ」


「歴史的って、そんなこと言われても実感が……」


「ハハッ、だろうね。でも他の人には言ってはいけないよ? これまでに何万人と挑戦してきた試練を、一介の女学生が到達者になるなんて、きっと嫉妬する輩もでてくるだろうから。ジルの発言を嫌味に感じる人もいるかもしれないからね」


 正直な感想を述べるなら、よくわからない。

 けど、私と話す彼女はとても嬉しそうに見えるのでよしとしよう。


「わかり、ました。でもこれってゲームなんですよね? 俺は……じゃなくて私はゲームについて詳しくはありませんが攻略法とかってないんですか? これまでも何万人の人たちがプレイしてきたんですよね」


「うん、当然の疑問だね。さっきも言ったけどこのゲームはプレイヤーとなる人物の記憶は持ち越せない。だからいくら現実で攻略法を伝えても無意味なんだよ。そこで攻略のカギとなるのがプレイする人物の人間性、使用したキャラとプレイヤーの波長や思考が近く、プレイアブルキャラが屍者の世界で辿った道筋通りに行動、もしくは選択ができる人物しかセーブポイントまで到達することはできないんだ。これがこのゲームの特徴。そしてゲームをクリアした者はいない。な? クソゲーだろ?」


 空いた口が塞がらない。

 クソゲーかどうかは置いといて、私が訪れた研究所は政府が最先端の研究しているという触れ込みがある施設だったはずだ。なのにその研究所で行なわれていたのはゲームの攻略だったのだ。


「あの、一つ伺いたいのですが、私がプレイしたゲームを攻略することがこの研究所の目的なんですか?」


「……そうだよ。不思議に思われるかもしれないけどね、こんな馬鹿なことを五十年近く続けているのだよ、我々は。でも仕方がないんだ、人類が繁栄するためにはどうしてもこのゲームから情報を引き出さなくてはならない」


「ごじゅっ……そんなに長くですか。ちなみにどんな情報なんですか?」


「そうだね、ジルは到達者だから話しても大丈夫だろう。我々がこのゲームから引き出したい情報は『人間を屍者に転化させるウイルスの生成方法』さ。キミも少しくらいは知っているだろう? 月で暮らす人類がどのような状況かを」


 現在、月面基地では人類の総数三億人が暮らしている。

 地球から月へ移住し二百年以上暮らしてきた人類は、住居は狭く、食事もAIによる配給でまかなわれている。

 私は生まれたころからこんな生活をしていたのだから、窮屈に感じることもなかったが、今では地球で暮らした経験のせいか、今では月での暮らしは窮屈な生活なのだと思い知ったばかりだ。


「でもどうして屍者になる方法が必要なんですか? あのウイルスは、その、あまりいいものではないといった印象なのですが」


「そうだな、その話をしてもいいが少し場所を変えよう。この部屋はどうも味気ない。そうだ、どうせなら我々の憩いの場に案内しよう。どうだいジル、立てるかい?」


 私は頷き寝ていたベッドから降りる。

 用意されていたスリッパを履き部屋から退出する彼女の後を追いつつ、顔だけ振り向いた彼女と目が合う。


「そうそう、補足情報だけどね。キミならよく知っているだろう。実はね、この屍者の誇りというゲームの開発者は広末拓郎という人物なんだ」


「え、タクロウがこのゲームを作ったんですか?」


「ああ、勿論一人ではないけどね」


****


 赤い髪の女性の後を追い、幾つかの自動扉を通り抜けて辿り着いたのは、先程まで私たちがいた部屋よりも幾分か広い場所だった。室内には机と椅子が複数置かれており、天井が窓で覆われていて、無数の星々と、遠くに見える青い地球を視認することができ、思わず溜息が零れる。


「うわあ……凄い」


「ここは研究職員が休憩に使っている場所でね。そこらへんの椅子にでも座ってくれ」


 促された通り、一つの椅子に座り再び天窓を眺める。

 普段、私がいる居住区は地球の空を模した青い天井があるが、ここまで宇宙の空を体感できることは滅多にない。夜の時間帯はただ照明を落とし、薄暗い天井しか見たことがない私にとっては感嘆することしかできないでいる。


「まだ話し足りないだろうからね、飲み物でも飲みながら話そう。ジルはトマトジュースでよかったかな?」


「え、配給品でもないのに……というかどこからジュースを持ってきたんですか?」


「ふふ、あそこにある自動販売機、見覚えはないかい?」


「あれは、屍者の世界にあったものと同じもの……」


 困惑する私に紙パックのトマトジュースをにやけた表情で渡してくる赤毛の人。

 驚いた。私たちが住む月面居住者はAIにより体調を管理され、配給されたものしか口にすることはできない。勉学、運動も個人により適正の高い分野に振り分けられる決まりとなっている。


「遠慮せず飲んでくれ、ここの研究所で働く者の特権みたいなものだからさ。配給品以外を口にするのもここでは違反ではないのだよ」と、得意げにコーヒーと書かれた紙パックの蓋を開けるリア所長。


「そうなんですか、でも、どうしてトマトジュースを?」


「おや? 嫌いだったかい?」


「い、いいえ。むしろ好きというか、配給の中にあれば嬉しいなってくらいですけど」


「だろうね。キミのプレイ記録を見ていて好きなんじゃないかなと思ったんだよ」


「どういうことですか? あ、すみません……質問ばかりで」


「いいよ、訊きたいことがあるならなんでも言ってくれ。そうだな……さっきも話したけどジルに体験してもらったゲームの特徴を覚えているかい?」


「ええ、プレイヤーとキャラの波長が合って、操作するキャラが屍者の世界で行動した通りにしないとダメって、解釈でいいんでしょうか」


「ああ、呑み込みがいいね。しかし、全てではないんだ。物語の進行における急所と呼ばれる選択肢、もしくは課題さえクリアしておけばあとは割と自由なんだ。たとえば自動販売機でトマトジュースを買おうが、コーヒーを買おうがゲームの進行に問題はない。そして私はジルが辿った記録(ログ)を見ていてトマトジュースを飲む機会が多く好物なんじゃないかなと思ってソレを渡したんだ」


 私は感謝の言葉を返し貰ったジュースを口に含みながら、彼女の言葉を理解していく。

 しかし、ここで新たな疑問。


「あの、俺の……じゃなくて私のプレイ記録って、そんなに詳細にわかるものなんですか?」


「うん、わかるよ。先代の所長が開発した解析ソフトを使えば大体のことはゲーム外でも把握することができる。例えば『河川敷でマサノブの手を掴んだ』とか『河崎シノと楽しくお酒を飲んでいたら殺されかけた』とか『大浴場でチームメイトの裸体をまじまじと見た』とかね」


「ぶっ……そ、それはちがっ」


「ハハッ恥ずかしがることはないさ、ジルも年頃の女の子なんだから。異性の裸に興味を持つなんて珍しいことではないよ」


 顔が紅潮していく。

 だって仕方ない、あんなに腹筋がバキバキに割れている人なんて初めて見たのだから。そして藤沢大翔としてあの世界で起こした行動が全て研究職員の人たちに筒抜けだったのかと思うとやっぱり恥ずかしい。


「さて話を戻そうか。なぜ我々が人間を屍者にする方法を探っているか、だったね。それは人類がまた地球で生活をするための足掛かりにしたいからさ」


「でも地球って、学校の講義なんかでは大地の大半はプルトリウム型の放射能で汚染されていたりして安全な区域は殆どないと聞かされていますけど」


「その通り、でも屍者の身体なら問題なく活動できるとゲームで再現されていたんだ。キミが体験した屍者の世界では描かれていなかったが、他のキャラではそういった汚染区域で活動をする展開がある」


「そう、なんですね。でもどうしてゲームなんです? わざわざ攻略困難なゲームに没頭するより過去の記録でも漁ったほうがいいのでは?」


「そこなんだよ、ああ、もう本当に面倒なことをしてくれたよ。どうせならどこかの洞窟の壁面に絵でも描いていてくれればまだマシだと言うのに。まったく初代人類保全機構の連中はとんでもないことをしてくれた」


「人類保全機構って、アンドロイドたちが情報を消去したんですか?」


「いや違う、そうだな。まずは歴史の復習からしていこう、そもそも我々人類がこうして月でも生存しているということは、屍者から人間に戻り五百年以上が経過している、と理解はできているね?」


「はい、アンドロイドの暴走により人類は一度絶滅。そして新生歴を経て人類史に戻り現在の世界政府が誕生した、ですね。でも講義では詳細なことまでは……」


 と、言いかけて言葉が止まる。

 そうだ、俺は悩んでいた。屍者となった人類が人間の身体に戻ることを躊躇してしまった。

 けど私がいる現在では、こうして普通の人間に戻っている。それは、つまり誰かが、もしくは俺が人間になることを願ったということに他ならない。


「そう、一般に詳細は明かされていない。ごく一部の政府関係者とここの研究職員しか新生歴で起きた出来事を知る権利は持つことが許されないんだ。ちなみにキミが到達者になれず他の学生と同じくゲームオーバーになっていたら記憶を消去させてもらうところだったんだけどね」


「記憶を消すって……あれ? それじゃあ学校への提出課題は」


「当然嘘だよ。このプロジェクトは政府主導でね、ゲームクリアに向けての人材を常に探している。以前は訓練された選りすぐりの人物だけだったんだけど、まったくゲームクリアの兆しすらない状況が続いて苦肉の策として一部の学生に挑戦してもらうことになったんだ。勿論、到達者となったジルには守秘義務が課せられるからそのつもりで」


 そういえば、電脳空間へ臨む前にそんなことが書かれた文書を見せられたような。

 それにしても不思議だ。所長は訓練された人物が攻略は困難だと言ったが、私のような一般の人間がどうして到達者なんて呼ばれるようなセーブポイントまで到達することができたのだろうか。


「さて人類史についての復習はここらでいいだろう。それでは人類保全機構について解説をしていくとしよう。まずジルが考えている人類保全機構はアンドロイドにより組織されていた、そこは間違いではない。そして先程私が口にした初代人類保全機構とは屍者の世界から人間の世界に戻った後にできた組織でね、ジルもよく知る人物たちが名を連ねているよ」


「え、誰なんですか?」


「屍者の世界において四大勢力と呼ばれていた集団を覚えているかい? その四大勢力とチーム黒酔、あとは藤沢大翔が所属するチームプライドの面々が結託し、人類を守護する役割を担った組織を我々は初代と呼んでいる。そしてその組織の在り方は後世に受け継がれ、今では二十八代目の人類保全機構が活動を行っている」


「そんな組織がこの月に? 聞いたことがありません」


「それはそうだろう。だって今、ジルがいるこの研究施設が現人類保全機構の本部だからね。さて話の続きだけど、どうして初代が人体を屍者化する方法を消去したか。これはまあ想像に難くないね、きっと嫌だったんだろう。今後自分たちの子孫がバイオレンスな経験をさせないために初代はあらゆる情報を消去した、その中には屍者化の情報もあったはずだよ」


「確かに……人間ならそう考えるのが自然ですね。そして、情報をいくら漁っても出てこないから屍者の世界を模したゲーム内に情報がある、と見ているんですね」


「ああ、この屍者の誇りというゲームはさっきも言ったけど広末拓郎という人物が指揮を執り、初代のメンバーに協力を呼びかけて作られたものなんだ。そして屍者の世界を生き抜いた人物たちの体験を元にこの作品のシナリオは描かれている。つまりさっき見せたプレイアブルキャラが広末拓郎の協力を率先したと考えられる」


「でもそれだと矛盾をしていませんか? 初代の人たちは情報を消去したんですよね、なのに情報が残るようなことをするのでしょうか?」


「うん、そこは私にもわからない部分でもある。恐らく初代でも意見が割れていたと見ているけどね」


 会話の合間を縫ってトマトジュースに口をつける。

 それにしてもあのタクロウがゲーム作りの指揮をしたと考えると胸が熱くなる。タクロウ、ゲームが好きだったもんな。


「わかりました。あの、不躾な質問をするようですが、どうして俺……じゃなくて私が到達者となれたのでしょうか?」


「うんうん、面白いことを聞くね。そうだな、少し考察をしてみようか。まずジルが選んだ藤沢大翔だが攻略難易度はS。つまりプレイアブルキャラの中では最も攻略は困難だと言われていたキャラだ。そしてこれまで藤沢大翔をプレイした人物は誰もが優秀でセーブポイントに到達することができなかった。いやあ、盲点だったよ。まさかこんなことがあるなんてね」


「あの、リアさん。私にはよく……」


「ああ、ごめん。分かりやすく言うと、優秀な人物ほど藤沢大翔をプレイしても攻略することはできなかった、つまりジルのような平凡な人間ほど藤沢大翔での攻略に向いていた、ということになる」


「……すみません、平凡で」


「違う違う、ああ……さっきも言った通り、プレイアブルキャラと類似する部分が多いい人物ほど攻略には向いているんだ。そうだな、順序よく説明をしていくとジルは人の話を素直に聞き入れるタイプだろ?」


「それは、どうでしょうか。自分ではよく……わからないです」


「まあ聞いてくれ。これは私の見解だけど決断力があり、物事を冷静に判断できる人物ではなかったのだよ、藤沢大翔は。些細なことでも真剣に悩み、もがき、過去に向き合おうとしていた。それに河崎シノについても納得のいく見解ができる」


「シノさん? どうしてシノさんが引き合いに出されるんですか」


「忘れたかい? そうだな、河崎シノは言わばあのゲーム内で死神みたいな存在でね。男嫌いをする彼女と接点が多かったフジサワはまさにバッドエンドのオンパレードと言って相違ない。彼女と出逢うたびにゲームオーバーの可能性があった。しかし、ジルはそれら全てを回避することができた。この意味がわかるかな?」


「う……んん? すみません、よくわからないです」


「現実の藤沢大翔は女性らしいところがあった、という予測が立つのさ。例えば彼女は容姿端麗だっただろう? そしてもしゲーム内で男らしく彼女を口説いたり、寝込みを襲おうなんてしたら即時ゲームオーバー。つまりジルが選択した通り、河崎シノとは適切な距離を保つことが藤沢大翔の攻略する条件の一部だったと私は考えている」


「だとすれば、私は、フジサワと同じ選択ができていた、ということですか?」


「そうだよ。しかし不思議だったんだ。ジルの他にも女性でフジサワをプレイした人物は少なくない。それでも何故セーブポイントまで到達できたか。ククッ、なあジル、キミはどちらかと言えば忘れっぽい性格をしているのではないかな?」


「うえっ……それは、その、たまに講義で必要な教材を忘れることはありますけど……」


「そこなんだ。我々がこれまで数多のプレイ記録を確認しても発見できなかった痕跡がジルのプレイ記録からは見つかった。それは藤沢大翔がP・B・Z予選二回戦を勝ち上がった夜、河崎シノにタバコという嗜好品を渡しに行った瞬間が最大の分岐点だったんだ」


 私は思わず首を傾げる。

 あの時は単にタバコをシノさんに渡すのをずっと忘れていただけで、その時は確か屋上で他愛ない話をしただけだ。けど、何か重要な――


「あっ、ウイルスの使い方……」


「その通りっ。彼女からウイルスを操る情報を引き出すことが攻略のカギとなっていたんだ。そして準決勝の宝塚蛍に勝利する条件が全て整うことになる。いやあ、わかるわけがないよ、タバコを渡すタイミングが重要だったなんて」


「……それでは、他のプレイヤーの方は?」


「大抵さっさと渡してしまっていたよ、もしくは河崎シノを避けていたりね。怖かっただろう? シノは怒りっぽいところがあるからね。でもキミは逃げずに彼女と向き合った、まさに英雄の度量だ」


 なんだろう。けなされているような、褒められているような。

 でも、シノさんと話すことはそんなに苦には感じなかったあたり、藤沢大翔もきっと彼女の事が。

 それにしても引っかかるのは所長の口ぶり。ゲーム内で出逢ったフィオナさんと凄くよく似ていると感じた。


「リアさん、気になっていたんですけど、もしかしてリアさんも到達者なんですか? フィオナさんとよく似た恰好をされていますけど」


「……ああ、そうだよ。私は十一年程前にね、ジルと同じく学生でありながらフィオナ・シュミットをプレイアブルキャラとして一つ目のセーブポイントまで到達した。そして最高進度は第二部の途中までだね。うん、ジルにもちゃんと話す必要があるね。これからのキミにとって重大なことだから」


「私に、とって?」


「うん、私もね、最初は訳も分からずゲームに挑戦させられた。そして、魅了された。経験したことがない地球での生活、見渡す限りの大自然、月の生活では得られない経験を求めて私は幾度となくあのゲームに挑戦した。しかし、ダメだった」


 私は何も言えずにただ彼女の告白を見守る。

 まるで挑戦したことを後悔するような自嘲気味の笑みをこぼし彼女は言葉を紡ぐ。


「そして挑戦を続けていくなかで私は現実の自分の姿に嫌気が差してきた。だから思いきって髪を赤くして、派手な網タイツなんか履いたりしてね。少しでもフィオナであったゲーム内の自分に近付きたかったんだ」


「それは、なんというか……変身願望みたいなものですか?」


「そうかもね、でも私の先代、前所長はもっと凄いよ。前所長の名はマイケル、彼は現段階でジルを含めた四人いる到達者の中でも最高進度第三部まで物語を進めた強者だ。彼が選択したキャラは宝塚蛍なんだけど、藤沢大翔をプレイしたジルならよく知っているだろう?」


「はい、ホタルのことならフジサワの記憶でもよく出てきましたから。でも話を訊く限りだと第三部でゲームオーバーになっちゃったんですか?」



「うん、彼は重大な選択ミスをした。宝塚蛍の第三部で彼は河崎シノと決別する道を選んでしまったのだよ」


「えっ、シノさんとホタルが決別? あり得ませんっ」


「そうなんだろうね、ジルの反応を見ると。でも彼を責めないでやって欲しい。宝塚蛍と河崎シノが決別するような理由を作ったのは他でもない、キミがプレイをした藤沢大翔なんだ」


「そんな……どうして俺が、じゃなくてフジサワが」


「おや、ネタバレ希望かい? 宝塚蛍ホタルの第三部ではP・B・Z第六回部分が描かれていた。そこで藤沢大翔は全世界に喧嘩を売るんだ、第五回優勝時の権利を行使し全人類の端末に動画を配信、俺が優勝したら屍者を人間に戻すぞって感じだったかな。そしてフジサワの味方をすることを決意した彼はあえなくゲームオーバー。それ以降、幾度となくゲームに挑戦しても第三部をクリアすることは叶わなかった」


 途方に暮れるとはこのことか。

 俺が世界に喧嘩を売る、身分不相応なことをやるなんて信じられない。でも、実際にゲーム内に記録として残っているなら事実なのだろう。


「そしてマイケルは……ああ、マイケルの性別は男ね。結婚もしていて子供も三人いた。しかし、彼はある日、性転換手術を受けて女の身体になったんだ」


「え、どうしてそんな」


「きっと私と一緒。彼はゲームを繰り返しプレイする中で心と体の乖離に耐え切れなくなってしまったのさ。そして私が君に警告したいのはこの部分だ。もしもジルがこのまま藤沢大翔をプレイすれば彼と違う自分が許せなくなる時がいずれくる」


「それは……」


「この屍者の誇りというゲームはね、インディーズで配信されてから約半年で配信停止になっている、人体に及ぼす影響があまりにも大きいと当時は話題になったそうだ。無念だろうね広末拓郎も、彼が生涯を賭けて作り出したゲームが人に悪影響を及ぼすなんて考えてもみなかっただろう。そして私はジルに尋ねなければならない、これらの情報を踏まえても尚、このゲームに挑戦してくれるかを」


 これまで明るい口調だった彼女が一段と声色を落とし投げかけてくる質問。

 理解はできる、このゲームの危険性。第一部だけとはいえ、私にも藤沢大翔の思考や癖が影響されているのだろうと察しはつく。


「我々としてはジルにも屍者の世界へまた挑戦をしてもらいたい。しかしキミは若い。下手をすれば今後の人生を棒にふることになりかねない。だから選択権はキミにある。続けるか、終わるか」


 あまりに多くの情報が入ってきたせいか少し頭痛がする。

 彼女の切迫した表情を見れば、重大なことであると察しはつく。

 でも違う、こんなの、彼が望んだ未来じゃない。


「すみません、リアさん。私は……このゲームはもう、プレイしません」


 目の前にいる女性は一瞬悲しそうな表情を見せるが、すぐに元の彼女に戻る。

 そして挑戦を拒む理由を問われた私は胸を張って答える。


「このゲームをつくった広末拓郎、タクロウはゲームを愛していました。彼が、人類を絶望に追いやったウイルスの生成方法をゲーム内に残すとは考えられません」


「……確かに、キミと同じ意見の人もいるよ。でも他に手がかりがないんだ、我々人類が再び地球を住処にするにはどうしても屍者化の情報が必要だ。現在地球ではアンドロイドによる除染作業が行われているけど、それにも限界はある」


「でもっ、それでは可能性を自ら狭めているようなものです。人が屍者になるリスクはリアさんも知っているんでしょう?」


「使い方次第だよ。例えば地球で作業、研究をする人物をある程度限定し、数十年の作業を終えたらまた人間の身体に戻せばいい。それなら普通の人間としても暮らせるし、子供だって産める」


「そんな、こと。このゲームを作った彼らは望んでいないはずですっ。彼らはどうして屍者から人間に戻ることを決意したんですか? それは未来の人類に希望を託したからではないんですか」


「綺麗ごとだね、そんな希望論は聞きたくないよ。だが、まあ、一旦落ち着こう、お互いに」


 そう言いつつ彼女はコーヒーを一気に飲み干した。

 ダメだな、私は。きっと私なんかが考えている以上に先駆者の人たちは思い悩み、試行錯誤したはずなのに。

 きっと私の中にも彼の思考が根付いている。だから友人が残した作品を残念なもの扱いにされたことが許せなかったのだろう。


「さて、意思は確認した。そしてジルには今後の生活に守秘義務と、ゲームに挑戦しないかわりに屍者の世界で体験した事柄を報告してもらう義務が課せられる。もう少しすればお役人が来て話があると思うから、覚悟はしておくように。きっと私なんかよりも強い言葉で引き止められるから」


「はい……わかりました。それでリアさん、また質問をしてもいいですか?」


「ん、なんだい」


 彼女は先程の怒ったような表情は既になく、私を引き起こしたときと同じ明るい気さくなお姉さんに戻っていた。

 頼みを断っておいて気が引けるが、このまま曖昧な気分でお役人と話はしたくはない。


「私が選んだ藤沢大翔は第一部のあと、どうなったんですか?」


「おや、攻略を断念した割に知りたがるね。まあいいや、我々が掴んでいる情報まででいいなら話そう。第五回P・B・Zを優勝したフジサワは世界中に名を轟かせることになる。そして四大勢力同士のいざこざ、つまり抗争に巻き込まれ、黒酔や同じチームの者と世界中を駆け巡る闘いに身を投じていく。そして第六回P・B・Zで世界へ宣戦布告、こんなところかな。我々が把握しているのは」


「うへえ……大変そう」


「そしてこれは人間社会に戻ったあと、設立された世界政府に残された記録によれば、対立していた四大勢力をまとめ上げ人類が一丸となる要石となったのが藤沢大翔だ。そして彼は初代人類保全機構の代表を務め、世界政府と連携し人類が平和になるよう歴史の影に隠れて活動したと記録されている。そこから約二百年、地球で戦争が起きたという事実は確認されていない。結局、人類はまた争いを始めてしまうわけだけど、間違いなく言えることは藤沢大翔は人類史における英雄の一人だったということさ」


「英雄ってそんな、私が言うのもなんですが、藤沢大翔は自分は一般人だと思い込んでいたみたいですが」


「そうだな、ジルのプレイ記録の言葉を借りるなら、きっと彼は、時が止まったかのような世界で成長をしたのだろう。後世にこうして語り継がれる傑物になるほどにね。ま、私の推測に過ぎないけれど」


『リア所長、お客様がお待ちです。応接室までお越しください。繰り返し――』


「おっと、来たぞ。さあ行こうか、きっと怖い人たちに囲まれるよ」


 私は頷き席を立つ、そして前を歩く彼女の背中を追う。


 過去を振り返ることは悪くないと思う。

 でも一度立ち止まった人類が、また前へ進むことを選んだように私も前へ進んでみようと思う。


 背筋を伸ばして、前を見る。

 きっと他にも方法があるはずだ、彼が思い悩みながらも進んだように、私にだって何かできることがきっとある。


 屍者でありながら、人間性を失わない彼らには人としての矜持があった。

 世界を再び人間に託した彼らの思い、それがきっと屍者の誇りなのだから。


最後までお読みいただきありがとうございました。

私が初めて描いた小説にブックマークをしてくださった方、本当にありがとうございました。とても励みになりました。

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