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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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喧嘩

 会場の外に出ると、今日も強い日差しが照りつける。

 本選の初戦まではあと三十分といった頃、俺はとある人物との待ち合わせのために競技場の外へと足を運んでいた。

 本選出場者が外をうろついているのが珍しいのか、俺の方を指差してひそひそと話す人たちが数人見受けられる。なんだか有名人になった気分だ。


「ダイト、悪いな急に呼び出したりして」


 そこへ待ち人が姿を現す。俺とナオの父親である。


「父さん、こっちに来てたんならもっと早く連絡してくれたらよかったのに」


「それは、まあ、邪魔をしては悪いと思ってな」


 今朝がた父から連絡があり、電話ではなんだからとこうして会う約束をした。

 子供の頃は大きく見えた父親も、雑踏の中で顔を合わせれば少し小さく感じるのは気のせいだろうか。そして、どことなく元気がないようにも見える。人混みにでも疲れたのだろう。


「それでダイト、ミリアという人物には会えたのか?」


「うん……父さんが言っていた通り、ナオだったよ」


「……そうか」


 先日実家に帰った折に父から教えられた情報は正しかった。

 得体の知れないチームコレクトに家族が所属している。明らかになったこの事実だけでも俺と父の間には少し気まずい空気が流れる。意気消沈する父を見て俺もどう声をかけていいのか悩む。

 だがナオと話ができる機会を得られるかもしれない俺がしっかりしなくては、余計に父を心配させるだけだ。


「大丈夫だよ父さん。俺がなんとかしてナオを連れ戻すから」


「それは、ナオが戻ってきてくれれば確かに嬉しいが……無理強いはしなくてもいいからな」


 父は知らないようだ。ナオが所属するチームには胡散臭い噂が多いいと。

 だがしかしそれは仕方のない話、俺が耳にした情報はこの世界でも頂点に君臨する人たちから聞いた話だ。


「さて、ナオについてはダイトに任せよう。わしはなんの力にもなれそうにないからな。それに、今日はお前に用があって呼び出したんだ」


「俺に? 一応言っておくけど黒酔の人たちは――」


『パァン』


 頬にひりひりとした衝撃。

 突然、父から平手打ちをされた。急な出来事に理解が追い付かない。


「家庭内暴力なんて言うなよ? 別にお前をあんな風に育てた覚えはない、なんて言うつもりもない。だがな、わしは今一人の人としてダイトに文句を言ってやらねば気がすまんのだ!」


「え、ちょっと、言ってる意味が……」


「わしはお前が、感染が拡がってどのようにして生き残ったのかは知らん。でもな、あんな……あんな惨いことをしなければならないほどなのかっ」


 父は先程までとは違い、顔を真っ赤に染めて憤る。

 どうしてこんなにも怒っているのか、まるで見当もつかない。


「父さん待ってくれ、なんで――」


「わからないとでも言うのか? だったらコレはなんだっ、説明してみろ!」


 そして父は手に持っていた端末の画面を俺に向かって見せつけてくる。

 その画面には一人の人物が映し出されていた。


****


 俺は走りまわった。

 息が切れるのを厭わず一人の人物を探し、右往左往と競技場内や外を駆け巡り、そして見つけた。

 彼は人気の少ない競技場の外にいて、まるで誰かを待っていたかのような素振りでコチラに向かって振り返る。


「……よう、ダイト。どうした? そんな汗だくになって、誰かを探しているのか」


 彼はぶっきらぼうに問いかける。

 いつもの明るい調子はなく、冷静な態度そのものだ。

 だが今は、そんな対応が腹立たしい。


「マサノブっ……聞きたいことがある」


「ああ、なんでも聞いてくれよ」


 待っていましたと言わんばかりの顔にさらに苛立ちがつのる。

 どうしてそんなに落ち着いていられるのか、あんな狂人を、そんな行いを友人が見過ごしてきたというのに。


「あれは……いったい、なんなんだっ」


「あれじゃわからねえな。ハッキリと言えよ」


 静かに、冷静な対応をする彼がさらに憎らしい。

 わかっている、俺が今から何を問いただそうとしているのかをマサノブは理解していて、待っている。

 口に出したくもない。それでも俺は振り絞るように、声にださなくてはならない。


「昨日の、中堅戦……あれは、あんな惨いことしていたのは、()()()()?」


「……なに言ってんだ。他に誰がいる? Aブロックの二回戦、俺たちのチームで中堅を務めたのは紛れもなく藤沢大翔で、相手をズタボロにしたのも藤沢大翔じゃねえか」


 頭が真っ白になる。

 言って欲しくなかった。口にしないで欲しかった。

 けれど、俺が一番に信頼を寄せる彼が、真っ直ぐに俺の眼を見ながら吐き捨てる。


 藤沢大翔が、人殺しであると。


「なんで、なんでなんだっ、俺は全然覚えてない、知らないんだっ。お、お、俺はあんな酷いことを――」


「今更なに言ってんだか。俺の知る藤沢大翔は昔からそうだぜ? 外道は分け隔てなく、見境なく殺すのがお前だろう?」


「違うっ! 違う違う違う、出鱈目だっ。だって、俺は、そんな記憶は」


「羨ましい脳ミソしてるよ、ホントにさ。自分に都合の悪いことは全部忘れちまいやがるんだから。お前の周りは皆知ってるぜ、藤沢大翔が悪党は許せない性格で、そして容赦なく人を殺せるやつだってな」


 胸が唐突に熱くなり、その熱が喉までさしかかり、俺は吐いた。

 胃の中にあった物を吐瀉物として地面に吐き出し、目から大量の雫が零れだす。


 なんで、なんで、なんで。

 そんな、酷いことは、嫌いなのに。俺が、避けてきた、ことなのに。

 相変わらず記憶にはない。けど、けれど、記憶にはなくとも記録には残っている。

 認めたくない、信じられない。でも、でも、昨日、俺は、人を殺していた。


「おい、いい加減に認めろよ。なあ、お前は、藤沢大翔は人殺しだってよ。でも俺は責めるつもりなんてさらさらないぜ。助けてもらったからな、あの状況で頼れるのはダイト、お前だったんだからな。仲間に危害を加えそうなヤツを容赦なくぶっ殺せる藤沢大翔がな」


 どうして、そんな酷いことを言うんだ。

 マサノブから、相棒から、友達からそんな言葉は聞きたくない。


「逃げるなっ! ダイト、なあ。俺はもうウンザリなんだよっ、いつもいつもそうやって自分だけ都合よく忘れて、覚えてないで済ませんなよ。いいか? 俺も、ホタルも、ナオちゃんも、グループで一緒にいた連中全員ダイトに助けられたんだよっ。すげぇヤツなんだよお前はさ、俺たちの英雄みたいなもんだ。だからさ、頼むよ……ああ、クソっ! 言ってやるよ、俺はお前が怖かったんだ! ゾンビなんかよりもな、平気で人を殺して、記憶にはございませんみたいに振る舞ってるお前がなっ!」


 頭が、働かない。

 目の前にいる人物はよく知る相手なのに、今は理解を恐れている。

 嫌だ、怖い、寂しい。もしこのまま彼の言葉を聞き続けたら、もう一緒にはいられないんじゃないか?


 再び嘔吐して、口に残る残骸を何度も口内から吐き出す。

 視界が眩み、おぼつかない脚は今にも崩れそうだ。だが、倒れるわけにはいかない。どうしても、確かめたいんだ。彼の口から、安心できる一言を。


「……マサノブ、俺たち、友達だよな?」


 自分でもなぜこんな言葉が浮かんだかのかわからない。

 それは、たぶん、寂しいと感じて発した言葉なのかもしれない。

 しかし、俺の発言は、彼の逆鱗に触れた。


「……ッ! おい、ふざけてんじゃねえぞ! いちいち友達だとか口にして、安心しないと満足できねぇのかよ、お前はっ」


「違うっ、そんなつもりで言ったんじゃない!」


「じゃあなんなんだよっ! そんな薄っぺらい言葉で済む仲じゃねえだろっ、命預け合ってきたじゃねえか、俺とダイトはっ」


 彼は今の俺と同じくらい苦しそうに訴える。


「だから、だからよお。一人で背負うなよ、頼むからっ! 俺は、お前にとって足手まといなのかよっ」


「……そんな、こと」


「じゃあなんでダイトばっかり苦しそうにしてんだっ、忘れちまってるんだっ! 言いたいことがあるなら言えよ、むかつくんだよ。自分だけ背負い込んでヘラヘラしてるお前がなっ!」


 彼の言葉はもはや支離滅裂だ。

 そして、俺の思考も、これまで行ってきた行動も、全て。


 段々と頭に血が昇ってくる。

 どうして俺はこんな風に言われっぱなしなんだ?

 だって、正しいことを、してきたつもりなのに。どうして、腹が立つなんて、言われなくてはいけないのか。


 なぜ彼は指摘してくれなかったんだ。一番傍にいてくれたのに。

 怖いだなんて、随分と勝手な言い草じゃないか。

 言いたいことを言えと、彼は言った。それなら言ってやろうじゃないか。


「……それなら、なんでマサノブは隠してたんだ」


「あ?」


「頼まれてたんだろ、黒酔の人たちからマキちゃんの店とか守るようにさ……俺は一言もそんなこと聞いてないぞ」

「今はそんなことどうでもいいだろっ、関係ない話に逸らそうとするんじゃねえ」

「関係あるっ、マサノブは口では相棒なんて言っておきながら隠しごとばっかりだ! 他にもあるぞ、ハマダって人には頼み事しておいて俺には何も相談してくれなかった!」

「それはお前に悟られないようにするためなんだよっ」

「どうして、そこで直接言わなかったんだよ」

「言えるかよバカっ! 大体記憶がないお前にどうやって説明すりゃいいんだよ」

「言えばよかっただろ、この世界ではもうゾンビなんかに怯える必要もないんだから」

「ああ、そうだよ、その通りだ。いつもお前が言うことは正しくて、皆そうやってダイトに怯えながらついていったんだからな」

「……っ! 怖がらせるつもりなんてない! 俺だって、俺だって色々と考えて行動してたんだよ、あの時は」

「へえ、そうかい。それじゃあ記憶にないってのもありゃ演技か? だったら大層な役者だなお前は」

「演技なんかじゃない! でも……記憶には、ないんだ」

「そうかそうか。じゃあ悩むことを放棄した結果がアレか。怖えよな、あんな殺人鬼みたいなやりかたで人を殺してたんだな、さぞホタルやナオちゃんも気をつかっただろうな」

「放棄なんかしてないっ」

「してただろ! つうかな、悩みがあるなら俺たちに相談するなり、禿げ上がるほど頭つかって悩んでればよかっただろがよっ!」

「ハゲなんて簡単に言うな! 中学生のころ父親の頭を見て本気で育毛剤を使おうか悩んだ気持ちがわかるのかお前は!」

「はあっ? 急にわけわからんこと言ってんじゃねえぞてめえ!」

「うるさいっ! 自分はもじゃもじゃしてるからって偉そうにするな! それにそのドレッドヘアー、匂うんだよっ!」

「なっ、そんなこと気にするとか器が小さいんだよ! イカした髪型には犠牲がつきものなんだよ!」

「全然イケてないんだよ! 昔からそうだ、マサノブの趣味は理解できなことが多すぎるっ」

「だったら無理に付き合おうとするんじゃねえよ! そういうところが前から気に食わなかったんだ、適当に合わせてばかりで本音を話そうしねえだろっ」

「気を使っていただけだ! そんなこともわからないのかよ! 大体な昔から思ってたけど、もっとホタルに優しくしてやれよ、女の子だぞ」

「お前がそうやって甘やかすからホタルがつけあがるんだよっ! 大体前からダイトは女相手に甘いことしか言わねえよな! なんだよっ、シノさんシノさんって。黒酔の犬かよ、お前は」

「そんなんじゃない! マサノブだって黒酔の人たちの言いなりだったじゃないか!」

「うるせえ! やんのかてめえ!」


『警告、出場者同士の私闘は禁じられております。繰り返します――』


 俺とマサノブが互いに胸ぐらを掴んだ頃に、巡回中のドローンから警告が発せられる。

 互いに肩で息をつき、睨み合う。


「ああ、そうだぜ、丁度いい機会だ。……この続きは一回戦で決着をつけようじゃねえか、ダイト」


「……ああ、わかった」


 そして俺たちは手を離し、控室へと向かった。


****


 どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。

 悪いのは、どう考えても俺だ。


「うっ……」


 父親から見せられた動画を思い出し、近くにあったゴミ箱に再び吐く。

 人殺し、キリングマシーン、残忍な男。

 掲示板で好き勝手に書き込まれた内容は、昨日の俺を、今までの自分を物語っている。


 悔やんでいいのか、悩めばいいのかもわからない。

 記憶にはない、そんな自分が腹立たしい。


 競技場内に用意された個人の控室で途方に暮れていた頃に、一人に来客が訪れる。


「ダイト、少しいいか?」


「……ホタル」


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