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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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相談

「随分と、やり合ったようだな」


 そう彼女は言いながら黒いブーツをかつかつと鳴らし控室に入り壁に背を預けた。

 俺は口を区拭いながらゴミ箱を椅子の下へと隠し、漆黒の少女へと向き直る。


「マサノブに聞いたのか?」


「いや、先程すれ違っただけだが、二人の様子を見れば察しはつくよ」


「……怒ってた?」


「どうかな。一つ言えるのは二人とも同じような顔をしているのは確かだ」


 そう聞いて、少しだけ安堵した。

 彼との言い争いは本音をぶつけたつもりだ。そして俺と同じような後悔が彼にもあるのなら、酷い言い草かもしれないが嫌な気分ではない。

 マサノブに怒りをぶつけるなんてことは間違っている。わかっていたはずなのに、あの時は自身を抑えられなかった。まるで自分の過ちを認めようとしない子供のように。


 昨日の試合で人を殺したのは俺だ、ネット上の情報と周りから向けられる視線を顧みれば弁解の余地もない。

 しかし、覚えていない。これっぽちも頭の片隅にもそんな記憶はない。俺が唯一、人を殺めた記憶は目の前にいるホタルを襲っていた暴漢を手に掛けたときのことだけだ。

 その時はゾンビと間違えて、仕方のない事故だったのだと考え始めたのが悪かったのか。それ以降の記憶を辿ると、自分でも違和感を感じるような出来事の流れが脳裏に浮かぶ。


 きっと、感染症が蔓延した頃からマサノブが言っていた通り、自身の記憶を改ざんしていたのだろう。そして、そんな俺を彼と彼女は見守っていて、恐怖していたのか。

 そう思うと申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。


「ホタルは、知ってたんだよな。俺が、人を殺せるやつだってことを……」


「ああ……しかし、それがどうした? 人殺しとなれば、私だってかなりの数を殺したぞ」


「それは、屍者の世界でってことだろう」


「同じさ。感染が拡がった世界でダイトが手に掛けた者も、どうせこの世界のどこかで生きている。気に掛けることではない」


 ホタルは俺を励まそうとしてくれている。

 気にするな、と。お前がとった行動は別に珍しくもないのだと言いたいようだ。

 その心遣いは、今の俺にとっては有難い。だが、これまで自分自身が忌み嫌っていた暴力行為の最上位、殺人を自身が行っていたと突き付けられた今となっては、罪の意識に押しつぶされそうになる。どうせならホタルも怒りをぶつけてくれればいいのに、彼女の声はいつになく優しい。


「ダイト、ゾンビが蔓延る世界で私と別れた時のことは覚えているか?」


「うん……覚えてるよ」


 俺とホタルが別れた原因、それは夏から始まった感染から二度目の秋だった。

 十名以上いた生存者グループも、一人また一人とゾンビの餌食になっていく中で、俺とナオとホタルは三人で生き残っていた。

 山奥にあった農業用の牽引車。太陽光で充電ができる形式で、一度に長い距離を走ることはできなくとも荷物と人を同時に運べる利便性があり、俺たち三人は牽引車で移動することが当たり前になっていた。

 そして事故は起きた。

 

 暗い山道を移動する最中に車と荷台を繋ぐ連結部分が破損。運転席と助手席には俺とナオが乗っており、荷台にいたホタルが取り残されるかたちとなった。

 妹の忠告を無視して急いで荷台のところまで戻ると、そこにはゾンビの群れ。なんとかゾンビを払いのけ荷台を見てもホタルの姿はなく、悲鳴のような声で俺を呼ぶ妹に促されその場を去った。

 その後も付近を探し回ってはみたが、俺たちとホタルが再会することはなかった。


「本当にごめん。あの後、何度も探しに行ったんだけど」


「謝る必要はない。不幸な事故だったんだ、気にするな」


「ホタルは、どうやって生き残っていたんだ? 俺たちとはぐれた後は」


「一人で生き残っていた。道中、他のグループを見かけたりもしたが、ダイトたち以外は信頼できなかったからな。そのおかげか、私はそこそこ長く生き抜くことができたよ」


 ホタルは強い子だ。

 最初に出逢った頃は世間知らずとでも言うのか、質の高い教育を受けていた節がある反面、非常識な思いつきや行動を取ることが少なくなかった。

 それでも彼女はとても意思が強く、守られる立場を嫌い、積極的に危険な役割を引き受けたりすることもあった。


「ダイト、私は感謝しているんだ。あの時、もしもダイトが手を差し伸べてくれなければ、きっと身体も心も穢され、屍者の世界で胸を張り生きることはできなかっただろうからな」


「……ホタル」


「何度だって言うぞ、私だけではない。一緒に行動していたグループの皆もそうだ。ダイトが、人を殺し、己の心を殺し私たちを守ってくれたからこそ尊厳を失わなずにいられたのだ。だから、ダイトも誇っていい。自分を責めるようなことを考えるな」


 俺はその言葉に短く感謝の言葉を返し、視線を落とす。

 少しだけ救われた気がする。間違っていないのだと、しかしここで苦言を呈さられる。


「しかしな、正直な話をすればもっと早くに相談をして欲しかった。きっとマサノブも同じ考えのはずだ。ダイトは一人で何もかも背負いすぎだ」


「それは、本当にごめん」


「だから謝らなくていい。前にも言っただろ、私はダイトたちのことを家族だと思っている。家族からなにも悩みを打ち明けれないのは、存外寂しいものだぞ?」


 情けない、以前の俺であればそう考えた。

 でも今は違う。ホタルはこの世界で俺なんかよりも有名で、恐らく黒酔の人たちと行動を共にして多くの修羅場をくぐってきたのだろう。


「……相談を、してもいいかな?」


 彼女は小さく頷いて、俺は悩みを打ち明ける。

 記憶を改ざんする自分が怖いこと、屍者の世界で感じてきた不安を全てを吐露した。その間、ホタルは黙って話を聞いてくれていて、一つまた一つと話していく間に胸がすくような気になっていく。

 全てを話終わり、彼女と視線が合う。


「ああ、わかった。ダイトの考えはよくわかった。それでは、これからどうする? もう試合は諦めるのか?」


「え、ホタル。俺の話を――」


「ちゃんと聞いたさ。だがそれはもう過去の話だ。例え悩みがあろうとも進み続ける。昔の私のような弱者を助け、気高く誠実な男。それが私の知る藤沢大翔のはずだ。ならばまずどうしたいか、思いついたことを言ってみろ」


 買い被りすぎだ。俺はそんな高尚な人柄なんかしていない。

 しかし抗議することは許してくれそうもない彼女の顔つきを見て、なにをするべきか考えてみる。

 手に掛けた人たちに謝罪へ行くべきか。そんなことを提案すればホタルが激怒するのは目に見えている。

 だから今一番やりたいこと。そう自分に言い聞かせ思いついた言葉を口にする。


「マサノブに、謝りたい。これまでのこと、さっきのことも全部」


「……それは勧められないな。謝罪で二人の関係を解決するのは難しいだろう。歪みか、いや、見えない亀裂のようなものが二人の間にはあった。それを互いに気が付かないフリをしていたようなものだ」


「それじゃあ、どうすれば」


「簡単だ、一度全部ぶち壊してしまえばいい。そしてまた一緒にいたいと互いに思えば、関係を築いていけばいい、二人でな」


「ぶち壊すってそれは、どうしたらいいんだ」


「丁度おあつらえ向きな状況ではないか。今私たちがどこにいる? どうせなら公衆の面前で思い切り殴り合ってこい」


 ホタルさん、本当に逞しくなりましたね。

 勇ましい意見に苦悩していると、やれやれと言わんばかりに彼女は溜息をつく。


「ダイトはここに、P・B・Zに何をしにきた?」


「ナオと会うために……」


「それではどうすれば会える?」


「本選の決勝まで行けば、会えるはず」


「それだよ。ダイトもよくわかっているはずだ。人は全てを救えない、感染の拡がる世界で散々わからされたことじゃないか。しかし今は自分の考えを最優先にしていいんだ、力があるのならな。もし、まだうじうじ悩みたいのであれば大会の後にしろ。その時はまた私が話をきいてやる」


 そう言いながら彼女は俺に背を向け、控室の出口へ向けて歩き出す。

 まるで尻でも蹴飛ばされた感覚に俺は思わず立ち上がる。


「ホタル……ありがとう」


「健闘を祈る、とは違うな。せいぜい手加減してやれよ」と、彼女は言い残し控室から出ていった。


 それから程なくして俺の名前が呼ばれ、会場へ向かう。

 そこには怒っているような、困っているような表情の彼がいた。


 いまだに胸のつかえが取れたわけではない。

 それでも今は全力で彼と向き合おう。


「おい、ダイト! 本気でいくからな! 覚悟しろっ」


「……ああっ!」


 そして俺は十五分以上に渡る激闘を制し、マサノブに勝利した。


一回戦 藤沢大翔 勝利 二回戦進出

 

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