表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
63/81

昔の話 後編

 老夫婦の事件後はしばらく平和だった。

 生活自体はきつかったけどな、それでも残った八人で協力して生き残ることができたよ。でもそんな状況が長引くにつれて、もう助けなんか来ないのだと意識し始めていたのは事実だ。


 アイツは元のお人好しに戻っていたな、外面だけは。

 話とかしてるとさ、どうも変だなって感じることが多くなった。後で確信したことだが、この辺りからアイツは自分の記憶を改変する癖ができちまったのかね。

 自分の都合の悪い事、正確に言えば心に負担が掛かるような出来事をなんてことない記憶に変化させていた、と言えばわかるかな。男二人が別のグループに移動したとか、老夫婦は息子を名乗る人物が迎えに来たとかもう滅茶苦茶だよ。


 リーダーの異変には皆気が付いていた。誰も指摘なんかしなかったけどな。

 だってアイツがそれまで頑張ってくれたから生き残ってこれたんだ。少しばかり変なことを言おうとも、疲れてんのかなって思っとけば済む話だ。


 でもさ、今考えればちゃんとその時に話し合っておくべきだった。

 頼りにしているの裏返しはさ、あんな状況じゃあ押し付けていると同じ意味だと思うんだよね。

 俺だって例外じゃねえ、相棒なんてとてもじゃねえけど名乗れる訳ねえんだよな、ホントのところ。


 少しずつアイツは壊れていってたのかもな。


 そして問題は秋ごろに発生した。

 夏なんかは水分摂って日陰にでも入ってればなんとかなったけどさ、秋になるとすげえ寒いんだよ。調達品のなかに冬物の服が追加されたり、近くにあった家具屋からベッド用のマットレスとか運んで使ったりしてたけど寝るときはとにかく身体が冷えたもんだ。


 体調を崩す人間が増えはじめた。

 最初はOL風の女、次にネパール人夫妻の子供、そしてアイツの妹。

 ただの風邪なら栄養を摂って、暖かくしてりゃ治るのかもしれねえけどさ、そんな環境を用意してやれるほどの余裕はなかった。

 それにアイツがえらく動転してな、急いで薬を探しに行こうってことで、調達班の俺ら三人はネパール人夫妻に拠点を任せて探索へ向かった。

 最初は近くの病院に行こうとしたんだがダメだとすぐにわかった。駐車場から院内を覗くとさ、うじゃうじゃゾンビどもがいたんだよ。もし入り口を開けたりなんかしたら、また新たな問題が発生するだけだと察してその場から離れた。


 途方に暮れながらも、俺たちは一軒のドラッグストアを発見した。

 日も沈みかけていて焦っていたのか、ろくに調べもせず店内へ入ろうとしたのが不味かったな。

 店内からは得物を持った男どもが現われてな、俺たち三人はすぐに囲まれた。


 なんとか薬を融通してもらえないかとアイツは交渉するつもりで話しかけていたけどさ、俺から見てもまともに取り合ってくれる連中じゃあないとすぐにわかった。

 早くここから離れないとって考えてたら、ヤツらはあろうことかホタルに目をつけた。

 そこの女と交換ならいいぜ、なんて馬鹿げた提案をしやがる。それに男何人かがホタルの腕を掴んで無理矢理連れて行こうとするから止めようとしたんだが、見事にみぞおちに蹴りを貰って俺は気を失った。


 意識が戻ると、既に事は終わっていた。

 男の死体が八つほど転がっていた。そしてホタルは地面にへたり込んで、呆然と店の入り口を眺めている。

 入り口からは返り血でも浴びたのか、全身を赤く染めたアイツが袋を三つほど抱えて出てきた。そして俺たちに『遅くなっちゃったな、戻ろうか』なんて平然と言うんだぜ。


 信じられるか?

 屍者の身体でもないただの人間が、大の男八人を相手にしてやっつけちまったんだからよ。

 俺とホタルは慌ててアイツが持ってた袋を受け取って拠点へ向け歩き出した。その間はなにも喋らなかったね、正直に言うと前を歩くアイツが怖かったんだよ。

 でもさ、直感的にこいつといれば大丈夫、なんて考えが浮かんでしまったのかもな。そんな期待がさらにアイツを追い詰めてたのかもしれねえな。


 拠点に戻った直後は騒然としてたな。

 血まみれのアイツに妹が駆け寄って、この薬はどうしたのかと聞くと、親切な人から分けてもらったなんて言うんだぜ? 誰もそんな冗談通じねえよ。

 それでも妹の方は『それはよかったですね、兄さん』なんて言いながら真っ赤に染まるアイツの手を握るんだぜ? 気味が悪かったな、今思えば。

 妹の方は大人しい外見でな。黒髪で肩にかかるくらいまでの直毛で眼鏡を掛けていて、いわゆる地味な感じだった。

 俺は兄妹なんかいなかったからさ、よくわかんねえけど兄妹愛つうの? 二人だけの特別な信頼関係ってやつを度々見せられていたっけな。


 それでさ、その時の事件を境に俺は誓ったんだよ。

 アイツが行った行為は正しいことだ、結果的に俺たちは危機を逃れたんだからな。でも、だからと言って他人をぶっ殺していいわけでもねえとも思った。

 だから、もし次にアイツが人に手を出そうとしたら止めてやろうと考えたんだ。勿論、相手しだいではあるけどな。


 でも、情けねえ。

 それから最初にグループを脱落したのは俺なんだからよ。アイツのストッパーになるって誓ったはずなのにな。


 さて、ここまでが俺の知るアイツが変わったであろう原因の話。この後の事はわからねえ。


 これはよくある例え話だけどさ。

 俺は一人で十人分の食料を持っていたとする。そして目の前にはよく知る一人の人物がいる村と、面識のない人物が十人いる村があったとする。

 どちらの村も食糧難、それではどちらの村を救うかって選択だ。


 俺が、俺たちが選んだのは一人の村の方さ。

 見ず知らずの連中に貴重な食料を分け与えるよりも、よく知る人物と生きながらえたいって思うのは当然のことだろう?


 もしも『非人道的だ』とか『小より大を救うべきだ』なんて聖人めいた発言するヤツがいるのなら、俺は喜んでそいつらに向かって中指をぶっ立ててやるぜ。何も知らねえ癖にって感じでな。

 それに助けるって枠組みの中に『自分』を入れられねえやつは、あの世界じゃあ生き残っていられなかっただろうしな。


 それでお二人さん、これからどうする?

 買い物も終わったし、俺はアイツの部屋まで戻るけど、ついてきてなんて言わねえぜ? 自分たちの部屋に戻ってもらって構わない。


 これからどうするかなんて自分で決める事だ。

 俺たちがまっとうな人物だなんて、とてもじゃねえけど思えないだろう? だから今もこうして確認を取っている訳なんだが。


 ただ一つ言っておくぜ。

 アイツは間違ったことなんてしちゃいない。誰よりも仲間のために動いたことがその結果だっただけだ。


 大事な人を守りたい。

 そう考えるのが、人間ってやつだろう?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ