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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
60/81

禁句

 翌日。

 二回戦は午後からのため、午前中にチーム全員でマサノブの部屋に集まり作戦会議をすることになった。

 

 俺たちが次に対戦するチームの名前は『ダニー・サーティーン』P・B・Z第二回の優勝チームだ。

 第二回大会では三人制のチーム戦だったらしく、圧倒的な実力差で優勝し『酒が飲めるように』と願い、世界中の自動販売機にお酒が追加されたそうな。

 そして、優勝時に『俺たちは長く生き残ったから強いんだ』と言い放ったことにより屍者の世界は変わった。なんでもウイルスに感染して長く生き残った屍者ほど身体能力が優れている、という情報はその時に判明したらしく、それまでは人類保全機構もその副作用を認知していなかったそうだ。

 それ以降、あらゆる力関係が逆転し、腕に覚えのある猛者が集った第三回大会で優勝した人物が河崎シノさんであり、彼女が世界最強と呼ばれる由縁だということだ。


 そんな豆知識を教えてもらう中で対戦するチームについてだが、元々はとある刑務所で一緒にいた囚人たちで構成されているらしく、主力は第二回大会に出場した三人だけ。そして第三回、第四回大会共に不参加だったそうだ。

 残る二人も相応の実力者のようだが、主力の三人には劣るようだ。しかし、今大会においては黒酔に唯一対抗できるチームとの下馬評もあり、油断ならぬ相手なのは間違いない。


「それじゃあ対戦する順番だが、一回戦はくじ引きで決めたけど今回は流石にちゃんと決めた方がいいと思う。んで、俺が決めちゃってもいいか?」


 マサノブの提案にその場にいる全員が頷く。

 俺はこの世界の力関係をそこまで理解しているわけではない。互いに生き残った時間を口にすることは禁句らしく、相棒からも転生を受けてから誰にも言ってはならないと釘を刺されている。

 だからこそ一日の長とでも言おうか、経験も知識もある人物の判断に身を委ねるべきだろう。


 そしてマサノブはそれぞれの対戦順を告げていく。

 先鋒はトキウチさん、そして大将はホタルを指名していく。

 チーム戦の知識がない俺でも最初と最後が重要なのはなんとなく理解できる。だからこそ重要な箇所に信頼の置ける二人を置いたのは納得の采配だ。


 そして、次鋒がマサノブ、中堅が俺、副将にタクロウが置かれ対戦順が決定された。

 準備は万全、とは言い難い。掲示板に貼られている動画で確認した対戦相手の試合も、ほとんどが一方的な虐殺であり、参考になるどころか気分が悪くなったほどだ。


 そして俺たちは控室へ早めに移動し、試合開始時刻に闘いの場へと赴いた。


 会場は満員御礼。

 一回戦のように観客席に空席は無く、無名である俺の名前が読み上げられた時にも少なからず拍手が湧いて少し照れ臭い。そんな群集の中から漆黒の一団を目の端で捕らえる。

 喫茶店の主らしき人物がこちらに向かってブンブンと手を振りつつ声援を送ってくれる。そして周りをがっちりと固めている黒酔の皆様方は相も変わらず酒盛りをしているようだ。


 そんな光景を眺めている間に会場が再び歓声で包まれる。

 対戦相手のダニー・サーティーン。燈色の作業着のような衣服を身に纏った男たちがそれぞれの得物を持ち、コチラを下卑た笑みを浮かべながら眼光は鋭く睨んでくる。

 正直言うとちょっと怖い。プリズンギャングと呼ばれているような人物とは、当然面識を持ったことなどない。塀の中で培われた悪党たちの面構えは堂々たるものだ。


先鋒 時内 学 対 ジョン・アフロッチ


「トキさんッ! お願いしやす!」


 先鋒を飾る男の背中に俺たちは声援を送る。

 トキウチさんの対戦相手は主力の一人。両者とも屍者の世界では有名人らしく、会場の空気は一気に熱烈な歓声で湧き上がる。血を、臓物を、などという簡素な言葉こそないものの、争いを求める言葉が会場を埋め尽くす。


 そしてゴングが鳴り、俺たちの闘いが始まる。


 リングの上にいる両者は睨み合い、適切な距離を取りつつ様子を窺がいながらにじり寄る。

 先に動いたのはトキウチさんだ。

 アーチェリーに矢をつがえようとした動きを察してか、相手が素早く接敵し肉弾戦を仕掛ける。


 だが彼は動じない。むしろ思惑通りと言わんばかりに、矢筒から引き抜いた矢を簡単に手放し相手の拳に応える。相手の得物はナイフ、タクロウのような鮮やかなナイフ捌きではなく、体術を織り交ぜたような闘い方だ。

 格闘戦はほぼ互角、少しトキウチさんが押されているようにも見えるが互いに決定打には欠ける。

 痺れを切らした相手は大ぶりの蹴りを放つも不発、そして弓を持つ彼は蹴りを寸前で躱した直後に相手の腹部目掛けて蹴りをお見舞いする。

 相手が数メートルほど後方へ吹き飛び、すかさず彼は矢をつがえ相手に向けて放つ。

 しかし相手も予期していたのか、宙に浮いたまま姿勢を変えサッカー選手が上空のボールを蹴るように迫る矢を弾き飛ばす。そして華麗に着地を決めたあと、再び距離を詰められる。


 相手も強い。だがこれでいい、俺は時内学という男をよく知っている。

 この一ヶ月の間、実戦を用いた特訓で理解した彼の闘い方。距離が開けば矢が放たれ、近寄れば堅実な体術で応戦される。力で押そうにも軽く流され手痛い反撃をもらう、まさに万能な戦士そのものだ。

 

 戦況が動く。

 再び距離を取った相手が、手に持っていたナイフを投擲。トキウチさんも姿勢を崩しながら側転で避けるついでに、最初に投げ捨てた矢を拾い相手に向かって投げつける。

 武器を捨てた相手はソレを躱し、致命の一撃を放つために助走をつけた蹴りが彼を襲う。そして姿勢を正そうとした彼も手に持つアーチェリーを捨て、両腕を盾にして蹴りを防ぐ。


 そして相手が着地した瞬間を彼は見逃さない。


 地面を蹴り、相手に肉薄したところで渾身の掌底が胴体に決まり、燈色の作業着を着た男は場外へはじき出された。


『ジョン選手リングアウトっ! 先鋒戦、トキウチ選手の勝利!』


 会場がわっと歓声で沸く中で、俺たちも勝者を拍手で出迎える。しかし、


「トッキー、そのお腹どうしたの!?」


 見れば、彼が普段から身に纏っている灰色の外套の一部を手で押さえ、そこからジワリと血が滲んでいた。そして苦々しい表情の彼は俺たちのところまで戻ると、肩で息をしながら膝をついた。


「最後だ……掌底を打ち込んだときに、クッ……袖に刃物でも、仕込んでいたのだろう。ルールに、救われたな。気を付けろよ、ヤツラが手練れなのは間違いない」


「トキウチさんッ、とにかく傷の手当てを」


「不要だ。大人しくしていれば、そのうち治る」


 そして彼は瞑想でもするかのように腹部を手で押さえながら瞼を閉じた。

 国という概念がなくなった世界でも『日本最強の男』と称される彼に、俺は少なからず憧れを抱いていた。少し説教くさいところもあったり、たとえ話が苦手だったりする人ではある。だが、腕っぷしだけではなく内面、つまり精神的な強さが彼の堅実な闘い方を支えていると言っても過言ではなく、彼の闘いに於ける姿勢も、考え方も尊敬していたところがある。


 しかし今の彼は、まるで心が折れたかのように膝をつく。つまりそれほどの相手ということだ。

 相手側に目を向ければ、先鋒戦に出ていた相手が地団太を踏みつつ悔しがっている。トキウチさんが言ったルールに救われたとはこのことだ。もし仮に何も縛りのない闘いであれば、恐らく彼は負けていたのではないだろうか。


「おっしゃあ! つづくぜ!」


「マサノブっ!」「おう!」


 互いに拳をガツンとぶつけ合い、気合いと声援を相棒へ送る。

 後ろ向きなことを考えても意味はない。先鋒戦、勝ちは勝ちだ。トキウチさんがもぎ取った勝ち星を無駄になんてできない。なんとか大将のホタルまで繋いで、なんてぬるいことは言わない。俺とマサノブで勝って、本選へと進めばいい。


次鋒戦 長渕 将信 対 デイビット・アカルスコス


 身長と同程度の長さの槍を持った男がリングへと上がる。

 そして対戦相手も鉄の棒の先端を尖らせた槍を携え、両者が睨み合う中で闘いのゴングが鳴った。


 同様の武器を手にした彼らの闘いは一進一退の攻防を繰り広げた。

 力も速さも同じくらいの両者はまるで互いの心を削るような闘いを既に十分以上繰り広げている。彼の身体に傷が一つ増えるごとに心が痛む。それでも歯を食いしばり、リングを駆け回る彼の姿はまるで黒豹のようだ。


 彼が武芸を習っていたなんて話は聞いたことがない。それでもマサノブが身につけた槍術は、乱れることのない粘り強い闘いを為している。

 生き残るために、共に数多くのゾンビを屠ってきた彼に向かって俺は声援を送り喉を涸らす。


 そして試合時間が十五分を経過しようとしたところで、リング上のマサノブが土俵際まで追い詰められる。相手は好機と見たのか、槍を前に突き出し突進を仕掛ける。だが彼にとってその攻撃は自殺行為だ。

 槍の切っ先がマサノブの肩を掠る。点の攻撃を寸前で躱し、相手の懐へ槍を縦にして押し当てる。そして相手の勢いは殺さずに、そのまま足を払うようにして相手をリングの外へと投げ飛ばした。


『これまたデイビット選手リングアウトッ! アンタら本当に第二回優勝チームかい? 次鋒戦、ナガブチ選手の勝利!』


 生存者グループで調達をしていた頃、俺やホタルが荷物を抱えるなかで、襲い掛かってくるゾンビを幾度も彼は投げ飛ばした。いちいち攻撃していては埒が明かない、そんな状況でゾンビを投げ飛ばしてゾンビにぶつける。口で言うのは簡単だが、彼は勇気をもって俺やホタルが行く道を何度も切り拓いてくれた。


 そして観客席からは十五分以上の激闘を制した相棒へ向かって労うような声援と、地味な闘いを不満とする声が上がる。

 誇っていい、戦場にすら立たずに愚痴を溢す連中の言葉なんて気に留める必要なんか無い。

 槍を杖の替わりにして身体をふらつかせながら戻ってきた相棒に、俺は急いで駆け寄り肩を貸す。


「ぜえ……ぐへえ……相手、粘り過ぎだ。くそ疲れた……」


「マサノブ、たぶん相手も同じこと考えてるぞ」


「へへっ、かもな。そんじゃ、あとは頼むぜ」


「……ああ!」


 彼と共にチームメイトがいる場所まで戻り、先程よりは弱くコツンと拳をぶつけ合う。

 だが、充分な気合いは受け取った。あと一勝、自らの頬を叩きバールを引き抜きリングへ上がる。


中堅戦 藤沢 大翔 対 ボルツ・バックウェル


 初めての経験だ。

 これほど多くの人から注目を集めることなんて今までになかった。俺の姿を見てくれているだろうか、父や黒酔やお世話になった人たち、そして妹であるナオもきっと。

 力が入り過ぎないように自然体を意識して呼吸を整える。大丈夫だ、俺の後にはタクロウやホタルだっている。下手なことを考えず全力でぶつかるだけだ。


「やあ、アンタのチーム、強いな」と、俺の正面にいる男が声を掛けてきた。


 ボルツ・バックウェルは相手チームの主力メンバーの一人だ。

 身長は俺より少し高く、髪はパーマがあてられ肩にかかるくらいの長さ。口元には立派な髭を生やしており、体格は大きな腹が特徴的で手には得物である鉈が握られている。


「ああ、強いよ。そう思うのなら棄権してくれれば有り難いんだけど」


「ヒヒッ、言うねえ。アンタもなかなか旨そうだ、でもなあ」


 ここで気づいた、相手は俺を見ていない。

 どちらかと言えば俺の後方にいるチームメンバーを注視しているようだ。


「この前さあ、見てたんだよアンタらの試合。それでそっちのチームには黒酔の女がいるだろう? いいよなあの子、とても俺好み」


 よかったなホタル、ファンができたぞ。なんて冗談が言える状況ではない。

 はっきり言って気味が悪い。話をしながらも口元から涎がダラダラと零れだし、狡猾な表情を浮かべる男に、思わず生理的に無理と言ってしまいたくなる衝動を俺は抑える。


「それでさあ、俺は両性愛者ってやつで、男も女も等しく愛せる男なんだよ。それでアンタに頼みがあるんだけどさ、あの女を俺に譲ってくれないかなあ?」


「……は?」


「んふ、ふふふ。好きなんだよ……いや、趣味って言えばいいかな。中性的な子をさあ、嫌がるところを無理やり押さえつけて、殴って、ひいひい泣きながら謝られて、それでそれで……へへへ、なあわかるだろう?」


「……わからないな」


 頭が冷えていく、そして身体が火を点けられたように熱を帯びていく。


「馬鹿だよなあ、馬鹿なんだよ、これだから日系人は気が効かねえんだよなあ! 大人しく話は聞いたほうがいいぞお、俺がこの大会で敗退しようが狙い続けるぜ? その後ろにいる女をよお、ちゃんと犯してあげるまではなあイヒヒッ!」


 ダメだ、言わないでくれ。


「そしてお前の周りにいるお仲間もよお、ちゃんと殺してやるぜえ? なにせ俺は二年間以上生存(トゥーナー)様なんだぜえ! ヒャッハッハ」


****


「おい、試合なんてもうどうでもいい。ここから離れろ、タカラヅカ」


 俺は漆黒の少女へ向かい叫んだ。

 ただのチンピラとは訳が違う。ヤツが言った言葉が真実なら、最悪だ。

 二年間以上の生存者はもはや『天災』と呼んでもいいほどの力を持つと聞く。そんな人物から狙われれば、いくら腕のたつこの娘でもひとたまりもないのではないか。しかし、幸運なことに彼女は世界最強と呼ばれる黒酔の一員だ。すぐに合流すれば、恐らく被害を負わずには済むはずだ。


 だが、俺の忠告を聞き届けても、女は微動だにしない。


「別に、私は『殺す』だの『犯す』などという脅し文句は言われ慣れているのでな、なんとも思わない。それよりもマサノブ、これが狙いだったんだろう?」と、女はドレッドヘアーの男に向けて少し苛立った口調で話しかける。


「ああ、そうさ。アイツの前でホタルやナオちゃん、仲間を傷つける宣言は()()だ。俺は、この瞬間のためにここまで来たんだ」


「アイツらは……頼りになるのか?」


「待機してるはずだぜ、だからホタル、お前は動くなよ。やるなら徹底的にやらなくちゃならねえ、途中で戻ったら意味がねえんだからよ」


 男の言葉に女は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ押し黙る。

 さっきから何を話しているんだ、この二人は。危機がそこまで差し迫っているというのに、変わらずリングの上に立つ彼の背中をただ眺めていた。そこであることに気が付いた。

 チームの中堅を務めた彼の全身を、赤い蒸気のような靄が掛かっていることに。


「悪いな、ダイト。どんな手段を使っても俺は……ちゃんとお前が自分と向き合えるようになって欲しいんだよ」と、ドレッドヘアーの男は小さく呟いた。



『さあチームダニー・サーティーン、もう後がないぞお? それでは中堅戦始だァ!』

 


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