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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
76/81

兄妹

 会場は暗く、少ない照明が照らすのはリング上で向かい合う俺と一人の女の子。

 人類が絶滅し、誰もが大切な人との別れを経験して、再会することができる珍妙な屍者の世界。

 昔なら兄妹で話をするなんて簡単にできたことも、この世界では苦労することになった。しかし、あともう少しでそれも叶う。


『さあ、遂にやってまいりましたよ第五回P・B・Z決勝戦っ。ここまで司会進行を務めてまいりましたワタクシ、ゾン・カビラも高まってるヨ。そして、歴代の強者たちにも勝るとも劣らない勇士が現在リング上で火花を散らしておりますっ』


 心底馬鹿げていると思う。

 人類保全機構は平等だと謳った屍者の世界。それなのに強さを見せつける闘技大会を催し、明確な格差を見世物とする人類保全機構は矛盾だらけじゃないか。

 それに、まだ闘うとは決まっていない。俺としては話がつきさえすれば、棄権しても構わない。


『データによれば今大会の参加人数は歴代で最も参加者が少ない大会みたいだネっ。しかしながら、集った者たちは選りすぐりの戦士たちばかり、なんてお行儀のいい話するかってのアヒャヒャっ』


 リングの外で喚くヤツが何を言うか。

 怪物や他人と向き合うことの恐ろしさ。ゾンビなんかを相手していた時には、感覚が麻痺していたこともあり機械的に脳天を貫いてきたりもしたが、明確な殺意と意思を持って向かってくる相手は今でも怖い。

 しかし、自分や仲間と向き合うことを避けてきた俺が言えた義理ではない。


『それでは決勝の舞台に立ち、屍者の世界で頂点を争う二人を紹介するぜ。一人目は、優勝候補と噂されていたミズ・宝塚蛍を打ち破り、予選二回戦では場内を大いに沸かせた解体野郎、ミスタアア……藤沢大翔っ』


 なんとも雑な紹介だな、と溜息をするのも束の間。場内からは割れんばかりの歓声が湧き上がる。

 どうして俺に? と不思議に思い耳を澄ませ、観客席から飛んでくる声援を聞き分けてみると、どうやらチームコレクトを良く思わない連中が俺に向かって期待をしているようだ。

 目の前に佇む人物が所属する屍者の世界最大規模のチームコレクト。説明はされていたが反感を持つ者が多くいるのだろう。だが、俺は彼らの期待に応えるつもりはない。


『そして二人目は、第四回P・B・Zでチームを優勝へと導いた戦場の女神、ミズ・ミリア・スワンプっ。噂によれば四大勢力の一角、チームコレクトの世界再興部隊っていう自称治安部隊の隊長を任されているほどの実力者なんだってサっ。ヒャハッ、どうでもいいね。注目すべきはその美貌、白くて長い髪が神々しくて、体形はスレンダーでイイ感じに美味しそうだっ。僕ちゃんとしては、隊長とかどうでもいいから男と女の関係でワンナイトをお願いしたいんですけど? ケへへ、サンキューブーイング、盛り上がってきたねえ』


 抑えろ。あのピエロ風の司会者、ホタルだけに飽き足らず、ナオにまで下劣な言葉を言い放ったことをいつか後悔させてやる。

 そして司会者はさらに会場を煽り、耳を塞ぎたくなるような喧騒が俺たちの周囲を支配する。こんな環境では話もできない、リングの上にたつ俺たちはただ静かに時が流れるの待った。


『それでは試合開始まで残り一分、午後八時丁度に始めるぜっ。さあ今夜、新チャンピオンが決まっちゃうよ、どちらが願いを叶えるのか楽しみだっ』


 そのアナウンスを最後に会場に幾ばくかの静寂が訪れる。

 そしてこの機を逃すまいと、目の前にいる人物に話しかける。


「ナオ、ずっと話がしたかったんだ」


「ええ、私もです兄さん。申し訳ありません、部隊から抜け出す機を窺っていたのですが、結局ここまで来てしまいました」


「それは、コレクトを抜けたいってことなのか」


「……いいえ、違います。私には使命がございます、例え兄さんからの頼みでもそれは聞けません」


「使命って、それは何だ。本当にナオがコレクトでやらなくちゃいけないことなのか?」


 俺は急かすように問い詰めるも、ナオは冷徹な表情を浮かべ動じない。

 会場内に設置された時計を目の端で確認し、時間が刻々と過ぎていくことに焦りを覚える。


「兄さんは……ご存知ないのですね、この世界がどのような状況かを」


「ああ、知らない。少しくらいは教えてもらったけど、でもナオと俺がここで闘う理由なんてないはずだ」


「……ああ、なんということでしょう。どうしてそんな個人的な見解でしか物事を計れないのですか、兄さん? いえ、いいえやはり、アイツですね、ホタルさんが、あの魔女が兄さんをたぶらかしているのですね」


「ホタルは関係ない、それに魔女だなんて言うなよ。仲間だろ」


「……はあ?」


 背筋が凍る。

 目の前にいる少女が突如、怨霊にでも乗り移られたかのように顔を歪ませていく。俺は手を無意識に腰に差したバールを掴んでいた。

 豹変したナオに気が動転しかけるが、俺は再び訴える。


「ナオ、もう時間がない。とにかくチームコレクトを抜けて俺たちのところに戻ってきてくれ。そう約束してくれれば棄権をしてもいい、ナオ、頼む」


「……いけません、駄目ですよ、兄さん。あまり私を怒らせないでください」


「どうしてっ」


「ここは、この世界は力が支配する世界。だとすれば、私を従わせたいのであれば、圧倒的な暴力か崇高なる教えでもなければ従う訳にはなりません」


『それでは第五回P・B・Z決勝戦、試合開始っっ』


 そして無情にも試合開始のゴングが鳴り響く。

 話はまだ終わっていない、しかし目の前にいる人物の影は揺れ、巨大な斧が迫りくる。


 金属が激しくぶつかり合う。

 俺は小さなバール、ナオは大きな戦斧で鍔迫り合いの形をとる。


「ナオっ、どうして、どうしてホタルに冷たく当たるんだ。それにタクロウにも酷いことを言ったのもナオなのかっ」


「ええ、あのような低俗な輩は兄さんに相応しくありませんもの。それに、ホタルさんに関しては当然ですよ。私から、大事な兄さんを奪ったのですから」


「何を言っているんだ、ホタルはそんなことはしない。ホタルはとても優しい子じゃないかっ」


「どうして……どうして兄さんはあの女の味方をするんですかっ」


 膠着状態から互いに距離を置き、兄妹で睨み合う。

 どうして、だなんてこっちが訊きたいくらいだ。なんで俺の話に耳を傾けてくれないんだ。


「兄さん、開会式の日。私から一つの賭けを提案したことは覚えていますか?」


「確か、俺が負ければコレクトに入団する、だっけ?」


「ええ、そうです。どうやら兄さんはまだ私と闘う覚悟ができていないご様子。なのでこうしましょう。兄さんが負ければコレクトに入団して頂き、私が負ければホタルさんについてはもう何も言いません。いかがですか?」


「随分と不釣り合いな賭けだな。俺が勝ったらホタルやタクロウに謝って、コレクトを抜けて、一度実家に帰ると内容を変えてもらえないか?」


「まあ、欲張りになりましたのね兄さん。先程も言いました通り、私はコレクトを抜けるつもりは毛頭ありませんよ」


 話が平行線のまま、会場からは早く殺し合えと言わんばかりの罵声が飛び交う。

 静かにしてほしい。もはや会場の雰囲気は話し合いができる状況ではなかった。


「フフッ、それでは少し強引ではありますが、兄さんが私と闘いたくなる情報を一つお教えしましょう」


「そんなのいらない、俺はナオとは闘いたくはないんだ」


「いいえ、聞いていただきます。私も力を示さなければならない立場なので、このまま兄さんが棄権なんてされても困ります。勿論、兄さんがコレクトに入団して頂ければ話は別ですが」


 俺はその言葉に首を横に振った。

 このままでは埒が明かない。なんとかナオが持つ巨大な斧を弾き飛ばして、冷静に話し合えないかと思案を巡らせようとしていると、ナオは愉快そうに顔を歪ませていく。


「覚えていますか? 私と兄さん、そしてホタルさんとの三人で生き残っていた頃のことを。便利でしたよね、あの牽引車」


「……なにが、言いたい」


「兄さんは不幸な事故と思いましたでしょう? 車と荷台を繋ぐ箇所が破損して、山道に荷台に乗ったホタルさんが取り残された不幸な事故。実はあれ、私が細工したんですの」


 頭が、真っ白になる。


「邪魔でしたものね、あの女。あと少しで私と兄さんが二人っきりになれたというのに、しぶとく生き残るんですもの」


 やめろ、ナオは、そんなこと、言わない。


「だからずうっと考えていたんです。どうやって殺してやろうかって、フフっ覚えていますか? 荷台が切り離されたときのホタルさんの悲鳴、実に滑稽でしたわ」


 頭が、変になりそうだ。

 しかし、冷静になれ。きっとナオは操られているんだ、、だから兄である俺が妹の目を覚まさせなくてはいけないんだ。


「ナオは、きっと洗脳されているんだ。だから、頼む。兄である俺の話を聞いてくれ」


「洗脳? それは兄さんの方でしょう。あの魔女、本当に汚い手を使いますよね。兄さんに取り入ろうとあの手この手で近寄るんですもの、呆れてしまいますわ。それに兄さんとチームを組んでいた野蛮な方々、アレもいけません。どうぞこの大会後は関係をお切りになってくださいな」


 呆れているのはこっちだ。俺だけならともかく、仲間のことをアレ呼ばわりとは随分じゃないか。

 俺はバールを握り直し闘う覚悟決める。もうナオの耳に俺の言葉は届かない。

 ならば従おう、この世界の理に。力づくでナオを止める、そして兄として、家族として叱ってやらなくてはならない。


「……やる気になったようですね、兄さん。フフッ、楽しみです。兄さんを遂に私のものにする日がきたのですから」


 互いに得物を構えて視線が交じり合う。

 家族は大切だ。そして父のように、この試合を通して伝えなくてはいけないんだ。

 ナオが間違っているということを。


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