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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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木と機と奇

「いんやあ、生で見れて感動しちゃったぜ」


 隣を歩く相棒が先程まで鑑賞していたライブについて、感想を漏らしながら余韻に浸る。

 一方俺は、あまり興味の湧かない音楽だったこともあり、ただその場で呆然と場内を見回していた。

 会場にはドレッドヘアーで派手な服装を好むマサノブと同じく、世界中から集まったアウトローがひしめき合っており、俺の存在は場違いだと感じるのは無理もないことだろう。


「また機会があったら行こうぜ、な! ダイト」


「あ、ああ。そうだな」


 本音を言えばあまり俺の趣味ではない彼の嗜好。だが好きなことに積極的に取り組んでいける彼を羨ましく思うこともあるし、同じように喜びあえればいいのだろうなと考えることもある。

 しかし、今はとある事情により彼の言葉に快く賛同できないでいる。


 匂うんだよな、マサノブのドレッドヘアー。

 汗の影響もあるのだろうが、生存者グループで一緒にいたころから、彼の髪から漂う洗濯物の生乾きのような香りは妙に鼻につく。嗅覚が鋭くなった屍者の鼻にはかなり堪える為、今では人一人分くらい彼とは距離を置いて歩く。


『ハアイ、お兄さんたち。色々なハーブがあるよ、今なら緑も赤も青もあるヨ!』


 怪しげな客引きを躱しつつ、訪れたのは競技場の近くで多くの人が集まる出店エリア。なんでもここで商売をしている人たちのほとんどが趣味としてやっているらしく、参加者の一人としては頭が下がる思いだ。

 世界中から集まった色とりどりの出店の中、至る所で番号交換をして電子通貨の取引きが行われる光景は中々に異様だ。祭りの空気にあてられ、財布の紐が緩くなる感覚なのだろう。


 何か食べようかと俺たちが相談しているところで、一人の少女から声がかかる。


「あ、マサヤンとダイトくんだ。一回戦突破おめでとう!」


「よお、マッキーじゃん。来てたんか」


 俺たちに近寄ってきたのは、いつも喫茶店でお世話になっている店主のマキちゃんだった。片手にはソフトクリームを持っており、祭りを楽しんでいる様子だ。

 そして彼女の後ろから二人の人物が現れ、周囲が騒めくのを肌で感じる。


「あら、フジくんたちもお買い物?」と尋ねて来たのは黒酔の女神ことサラさんだ。


 その隣には、昨日対戦相手を一撃で吹き飛ばしたベルさんが周囲を睨みつつ俺たちの方へ近寄ってきている。

 気温も高く、ぎらつく太陽からの紫外線も厳しい昼下がり。そんな環境でも全身を黒い衣服で身に纏い、木刀を腰にさしている彼女たちは、まさに注目の的だった。


「はい、サラさんたちもですか?」


「ええ、マキちゃんが見て回りたいって言うから。その護衛も兼ねてね」


「すみませんサラさん、ワガママ言って……」


「いいのいいの、私も退屈してたし。せっかくのお祭りだもの、楽しまなくちゃね」と、亜麻色の髪の少女を撫でる亜麻色の髪の乙女。


 まるで姉妹のようなやり取りが行われるなかで、俺は心の中でつっこむのを我慢していた。

 どう見ても護衛二人の方が目立っている。どうせなら変装でもすればいいのに、と思う中で一つの妙案が頭に浮かぶ。

 好機だ。もしも本戦へ駒を進めても、妹のナオと試合で当たる前に敗退しては意味がない。優勝候補者の彼女たちと対戦することも想定し、ここで少しでも情報を集めるべきだ。


「あの、サラさん。もしよかったら木刀を見せてもらえませんか?」


「木刀? ええ、いいわよ」


 俺の頼みになんの躊躇もなく、サラさんは木刀を手渡してくれる。

 人のいい彼女を騙すようで気分は乗らないが、勝ちに行くと決めた以上、悠長なことは言っていられない。


 手渡された木刀を柄の部分から切っ先までじっくりと眺めていく。

 今までホタルが振るう木刀になんの違和感も持っていなかったが、どうやら俺は勘違いをしてきたようだ。

 実際に手に持ってみてわかるのは、コレは木刀のように見えて木刀ではないということ。刀身は日本刀のように薄く、木刀と呼ぶより木材で加工された模造刀とも呼べるだろう。

 木刀に焼き加工をするかはわからないが、全体的な色味は浅黒く整えられている。木目からみても馴染み深いカシ類だと想像はつく、柄の部分を少し強めに握り、手の平に返ってくる弾力は実に心地よい。

 さて、念のためだ。匂いも嗅いでおこう。


「ちょ、ちょっとフジくん! なにしてるの!?」と、ここで手に持った木刀を取り上げられてしまう。


 そして「オウ、フジ。ヘンタイカヨ」「うわ、ダイトくん何してんの」と女性陣から非難の声を浴びる。

 だがここで退くわけにはいかない。


「すみません、いい木材だと思って。ところでサラさん、その木刀の素材って赤ですか? それとも白ですか?」


「え……? そんなこと急に訊かれても私は知らないけど。ベルはなにか知ってる?」


「ウウム、コレハ『ボス』カラモラッタボクトウネ。ヨクワカラナイヨ」


 困惑している様子の二人に俺は礼を言い、少しばかり思考を巡らす。

 木刀の出どころは河崎シノさん。しかし彼女から話を聞き出すのは困難にも思えるし、これ以上の詮索は警戒されるだろう。それに知りたかった情報としてはもう充分だ。

 そこへ、


「ダイト、お前何やってんだよ! もう行くぞ!」と、マサノブに首根っこを掴まれ、引きずられるようにして呆然とする三人に別れを告げた。


 そして人気の少ない場所まで来たところで手を離され、相棒が鬼のような形相で文句を言ってくる。


「あのなダイト、黒酔の山波沙羅には熱狂的なファンがいてな。さっき周りにいた連中の一部から、確実に怒り買ってたぞ」


「そうだったのか、すまん。気が付かなかった」


「おいおい頼むぜ。それで? なんで木刀の匂いなんて嗅いだりしてたんだ?」


「ああ、少し気になることがあってさ」


 ここまでに得た情報を頭の中で反復させ、もしも黒酔の誰かと闘うことになった時の為に対策を組み上げていく。しかし、まだ確信が持てない上に、木刀に頼らない闘いをする人物には通用しない下策だ。それに明日対戦するチームことも考えれば、今は頭の隅にでも置いておこう。

 そんなことを考えているところにマサノブが納得しない表情で、先程俺がとった行動について解説を求めてくる。


「どこから話せばいいかな。マサノブは黒酔の人たちが使う木刀に違和感を感じたことはないか?」


「え、いやまあ。ホタルが怪物(アンビ)を斬り飛ばしてる時も日本刀より斬れてんじゃねえかと思ったけど……」


 本来、木刀を武器として扱う場合は斬るというより叩くと表現するほうが正しい。しかし彼女たちが持つ木刀はとても刀身が薄く、日本刀のような形状だ。普通に考えれば、人間の腕なんて斬り飛ばせるものではない。いくら木材を鋭く加工しても、人の骨に当たった時点で止まり折れるのが関の山だ。


 しかし、ここは屍者の世界。人間だった頃の感覚は捨て、思考を飛躍させていく必要がある。

 俺の説明を頷きながら聞いてくれるマサノブだが、まだどことなく腑に落ちない表情をしている。もう少し説明が必要だろうか。


「それで、黒酔の木刀に使われている木材はカシ類だと思うんだ。ほら、木工ハンマーとか(かんな)で使われてるやつで―――」


「待て待て、俺が気になってるのはソコじゃねえ。なんでダイトはそんなに木材について詳しいんだ?」


「あれ、話したことなかったか。俺は昔、家具をオーダーメイドで請け負う会社で働いていたんだ。その時に師匠……じゃなくて社長から木材について色々と仕込まれてさ」


「初耳だっての。回転寿司で働いてたんじゃねえの?」


「ああ、それは東京に来てからの話なんだ。それで、マサノブに一つ確認しておきたいことがあるんだけど」


 俺の問いに彼は怪訝な表情を浮かべながらも頷き返してくれる。

 悪いとは思う。昔から説明を要領よくできる人には憧れる。


「人類保全機構が世界中にばら撒いたウイルスは人間に感染した場合、俺たちで言えばゾンビになって、あらゆる環境に対応できる屍者の身体に転生する。そして、人間以外の生物が感染した場合には怪物に突然変異する。ここまではあってるよな?」


「ああ、そうだけど」


「それじゃあ、植物がウイルスに感染した場合はどうなるのかな?」


「え? いやあ知らねえよ、そんなの。俺は元々カラオケ屋で働いていた男だぜ」


 それもそうだ。

 あくまでも予測、それでも可能性があるのであれば、なにも準備もせずにいるよりはいいはずだ。

 思い浮かんだ奇策が通用するかどうか、かなり運だよりな気もするが。今は自分で出来る範囲で精一杯足掻いてみることにしよう。


「なあ、ダイト。俺はさっきからお前がなにを考えてんのかさっぱりわかんねえぞ?」


「何って、それはまあ、黒酔の攻略法……かな」


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