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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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おわりの朝焼け

『おかけになった端末は、現在電波の届かないところにあるか電源が――』


 耳に当てていた端末を離し空を仰ぐ。

 辺りは暗いが、東の方角からほんのりと橙色に街が染まっていく。

 一人で考えごとをするために、俺は宿泊施設の屋上で彼女が座っていた机に腰かけていた。


 時刻は午前五時を過ぎた頃。

 人類保全機構のアンドロイドと話が終わり、仲間の元へ戻ったときには既に零時を過ぎていた。

 チームの面々は何を願ったのかと俺に問いただすことはなく、込み入った話はまた今度にしようとだけ確認し解散となった。

 待ってくれていた彼らに俺から何か言うべきだった。けれど、考えがまとまらなかった俺は相棒から端末だけを受け取り、宿泊施設に戻り服を着てぼうっとした頭でなんとなく屋上へと向かった。


 そして、一晩中考えた。

 答えのない問題は実に厄介だ。あれやこれやと思考をしても、結局は自分なりの答えを見出すことができないことに嘆息を繰り返し今に至る。

 

 人類はどうすれば救われるのか。

 荷が重すぎる、俺は庶民で歴史上の英雄みたいな決断なんてできやしない。だからといって個人的な願いを叶えようとは思えない。

 知ってしまった、この世界の仕組みを。

 自分が、友人が、家族がこのままあと百年も経てばこの地球上からいなくなり、跡形も残らないであろう未来の話。


 割り切ればいい。きっといつか、誰かが人類を救ってくれる。

 偶然が重なり手にしてしまった権利を、一般人である俺は下らないことに行使してもきっと誰も関心を持たない。


 でも、決断できなかった。

 もしもこの先、誰も人間に戻ろうとせず、人々が協力し合うことがなければ今の俺たちは本当に終わりだ。


「はあ……」


 まるで偽善者だな。

 そんな自分に嫌気がさし、何度目かもわからない溜息を繰り返す。


 話がしたい。

 屍者の世界で最強と謡われ、俺と同じ行動を取った河崎シノが、いったいなにを考えていたのか訊いてみたかった。

 そして陽が昇るのを待ち、初めて彼女の端末に通話を試みたが繋がらなかった。

 こんな朝早くに電話をしても迷惑だろうし、繋がらないとは考えていただけに落胆をすることはない。もしかすると、もう電波の届かない遠い異国の地へ行ってしまったのだろうか。


 シノさん、貴女はいったい何を考えていたんですか。

 人類保全機構がアンドロイドだと知っていた。

 人間が、屍者となった人類が滅ぶのも知っていた。


 なのに、どうして貴女は平然としていられたのか。

 俺が今座っている机に座り、酒に酔い、どんな気持ちだったのだろう。別に彼女を責めるつもりはない、ただ今は話が訊きたいんだ。でもそれは、俺の甘えた考えだとも気づいてしまう。

 

 恐らく彼女もまた苦悩した。

 だから俺も、自分の力で答えを見つけなければならないのだと思う。


 日が昇り始め、目を細めながら街を見下ろす。

 昨日までは多くの人で賑わっていた競技場周辺も、今では人っ子一人見当たらない。

 感染が拡がり、屍者の世界になり荒廃した街並みが赤く染まっていく。道路はひび割れ、その隙間から草が生えている光景はもう見慣れた。人々の喧騒も何も聴こえない、静寂とした世界に俺は酔ってしまったのだろうか。


 机に置いていたワインボトルに口をつけ、中身を全て飲み干した。

 高層建築物の屋上で、机に座り、朝早くから酒を飲んでも誰にも注意されることはない自由な世界。

 多少の罪悪感はあるものの、一応は大会で優勝をした身なのだ。これくらいの我が儘は許して欲しい。


 この世界に転生して、約四十日の間で得られたのは莫大な電子通貨と友人だ。

 目的だった妹を連れ戻すことは結局叶わなかった。いや、それよりもしばらくは妹の顔は見たくない。

 それに、屍者を人間に戻すと息巻いておきながら、俺は何も選択することができなかった。


 しかし、今は少しばかりの達成感に浸っていた。

 二度と会えないと思っていた友との再会。この世界で知り合うことができた優しい人たち。

 もしもP・B・Zに挑まなければ、きっと俺は今でも自分と向き合うことを避けていただろう。


 そして向き合った己は、臆病な男だった。


 それもそのはず。なにせゾンビが襲ってくる世界で逃げ続けていたのだから、当然だろう。

 だからと言って卑下はしない。俺は臆病だったからここまでこれたのだから、自分くらいは自分を褒めてやらないと気が滅入る。


 一晩中考えこんで、少し疲れてしまった。

 座っていた大きな机に横たわり、酔いの回った視界で雲一つない空を見つめる。

 消えかけている月と星、昇っていく太陽の光が入り混じる不思議な世界。感傷的にでもなっているのか、詩人のように世界を例える自分がおかしくて、つい笑ってしまう。


 そして俺は、こんな世界も悪くないと感じ始めていた。

 少し働けば着るものも、食べることも、住むことも何不自由なく生きていける素晴らしい世界の仕組み。

 力が世の中を支配し、弱肉強食の理も昔とは方法が異なるだけで、実のところなにも変わってなんかない。あくせくと働いていたり、ゾンビから逃げ回っていた頃に比べればここは天国だ。


 そして気の合う人たちと食事をしたり、酒をのんだり、遊んだりできるんだ。

 娯楽施設なんかもない、端末は通話くらいしか連絡手段がなく少し不便に感じることも多いい。でも、他人の目を気にせずに堂々と好きなことに専念できることは、とてもいいと思う。


 さて、これから、どうしよう。


 転生してここまで駆け抜けてきて、目的は果たせなかった。その反動だろうか、自分の中にぽっかりと穴が空いたように強い喪失感を感じ始めている。

 ここまで自分を奮い立たせてきたが、今は緊張の糸が切れたせいで身体に力が入らない。


 もうこのまま寝てしまおうか。

 瞼を閉じて、全身に朝の心地良い風を感じながら意識が自然と落ちていく。こんなにも空に近い場所で眠れるなんて、中々に贅沢ではないだろうか。


 目が覚めたら、チームの皆と食事に行きたいな。

 マサノブとタクロウとトキウチさんとホタルを誘って、喫茶店で、笑顔が似合う店主に何か作ってもらおう。そして、今度こそは楽しい食事会になるといいんだけど。


 そして、話をしよう。

 俺が人類保全機構から聞いたこと全て、打ち明ける。


 きっと……どうにかなるだろう。




 第五回P・B・Z

 優勝者   藤沢 大翔

  

 副賞    80000000 byte


       人類保全機構ヘノ要望案  『保留』 


       補足 要望案使用権ハ次回P・B・Z開催前日迄


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