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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
73/81

御免

 時刻は午後六時前。真夏だということもあり、陽が少し傾きかけた頃合いに俺はリングの上に立つ。

 一日を通して行われているP・B・Z本選もようやく終盤になり、場内の熱気は最高潮に達しつつある。


 東ブロックの準決勝は既にミリア・スワンプの不戦勝が決まり、残すところ西ブロックの準決勝と決勝戦。

 俺の目的は妹と二人で話し合うことにあり、この準決勝こそが最大の山場と言える。

 そして対戦相手である人物が場内に姿を現し、観客席は色めき立つ。


『さあ、やってきたぜ優勝候補! 残念ながら皆のお目当てである黒酔ちゃんたちは棄権で姿を消しちゃったけど、まだこの子がいるぜっ。本選一回戦で魅せた闘いは圧倒的な強さを見せてくれたよね、そしてクールな立ち振る舞いも実に魅力的で僕ちゃんファンになっちゃいそう! ねえねえ彼女、この試合が終わったら僕ちゃんと一発どう? キャッハッハ、皆さんナイスブーイング! それじゃあ選手のご紹介だ、黒酔の新入りで優勝候補筆頭、全身黒尽くめの木刀使い、宝塚蛍っ!』


 あの司会者、これ以上余計な言葉を口にすればトキウチさん直伝の鉄拳をお見舞いしてやると心に誓う。

 しかしそんな下らない考えに囚われている余裕はない。俺にとって最大の脅威がゆっくりとリングに向かって歩くのを凝視する。


 宝塚蛍。髪は黒くて短髪、前髪で左目が若干隠れており、その隙間から覗かせる顔つきは整っており無表情。全身を黒い装束で身に纏い、見方によっては男にも見える姿も身体の隆起がそれを否定する。観客からの声援に臆することなく堂々と歩く姿は、公園で声援を受けていた時のことを思い出す。

 凄いなホタルは、俺ならあんなに周囲から期待されれば萎縮してしまうだろう。


 そしてリングに上がったホタルと視線が合い、お互いに微笑する。


「まさかホタルと闘うことになるなんてな」


「そうか? 私はダイトなら必ず勝ち上がってくると確信していたよ」


 これもまた買い被りだ。そしてホタルの弱点と言い表してもいい。

 彼女は、藤沢大翔という人物を信頼しきっている。ありがたいことではあるが、これから彼女に対して行う秘策はまさに裏切りと言っても過言ではない。卑怯者だとか、腰抜けと言われても反論はできない。


『駆け引きを覚えたほうがいいだろう』


 闘い方を教えてくれた人物の言葉が脳内を過る。

 俺なりの駆け引き、うまくできるかは別として、やれることは最大限にやってみようと思い実行に移す。


「なあホタル、本心を話すと俺はホタルとは闘いたくはないんだ。ホタルは俺のことを家族のようだと言ってくれただろう? だから傷つけるようなことはしたくないんだ」


「ああ、それは私も同じだよ。それにダイトと対戦するようなことがあれば棄権をしてもいいと考えていた」


「え、そうなのか?」


「だが先程トウコさんに炊きつけられてな、気が変わった。ダイトはナオの変化に気を病んでいるのかもしれないが、アレは私にも責任があると思う。だからここは私に任せてダイトから譲って欲しいと考えているのだが」


 あの酔っ払いの人、なんて余計なことを。

 挑発をするようにしたたかな笑みを浮かべるホタルに俺は首を横に振る。

 ホタルは信頼できる、だがナオに関しては譲ることはできない。たった一人の血の繋がった兄妹なんだ、今回ばかりは意地でも譲れない。


 さてどうしたものか。このまま確信もない状況で奇策に走るのは愚行だ。

 できればもう少し情報を、と考えていところで名前の挙がった人物を思い出す。


「そうだホタル、トウコさんが一回戦で見せたアレは覚えているか?」


「一回戦? 確か一瞬で相手を撃ち抜いたことか」


「そう、彼女は硬貨のような物を打ち出して相手を場外へ吹き飛ばしたんだよな?」


「ああ、トウコさんは変わり者でな。気に入らない相手は直接手を下さず、袖に隠し持った旧世界の硬貨を投げ飛ばして敵を狙撃したりすることが得意でな。なんでも大昔の小説にでてくる登場人物の投げ銭を模していると言っていたが。それがどうかしたか?」


 俺は「いや、別に」と愛想笑いをして話を流す。

 そして今引き出した情報で自信がついた。


 控室でトウコさんはホタルのことを『黒酔で四番目』と称していた。そしてホタルよりも上の存在には小柄な彼女も含まれているのだろう。

 そんな彼女の動きに俺の眼はついていけていた、となれば考えていた策はホタルに対して通りやすくなる。大丈夫、きっとやれる。そして俺は原稿を読み上げるように、考えていたセリフを口にする。


「提案がある。ホタルは俺のことを家族だと言ってくれたように、俺もホタルのことは家族だとも思っている。だけど、そんな家族と傷つけ合うようなことはしたくない」


「随分と甘いことを。だがそれでこそダイトではあるがな。私もダイトを傷つけるようなことはしたくないが、この場は簡単には譲るつもりはない」


「ああ、わかってるよ。だから俺たちの試合だけルールを追加しないか? 今の勝敗条件は片方が死亡もしくは場外で敗北だろ? そこに『武器をリングの外に落とした方が負け』を追加しないか。これなら互いに傷つけ合う必要もないだろ?」


「なるほど。私は木刀、ダイトはバールをリング外に弾き飛ばされた方が負けということか。了承した、私もそのルールに異存はない。おい、司会者聞こえただろ。私たちの試合にダイトの提案を盛り込め」


『ハイハイ! オーケーよホタルちゃん。ついでに今夜僕ちゃんとの甘い夜も了承してくれると嬉しいんだけど? ウケケ! 顔こわっ、そんな睨まなくてもいいじゃんいいじゃん!』


 あの司会者いい加減にしろよ。

 しかし、これで第一段階はクリア。だがこれでは足りない、あともう一歩踏み込んでいく必要がある。

 ホタルの意識を俺に集中させるためにも、今は悪党を演じるしかない。


「ありがとう、ホタル。それにしてもさ、黒酔の人たちは酷いよね。面倒なことをホタルに押し付けるようなことをしてさ」


「……なにが言いたい」


「ホタルもさ、先輩風を吹かすあの人たちに嫌気がさしたりすることもあるんじゃないか? 確かに実力はあるのかもしれないけどさ、だからといって――」


「黙れ」


 わかってる、ホタルが黒酔を大事にしていることを。

 俺だって本心なんかじゃない。それでも俺に対して優しく、冷静に物事を計れるホタルはやはり脅威なのだ。だからこうして彼女を熱くさせる必要がある。コチラの目論見が露見しないためにも。


「見損なったぞダイト。仲間を大事にするダイトだからこそ黒酔の人たちにも自信を持って紹介できたというのに。彼女たちにこの世界に転生して世話になった恩義は忘れたのか!」


 忘れてなんかいない、俺もそしてホタルもきっと沢山のことを彼女たちに教えてもらった。

 しかし、こうでもしないとホタルから冷静さは奪えない。


「……気が変わった。少しばかり痛い目を見てもらうぞ、腕を切り落とすくらいにはな」とホタルは木刀を引き抜き臨戦態勢に入る。


 これで第二段階はクリア。

 俺も腰にぶら下げたバールを引き抜き、試合開始のゴングを待つ。


 屍者の世界では有数の実力者である宝塚蛍。俺が彼女に真正面からぶつかって勝てる見込みが薄いと金髪の麗人も言っていた。だからこそ、考え抜いた策を確実にするためには心が痛むのも厭わない。

 ホタル、この試合が終わればいくらでも謝る。だから今は俺だけを見ていて欲しい。


『さあ始めるぜ! 勝つのは漆黒の剣客、宝塚蛍か。それとも彗星の如く現れた解体野郎、藤沢大翔かっ! 決勝戦へ進むのはいったいどっちだ! 試合開始ッ!!』


 一閃。漆黒の凶刃が迫る。


 左腕を狙った木刀をバールで弾き、刹那の合間に睨み合う。

 本気だ、ホタルは真剣に俺を斬り伏せようと追撃を仕掛けてくる。それに俺もバールで応戦し、互いの得物が衝突する。

 大丈夫、ついていける。神速を思わせるホタルの剣戟をなんとかバールと体さばきで躱していく。そして数度打ち合ったところで距離を置き、()()()()()()()()()()()


 悟られないように、できるだけ不自然に思われないよう慎重に事を進めていこうとするが相手はそれを許さない。

 探り合いは不要、そう言わんばかりに木刀の嵐が迫りくる。

 腕、胴、脚を狙う攻撃をバールで弾き返し、再び得物を後方へ隠し擦りつける。


『ヒュウ! いいね、大健闘だね解体野郎、ホタルちゃんに押されてばっかだけどアンタ中々にやるねっ! でもさ、空気読もうぜクソ野郎っ! 誰もお前が頑張るところなんてみたかねえのよ! さっさと斬られちまえ、アッヒャッ!』


 雑音を遮断し、目の前に迫る強敵に集中する。

 ホタルの視野を狭くして、俺は時間さえ稼げれば勝機はある。そして彼女の動きにも段々と目が慣れてきた。

 素直、ホタルの攻勢はこの一言に尽きる。

 フェイントもプラフもない真っ直ぐな一撃を寸前のところで弾き、躱していく。打ち合っていくたびに純粋な力比べなら俺の方に分があると感じ始めていた。

 しかしここでホタルは一旦距離を置き、涼し気な表情で俺を煽る。


「思ったよりやるな、黒酔を罵るくらいには実力をつけてきたということか」


「……それはどうも」


 正直な話をすれば力と速さならコチラが優勢だとはなんとなく理解できる。しかし、ホタルの剣術は見事に俺の攻め手を封じ反撃を許さないといった状況だ。

 だがこれでいい。このまま攻撃を凌ぐだけで、俺の目論見は順調に事が進む。そしてもう一度バールを尻に擦りつける。

 しかし、ホタルは揺るがない。それどころか、先程とはくらべものにならないほどの殺意を剥き出しにして宣言する。


「だがもう見切った。ダイト、ここで降参するのならさっきの妄言は聞かなかったことにしてもいい。しかしこれ以上私と打ち合うのであれば、その腕をいただくことになるぞ」


 脅しではない。この後確実にお前を斬り伏せると言うように剣先を俺に向かって突き立てる。

 しかし、退くつもりはない俺は身構る。ここまで意地を貫き通してきた。大切な友人を騙しても俺は前に進まなければならない。


「そうか……残念だ」


 まるで果たし合い。剣豪同士の決闘のようにお互い再び構えをとる。

 あとどれくらい耐え凌げばいいのか、俺は答えの見えない闘いに憂いているところに再び剣先が迫りくる。

 だが問題ない。先程と同じようにバールと木刀の応酬が再び繰り広げられていく。しかし、幾度か打ち合ったところでホタルの小さな呟きが耳に入る。


「あと、十六手」


 意味がわからなかった。

 だが互いの攻勢に変わりはない。このままでいい、そうすれば俺の勝ちが見えてくる。


「あと、十一手」


 違和感に気づいた。

 まるでホタルから振るわれる凶刃が理性を持ったかのように、俺を誘うように感じとれる。


「あと、八手」


 順調にいっているはずだ。実力はほぼ互角。

 しかしホタルの呟きに不気味さを覚える。


「あと、四手」


 どうしてだろうか。

 まるで、どこかに、俺が、誘導されているような。


「御免っ!」


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