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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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長い一日の始まり

 会場がざわつく中で、俺は出場者が集うエリアからホタル見つけ出し話しかける。


「ホタル、黒酔の人たちになにが――」


「……少し待て」と、黒髪の少女は端末を耳に当て、どこかへ電話をするようだ。


 世界最強と呼ばれる黒酔のメンバーが揃って棄権。彼女たちの活躍を心待ちにしていた観客席からは罵声、怒声が飛び交っている。あと少し待てば暴動でも起きそうなくらいに、一部では騒動が苛烈さを増している。

 司会者や人類保全機構が用意した警備用のドローンが会場全体に繰り返し警告を発する中で、ホタルの電話は繋がったようだ。

 よかった、と胸を撫でおろす。どうやら問題に巻き込まれた訳ではないみたいだ。


「もしもし、シビルさんですか? ええ、はい。今聞きました。それで、どうしていきなり? ……ハアッ!?」


 ホタルが怒った。


「いやいや、いきなり過ぎるでしょう。大体私と闘うことを楽しみにしていたはずでは……え、もうどうでもいい? どれだけ気まぐれなんですかアナタはッ! シビルさんはいつもそうやって――」


 俺はなんとかホタルの気を静めようと、身振り手振りで落ち着くように促すが効果がない。そしてさらに熱が帯びてきたのか口調が段々と荒れ始める。

 普段は冷静沈着、落ち着いて見えるホタルでも一度火がつくとだれ彼構わず噛みつく姿を、昔マサノブが狂犬のようだと例えていたことを思い出す。


「なんで私になんの相談もなく……え? ええ、近くに居ますけど。はい、分かりました……ダイト、シビルさんが電話をかわれとさ」


 と、俺に向かって端末を差し出してくるホタルは不機嫌そのものだ。

 端末を受け取り、耳を当てる。


「お電話かわりました、藤沢です」


『よお、フジか。悪いんだけど、ホタルのことなだめておいてくれねえか? かなり怒らせちまったみたいだからな』


「それは構いませんが。突然棄権だなんて、何か問題があったわけではないんですか?」


『ああ、少し前に話したじゃん? バイクで世界をまわってみたいって。それを実行しようと思ってさ、世界を旅する準備のためにP・B・Zとかどうでも良くなったんだよ、ハハッ』


「え……確かに聞いていましたけど、本当に急ですね。それにホタルも何も聞かされていなかったみたいですが?」


『え、ええと、それはだな。ほら、流石に大会で黒酔が全員いなくなったら大会が盛り上がらねえだろ? だからさ、ホタルとフジで頑張って盛り上げてくれよ、な!』


 どうも噓くさい。

 仲間を大切にしている彼女から、ホタルを置き去りにするような発言はなにか釈然としない。

 余りに突飛な話ではあるし、電話口の向こうからはなにやらコソコソと話声が聴こえる。


「他の黒酔の人たちも一緒にいるんですか?」


『ん、いるぜ。……ちょっと待て、サラとかわるから。……もしもしフジくん? サラですけど、ごめんなさいね、面倒事を押し付けたみたいで』


「いえ、別に。それで、今どちらに?」


『今はまだ会場の近くよ。これから私たちの部屋に向かうところなのだけれど。それでね、フジくんちょっとお願いがあるの』


「俺にですか?」


『ええ、私たちがここを留守にしている間に、マキちゃんの喫茶店やルミさんのバーを守ってあげて欲しいの。フジくんの友達のモジャ男くんにも昔からお願いをしていることなのだけれど、いいかしら?』


 マサノブからその手の話は聞いたことがない。水臭いな、黒酔の人たちからそんな仕事を頼まれていたのなら俺にも相談してくれればよかったのに。


「はい、分かりました。その、シノさんも近くにいるんですか?」


『……うん。でも今はちょっと話はできそうもないから、また今度シノから連絡するように伝えておくわね。それじゃあ大会頑張ってね』


 そこで通話は途切れた。

 通話の様子を黙って見ていたホタルに端末を返し、二人で溜息をつく。

 先程まで癇癪(かんしゃく)を起こしていたホタルも今では落ち着きを取り戻したらしく、互いに覇気のない声色で話をする。


「ホタル、黒酔の人たちっていつもこんな感じ?」


「まあ、そうだな。黒酔は平等で互いの行動に深く干渉することは少ない。だが、チームとして動く場合は大抵シビルさんの決定に皆ついて行くからな。彼女がP・B・Zに出ないと言えば、他の人たちもそうなるだろう」


「でも、大会で優勝した時にはどんな願いでも叶えられるかもしれないのに。それを捨てでまで旅に出るなんて……」


「価値観の違いだろうな。巨万の富や権力にも彼女たちは目が眩むことはない。だからこそ私も黒酔に入った理由の一つでもあるんだがな」


「まあ、ホタルが納得してるならいいけど。それにしても、同じチームのホタルになんの相談もしないなんて、酷い話だな」


「恐らくトウコさん辺りが思いついた悪戯だろう、闘う私を見て楽しんでいるのだろうさ。それとな、ダイト。例え彼女たちの振る舞いが気に障っても、私の前で黒酔を愚弄することは許さんぞ?」


「わかった、ごめん。謝るよ」


 とりあえずシビルさんからの頼みはこれで解決だろう。

 話をしていく間に普段の調子に戻ったホタルと別れて、出場者の列に戻り抽選の時を待つ。


 よく考えれば俺にとっては実に都合のいい展開だ。

 本選で強敵となり得た黒酔の五人が揃って棄権。優勝は置いといて、妹のナオと話し合える確率はかなり上がった。できれば、早い段階でその機会が訪れればいいのだが。


『ハアイ! それでは抽選を行いますよォ! 出場者の皆さまはAブロックの代表から順にクジを引きにきてくださぁい!』


 観客席が沈静化され、本選の抽選が始まった。

 Aブロックの代表である俺たちから順番に、司会者の側に置かれている抽選箱の元へと歩を進める。


『広末拓郎選手、一番!』


 本選トーナメントに出場者するのは十五名。

 一番から八番までが東ブロック、九番から十五番までが西ブロックだ。


『時内学選手、十二番!』

 

 できることならここまで同じチームだったメンバーとは闘うことは避けたい。

 しかし、三分の一という可能性は高い。


『藤沢大翔選手、九番!』


 そして俺は西ブロックになった。

 対戦表に自身の名前が浮かび上がり、中々に嫌な位置だと心底思う。


『宝塚蛍選手、十五番!』


 観客席から驚きの声が上がる。

 西ブロックの十五番とはシード枠、つまりは一回戦免除の立ち位置である。それに黒酔のメンバーだと知れ渡っている今なら、ホタルが自然と優勝候補筆頭になるのは言うまでもない。観客席からも期待が込められた声援が飛ぶ。


 そして順番にクジが引かれていき、俺の妹であるナオ。チームコレクトのミリア・スワンプが抽選箱の前に立つ。


『ミリア・スワンプ選手、四番!』


 頭を抱える。せめて同じブロックになってくれればよかったのに。

 俺とナオはほぼ正反対の位置。つまり決勝まで行かなければナオと話す機会は得られない。

 黒酔のメンバーがいなくなったことで都合がいいとは感じたが、そう何度も上手くはいかないものだ。

 そして、クジを引き終わったナオは俺に向かい一笑し、再び能面のような顔つきに戻る。


『さあ、それでは本選で雌雄を決する勇者たちがトーナメントに出そろいましたよォ! 開始はこれから一時間後、場内の時計できっかり十時から始めます。初戦は広末拓郎選手 対 アデックス・マホーン選手! お楽しみにッ』


 司会者のアナウンスを聞き、出場者はそれぞれの方角へと散っていく。

 これからは敵同士と言わんばかりに、チーム内で話あうことはなく俺は一人取り残され、会場に設置されたホログラム式の掲示板を見てはうな垂れる。

 何度も対戦表を眺めながら、幾度となく溜息を漏らす。


 可能性は充分にあった。覚悟もしていた、つもりだった。

 それでもまさかこんなに早くその時がくるとは、思い通りには事は進まないものだ。


本選 五戦目

藤沢大翔 対 長渕将信

 

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