分析
「くうう、やっぱ勝利の酒ってのは最高だぜ」
「いや、マサヤン今日なにもしてないじゃん」
第五回P・B・Zの一日目、予定されていた試合が全て終わり、俺とタクロウの部屋でチーム初勝利を祝う食事会を催すことになった。人類保全機構が用意する食事はどれも味気なく、会場周辺で多くの出店が軒を連ねていることをいいことに、それらの店で大量の食糧と酒を買い込んでの晩餐会だ。
いつものごとく、ホタルは参加せずに男四人での会となり、話題は自然と先程まで見ていた試合が中心となる。
初日を締めくくった黒酔の闘い。まさに圧巻の一言だった。
黒酔の先鋒を務めたのは黒酔の巨人、ベル・ドゥカティエル。
試合開始のゴングと共に相手に接敵し、浅黒く太い右腕で超低空から対戦相手の顎に繰り出されたアッパーカットにより、ジェット機のような勢いのまま対戦相手を観客席まで吹き飛ばし試合終了となる。
一昔前なら仰天していた光景だろうが、あらゆることを経験した今となっては、自分でもなんとか対応できそうかもと思えるのは成長か、それとも思い上がりか。
「それにしてもさあ、黒酔が着ていた服、アレがやっぱり怪しいよなあ」と、マサノブが酒を飲みながらぼやく。
その言葉にテーブルを囲う俺たちも頷きながら、黒酔の次鋒戦を思い出していた。
****
「次は、シビルさんか」
黒酔の次鋒を務めたのは黒酔の荒くれ者、本田志美瑠。
リングに上がった彼女の表情はいつも見せていた晴れやかな笑顔はなく、腕を組み堂々とした姿勢で対戦相手に対して険しい表情で睨みつけている。
そしてその対戦相手の手に日本刀、背中には赤と青のボンベがついた火炎放射器のような武器を背中に装備している。
そこで試合開始のゴングが鳴るも、本田志美瑠という人物は微動だにしない。
「やれやれ、シビルさんの悪い癖がでたな」
「ホタル、悪い癖って?」
「シビルさんは気まぐれでな、対戦相手で遊ぶことがあるんだよ。見ていればわかる」
そう言われリングの上に視線を戻すと、微動だにしない彼女に痺れを切らしたのか、日本刀を持った男が白髪の人に向かって襲い掛かる。
そこで場内がどよめく。男から振るわれた刀は確かに彼女の二の腕を切り裂こうとした。
だが、刀は腕を斬るどころか彼女が身に纏う服すらも斬れずに動きを止めてしまう。それから仁王立ちする彼女に幾度となく対戦相手が刀で斬りつけようとも、シビルさんの肌も黒い服も傷つくことはない。
対戦相手も刃物が通じないと悟ったのか一旦距離を置き、背中の火炎放射器を構え、今度は燃え盛る炎を彼女に向けて放出した。
しかしそれでも結果は同じ。炎に包まれた青年のような彼女は、自身を包む火炎をまるで風を感じるかのような素振りでものともしない。
そして万策尽きた表情を浮かべた対戦相手に向かって、ようやく仁王立ちの構えを解いた彼女は相手を空高くへと蹴り上げる。それからサッカーのリフティングでもするかのように二度、三度と蹴り上げ、最後はゴールを決めるかのように観客席に向かって男が蹴り飛ばされ試合終了となった。
****
「やはりヴェルクに所属し、黒酔の協力者であるフィオナという人物が黒酔の衣服を提供したと考えるのが自然だな」
トキウチさんの言葉に誰も反論はしない。
この世界で四大勢力の一つでもある技術屋集団『ヴェルクツォイク』から、刀による斬撃も火炎放射器による放火も防げるような衣服を提供されたのではないか、という見解が試合をみていた俺たち共通の分析だった。
どんな技術を使ったかまではわからないが、少しだけ黒酔の強さの秘訣を解き明かした。と鼻高々に豪語するマサノブだが、俺はいまだに疑問が残っていた。
酒場で俺たちと話をしたフィオナという人物から貰ったヒント『スタート地点で既に大きな差がある』とは身体に身に着けている装備のことを指していたのであれば納得もいく。だが本当にそれだけだろうか、彼女の言葉のどこかにはまだヒントが隠されていたのではないか、と考えが巡り悶々とする。
そして議題は黒酔の中堅戦へと話が進む。
しかしここで俺たち四人の意見が割れることになる。
黒酔の中堅を務めたのは黒酔の知恵者、鈴木刀子。
小柄な彼女の対戦相手の男は、鉄球のついた鎖を振り回し試合開始前から相手を近寄らせまいと警戒していた。しかし、試合開始のゴングが鳴り響くと同時に男の身体は後方へと吹き飛び黒酔の勝利が確定した。
そして論点になったのは『どうやって相手を吹き飛ばしたのか』である。
「あのチビ助のヤツ、いったいアレをどうやったんだ? 俺にはまったく見えなかったぜ」
「ぬっふっふ、甘いねマサヤン。恐らくは目にもとまらぬ抜刀術、我でなければ見逃しちゃうね」とタクロウが言う。しかし
「そうか? 俺には掌底による押し出しにも見えたが……フジサワ、お前はどう見えた?」
ここでトキウチさんから意見を求められる。そこで自分の眼で見えた範囲で正直な見解を述べる。
「そう、ですね。俺が見た限りでは相手に向かって硬貨を打ち出しているようにも見えました」
「硬貨? あの一瞬でコインを投げつけたって言うのかよ、本気で言ってんのかダイト?」
酔っぱらった顔で訝しむ相棒だが、実際にそう見えたのだから仕方がない。
より正確に表現すれば、硬貨のような丸くて平べったい小物を親指に載せ、コイントスをする要領で相手に向かって打ち出したというのが正しい。俺がトウコさんの闘いを初めて見たときは混乱していて気が付かなかったが、あの乱戦のなか距離の空いた相手を一瞬で活動停止に追い込んだのはコレだったのかと自分の中で導き出した答えだった。
だがそれも些細なことで、結局は二回戦でもう一度注意深く観察しようと、この場では結論付いた。
「河崎シノは相変わらずエグイことするよなあ」
そして話題は、黒酔の一回戦が終わった直後の事件に移り変わる。
どうしてシノさんがこの世界で恐れられていたのか、その理由を見せつけられた出来事を振り返る。
試合を終えた彼女たちは会場を後にしようとした時、対戦相手の残り二人が黒酔に対して難癖をつけ始めたのが切っ掛けだった。
その光景を目の当たりにした司会者が『おやおや、世界最強の彼女たちは彼らの挑発に乗るのかな? カナア!?』と煽り始め、会場全体がソレに便乗し大騒ぎを始めた。
もっと闘いを、血を見せろと物足りない欲求が彼女たちにぶつけられる中で応えたのは河崎シノだった。
彼女はリングの上に跳びあがり、片手にワインボトルを持ちながら難癖付けてきた相手に向かい、片手でかかって来いよと言わんばかりに挑発をやり返す。
そこで激昂した男二人はシノさんに向かって襲い掛かる。その猛攻をひらひらと避けつつ彼女は手にしたワインをラッパ飲みしている光景はまさに異様だった。
そしてワインを飲み干した彼女は反撃に転じる。男の頭目掛けてワインボトルを振るい叩き割る、そして一人が怯んだ隙にもう一方の男の頭に向かって瓶の残骸を突き刺す。先程まで彼女の唇が触れていた飲み口からシャンパンファイトのように血が噴き出し、一人は絶命する。
そして怯んでいた男を彼女は天高くへと蹴り上げる。だがここで終わりではない。
数十メートル高く跳びあがった男に向かってシノさんは跳びあがり、宙で男を木刀で斬りつけ、騒ぎ立てていた観客席に向かって血の雨と肉片を降り注いだ。
場内が悲鳴と歓声で包まれる中、俺は冷めた感情で事の成行を見守っていた。別段、黒酔に喧嘩を売った彼らを可哀想だなんて思えない。どちらかと言えば、敗北が決定したにも関わらず闘いを止めようとしなかった彼らにも責任はある、それに敗北した彼らはもうP・B・Z参加者ではないと言わんばかりに動こうとしなかった人類保全機構に、俺は怒りを覚えた。
「なあ、ダイト。これでわかっただろ。あの河崎シノや黒酔がいかにおっかない集団かってことを」
「それは、まあ、わかるけどさ……最後のアレは黒酔の人たちが悪いって訳じゃあないだろ?」
「かあッ! これだからダイトは。いいか? あいつら、つうか特に河崎シノは男相手にはガチで容赦がないんだって、極力アイツとの接触は避けろよ、いいな」
そう言われ思わずムッとする。
マサノブは知らないんだ。彼女たちは確かに世界的に注目をされていて悪ぶっているところもあるが、本当は普通の女の子たちなんだ。
しかし、酔いの回った相棒にこれ以上の反論は無駄だと悟り強引に話題を切り替える。
「そうだ、マサノブ。明日は結局試合は無いんだよな?」
「ん? ああ、そうだぜ。元々何百、何千チームと参加するはずだったP・B・Zが今回はたったの十六チームで、一回戦が一日で終わったからな。それで明日会場では一日中ライブがある訳だ」
それは各ブロックの一回戦が終了しアナウンスされていた事柄だった。
運営の予想を遥かに下回る出場チームの数だった為に、急遽ピエロ風の司会者が企画したイベントが明日執り行われることになっていた。
「それでよお、頼みがあるんだよ。明日の昼頃どうしても見たいライブがあるんだけど、ダイト付き合ってくれねえか? トキさんやタクロウは嫌だって言うし、ホタルは黒酔の方に顔を見せに行くっていうし。一人で行くのもつまんねえからよお」
だいぶ酔いが回った相棒から懇願される。
どうやら明日は彼の好きな歌手が出演するようで、そのライブに一緒に行こうとの誘いだ。
P・B・Z開催期間中は単独行動を取らないようにとも言われてはいるし、よくよく考えれば彼と知り合ったのは感染が拡がった世界の後になる。だからマサノブとは共に遊びに行ったこともない訳で、ここは彼の誘いに乗ってみようと思う。
「わかった、明日はマサノブに付き合うよ」
「へへっ、それでこそ俺の相棒だぜ!」と、上機嫌になったマサノブは満面の笑みを浮かべる。
そして俺は明日からの日程を頭に思い浮かべる。明日はマサノブの付き添い、明後日は予選の二回戦。
順当に勝ち上がれば明々後日は決勝の個人戦となる。本来であれば次に当たるチームをよく知るべきだが、それは明日にでも構わないだろう。
俺の目的。
妹のナオとじっくりと話す機会を設けるには本戦へ進出して、直接相対する以外の方法は今のところ見当たらない。そして決勝進出者は二十名だ。そこで最大の脅威となる黒酔の人たちへの対策もそれとなく調べていく必要もあるだろう。
そしてあわよくばこの腐った新世界を壊すために優勝を狙う。
他人が傷付くことを喜ぶ世界があってはならない、と俺は思いつつ夜は更けていく。