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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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『ご利用、ありがとうございました』


 棺桶のようなカプセルから身を起こし左腕を確認する。

 血が巡り、斬られた腕は試合開始前の状態に復元していた。


「どうよ、腕の調子は」


 と、マサノブから問われ左手を開閉してみせる。

 何も問題はない。驚いたことに無くしたはずの片腕は、以前と変わらず機能してくれているようだ。

 準決勝のあと、控室に鎮座していた屍者専用の生成機に気絶していた俺はぶち込まれたらしく。タクロウから話は聞いていたが、ここまで綺麗な状態で復元するとは驚きである。


「……ダイト、すまなかったな」


「大丈夫、問題ないよ」


 起き上がった俺に準決勝の相手だったホタルが声をかける。

 ホタルは何も悪くない、堂々と闘い、俺が気を失ったあとも約束通り敗北宣言をしてくれたようだ。

 どちらかと言えば悪いのは俺の方だ、ホタルにここまで協力させてだまし討ちを行ったのだ。眼鏡の少女からみて、俺の悪党度は少しくらいあがっただろうか。


「フジサワ、ひとまずコレでも飲んでおけ」と、トキウチさんから紙パックのトマトジュースを手渡される。


「あり、がとうございます。でもどうして」


「準決勝と肉体の再生で体内のウイルスを消費しただろう。妹と話しをすることが目的とはいえ、何が起きてもいいように少しくらい補給をしておくといい」


 俺はその言葉に頷き、ジュースを一気飲みした。

 何が起きても、それは暗に俺とナオが闘うことになるかもと言いたいのだろう。少し前なら、そんなことにはなりません、と突っぱねていたところだが、これから相対する相手は別人の名前を名乗っている。

 油断はしない、やっとここまできたのだから。


「それにしてもダイトンってば、本当にトマトジュース好きよな、喫茶店でもちょいちょい頼んでたし」


「ああ、そうかもな。昔は苦手だったんだけど」


「大人になって克服したって感じ?」


「おいおいお二人さん、トマトの話なんてどうでもいいだろ。ダイト、決勝戦まであと二十分もないぜ? そろそろ支度しとけよ」


 そうマサノブが言いながら壁に掛けられた時計を指さす。

 決勝戦開始時刻は午後八時、もう少し経てば呼び出しのアナウンスがかかる頃合いだ。


「そうだね、それじゃあ僕たちは観客席に移動しようか。それじゃあダイトン、妹さんと話ができるといいね」


 タクロウからは様々な知識を教えてもらった。

 きっと彼の助言なしでは、この世界の細やかな部分まで知ることはできなかった。


「フジサワ、もし闘いになったとしても地力の差でいえばお前が有利だ。月並みのことしか言えんが焦らず、慎重にな」


 トキウチさんからは物の見方や考え方を教わった。

 闘うことにおいてもそうだが、多角的な思考をもてるようになれたのも彼のおかげだ。


「ダイト、ナオについては……いや、敗者が口を出すのはよそう」


「何か気になることがあるのか?」


「いいや、そうではない。ただ、生存者グループで生き残っていた頃、ダイトは私たちを守るのに必死だっただろう? 恐らくナオは、唯一の肉親であるダイトと近くにいても、離れていく感覚に寂しさを覚えたのではないかと思ってな」


 どういう意味だろう。

 共同生活を送っていたのだから、常に近くにいたと思うのだが。


「まあ、兄妹気のすむまで話し合えということだ」


「ああ、わかったよ。それとさっきの試合はごめんな、騙すようなことをして」


「いや、準決勝は紛れもなく私の負けだよ。準備の段階から闘いは始まっている。自らの力に過信し、ダイトと無策でやり合った私が負けるのは必定だ」


 ホタルからは強さを教えてもらった。

 屍者の世界で胸を張って立つ、誰もが死を経験した世界でこれがどれほど難しいことか。


 そして、俺を除く四人が控室から去ろうとしてところで俺は彼らの背中に向かって叫んだ。


「みんな、ありがとう」


 一人ではここまで来られなかった。

 遅れて転生した俺に沢山のことを教えてくれて、沢山のことを経験させてもらったんだ。

 感謝してもしきれない、俺は本当に恵まれている。


「へへっ、礼は優勝してから言えってんだ。そんじゃ後でな」


「あ、マサノブ。ちょっと話したいことがあるんだ」


「なんだよ、今は感動に浸るところじゃねえのかよ」


 すまん、と手を縦にして苦笑いをする。

 そして残る三人は俺たちに気を遣って先に控室を後にする。


「それでは私たちは先に行くとするか」


「およよ? ホタルン、僕たちと団体行動をする気になったのかい」


「有り難いな、これからはもう少し俺たちの言葉にも耳を傾けてくれればいいのだが」


「ふざけるなよトキウチ、私が耳を傾けるのは黒酔とダイトだけだ」


「ぷぷぷっ、マサヤンかわいそす」


「ああ、ナガブチは不憫だな。こんな気性の荒い娘と関わったばかりに黒酔の連中からいいように扱われているのだからな」


「おい、私を茶化しているのか、二人とも」


 そんな会話を聞きつつ、俺たちは三人を見送った。

 そして控室に残った男二人で向かい合い、思わずにやけてしまう。


「なんか、ホタル変わったな」


「そうかもな」


 昔なら考えられない光景だ。

 ホタルが俺とマサノブ以外の男たちと肩を並べて歩く、そんな後ろ姿に感動を覚える日が来るとは。


「で、俺に話ってなんだよ」


「うん、ええと。あのさ、俺が優勝した時は人間に戻りたいって話をしたの覚えてるか?」


「おう、俺たちが人間に戻った暁には、セックスして子供を産みたいって話だろ」


「違う、誰もそんな話はしていない」


 困った男だ。

 冗談を言っているのは分かるが今は時間が惜しい。


「それで、なにを悩んでるんだよ」


「ああ、本当に人間に戻ってもいいのかなって、考えちゃうんだ」


 復元した左腕を見て答える。

 身体一部を失っても、再生できる屍者の身体。もしこの技術があれば幸せに暮らせる人たちが多くいるのではないか。そんな妄想がふと浮かんだ。

 俺の問いに相棒は少し考えこむ、そして真剣な表情で答える。


「卑怯な言い方かもしれねえけどよ、わかんねえよ。だって平等な世界なんてありはしないだろう。俺たちがここに来た頃に、喚き散らしながら銃をぶっ放していたヤツがいただろう。アイツは恐らく平和な時代なら勝ち組だ、でも屍者の世界では蹂躙される負け組。人同士の格差なんてそう簡単になくせるもんじゃねえと俺は思うぜ」


 マサノブの言う通りだ。

 いつの時代でも強者が弱者を喰う図式は変わらない。

 それでも、そんな格差社会がなくなればいいと、俺は常々考えてしまうのだ。


「もし、もしも俺が優勝したら何を願えばいいのかな?」


「ホント、真面目だよなダイトは」と、マサノブはやれやれといった具合に力なく笑う。


 理解はしている。俺は今、見知らぬ相手を救えばいいのかと打診しているのだ。

 もしも優勝すれば一定の人たちを幸せにできる。しかしそれは余計なことをしようとしていると、どうしても脳裏によぎってしまう。


「優勝したら人類保全機構ができうる範囲で望みを叶える。ダイトの考えもわかるけどよ、やっぱり自分が思うように願いを口に出してもいいと思うぜ」


「そう、なのかな」


「少なくともな。俺はダイトのどんな願いでも賛同していいと、考えているぜ」


 まるで俺の悩みを打ち切るように彼は応える。俺はお前の味方だ、と。

 この世界では強者こそが正義だ。でもそんな常識を覆してやりたいとも心の何処かに引っ掛かりをおぼえてしまう。


「とりあえず今は前だけを見てろよ。ナオちゃん、連れ戻すんだろ」


 その通りだ。だから今は忘れよう、世界の事情なんて俺には荷が重すぎる。

 大きく呼吸を一つして、マサノブと向かい合う。


「マサノブ、いつもありがとう」


「礼を言わなきゃいけねえのは俺のほうだ。それに、この大会が終わって人間に戻ろうとも、屍者のままだろうとも俺たちは、チームだろ?」


「……ああ!」


 仕方なく人同士が身を寄せ合う必要がない世界。

 そこで俺は本当に仲間だと思える人物たちと共に歩めたことを誇りに思う。


 マサノブが控室から去り、静かになった部屋の中央で天井を見上げる。

 長かった、時間にしてみれば一ヶ月と十日くらいだろうが、それでもこれほどまでに濃厚な時間を味わったことがないと言っていい。

 屍者になってからのことを思い出して、感慨に耽る。


 そして俺の名前を呼び出すアナウンスが流れ、歩きだす。


 背筋を伸ばして、前を見る。すると、いつもとは違った景色が見えてくる。

 人間だった頃、嫌なことがあれば下ばかりを見て歩いていた。それでも今は、自身を持って、胸を張って妹に会いに行く。



決勝戦

藤沢大翔 対 ミリア・スワンプ


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