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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
6/81

頭痛

 唾でも飛びかかってきそうな間合いで肉薄してくる大の男。

 本来であれば不快感を覚えるような行為なのだが、不思議と彼の行動を自然と受け取れる。それもそのはず。

 

「マサノブ……なのか!?」


「そうだよ! ははっ! マジすげえ!!」


 沈んでいた記憶が湧き上がる。

 

 世界が終わりを始めたあの頃、街で偶然出会った生存者達とグループをつくった。グループにいた人々は善良で共に手を取り合い生き残っていた。


 長渕将信(ながぶちまさのぶ)もその一人。グループ内には若い男女は少なく、ゾンビから逃げる間に『調達』という物資を探しだす役割を共にこなしてきたのがこの男。

 数々の死線をくぐり抜けては背中を預け合い、時に語り合い、いつしか相棒とも呼べる存在になっていた。

 口に出したことはないが、東京へ出てきて初めての友達だと思う。

 

『ズキン』


「うぐっ!」と、またも頭痛に襲われる。


「お、おい! どうしたダイト!」


「マサヤン、ストップ! ストップ! その人と知り合いなの!? その人さ、もしかしたら『黄泉がえり』かもしれないんだよね。なんか記憶がごっちゃになってるみたいでさ」


「なにぃ!? 大丈夫かよ!? しかっりしろ!!」


「だーかーらー! そんな急に――――」


 そう、マサノブはいつもそうだった。

 足を挫き倒れる俺にすぐさま駆け寄り、肩をかしてくれたんだ。困っている人を見捨てることなんてできない、見た目は派手でも真っ直ぐで優しいやつ。

 

 幾度となく襲ってくる頭痛から徐々に解放される。

 頭を上げた頃にはマサノブと店員が言い争う姿に既視感を感じていた。あれ? 初めて見る光景なのに。

 

「ああ、すまない。ちょっと……頭痛がしたんだ」


「頭痛? ま、まぁとにかく会えてよかったよ。本当に探したんだぜ? いまのいままでどこに居たんだよ?」


「それは……」と、記憶を辿ろうとするも女の子から制止の声がかかる。


「あーあのさ、感動の再会中に申し訳ないんだけど、座ったら? マサヤン」


「お、おう! そうだな、んじゃコーラを一つ頼む!」


「残っ念、今コーラ切らしてるの、別のにして」


「マジでか……んじゃアイスコーヒー頼む」


「ほーい、んじゃお金振り込んどいてね」


 ひらひらと手を振りながら俺たちの前から去る女店員。その顔には笑顔が戻り内心安堵する。

 

「いやぁガチで驚いたぜ、ふらっと寄ったら居るんだもんなぁ」


 驚いたと言いつつも落ち着いた素振りで隣の席へ着く。その手には慣れた手つきで端末を操作する姿に目がとまる。俺が所持しているモノと同じ端末だ。

 

「なぁマサノブ、それって……」


「うん? それって?」


「その手に持ってる端末。お前も人類保全機構のアンドロイドから受け取ったのか?」


「へ? なに言って……」


「はい、アイスコーヒー。それがさ、えっとダイトくんだっけ? なんか記憶なくしてるっぽいんだよね。最初は『黄泉がえり』の人かと思ってたんだけど、こんなに酷いの? 頭がおかしくなるって噂は聞いてたけど、私『黄泉がえり』の人に会ったことがないからわかんないだよねぇ」


 新たな客の前に洒落たコースターと共に綺麗な透明のグラスに注がれたアイスコーヒーが置かれる。

 

「そういえば、本当なのかダイト。黄泉がえりしたばっかりなんか?」


「な、なあ、その『黄泉がえり』ってのはなんなんだ? さっきからよく聞くんだけど」


 豆鉄砲で撃たれたかのような表情を一瞬浮かべ、さらに考えこむマサノブは思索にふける人物のようだった。

 

「ほらね?」


「あー、ダイト。その端末を受け取った時のことは覚えているか?」


 そう聞かれ目覚めた時からの事柄を順を追って説明する。


 ベッドの上で目が覚めた事、アンドロイドと話した事、途中怪物に襲われ撃退した事、子犬を見つけた事、端末を受け取り施設から出てきた今までを包み隠さず二人へ打ち明けた。


 俺が話すうちにみるみると険しい表情を浮かべる二人に一抹の不安を覚えながらも、話を終えた頃に少しばかりの沈黙があたりを漂った。

 

「えっと……マサノブ?」



「ダイト。別にお前を疑う訳じゃないんだが、お前が受け取った端末を見せてくれないか?」と、神妙な面持ちから顔を上げ、少しばかり低い声で呟く。


「ああ、わかった」


 そう言われ机に置いていた端末をマサノブへ差し出す、が。

 

「ちょっと、それってマナー違反じゃん! 駄目だよ君も、簡単に端末を他人に見せたりなんかしたら!」


「わかってるよ! でも非常事態ってやつだろ! それにな、俺とダイトはそんな騙し合ったりするような仲じゃねーんだよ!」


 差し出そうとした端末は受け取って貰えず、店員とマサノブの第二ラウンドが始まろうとするが、いい加減に話を進めたい俺としては多少強引にでも話に割って入る。

 

「あの! えっと、君が俺の事を心配してくれてるのは嬉しい、けど俺はマサノブのことを信頼しているから」


「んんん、まぁそう言うなら。二人とも昔からの知り合いっぽいし私があれこれ言うのもなんだしね。あ、私の名前は花田麻紀(はなだまき)ね、皆からはマッキ―って呼ばれてるからヨロシク!」


 考えこみながらもこちらを心配する素振りで答え会心の笑顔にまた戻る。先程店先でみせた笑顔が本当によく似あう子だ。

 花田麻紀ちゃん。マッキーね、うん覚えた。

 

「まったく調子のいいヤツだな……あーダイト、その端末は机の上に置いてくれ。操作するのはお前だ、そっちのほうがいいだろう。それからアプリの中に『マイデータ』ってのがあるからそれを開いてくれ」


 言われた通りに端末を俺とマサノブの間に置き、画面を立ち上げる。

 そこから数あるアプリアイコンから順に『マイデータ』を探し当てタップするとなにやら複数の文字列と数字が浮かび上がった。

 

 登録日 9・7/1 13:35 活動期間 0 day

 

「うわーマジだこれ……こんなことあるんだな」


「ね、ね! これって超珍しくない?」


 カウンター越しに頭を突き出し端末を覗き込んできた女店員ことマッキーに思わずたじろぐ。その突き出された頭もとい髪の毛からはふわりと香る甘い果物のような匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「珍しいってか超レアだろこんなの。まぁ、とにかく状況はなんとなくわかった。はぁ、どうしたもんかな」


 ドレッドヘアーを掻きつつ、思案を巡らせるような表情をみせるマサノブ。

 これでなにがわかったのか、問い詰めたい気持ちを抑えつつ、相棒でもあり友人だとも思っている彼の言葉を待つ。

 

「いいか、ダイト。今から話すことは全て事実で……きっと驚くとは思うが、落ち着いて聞いて欲しい」


 元より覚悟の上だ。あの怪物が現れてから感じる世界への異物感。

 マサノブの言葉に一つ頷き次なる言葉を促す。

 

「まずアンドロイドが言ってた事は全て本当だ。人間って呼ばれていた存在はいなくなった。それでウイルスに感染した俺たちは『ゾンビ』の身体になっちまった。ここまではいいな?」


「そこがよくわからないんだ。どう考えても……人間だろ? この身体は」


 思い返すのは『ゾンビ』と俺たちが呼称している存在は人間に似て非なる存在だ。

 肉は爛れ、歯は抜け落ち、腕が千切れても、人を襲い肉を喰らう。呻き声を上げながら知性を感じさせない突進を繰り返すただの悪鬼。

 

「あーそうだなー、正確に言うと『ゾンビ』って過程を踏んで『新生類』に進化したってほうがいいのかな、この場合。そういえばダイト、確か病院みたいなところで怪物に襲われたって言ったよな、その時に怪我しなかったか?」


「ああ怪我なら――」


 自らの腕に目をやるが、ない。半袖の患者衣から覗かせていた無数の傷跡と打ち身の痕は綺麗サッパリと無くなっていた。

 

「あ、あれ?」


「怪物に襲われて撃退したってのも驚きだが、まぁそういうことだ。とにかく傷の治りが早い、個人差はあるけどな。さらには病気にも掛からないんだよ。癌とかにもならないし性病にだってならない。すげぇだろ?」


「うわ、マサヤンサイテー」


「本当のことだろ!? ええっと、まぁそれは置いといて。とにかくすげぇ頑丈な身体になったんだよ。人類保全機構が言ってたあらゆる環境に対応するってのは嘘じゃない。多少の暑さや寒さは気にならねぇもんさ」


「そうだったのか。それで……」


 喫茶店の外は灼熱の世界、本来であれば外を出歩くのも躊躇われるほどの気温であった。だというのに昔に比べれば幾分か動きやすかったのはその為か。

 

「そんで施設で襲ってきた怪物ってのは『アンビ』だな」


「あんび?」


「元はなにかの動物でさ、動物ノ屍(アニマルゾンビ)って呼ばれている略称さ。人間用にばら撒かれたウイルスが動物とかには合わなかったみたいでな、小動物とかでも恐ろしい怪物に突然変異させちまうんだよ。こえぇ話だろ? んで、厄介なのがアンビは新生類になった俺たち『屍者』が好物なんだ。ところかまわず襲ってくるからな、対処法としては頭を勝ち割る! ゾンビと一緒だな」


「ホント困るよねぇ。私みたいな非力な乙女からしたら買い出しとかに行くのも怖いもん」


「お? そんじゃマサノブ様が護衛してやろうか? モチ有料で!」


「べー! お断りです! もっと頼りになる人たちにお願いしてるもん」


 軽口を叩きあう二人をよそに思考を巡らせる。

 アンビ。頭蓋を砕き殺した存在。そこから生まれた子犬、いや、元々は無害な子犬を怪物へと変異させたウイルス。そのウイルスをばら撒いた人類保全機構。

 人類を別の存在へと変え、地獄のような惨状を創り出した組織だというのに二人はそのことが気にならないのだろうか?

 

「あ、ねぇねぇ、ダイトくん! 番号教えてよ、マサヤンの知り合いならこの辺に住むんでしょ? よかったらこのお店の常連になってほ、し、い、なぁ、なんて!」


「気を付けろよぉ。この店かなりのぼったくりだからよ」


 甘えるような声で誘うマッキーに対して、声を低く釘をさすマサノブ。

 あ、いや、番号を交換するのは全然問題ないのですが。

 

「この受け取った端末は俺が自由にしていいもんなのか?」


「オッケーオッケー問題ナッシング! 人類保全機構も最初は訳わかんねぇ組織だったけどさ、基本的には俺たちの生活を快適にしようってやつらなんだよな。国がないっておかげで税金とかも無いしな」


「ダイトくーん! アプリの赤外線通信開いてくれる? 私から送るね」


「あ、ああ」


 言われるがままにアプリを起動。開いたと同時に彼女が持つ端末が寄せられ『ピロン』という音が鳴る。

《電話帳 花田 麻紀 登録を完了しました》

 女の子の電話番号ゲットだぜ!!

 

「じゃあこれ、俺の番号な」


 続けざまに寄せられた端末に合わせ、同じく『ピロン』と音を鳴らし、長渕将信の番号を登録する。

 

「んっふっふー、これからも御贔屓に!」


「気をつけろよー、金もってないやつにはとことん厳しいからなー」


「ふーんだっ! それなら外でぬるいコーラでも飲んでればいいじゃん!」


「嘘嘘、ジョーダンだって!」


 少しだけ、心が温まる。

 人と人との繋がりに煩わしさを覚えたこともあった、しかし今ではそれがとても有り難い。

 

『カラーン』


 感慨に耽っている間に新たな来客を告げる鐘。そこに現れたのは異様な光景だとしか言い表せなかった。


 黒い装束を身に纏った六人、数十年前に不良たちのあいだで流行っていたとされる特攻服だと記憶にある。その特攻服から隆起する身体の膨らみから女の集団だと想起される。

 

 一人は、綺麗なロングの金髪でスラっとした体形の麗人。

 一人は、黒髪で二つのおさげを揺らし小柄で眼鏡を掛けた少女のような風貌。

 一人は、ベリーショートの白髪で男のような面構え。

 一人は、軽くウエーブの掛かったロングで濃ゆい亜麻色の髪の巨乳。

 一人は、あれ? 男かな? プロレスラーのような色黒の巨躯。

 

 そして、最後の一人は。

 

「ダイ、ト……?」


 肩にも掛からない綺麗な黒髪、前髪で左目を隠し残された右目で俺を凝視する。

 

「あ! やっべ!」


 隣でマサノブが騒ぐのを他所に、黒髪の少女は俺に近寄り声を掛ける。

 

「ダイト……だな? そうなんだな!? よかった、会えて……本当に……」


 振り絞るような声で、優しく俺の肩に掛けられた手は震えていた。

 

 

「…………ホタル?」


 縋るような震える手。少女の右目には大粒の涙が溢れ出る。

 

「マサノブ!! ダイトを見つけたのならどうして連絡してこなかった!!!!!!」


「待て待て待て! 俺もさっきここで会ったばかりなんだよ!」


 涙をこぼしつつも隣にいたマサノブへ激昂する少女。

 

『ズキン』


 おれは、このこを、しっている。

 

 

「なんだ?」


「んー、ホタルの知り合いか?」


「あ、もしかしてホタルが探していたのってその男の人?」


「ミセノナカデサワグナヨォ。ホタルドウカシタネ」 

 

 黒髪の少女と同じ装束を纏った五人のうち四人がそれぞれの言葉を口にする。


 

『ズキン』


「ぐああああああああああああああああ!!」


「ダイト!? どうした!?」


「あーもう! やっぱりこうなっちまった!!」


 脳内を泥のような汚物が混ぜられ、内側から尖った金属片でかき回されていくような感触。座っていたカウンター席から転げ落ち、両手で頭を抱え地面に伏せる。

 

「ああ!! う……ぐぅううう!!」


「しっかりしろ! 仕方ねえ、俺のウチが近い。とにかくそこまで連れていくぞ!」


「待てマサノブ! どういうことだ!? 説明しろ!!」


「後で説明するから! ちょっとここで待ってろ! おい、ダイト行くぞ。俺の肩に掴まれ!」


 腕をとられマサノブの首から肩に強引に引き寄せられた左腕に体重がのしかかる。

 引きずられるようにして歩く俺に肩をかしてくれる相棒。

 

 なつかしい。ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。

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