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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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「……」


 現在、テーブルの上には様々な食事が並べられており、本選出場を決めたチームプライドの祝勝会が執り行われている。

 個人戦へ移行したこともあり、気を失った俺が運び込まれた部屋は今朝まで居た部屋とは違う部屋だ。

 荷物はタクロウが運んできてくれたらしく、今しがた礼を言ったところだ。


「……」


 先程まで怠かった身体も食事をした影響だろうか、いつもと変わらない体調に戻っている。食事からウイルスを補給して復調した、と考えていいのだろう。

 身体に怪我もなく、強いて言えば頭にこぶがあるくらい。これもじきに治るだろう。

 それにしても、静かだ。


「……」


 俺の部屋での食事会。チームプライドが初めて五人揃う楽しい食事会になると期待したのだが、重苦しい空気が流れている。別に誰かが喧嘩をしたわけでもなく、それぞれが粛々と食事を食べ進める。

 会話がまったく無いわけでもなく、短いながらも話しはしている。それでも互いに気を使い合っているような微妙な距離感を今は感じている。

 せっかくホタルが参加してくれているのだから、自分なりにどうにか場を和ませようとするだが。


「いやあ、せっかく勝てたのに気を失っちゃうなんて、かっこ悪いな俺」


「そんなことないぜ、いい闘いっぷりだったよ。中継を録画してたやつが今頃は掲示板に投稿をしているだろうから、見てみたらどうだ?」


 と、マサノブが素っ気ない口調で、先程の試合を見ることを勧めてくる。

 個人的には自分が写った写真なんかを見るのは好きになれないので「また今度な」とだけ返して食事を再開する。そして会話が途切れる、さっきからこんな感じのやり取りが繰り返されている。


 どうもマサノブの様子がおかしいように思える。

 口数がそれほど多くない俺やホタルも、マサノブが色々と賑やかしてくれるおかげで話しが盛り上がったりするのだが。会話の起爆剤となる彼は調子でも悪いのか、今はやけに大人しい。


 対面に座っている二人も同様で、タクロウは俯き、トキウチさんは寂しそうな視線をコチラに向けては外している。

 明日は一日かけての個人戦トーナメントが開催される。俺としてはナオと対戦で相対し話をするという目的があるが、ここにいるメンバーともあたる可能性はある。

 確かに少し寂しい気もする、ここまで共に来た戦友たちや黒酔の人たちとも戦わなければならないと考えると気が滅入る。


 そこでふとしたことを思い出しホタルに尋ねる。


「ホタル、シノさんって今どこにいるかわかる?」


「シノさんか、恐らく部屋にいると思うが。どうかしたのか?」


「実は頼まれていた煙草を渡しそびれていてさ、ちょっと今から行ってこようかなって」


「それなら私もついて行こうか?」


「大丈夫、もうすっかり体調も良くなったから」


 ホタルは手早く端末でシノさんと連絡を取り、部屋ではなく屋上にいる事を俺に伝えてくれた。

 リュックからシガーケースを取り出し「すぐに戻る」と言い残し俺は廊下へと出る。


 そこで一つ深呼吸。

 息苦しいとすら感じていた室内から解放され、エレベーターへと足を向ける。

 部屋に残してきたホタルには悪いが、俺がいつまでも傍にいては他のメンバーとも話す機会も中々できないだろう。シノさんに似て男嫌いな感じがするホタルも、少しは慣れたほうがいいかなと思った。それにタクロウやトキウチさんは信頼の置ける人だ、問題ないだろう。


 屋上に着くと元はレストランでもあったのか、人がいない受付を通り過ぎると使われていない机や椅子が所々に積み上げられている。照明は落とされていたが、ガラス張りの外面から大きな月が室内を照らして歩くには不自由しない。

 どこにいるのかと見回していると、ふと風を感じる。その先に目を向けると、大きなガラスの一部が扉に施工されており、どうやらそこから外に出られるようだ。


 扉を抜けるとぶわっと強い風に見舞われるも、それもすぐに収まり意中の人を目に捕らえる。

 河崎シノ、世界最強なんて称号で呼ばれる彼女は、光り輝く月をただ眺めている。屋上には机や椅子が複数置かれ、その机の一つに彼女は腰を下ろしていた。


「フジ、私になにか用か?」と、俺に背を向けていた彼女が振り返る。


 心臓が跳ねる。

 月明かりの逆光を浴びる彼女は、とても綺麗だった。もしくは妖艶とでもいえばいいのか、大浴場で肌を露出させていた時よりも色気を感じるくらいに。

 そんな光景に心を奪われたのか、要件を口に出せずにいる俺に向かって、彼女は喫茶店で会った時と同じく近くにある長椅子をちょんちょんと指差す。


 勿論、警戒はしている、そうするように言ったのは彼女だ。脳裏に浮かぶのはあの日の夜。

 口元を押さえつけられ、押し倒された夜は今も忘れはしない。

 それでも今は状況が違う、俺と彼女は大会出場者であり試合以外の私闘は禁止のはずだ。


 戸惑ったが、彼女の指定した椅子に座ると『ダンッ』と音と共に彼女の足が俺の隣に置かれる。


 頭の中で状況を整理する。

 俺は椅子に座っている、そして彼女は行儀悪く机の上に座っている。そして、俺の座る位置の両隣に彼女の足が置かれており逃げ場がない。

 近い、シノさんの顔が凄く近い。とろんとした表情を見て察する。酔っている、確実にこの人は酔ってる。

 彼女の吐息からは酒の匂いがしていて、よく見れば机の上には、ワインボトルが数本とくしゃくしゃになった銀紙と火が灯ったランタンが置かれている。

 そして彼女の片手は俺の頭を優しく撫でている。


「あの、シノ……さん?」


「頭、まだ痛むか?」


 どうやら彼女は俺のことを心配してくれているようだ。

 いったい俺はどんな試合したんだ。彼女からここまで心配されるだなんて、余程変な闘いをしてしまったのではないだろうか。

 まるで犬の頭でも撫でるかのような彼女の手は、俺が大丈夫ですよと言ったあたりで引っ込んだ。


 少し、惜しいことをした。人から頭を撫でられるなんてあまり経験できることではない、もう少し彼女の温情を味わってもよかったかなと後悔が残る。

 そして俺は煙草を渡しに来た旨を伝える。


「なんだ、いつでもよかったのに」


「いえ、すみません。もう一ヶ月くらい経つのに」


 そしてポケットからケースを取り出し彼女へと手渡した。

 すると『バチンッ』と俺の手には静電気にも似た衝撃を感じる。気のせいだろうか、シノさんは何事も無くシガーケースの中身を吟味している。


「サンキュ、助かったよ。……そうだ一本吸ってみるか?」


「え? いいんですか。それ取引で使うのでは」


「少しくらい減ったって問題ないさ……ほら」


 促されるままに、差し出された煙草と火のついたランタンを使い、口にしわくちゃな紙巻き煙草を咥え火を灯す。肺に煙を入れて吐き出し、口内に残った余韻に浸る。


 ううむ、不味い。

 昔、職場で勧められて煙草を吸ったことはあるが、愛煙家の人の気持ちはよくわからない。

 そして、俺と同じように煙草に火を灯す彼女なのだが。


「ゲホッ、ゴホッ……ゴホッ」と、突然むせはじめる。


「シノさんっ、大丈夫ですか?」


「うえっ……ダメだなやっぱり。私には煙草の良さがわからなねえな」


 そんなことをぼやきつつ、彼女は煙草を机に押し付け火を消した。

 俺もそれに倣い、身動きが取れない状況なので煙草を手で握りつぶし火を消す。勿論、手のひらは火傷をするが、屍者の身体であればこれぐらいすぐに治ってしまう。


 そして、彼女から漂う酒の香りにあてられたのだろうか。

 普段は冷静で険しい表情をすることの多いい彼女が、この時ばかりは可愛いと感じてしまった。


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