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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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相棒

「……いてて、少しくらい手加減しろっての」


「ごめん、マサノブが思った以上に粘るもんだから」


 俺はマサノブに肩を貸しつつ競技場を後にしようとしていた。そして観客席からは拍手と声援、それと懐疑的な声が少なからず耳に入る。しかし、今は気にせず前へと進む。


 屍者の身体能力は生き残った時間が長いほど高くなる。そして俺は覚えているだけでも一年半、マサノブは約半年間。身体能力の差だけで言えば俺が圧勝する、はずだった。

 しかし、マサノブは強かった。

 彼が繰り出す槍は実に攻め辛く、俺が力任せに振るうバールは最後まで彼を捕えることはできなかった。いくらコチラが速く動こうとも、絶妙な距離から繰り出される槍と、俺の行動を先読みでもしているような動きには常に翻弄されたのだ。

 最終的には体力を切らし、疲れ果てた彼をリング上で捨て身の体当たりで押し出し、辛勝することができた。


「冗談だって。手を抜いた、なんて言ったらぶん殴んぞ」


「……ああ、悪かった」


 俺の謝罪は何に対してなのかとは問われなかった。

 きっと彼は言いたいことが沢山あるはずだ。それでも口を(つぐ)み、自らの負けを認めているのか。うな垂れたまま話そうとはしない。

 控室前の通路まで来て、彼を近くのベンチに降ろし俺もその隣に腰をかける。


 少しの沈黙。

 お互い、闘いを終えたばかりだということもあり全身汗だくで目の前の壁を眺める。競技場の方では次の試合でも始まったのか、大きな声援と怒号が振動混じりに伝わる。


「悪かったな、色々と隠し事をしてて」


 彼は壁に向かって小さく呟いた。

 マサノブが謝る必要なんてない。もしも逆の立場であれば俺も同じことをしただろう。しかし、人は謝らなくては気が済まないこともある。だから俺もマサノブの方へは向かずに語りかける。


「ごめん、さっきマサノブに酷いことを言った。それに今まで、マサノブやホタルに無理をさせてきた」


 無理をさせたなんて、随分と無責任な言葉だ。

 相変わらず記憶にはない俺の非常識な行動。それを想像でしか言い表せないことが、今はとても悔しい。どうして俺は覚えていないのか、そんな身勝手な苛立ちを彼にぶつけていたのかもしれない。


「ああ、わかった。だからもうこれっきりにしたい。ダイトはどうだ?」


「これっきり?」


「お互い隠し事はなしにしようぜってこと。どうよ?」


「ああ、わかった。俺も、そうしたい」


「じゃあ昔の話でも聞かせてくれよ。俺、ダイトが家具職人だったなんて聞いてなかったんだけど」


 彼とは色々な話をした。しかし、自分の過去はあまりにもつまらない話だったために、自身の過去を話すことは避けてきたのだが、彼はどうしてもそれが知りたいようだ。

 俺はつまらない話だと、事前に彼へ了承を取って話を始めた。できるだけ無駄なく簡潔に。


 俺が高校二年生の頃。

 大学へ進学を予定していた矢先に国内で大きな震災があった。住んでいる地域には直接的な被害はなかったが、情勢が先行き不安だったのは、当時高校生だった俺でも肌で感じ取れた。

 ある日の夜中、喉の渇きを覚え台所へ向かうと両親の話し声が聴こえ、俺は聞き耳をたてた。聞こえた話を要約すると、一部の公務員は震災復興のため一時金が八割がたカットされるといった話だった。それからは学費だとか、家のローンだとかの話をしていた気がするがいまいち覚えていない。

 そこで俺はある決意をした。高校を卒業したら就職をしようと。


 父は反対した。しかし、反抗期というわけではないが、父とは少し不仲な関係だったこともあり、否定されればされるほど反発して、卒業後は就職するのだと意思を固めた。

 幸いなことに、通っていた高校は進学に限らず、求人票が幾らか斡旋される学校だったために俺は難なく内定を取ることができた。

 父も最初は反対していたが、地元就職ということでなんとか納得はしてくれた。それに俺としても都合がよかった。元々俺は勉強を苦手にしていたし、なにより妹のナオは勉学においてはとても優秀で、妹が何不自由なく学べるのであれば喜ばしいと思えたのだ。それに奨学金とは一つの借金なのだよ、と教えてくれた担任の影響もあるのだろう。


 会社に入社して一年目。

 俺が務めることになった会社は家具を製作する会社だった。社内では歓迎をされ、人手不足だったこともあるのか、一番歳が近い人でも三十代後半の社員で、俺はまるで子供のような扱いを受け、仕事を学んだ。

 入社して二年目。

 会社の経営が傾き始めた。その頃から、俺の指導役だった社長は苛立つことが増え始めていた。

 入社して三年目。

 社長から道具を投げつけられた。職人にとって道具は命だと教えてくれた人からぞんざいな扱いを受けたのはショックだった。そんな社長の振る舞いも俺だけではなく、ベテランの社員にも怒りの矛先が向けられ、彼の怒りを買わないように、俺は静かに仕事に専念するようにした。

 入社して四年目。

 社長が身体を壊した。入退院を繰り返し、そのまま会社での仕事量も減っていった。

 入社して五年目。

 会社が倒産することになった。社長の家族は経営を引継ごうとはせず、他の社員も既に別の道を模索していたために、俺も新しい就職先を探していた。


 しかし、特にこれといった特技も資格もない俺はただひたすらにアルバイトや契約社員として日々を過ごしていた。そんな俺に見かねてか父から勧められた知り合いの企業での仕事に俺は反発した。

 俺は自分でなんとかやれるのだと。自分の力で生きていらるのだといきがり、父とは袂を分かち俺は東京へ逃げ出した。


 話を終えた俺はマサノブの方に向くと、彼は溜息をつく。


「なあ、ダイト。俺が言うのもなんだけどさ、もっと自分の感情を表に出してもいいと思うぜ、お前はさ」


「そうかな、結構好き勝手やってきたつもりで、恥ずかしくて人に話せなかったんだけど」


「馬鹿、全然まともだっての。俺なんて教師に歯向かった勢いで高校を退学してから、なんの取り柄もないくせにでっかくなるんだって調子づいて東京でホストとかやってたんだぜ」


「嘘だろ、マサノブがホストって……」


「そっちかよ! いや、まあ全然指名とか貰えなかったからさ、給料は安いけどそこそこ自分の時間が持てるカラオケ屋に就職してなあなあに生きてたってのはあるけどよ。……けどダイトは昔からそうだったんだな」


 俺が首をかしげているとマサノブは何かを納得したように立ち上がる。

 汗が引いてきた俺も彼にならい、一緒に立ち上がり彼と向き合い視線を合わせる。


「ダイト、俺は人をぶっ殺せるお前が怖かった。でもそんなダイトを頼りにして、なにも言いだせなかった俺が情けねぇ」


「……ああ、俺は隠し事をするマサノブが許せなかった。でも、相棒なんて言葉に(すが)ってた俺も情けない」


「もう隠し事なんてしねえ。これからはダイトになんでも話すぜ」


「俺もだ。これからはマサノブには何でも話すよ」


 たったこれだけ。

 それでも俺と彼は通じ合ったように苦笑いを見せ合う。


 きっと彼とはまだ話すべきことがある。それでも少ない言葉だけで彼とまた通じ合えた実感は俺の胸に染み渡る。

 言葉にはできないけれど、俺にとって長渕将信は最高の友達で、親友で、相棒なのだと。俺はそう思う。


「なあ、ダイト。一つ聞きてえんだけど……俺の髪ってそんなに匂うか?」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 昔は歌舞伎町なんかを練り歩いていたかもしれない彼が、そんな些細なことに気を取られていたとは少しばかり可笑しく感じる。


「大丈夫、俺はもう慣れたよ。ただ、グループで一緒だった女性陣はあまり好意的ではなかったかな」


「くっそう、道理であの時も――」


 そうやって彼は自身の髪をいじりながら無念そうな顔色を浮かべる。

 心の底からこう思う、彼と出会えてよかったと。


「マサノブ、俺も話したいことがある」


 不思議そうな顔をする彼に俺は胸の内を明かす。

 もし俺がP・B・Zで優勝したら人間に戻りたいと願おうか考えていることを、包み隠さず告白した。

 どうなるか分からない。もしかしたら彼は全力で止めにくるかもしれない。それでも隠し事はしないと彼に誓ったのだから。

 すると彼は、腹を抱えて笑いだした。


「ハッハッハ! マジか、ダイトそれ本気で言ってんのか!」


「……やっぱり可笑しいかな?」


「いや、そうじゃねえ。すげえ立派な考えだと思うぜ。確かにこの世界は人類保全機構が言い張るように平等なところが多いい。でもそれは真実じゃねえ、皆わかってる。けどそれを口にだせるやつなんて殆どいねえのが現状だよ」


「それは、この世界を受け入れているから、なのか?」


「大半はそうだろうな。でもなあ、ダイトの考えを曲げる必要はねえぜ。この世界じゃ力があるやつが正義なんだからよ」


「……でも、マサノブは俺の考えには反対なんじゃないのか?」


「いんや、俺だって頭悪いなりに考えたことはあるぜ。このままでいいのかよって感じでな。でもさ、俺には屍者の世界で意見が言えるほど力もない。それに人類が滅亡するかもしれないって判断を一般人の俺が考えられるわけでもねえ。そんなことはお偉い学者さんか政治家が考えることだろうって考えてた」


 彼は自嘲気味に語る。自分は考える資格がないのだと言わんばかりに。


「けどさ、ダイトの考えに俺は賛成だよ。だって寂しいじゃん? どれだけ努力しても報われない世界って。俺がなにかしら頑張ったとは言えねえけどさ」


 俺は首を横に振り否定をする。

 マサノブは努力をした、生き残るために、俺なんかのために全霊をかけて取り組んでくれたのだ。

 そして俺は安堵して彼と見つめ合う。もう隠し事はお互いにない、そんな表情を浮かべ笑い合う。


 俺はこの時『またよろしくな相棒』と心のなかで呟いた。


 それから少しばかりの雑談をしながら、控室に向かう最中に二人で電光掲示板を眺める。

 そこには本選一回戦の結果が記されていた。


「なあ、ダイト。思うんだけど、お前ってやっぱり運がねえよな」


「……うん、俺もそんな気がしてきた」


 俺たち二人で溜息をつく。

 この世界に転生して、俺は色んな人たちに助けられて運がいいと思っていた。しかし、今回ばかりはそうも言えないのが現状だ。なにせ、日本最強と呼ばれる男がその相手なのだから。


本選 二回戦 第三戦

   藤沢大翔 対 時内学


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