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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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秘密の話

「それじゃあ、なにか煙草の礼をしなきゃな。なにがいい?」


 以前にも無償で貰い受けた物だから礼はいいと伝えたが、彼女は借りを作らない主義のようだ。

 いくら遠慮しても、何か欲しがれの一点張りで譲ろうとしない。


「それでは、色々と質問をしてもいいですか?」


「いいよ、なにが聞きたい?」


 興味がある。

 屍者の世界で頂点に立った人物。この身で闘いの場へ赴き、改めて彼女の偉大さが理解できたような気がする。多くの人から注目と野次を集め、それでいて堂々とした立ち振る舞いをする彼女はどんな考えを持っていてどんな物の見方をするのか。

 勿論、河崎シノという彼女自身にも。


 今、彼女との距離はとても近い。それこそ少し前のめりになれば身体が触れてしまいそうなほどに。酒がまわっているのか、上気した彼女は妙に色っぽく、目尻が下がりとろんとした表情を浮かばせる。

 周りから見れば男と女が、甘くてとろけそうな時間を過ごしているようにも見えるだろう。

 しかし、気を付けなければならない。俺はこの人に一度殺されかけている。

 また彼女の逆鱗に触れるような話題は極力避けて、慎重に言葉を選んでいく。


「シノさんはP・B・Z第三回大会で優勝した際に『ターゲットシステム』を願いましたよね? 昔の世界で言えば賞金首みたいな仕組みですが、どうしてこんな願いを?」


「……」


 あれ、もしかしていきなり地雷を踏んだのか? と、気を揉んでいると彼女はふっと笑い口を開く。


「昔は自分の力に自惚れていたのかもしれないな。退屈な屍者の生活に刺激が欲しかったのか、最初は悪党でも成敗してれば気晴らしになるかもって軽い考えだった。だけどさ、まさか自分が標的にされるなんて思いもしなかったな。この世界で一番の悪党に、私がなるなんてさ」


「悪党だなんて……シノさんにはホタルも救われたと思いますし、それに悪事をしているわけではないでしょう?」


「どうかな、見方の違いさ。私はこの世界一番多く、元人間である屍者を殺している。こう聞いたらとんでもない悪党だろ」


 寂しそうに、彼女は自嘲気味に笑う。

 きっと本意ではない結果を諦めて受け入れた、そんな表情をしている。頂点に立った者にしかわからない悩みなのかもしれない。


「それでは今回のP・B・Zでシノさんが優勝した場合はどんな願いを?」


「特に考えてないかな、今回はシビルに付き合った形だしな。本音を言えばP・B・Zなんてどうでもいい」


「今あるターゲットシステムを改善しようとは考えないんですか? 例えば、自分は適用外になるとか」


「それは魅力的ではあるな。けど世界ってのはそう簡単にできていない。河崎シノという存在が上位に君臨することにより下手に動けないって連中は結構いるらしくてな。だからって訳でもないが、お役御免になるまでの間は悪党の蓋でも演じておいてやろうかなと考えているよ。暇潰しも兼ねてね」


 まるで他人事のようだ。

 河崎シノはこの世界の安全装置、もしくは悪党の抑止力のような存在だと宣言しているようなもの。その役割を多くの人たちから目の敵にされても続けてきたのだろうか。


「それって辛くないですか? 見ず知らずの相手に命を狙われ続ける状況は」


「もう慣れた、うんざりするくらいにはな。それに悪い話ばかりでもない。意外なところで優秀な協力者と出逢えたりするからな、私が今飲んでるワインなんかもその功績の一つさ。人と新しく信頼関係を築くにはこの世界じゃ難しいからな、荒事を片付ければ旨い酒が手に入ると考えれば悪くない」と、彼女は傍に置いてあったボトルに口をつける。


「本当にワインが好きなんですね。シノさんに限らず他の人もですけど」


「それはだな……フジ、一つ聞くがお前はまだ記憶が戻りきっていないんだよな?」


 彼女が言う記憶とは屍者になる前のことを指すのだろう。俺の記憶はナオがゾンビに喰われた場面で終わっていて、それ以降は思い出すこともなく、頭痛もこない。であれば、俺の生き残った期間もそれまでだと思っているのだが。


「それは、わかりません。ただ、ここ最近は過去のことを思い出すことはないですね」


「じゃあ自分が死んだ時の記憶は?」


「……記憶にはないです。でも、それがなにか先程の話と関係が?」


「まあ、な。自分が死んだ時の記憶なんて不快なだけなんだよ。けど屍者になって普通に生活している間にふと思い出してしまうこともある。そうなると眠れなくなって頭がパンクする連中もいたりしてな、気を紛らわせるために酒をのんで逃避するってヤツが多いいんじゃないかな。私だってそこまで酒が好きなわけじゃないさ」


 最後の部分は少し嘘っぽいが、俺は成程と相槌を打つ。

 人間だった頃は考えてもみなかった。映画や小説なんかでも、登場人物が死後の世界を舞台に活躍する話はそう珍しくない。だが、実際に全人類が死亡し蘇った後の世界では、自身の死に様に苦しめられる人も少なからずいるのだろう。

 自分の死が記憶にない俺は、幸運なのかもしれない。


「なあ、フジ。私からも質問していいか?」


「え? ええ、どうぞ」


「もしもフジがこの大会で優勝した時は、どんな願いをするつもりだ?」


 それは、実に答え難い。

 妹と再会した時は熱くなってこんな世界をぶち壊してやると考えた。それは屍者を人間に戻してしまえば妹が元の藤沢奈央に戻り、シノさんの心が少しでも癒え、さらにこんな暴力的な世界が無くなればいいと考えての事だ。

 しかし、もしも彼女が屍者の世界を受け入れているのであれば、俺の考えは余計なお世話というやつだ。

 だが反対に彼女が俺の考えに賛同してくれれば、これほど心強い味方はいない。


 賭けてみる価値はある。

 他言するなとは言われていたし、相棒にも言ったことがない胸の内を明かす決意をする。どの道、世界最強と呼ばれる彼女が大会に出場している時点で優勝する確率は低い、ダメで元々だ。


「俺が優勝した時には……屍者から人間に戻れないか、願ってみようかと思います」


「……へ?」


 背筋が凍る。この位置で、彼女の怒りを買えば逃げ場はない。

 彼女はきょとんとした表情で俺の告白を聴き、そして


「アッハッハッハ! それは、ハハッ、すげえこと考えてたんだな、お前は」


「……そんなに、可笑しいですか?」


「フフッ、ああ、とてつもなく可笑しい。ククッ、こんなに笑ったのは久しぶりだ」


 彼女は笑いのツボでも刺激されたかのように星空に向かって笑い飛ばす。そしてひとしきりに笑い終えたあと、上気した頬はそのままでも真剣な視線で俺と見つめ合う。


「フジ、笑ったことは謝るよ。どんな願いをしようとお前の自由だからな。でもな、考えたことはあるか、自分の立ち位置ってやつを」


「立ち位置、ですか」


「そう、この世界のだ。昔はバイトして無名の役者だった私が、今じゃ世界で最強なんて呼ばれるんだぜ? 言ってしまえばこの世界で誰も私に逆らえる屍者なんていない。そして、フジもその位置に片足突っ込んでるんだ」


「お、俺がですか!?」


「ああ、だってそうだろう。フジの闘った二回戦は行儀の悪いやり方だったけどな、それでもお前に逆らおうなんて考えを持つ輩はそういないんじゃないか? 間違いなくこの世界じゃあ実力者だって知れ渡っただろうしな」


 机に座ってる貴女も行儀が悪いですよ、というツッコミは心の中に閉まっておく。

 シノさんの言葉は、理解できなくもない。普通の庶民だった俺が、全世界が注目する大会に出ているだなんて過去の俺なら信じない。

 この世界では力さえあれば思うがまま、そう彼女は言いたいのだろうが、それでは先程の話から矛盾を感じる。


「でも実力者だと言われるシノさんは色々と面倒ごとに巻き込まれてはいませんか?」


「痛いところを突くな。まあ、間違いではないな。黒酔であればシビルやサラなんかは困ってる相手を見過ごせないタチだからな、厄介ごとに巻き込まれることは少なくない。けど、私が直感的に望めば誰も口だしできない。例えば、今ここでお前を力づくで抱くとしても誰も止められないぜ?」


 脅しのつもりだろうか。

 少し前なら動揺をしたかもしれないが、そこそこ胆力のついた俺には通じない。それに彼女から本気で身体を求められるのなら喜んでこの場で全裸となろう。

 挑発するようなにやけた表情の彼女に向き直る。


「……シノさん、冗談はほどほどにお願いします」


「なんだ、からかいがいのないヤツだな。まあ、ホタルが信頼を置くフジだもんな。でも私が言いたいことはわかるだろ? この世界じゃ私は何不自由ない暮らしがある。だからさっきフジが言った願いには賛成できないな」


 つまりは、決裂。

 少なからず期待をしていたが、こればかりはどうすることもできない。

 とにかく明日の本選では、ナオと相対してコレクトを抜けてもらえるよう説得することに注力をしよう。


「しかし、もし優勝を狙うとなると今のままじゃ厳しいぞ、フジ。恐らくお前は私どころかホタルにすら勝てないだろうな」


「それは……否定はしません。二人とも凄い実力者なのは周りの反応を見ていればわかります」


「嫌味が通じないな。なあ、聞いてみたらどうだ? 河崎シノはどうしてそんなに強いんですかってさ」


「ん? シノさんがお強いのは長く生き残ったからではないんですか?」


「勿論、ソレも大事だ。けどな私の強さには他にもまだ理由がある」


「……聞けば答えてもらえると?」


「ああ、いいよ。ただし、フジの意思で知りたいと宣言すればな」


 わからない。

 決裂したというのにどうして敵に塩を送るような真似をするのか。からかわれているようには見えないが、タダで教えてくれるとなれば教えを乞うてみてもいいだろう。


「シノさんが強い理由を、教えてください」


「ああ、わかった。けど他の連中には秘密だからな?」と、彼女は片足を大きく上げひらりと机から飛び降りた。


 彼女から解放され、ホッと一息ついているのも束の間。コチラへ来るようにと促され、俺と彼女は屋上の隅まで移動する。

 屋上の淵沿いには転落防止用の鉄柵があり、その前には薄汚れた大きなソファーがある。

 そして彼女はどこから持ってきたのか、鉄パイプを片手に解説を始める。


「昨日、大浴場でトウコが言ってたことは覚えてるか?」


「確か、視力や聴力を意思により調節できる、でしたね」


「そうだ。それじゃあ見とけよ」


 彼女は鉄パイプをゴルフのスウィング練習でもするかのような構えをとる。そして近くにあったソファーへ鉄パイプを振るい『ズゴンッ』と音ともにソファーが屋上を二転三転する。

 人間の肉体であればとんでもない馬鹿力だが、屍者の身体になった今の俺なら真似できそうだ。


「今のは、特になにも考えずにパイプを振るった結果だ。さて、次だ」


 そう言いながら彼女は転がったソファーに向かい、またも同じ構えをとる。

 しかし、ここで己の目を疑う。

 月夜に照らされた彼女の身体は、赤い蒸気でも発しているかのように見えた。そして


『ドッゴォン!』


 爆発の衝撃波が全身を震わせる。

 なにが起きたのか、あまりにも大きな音に一瞬目を瞑ってしまったが、視線を戻すと目の前に転がっていた対象はなく近くの鉄柵がまるで突き破られたかのように破損をしている。そしてその先、街中の宙にさっきまで屋上にあったソファーらしき物体が暗闇に落ちていくのを目の端で捕らえる。

 俺は信じられない光景に、目をパチクリさせているとシノさんは鉄パイプを捨てコチラに向き直る。


「それじゃあ説明するぞ。今やった二回の攻撃、実は二回ともほとんど力は入れていない」


「体内のウイルスを使った、ということですか」


「正解、察しがいいな。屍者の身体に内在するウイルス。これは身体の宿主の意思により力を発揮する、とは言っても私なんかは学者じゃないんでね、イメージ的な話だ」


「視力なんかと同じく、屍者の肉体も強い意思によって操れる、ということですね」


「いや、強い意志なんてあやふやなもんじゃない『命令』だ。自分の身体に対してできるだけ細かく命令を出す、といえばわかるかな? さっきの話で言えば『目標』はソファー、『手段』は鉄パイプ、『方法』はゴルフのスウィング。ざっくりと仕事を依頼するのではなく、細部まで詳細を詰めて仕事をやらせるみたいにな。そうすることによって体内のウイルスは爆発的な力を発揮することができるんだよ」


 一度、二度と俺は頷く。

 起こしたい行動に対して、自身のこれからの行動を細分化して自分に向かって指示を出す。恐らくこんな感じだろう。


「でもこれがシノさんの強さの秘密なんですか?」


「ま、そう思うだろうな。理屈は簡単、けど実行できてるヤツはほとんどいないのが現状だ。特に戦闘中なんかは相手も動くからな、慣れてないうちは結構難しいんだよ。実際にできてるのは私が知るだけでも私とトウコくらいなもんだしな」


「他の黒酔の人たちは知らないんですか?」


「ああ、知らない。シビルやホタルはいい線いってるけどな。ただ普通に暮らしてたんじゃ気が付かないんだろうな。自分の中にあるウイルスを働かせようなんて発想は」


「チーム内で共有はしないんですか? 力がかなり高まる効果があるみたいですけど」


「フジ、黒酔を勘違いするな。私たちは面倒な相手がたまたま一緒だったから手を組んでいるだけに過ぎない。敵になる可能性がある相手に、わざわざウイルスの使い方を教えてやる趣味は私にはない」


 それは、嘘ですよねシノさん。

 だって貴女は今、とても寂しそうにしているのだから。


「それでは、どうして俺には教えてくれたんですか?」


「ん? わからないか? いくらフジが足掻こうが私の足元にも及ばないという意味なんだが」


 成程ね、シノさんは意地悪でしたね。などと言える訳もなく、適当な愛想笑いで嫌味は流すことにする。

 しかし、強さの秘訣を聞き出したにしてもこの情報をうまく活用できるだろうか。明日の試合でいきなり実践に臨むのは彼女も言った通り難しい気がする。


「さて、それじゃあ私はそろそろ戻るかな。いいか、フジ。今私が言った内容は誰にも言うんじゃないぞ」


「ええ、分かりました」


 屋上から去ろうとする彼女の後を追い、ふとあることが頭をよぎる。そして、よせばいいのに俺は彼女を呼び止めてしまった。


「どうした?」


「ええと、その、最後にもう一つ質問をしていいですか?」


「ああ、なんだ」


「シノさんは、この世界で誰かを探しているんですか?」と俺が発した瞬間、彼女はピタリと動きを止めた。


 即座に後悔する。

 余計なことだとは理解できていたはずなのに、どうしてこうも思慮が足りないのだろう。


「……どうしてお前がそんなことを知っている?」


「すみません、一緒にお酒をのんだ夜に、シノさんが寝言で誰かを探しているようなことを口にしていたので……」


 正しくは、俺の頭を何度も打ち付けた後に泣き崩れるようにして、なのだが多少は誤魔化したほうが両者のためだろう。

 そして彼女は少し考えて、呆れたような顔つきで俺の問いに答えた。


「……昔さ、まだ屍者になる前の話、私はゾンビから逃げ回ってる頃は一人で生きてたんだ。でも少しの間だけ例外があってな、短い期間だけど一緒に過ごした人がいたんだ」


「その人とは屍者の世界で再会できたんですか? もしまだなら俺も探すの手伝いますよ」


「いや、もう見つけたよ。でもその人は私なんかと会う前から、仲間がいたみたいでな。今更私がでしゃばるのも悪い気がして距離を置くことにしてるんだ」


「そう、なんですか。ちなみに男ですか?」


「ああ、男だよ。……なんだ、フジ。まさか妬いてんのか?」


「ち、違いますよ」


「フッ、そうか。それじゃあおやすみ、今の話も誰にも言うなよ?」


「はい。おやすみなさい」


 そしてシノさんは静かに屋上から去り、俺一人屋上で夜空を見上げる。

 別に嫉妬心が沸いたわけでもないのに、どうしてフラれた後のような心境なんだろうか。

 心の狭い男だ、もっと寛容な心持たねば、と自分に言い聞かせながら、俺も自分の部屋に戻ることにした。


****


 翌日。

 本線トーナメントの抽選会場は騒然としていた。

 それはピエロ風の司会者が信じられない言葉を言い放ったからに他ならない。


『はい皆さんお静かに! 繰り返しお伝えしますよ。本選出場予定の本田志美瑠選手、山羽沙羅選手、鈴木刀子選手、河崎シノ選手、ベル・ドゥカティエル選手の五名は棄権の申し立てがありました! よって、今大会の本選は十五名によるトーナメントで争われます!』

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