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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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約束

 アイツ、いまなんて言った?


 たしかホタルを、みんなを傷つけると。


 それは、いけないことだ。


 だれかれ構わず傷つけようだなんて、ゾンビみたいじゃないか。


 普通に考えれば、わかるだろう。普通ってなんだ?


 こんな状況なんだ、互いに助け合って協力する必要がある。何もしないくせに。


 責任をとらなくちゃ。どうして、おれが?


 こんな状況になったのはキミのせいだろう。ちがうよ、みんなで決めたじゃないか。


 痛い、胸を、きられた?


 大丈夫、からだが頑丈なのは唯一の取り柄だから。


 だから、心配しなくていいんだよ。でもコレは邪魔だ。


 必要のないものだ。


 いたい、かおが、あつい。


 なぐられた、また、なぐられた。


 いらない。


 不要なものだ、失敗作だ。だから、解体する。


 失敗作ダから、イラナイから、オレがどうヤッテもミトメテくれないから。悪くないノニ、言われたとおりニした筈なのニ、アナタが言ったとおりにした筈なのに。


 でもダメだって言われたラ、もうそれは失敗なんだから、バラす必要がある。


 綺麗に、丁寧に、小さく、まとめて。


 いらないものが笑ってる。そのメで、ナオを見るな。


 不要なモノが近づいてくる。そのアシで、マサノブをキズつけるな。


 失敗作がうでをあげた。そのテで、ホタルを襲うな。


 いらない、いらない、いらない。全部いらない、いらないから、いらないんだから。必要だ、必要なんだよいまここで俺がなんとかしなくちゃあぶないから、キケンなんだ、そう、おれがなんとかしなくちゃならないんだ。そうしなくちゃナオを守れないから、みんなのタメになるんだからそれが求められているのだから動かなくてはならない、そしてまた全員でキョウリョクして逃げ延びることができるんだ、いきていられるから。


 約束したんだ。


 手にもつバールであしを払って転がったいらないものが悲鳴をアげたから動かないように胴体にノッテ固定して先ずは手カラばらしていこうと思ったからバールのクギ抜きの部分を使って丁寧に丁寧にバールを地面にむかって突き立てて順番にトン、トン、トン、トン、トンと上手に分断できて同じように反対側も解体していきコロリと十本の棒が転がってつぎは手カラ腕までをホネの合間を縫って綺麗に突き刺していくとバタバタと下にあるイラナイものが動いたりするから頭を先にバラシてしまおうかとも考エタけれど難しそうダカラ鼻のあたりを潰してしまったがこれは不可抗力なのであとで片付けテ作業を再開していくとすごくヤリやすくなりましたから木材のようなウデを小分けにしていき肩までが両腕トモに十六個の部品に分かれてコレでホタルにテを出すことができなくなり安心していたら近くのヒトから声がかかったケレド今はツギの作業をしようとオモッて脚を同じヨウリョウでコツ、コツ、コツと穢れた皮と赤いブヨブヨしたモノと白くて硬い曲がった棒をテイネイに分けていくのダガこれでは時間がかかりそうだけど我慢ヲしてゆっくりと確実に分断していき材料を無駄にせずに誠実な心で誠意をもって作業すればマサノブを傷つけることがなくなりイラナイものが半分になったことを確認していたらマダびくびくと動いてることにキがついてヨクヨク見テミルト呼吸をシテイタので危ないな噛まれたらゾンビにナってしまうから口にテを入れて一本一本ちいさくて黄ばんだ欠片をヌイていたら三十一コのゴミがデテきて捨てたあとに大きく開いたクチにバールをツキさしてテコの原理デ解体していきウゴカナクなった頭半分と目玉をツブせばナオにむけて下卑た視線をむけることができなくなりツギはドウタイに取り掛かるタメにバールの鋭いブブンで目印を決めて薄いカワをはいで肉をつまんでブチ、ブチ、ブチと赤黒い塊ヲ一つ一つ丁寧に引キ千切リなかみガ空洞にナリあとは大キナ胸のブブンだけナノダけれどココは白イ棒ガクモノ巣ミタイダカラ――


『ゴツン』


 痛い、あたまが、痛い。


 どうして?


 どうして髪の毛のナイ人が邪魔をするの?


 うご、けない。


 腕と脚に、たくさんのヒトが、重りみたいにぶら下がって。


 どうして、どうして、どうして、どうして邪魔をするの。


 俺は、ただ、みんなを守ろうとした、だけなのに。


****


 目を開けば綺麗な天井。

 忘れていた呼吸を取り戻しながら、ぼんやりとした頭で身体の調子を確認していく。


「目が覚めたか、ダイト」


 と、俺が横になっているであろうベッドの横からよく知った女の声がする。


「ホタル……ここは?」


「ここは宿泊施設で、ダイトの部屋だよ」


 その言葉を聴いて愕然とする。

 この状況、身体が血でも抜かれたかのように怠くて動かない。それは、つまり。


「俺は、負けたのか?」


 覚えている範囲で、二回戦の中堅戦でリングに上がったところまでしか思い出せない。

 首に力を入れて部屋を見回すと、ホタルが病人でも労わるかのように俺の手を握っていて、部屋には俺と彼女の二人だけ。

 そして、俺の予想に反して漆黒の少女は首を横に振る。


「……いいや、勝ったよ。私たちのチームは本選への出場が決まった、ダイトのおかげでな。ただ、試合中に強く頭を打ったみたいでな、記憶が混乱しているのだろう」


「そうか……」


 それはよかった、と素直に喜べない。

 一体どんな闘いをしたのか、記憶が飛ぶような攻撃を受けているのだから、恰好の悪い勝ち方でもしたのではないだろうか。

 それにしても、ホタルがいつになっても俺の手を離そうとしない。彼女は弟のようで妹的な存在ではある、しかしこうも長く手を取られていては少し気恥ずかしい。

 相も変わらず身体は動かないし、そんな照れを隠すためにも何か別の話題でも振ってみようか。


「そういえば、皆は?」


「夕食を買いに行ったよ。ダイトが動けないだろうからここで食事にしよう、とマサノブが提案してな。それと……今日は、私もここで食べることにした」


「そうなんだ、それはよかった」


 少し、心配だったんだ。

 ホタルは俺たちと距離を置いているようにも見えた。できればこの世界で知り合ったトキウチさんやタクロウとも仲良くなって欲しかったから、今回は一歩前進したと捉えていいだろう。


「まだ夕飯までは時間がある。それまではゆっくりと、休んでいてくれ」


「……ああ、わかった」


 まるで慈しむかのような表情を見せられ、お言葉に甘えて瞼を閉じると、急激に眠気がやってくる。

 身体の一部が痛いということはないが、かなり消耗しているらしく、休息を欲しているのか、瞬く間に微睡みのなかに落ちていく。


 そんな中で「今度は私が守ると、約束したのにな」と、小さな呟きが聴こえた。


 約束、それはいつしたのかな。なんてことを考えている間に、俺の意識は薄れていった。


****


「ナガブチ、どういうことか説明しろッ!」


 やっぱりきたか。廊下に出て数秒でコレだ。

 この人は正義感の塊つうか、あの場で五月蠅くされたら敵わねえから連れ出して正解だったな。


「あ、あれはさ、ダイトンは二重人格だったりするの!?」


 本当は怖いくせに。

 ビビりながらも問い詰めてくるデカい身体の男。


 この二人には悪いと思っている。

 しかし、これは俺たちの問題だからな。無理に付き合ってもらう必要もないわけで。


「お二人さん、もう俺たちは本選に進んだし、これからは個人戦で敵同士だろう? だから無理に付き合う必要なんてないんですぜ。なんならそれぞれに割り当てられた新しい自分たちの部屋に戻ってもらっても――」


「ふざけるなッ!」


 うお、いてえ。

 急に胸ぐら掴んで壁に押し付けるんだから、教師が安々とこんなことやってたら体罰で懲戒免職になっちまうんじゃねえの。

 ま、こんな状況で冗談を言うつもりはないけどさ。


「とりあえずこの手、離してもらっていいすか? せっかく本選に進んだのに失格になりますよ。それに、ろくに話もできないんで」


 渋々と手を離され一息ついたけど、困ったな。まさかここまで怒るとは思っていなかった。

 さらには激昂する男の後ろで説明を求めるかのようにタクロウも睨んでくる始末。

 さて、どうしもんかね。


 元々この二人には、アイツを押さえつける為の最終手段として勧誘したんだが。まさかここまでアイツに入れ込むとは、流石と言うべきなのかね。アイツはどこか人から好かれるみたいだしな。

 だが、普段は善人っぽく見えていたヤツがあんな風になれば、狼狽(うろた)えるのも無理ねえか。


「説明しろって言われましてもね、なにを話せばいいのやら」


「とぼけるのも大概にしろよナガブチ、あのフジサワが、あんな――」


「猟奇的な殺人をする訳がない、とでも思いましたか? だとしたらそれは勘違いってやつですよ」


「マサヤン、勘違いってどういうこと?」


「その前にタクロウが言った二重人格ってのも間違いだ。これまで二人が接してきた男は藤沢大翔であり、さっきリングの上で相手をバラバラにしたのも藤沢大翔だ」


 俺の言葉を聞いて二人が黙る。不満たらたらの表情で。

 しかし、この二人を納得させるには骨が折れそうだ。少しばかり恨むぜ、相棒。


「まず確認しておきますけど、感染が拡がった世界でトキさんは一人で生き残って、タクロウは両親と一緒に生き残ってたんだよな?」


 二人は頷く。

 だったらわかる筈がねえ。あのクソッたれな世界で元々は知らない人間同士が集まり、常に命が危険に晒されていた状況なんて理解できないだろう。


「トキさん、タクロウ。俺やホタルやアイツがいたグループはね、べつに善良な人たちの集まりだったわけじゃあねえんですよ。どちらかと言えばその逆、俺たちは別のグループから物を奪ってでも生き延びようとしたクズなんすよ」


「なっ……だ、だが俺の眼から見てもお前たちは、そんな輩には見えんぞ」


「そうだよ、三人とも乱暴をするような人たちとは全然違うじゃん」


 ここで見限ってくれりゃあよかったのによ。

 どう足掻いても、納得するまではコチラの話を聞き出そうとする姿勢を崩さない二人に俺は根負けした。


「わかった、わかりましたよ。アイツがどうしてあんなことになったのか。その切っ掛けを話せばいいんでしょ」


 一つ溜息をついて、頭の中から嫌なものでも摘まむかのように昔の記憶を引き出していく。

 できることなら忘れてしまいたかった過去。それでも、あの出来事があったから俺はこの世界になってもアイツと一緒にいようと覚悟できたんだ。


「とにかく歩きながら話しません? 飯も買いに行かなきゃいけねえし、それに少しばかり長くなりそうなんで」


 歩き始めた俺のあとを二人が無言でついてきた。

 そしてエレベーターに乗ったあたりから俺はゆっくりと語り始めることにする。


 終わりの日が始まって少し経ってからの出来事を。

 


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