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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
74/81

ごめんな

 勝負あり、かな。

 私が斬り飛ばした彼の左腕が宙を舞い、地に落ちる。

 バールごと場外へ弾き出すつもりではあったが、想定していたよりも距離は伸びず、リングの上にカランと音をたてて赤と紺の工具が横たわる。


 私だって鬼ではない。

 彼がここで戦意を失ってくれればそれでいい。追撃はせずに少し距離を置き相手の動向を見守る。腕を斬られて動揺をしているのか、彼はその場で立ち尽くしている。


 何か思惑があったのだろう。そうでなければ見え透いた挑発を彼がするはずもない。

 だがどんな策があったにせよ勝敗は決したも同然だ。片腕で私を止められるほどの力はもう残っていまい。


 傲慢に思われるだろう、しかし私はこの屍者の世界で多くの事を積み上げてきた。

 リング上で幾重にも打ち合い理解したが、彼は私なんかよりも屍者としての身体能力は高いと窺える。それでも負ける気はしない、私には黒酔の皆から教わった多くの技と知恵がある。

 剣術においてもそうだ。河崎シノという人物が木刀を振るう姿は美しく、いつしか心の底から焦がれたものだ。そして彼女にせがんで教えて貰った木刀の振り方。なんでも本格的な剣技などではなく、役者がならう『殺陣』と呼ばれる演技を参考にしたのだとか。


 基礎的な知識と動きを指南されてからは我流で刀を振るい研鑽をした。正しいかどうかはわからない、しかし、師であるシノさんから「もう木刀の扱いならホタルが一番だな」と言われたことが私にとっては密かな自慢なのだ。

 

 もしも彼が全力で襲い掛かってくれば私に勝機はなかった。だが得物の奪い合いとなれば話は別だ。

 力では敵わない、しかし技ならこちらに分がある。ゾンビ相手なら無双をすることができる彼でも、屍者の世界で多くの暴漢を斬り伏せた技の前には彼も無力だ。

 彼は実に素直な動きをする。だからこそ先を読みやすく、隙を突かせてもらった。


 彼は私を傷つけたくはないと言った。だからこそ遠慮なく斬ることにした。

 ここは勝負の世界、彼にはこんな世界は似合わない。

 彼の妹についてもそうだ。きっと彼では手に負えない、彼女の変化は今に始まったことではないと私だけが知っている。感染が蔓延した頃からナオは歪んでいたのだろう。


 あの時はなにも言えなかった。しかし今の私には力がある、だから私が彼の妹を腕尽くでも連れ戻す。

 過去の無念を晴らす絶好の機会、そう控室で炊きつけらた私も単純だなと自嘲する。

 彼の力になりたかった。昔も今もこの想いだけは変わらない。


 そして彼が動いた。

 ゆっくりと、まるでゾンビのように頭を揺らし静かに歩を進める。その先には地に転がるバール、つまり彼はまだ戦意を失っていないのか。

 ここで接敵し、彼を斬り伏せることは容易だ。だが、しかし、動けない。

 脳内に警鐘が鳴り響く。ゆらゆらと歩き、斬られた箇所からおびただしい血が流れても彼は動じることがない。

 固唾を呑む、異常な光景だ。手に持っている木刀が普段よりも重く感じ、剣先を降ろし身構える。


 そして血をぼたぼたと垂れ流し歩く男は、脚を折りバールを拾う。

 あれだけの出血、恐らく長くは持たない。屍者の身体は血液を多く失い、時が経てばゾンビ化する。

 あとは彼の自滅を待てばいい、こちらが優勢なのは間違いない。しかし、彼の異常な行動に思わず目を奪われる。


 傷口から溢れる血を、手に持つバールになすりつけている。

 気でも触れたのか、そうであれば私に責任がある。次こそは一刀で終わらせて、彼を楽にしてやろう。


 だが彼はニヤリとこちらに向かって笑い、得物を構え試合再開を促してくる。

 馬鹿にしているのか、私も腹を括り両の眼で彼を睨む。


 私とて世界最強と呼ばれる黒酔の端くれ、舐められるのは好きではない。後悔するなよ、ダイト。過去の恩義はある、それにダイトが強い人物だとは知っている。しかし、今のお前は滑稽にしか見えないと身体に刻んでくれる。

 

 疾駆する。

 彼の四肢を切り刻むため、先程よりもより速く肉薄して木刀を振るう。しかしこちらの攻撃は弾かれ再び距離をとられる。

 彼は残った右腕でバールを握り、寸前のところで私の攻撃を躱し弾き返してくる。そして何度か打ち合い違和感に気がつく。先程よりも動きが洗練されている。いや、単に動きが速くなっただけだろうか。


 それでも私と五分の闘いができることに関心をしていると、またも妙な違和感に囚われる。

 時間を稼がれている、攻め入ることはせず、彼はただひたすらに私の攻撃を弾くことに専念をしている。

 変だ、彼には時間がないはずなのに、どうして防御に徹しているのか。


 そこで彼の視線を追うと、己の手にある木刀を注視されていることに気づく。そしてふと木刀に目をやれば、どうしてここに至るまで気が付けなかったのかと唇を噛む。

 謀られた。まさか彼がこんな手に出ると思ってもみなかった。不甲斐ない自身に苛立ち、私は思わず叫んだ。


「ダイトっ、私を見ていないなっ!」


****


 痛い、痛い、痛い。

 くっそうホタルのヤツ、なんてことをしてくれたんだ。


 失った左腕の根元に激痛が走ったのは一瞬、バールを拾い上げホタルと打ち合うようになってからじわりじわりと痛みがこみあげてくる。しかし、ここで止まれない。ホタルに気取られないように、再び尻にバールを擦り付けて木刀を弾く。

 恐らくそろそろ気づかれる。しかしもう遅い、彼女の木刀には既に染み渡っているはずだと信じ俺はバールを振るう。


 俺が考えた策は実に単純明快。

 黒酔が持つ木刀は木材、そして木材は水気に弱い、小学生でも知っていることだ。

 

 そしてここからは推測だが人間を屍者へと変貌させたウイルスは植物にも感染している、と俺は考えた。

 まず彼女たちが身に着けている衣服は日本刀ですら傷つかない繊維であり、そして酒場で出会った黒酔の協力者『フィオナ』と名乗っていた人物の発言で、ある一つの仮説が思い浮かぶ。

 あの時、俺たちと黒酔にスタート地点で既に大きな差があると彼女は言った。変な話だ、いくら黒酔が実力者が多くとも、俺たちの生き残った時間を彼女が知るはずがない。


 だが彼女は言い切った。俺たちの持つ武器を見定めながら、勝利することは困難であると。

 男連中の間ではフィオナという女性が、鉄壁の衣服を用意したのではと予想をしたが、それは間違いだ。彼女が用意したのは恐らく木刀、しかも刀身の薄い特別な仕様だ。そしてあの時俺たちが持っていた武器の大半は金属製であり、きっとあの女性はこの違いをそれとなく言い表した。


 そして錯綜する情報を選定し、黒酔の攻略法として導き出した答えが武器破壊であった。

 彼女たちに斬撃は通用しない。打撃であれば通じるかもしれないが有用とは思えない。

 そこで彼女たちの誰かと相対する時に話を持ち掛ける、武器をリングの外に落とした方が負けにしないかと。当然ここで話に乗ってもらえなければご破算ではあるが、俺の提案をのんでくれると幾分か自信はあった。


 彼女たちはプライドが高い。

 目の前にいるホタルが顕著ではあるが、強さに関しては絶対の自信があると窺えた。だからこそ、勝機がある。

 提案に乗った相手を挑発して、仕込んでおいた次の策を実行に移す。

 

 試合が始まる直前、俺はハンカチを水で濡らしズボンの後ろ側にあるポケットにいれた。

 麻素材のズボンは濡れても目立ちにくい、近くで凝視すれば気づかれるだろうが、誰も俺の尻なんか見ちゃいない。

 リング上で堂々とバールに水を垂らしていれば、流石にこちらの目論見にも感づかれる。そこで試合中にさり気なく得物を尻に擦りつけて、水気を帯びさせる。そして木刀と打ち合い時間を稼ぎ、水分が木刀に染み込むまでひたすらに耐える。


 木材を保管する技法に水の中に沈める方法がある。

 これは水中に木材を沈めても数十年もの間は腐ることはない性質を利用しての保管法だが、空気に触れれば話は別だ。

 いくらウイルスに感染した木材は非常に粘り強い材質に変化していたとしても、根本的なところは変わらないはずだ、と高を括り勝負に出た。


「ダイトっ、私を見ていないなっ!」


 ごめんな、ホタル。こっちも貧血でぶっ倒れそうなんだ。文句に付き合っている暇はない。

 俺は最初から木刀を破壊することに全力を注いだ。汗が吹き出し、血が抜けていく。

 下着が水分を吸い取り気色悪いのだが、そんなことを気にしている余裕はない。


 削る、削る、削る。

 高速で振るわれる木刀に小さな傷をつけていく。そして水気を帯びた木刀は、木屑を出すことなく原型を失っていく。

 あともう一押し、俺が倒れるのが先か、木刀が折れるのが先か。

 木刀とバールで鍔迫り合い、ホタルが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


 今思えば俺が考えた策はホタルにしか通用しなかった。

 彼女以外の黒酔メンバーは木刀に頼った闘い方はしていない。しかし、どんな相手にも木刀で勝負するホタルだからこそ俺の策は通じた。勝負は時の運とはよく言ったものだ。


 そして片腕を失った俺がなんとか互角に打ち合えているのは昨夜、金髪の麗人から受けた助言を体現していたからだ。

 目標は木刀、手段はバール、方法は右腕に持つ得物を振るうこと。

 ここにくるまで感覚を掴めないでいた力の引き出し方も、片腕が斬り飛ばされた影響で鮮明に理解できた。元々俺は器用な人間ではない、しかし命令を下す対象が腕一本となれば、彼女の剣戟になんとか喰らいつける速度にまで俺の身体は加速する。

 

 数十、数百と打ち合いお互いに距離をとる。

 これが最後、そう言わんばかりにホタルは身を沈め、公園で怪物の脚を斬った抜刀の構えをする。そして俺もその動きに合わせてバールを強く握り身構える。


 ごめんな、ホタル。

 俺は立派な人物ではない。生き永らえるために、汚いことに手を染めてきた情けない男なんだと今日教えられたばかりなんだ。

 それでも俺は突き進む。あの日妹を、ナオを守ると誓った自分に向き合うためにも。


 一閃。

 互いの位置が入れ替わる。


 俺は手に痺れを覚え、膝をつく。

 もう限界だ、立っていられない。

 呼吸が浅いことに気づき、なんとか酸素を取り込もうとするも、身体が思うように動かない。


 しかし、なんとか首だけをひねりホタルを見れば彼女は困ったように笑っていた。


「……本当に、ダイトは強いな」


 柄だけになった木刀をホタルは投げ捨てたところで、俺の視界は暗転した。

 ああ、これは、情けないな。勝ったのか、負けたのかと確認なんてできやしない。けれど、ホタルが、嬉しそうに、笑ってくれて、よかったな。


西ブロック準決勝

勝者 藤沢大翔

 

 


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