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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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観戦

 一回戦を終えた俺たちは観客席へと移動した。

 現在、Aブロックの一回戦が終了し、リングの上で試合は行われていない。次の闘いを会場全体が待っているという状況だ。

 観客席も先程に比べればほとんどが埋まり、夏の熱気も合わさり茹るような暑さが会場を覆っている。


「うわ、やべえ」


 と、俺たちの姿を見てその場で固まる男たちと目が合う。一回戦で俺たちと闘ったチームカン・サン・バンだ。

 なにか文句でも言われるのではないかと力んだが、隣に佇むホタルからの鋭い視線に怯んだようで、彼らはすごすごとこの場から撤退した。

 そこでとあることに気付く。ホタルから腕を斬られた対戦相手の片腕が元通りに戻っていることに。


「あれ? あの人、腕が治ってる?」


「そりゃあそのまま放置はしないでしょ。ほら、控室にカプセルがあったじゃん? あれに入れば大抵の怪我や肉体の損失は復元できるからね。ダイトンも怪我をしたらあの中に入るといいよ」


 タクロウからの言葉で思い出すのはさっきまで居た控室の光景だ。

 名立たるスポーツ選手が使っていたロッカーを使用することはなく、ただ長椅子に座り雑談くらいしかしていなかった控室の隅に設置されていた酸素カプセルのような機械物。

 なるほど、この大会に救護班のような人たちを見かけない理由はそれかと妙に納得する。


「少し、悪いことをしてしまったかな……」と、ホタルが小さく呟く。


「どうした?」


「いや、P・B・Zにチームで参加する(やから)は互いの利益で動くような人物ばかりだ。しかし彼らは元からの知り合いみたいだったからな。友人の前で痛めつけたとあれば、少々不憫だったかもしれない、と思ってな……」


 ホタルは後悔をするように、この場からいなくなった男たちを気にかけている様子。

 そんな表情を見ながら俺は思い出していた、ホタルは元々は優しい子なのだ。生存者グループで一緒にいた頃も彼女は俺やマサノブでは気づけない細やかなことも気にかけてくれていた。

 ホタルがこの新しい世界で黒酔の人たちから物騒なことを教えられたのかもしれないが、それでも彼女の根本的な部分は変わっていないのだと安堵する。


 そして俺は少しずつ変わってきていることを自覚する。

 昔なら人の片腕が斬られる光景に立ち会えば卒倒しかねないくらいには小心者だったはず。そんな俺がゾンビを相手に生き残り、この世界で度々目にしてきた暴力の場に慣れてきている。

 転生を受けてから感じてきた価値観のズレ。それが今では自分の感性が新世界の常識に寄りつつあることに今更ながら怖いと思う。慣れとは恐ろしいものだ。


 それから程なくして闘技場の上では新たな試合が執り行われる。

 屍者同士の闘いにまだまだ疎い俺は、少しでも情報収集をと意気込んでいたが、隣にいるホタル曰く「どいつもこいつも大したことはない」だそうな。


「そういえば俺たちと次にあたるチームどんな人たちなんだろう。控室からここに来るまでに終わったみたいだけど、マサノブは何か知っているのか?」


「ああ、中々に強豪だぜ。P・B・Z第二回の優勝チームだからな」


「ゆ、優勝チーム!? それは……」


「気にするな、どうせ黒酔に比べたらその他のチームは全て格下だ」


「うわ、でたでた。ホタルの黒酔贔屓(ひいき)は相変わらずだな」と、マサノブがにやつきながらホタルを煽る。


 その言葉にフンッと鼻を鳴らし、顔をそむけるホタル。マサノブの言葉通り、黒酔を大切にしている彼女には今のこの状況は申し訳なく思う。


「ホタル、ごめんな。無理に助っ人を頼んだりなんかして」


「構わないさ、前にも言っただろう。私にとって黒酔も大事だが、ダイトやマサノブも同じくらいに大切だ。だから今度は、二人のことを私が守る」


 ホタルさん、イケメンですね。

 突拍子もないことを言われ俺とマサノブは、照れを隠すように明後日の方角へ顔をそむけることになる。嬉しいと言えば嬉しいのだが、こうも面と向かって言われればくすぐったい気分だ。


 そしてBブロック一回戦を観戦している最中に、とある一団が俺たちのもとへ訪れる。


「よお、ナガブチ、フジサワ。見に来てやったぜ」


 それは公園で俺と野良試合を行ったハマダと呼ばれるスキンヘッドの大男と極彩色の服を着た男たちだった。


「見てたぜフジサワくん、さっすがハマダさんに勝っただけのことはあるぜ」


「アハハ、ど、どうも……」


 背中や肩をバシバシと叩かれながら、勝利したことを祝われる。

 傍から見ればチンピラに絡まれているようにしか見えないのだろうが、こうして関わってみれば気のいい人たちだ。マサノブとの遺恨も解消されているようで、別の男たちと談笑している相棒の姿を見て一安心する。


「そういえば、ハマダさんたちはP・B・Zに参加していないですよね?」


「まあな、折角の地元開催だから記念に、とも思ったが。黒酔だけならまだしも、ターゲット狩りやフジサワが同じチームで、あの時は知らなかったが黒酔の新入りがいるんじゃあ最初から勝ち目が薄いからな。参加料が無駄になるってもんだ……なあ、そこのお嬢さん」


 と、口元に笑みを浮かべながら俺の隣にいたホタルに男は視線を移す。

 そこには腰に差してある木刀に手をかけ、今にでも斬りかからんとする少女の姿がある。顔つきも険しく、目の前にいる人物を睨みつけている。だが、そんな視線に怯むことなく大男は腕を組み仁王立ちをして両者は睨み合う。

 今にして思えばこのハマダという人物もかなりの実力者だ。現在行われている試合を見ても、彼に比べれば動きが悪いようにも見える。もしくは俺が黒酔やトキウチさんのような一流の闘い方に見慣れてしまったからなのかもしれないが。


「ホタル、この人たちは大丈夫だから」


「そうだぜえ? 俺たちはもう悪いことはしないさ。なあそうだろ、ナガブチ」


「うっせえな、まだ俺のことを騙したの忘れてねえからな。それよりハマダ、話つうか頼みがあるんだが」


「あ? なんだよ頼みって」


「いいから、ちょっとこっち来てくれ」


 そう言いながらマサノブは男たちを引き連れどこかへ行ってしまった。


「私がマサノブにつこう。ダイトはここの二人と一緒にいてくれ」


「え? ああ、わかった」


 そして男たちの後を追うようにホタルも人ごみに紛れていく。

 何かあったのだろうか。頼みがあるというのであれば、俺たちを頼ればいいのにと残された三人で雑談を交わしている頃にCブロックの試合が始まる。


 会場の大型モニターに映し出されるのはチームコレクト、第四回大会の覇者だとピエロ風の男が大げさな紹介を始める。

 相変わらず癇に障る話し方をする司会だが、大将であるミリア・スワンプを『絶世の美女』だとか『戦場の女神』とか褒めちぎっているところは評価してもいいだろう。

 いいぞ、もっとナオのことを褒めてやれ。と、昔なら思ったかもしれないが、今では複雑な心境だ。


 そして試合結果はコレクトのストレート勝ち。

 大将である妹に出番はなく、兄としては胸をなでおろすかたちとなる。

 ホタルに助っ人を頼んでおいても、やはり女の子が闘うことは極力避けてもらいたい。しかし、あの人にこんなことを言えばきっとまた怒られてしまうのだろうな、と考えている間に二人が帰ってきた。


「よう、やっぱコレクトは勝ち上がってきたか」


「ああ、そうだけど。それで、何を頼んできたんだ? マサノブ」


「ん? ただの雑用だよ。気にすんな」


「そっか……」


 少し、寂しさを覚える。

 どんなことでも分かち合ってきた友人から隠し事をされるのは、どうもいい気分はしない。それでもマサノブはふざけているように見えてしっかりとしている男だ。

 彼の言葉を信じ、気にしないことにしよう。


 そして、ぽっかりと空いた競技場から見える空が夕陽を覗かせた頃。本日一番の歓声と共に彼女たちが姿を現す。


『さあさあ、ついにきたぜ今日のメインディッシュ! 皆のお待ちかね、世界最強のチンピラ集団、黒酔の登場だァっっ!』

 

 

 


 

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