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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
54/81

変化

Aブロック 一回戦

チーム プライド 対 チーム カン・サン・バン


 第五回P・B・Zの開幕試合。

 正午一時丁度に試合開始のゴングは鳴った。


 会場は昨夜と違い観客席は六割ほどしか埋まっておらず、注目度の低さが伝わってくる。

 それでも数万人の視線が、これから俺が立つであろうリングに集まると思うと、次第に緊張感は増していく。


先鋒 広末 拓郎 対 ヤッキ・ニイク


 闘技大会は剣道や柔道の団体戦のように一対一の先鋒から大将までの計五回で争われる。勝ち抜けはなく、三勝先取したチームの勝利となる。

 そして大事な初陣を飾ることになったのは、昨日夜遅くまで俺とゲームで遊んでいたタクロウだ。ちなみに彼が先鋒である理由は特になく、マサノブが用意したくじ引きによるものだ。

 試合のルールは『死亡で敗北』『場外へ身体の一部が触れると敗北』の二点のみ。以前、公園でトキウチさんが提案した条件と同一のものだ。


「どおおおん!」


 そしてリングの上では早くも先鋒戦の決着がついた。

 結果はタクロウの勝利、というより相手にすらならなかった。

 手に持っていたナイフを扱うこともなく、数度攻撃を回避したタクロウは片手で相手を場外へと弾き飛ばし試合終了となる。


「ナイス、タクロウ! 楽勝じゃん!」とマサノブと俺が勝者をハイタッチで迎える。


「ふふん、あんなの余裕っすわ」


 ふと向かい側の対戦相手を見ればかなり動揺している。カラーギャングのような見た目をした男たちだが、情報通のマサノブによれば彼らは今回がP・B・Z初参加のようだ。

 俺も同じく初めての参戦となるわけだが、少々相手を不憫に思う。なにせこちらには最高の助っ人がいるからだ。


次鋒 宝塚 蛍 対 ヤア・イテモ


 リングの上では、対戦相手がホタルに向かって罵声を浴びせている。しかし、リングに立つ彼女は涼し気な顔で聞き流している。


「どうやら相手はタカラヅカが黒酔の一人とは知らんようだな」


「そうみたいっすね、ターゲットランクにも上位に入ってるのに。どこの田舎者だよアイツらは」


 と、二人が対戦相手に呆れたと言わんばかりの感想を漏らす。

 俺も特訓の合間に端末で色々と情報収集していて気が付いたことだが、世間では『世界最強の黒酔に新入りが入ったらしい』ぐらいの認識しかないようだ。宝塚蛍という人物が黒酔のメンバーと知っているのは黒酔の協力者か、熱心なファンぐらいしかいない。


 しかし、それもこの試合で終わりだろう。

 彼女が纏う全身黒の装束は嫌でも目に付く。それに、


『ホタルウウ! ガンバレエエエエエ!』とバカでかい声援が観客席から届く。

 その先には漆黒の集団が陣取っており、会場全体からは大いに注目を集めている様子だ。

 リングの上で先程まで冷静な素振りをしていたホタルだが、今ではどことなく恥ずかしそうな表情を浮かべている。例えるなら運動会で大はしゃぎしている親族からの応援に、知らないふりをしている子供のようだ。


 そして次鋒戦開始のゴングが鳴る。

 ホタルの持つ木刀と対戦相手が持つ鉄パイプが打ち合い、会場からは歓声が湧き上がる。

 一瞬で試合が終わるのではないかと思っていただけに、リングの上で行われている応酬には疑問が残る。


「ホタル、調子が悪いのかな……」


 俺からして見ても、相手の動きが遅く感じるほどの相手だ。ターゲットランキング、つまりこの世界で危険な人物を表す指標で七位につけているホタルならば余裕だろうと思っていたのだが。漆黒の少女は相手の動きに合わせるように木刀を振るう。


「気にすることないぜ、ありゃ多分見せしめだ」


「どういうことだ、マサノブ」


「黒酔は敵が多いいからな、ああやって実力差を他の連中に見せつけて二度と歯向かわないようにすることがある。黒酔の常套手段さ」


 そんな会話をしていると男の悲鳴が聞こえリングに視線を戻すと、対戦相手の左腕が血しぶきを上げながら天高く舞っていた。

 威勢がよかった対戦相手も今では悲壮な顔を浮かべ、リングの外へ逃れようとするもホタルは相手を逃がさない。木刀で背中を十文字に斬りつけ、倒れたところを足で頭を踏みつける。そして、必死で謝罪する相手をゴミでも見るかのように一瞥したあと、脇腹を蹴り上げ場外に相手を落としホタルの勝利となる。


 観客席からは拍手が送られるなか、落ち着きのある振舞いで俺たちのもとに少女が戻ってくる。


「ホタル、その、大丈夫か?」


「ん? なにがだ」


「対戦相手にかなり怒っているように見えたけど……」


「別に怒っているわけではないさ。シビルさんたちから『今後舐められないように徹底的に痛めつけてやれ』といわれていてな。しかし、困ったな。今のやり方は少々地味ではなかったか?」


 なんという物騒な教育を施しているのだ、あの黒い服を着た人たちは。

 ホタルの発言に顔が引きつりつつも、司会者から次の対戦相手が呼びだされる。


中堅 藤沢 大翔 対 イッエ・ヤアクナ


 ここまで忘れようと努めていた緊張が返ってくる。落ち着こうとすればするほど、観客席のざわめきが耳に入ってきて集中力が欠けていく。


「フジサワ、気負う事はない。相手は見るからに格下だ。それとも俺との特訓をもう忘れたか?」と、年長者が初めて見せるニヒルな笑みを俺に向けてくる。


 そうだ、俺だってこの一ヶ月何もしてこなかった訳じゃない。ここに至るまで色々なことを積み重ねてきたのだ。

 バールを引き抜き、己に喝を入れリングに上がる。その後ろで声援を送ってくれる友に、そしてこの会場のどこかで見ているかもしれない妹に応えなければならない。

 臆病な藤沢大翔はもういないのだと。


 リングの上で相対した男は、海外のギャング風な服装で両手にはサバイバルナイフ、腰には西部劇なんかで見かける拳銃のホルダーが装備されており、背中にアサルトライフルのような銃が備わっている。

 屍者同士での闘いにおける教えの一つ『得物は最小限、身軽さこそが武器となる』という言葉を思い返す。この世界では装備の数が多いいほど、自信のなさを露呈しているようなものらしい。


 そして試合のゴングが鳴り試合開始となる。


 開幕は接近戦となった。ナイフとバールで数度打ち合う。しかし、バールから伝わってくる感覚ですぐに察知する。

 弱い。トキウチさんから受けていた鉄拳に比べればなんてことはない。


 感染が蔓延した世界で生き残った時間に比例して身体能力が向上する。

 他者に生存した期間を話すのは禁句らしく、記憶が完全に戻っていない自分がどれだけ優れた身体能力を手にしているかはよくわかっていない。

 それでも対戦相手が俺より力が劣っていたとしても油断はしない。『多少の力量の違いは技術で補える』との教えもある。


 両者の間に火花が散り、一旦距離をとる。

 そしてすかさず相手が手に持つナイフをこちらに向かって投擲する。


 避けれなくもない攻撃だが、次の一手が予想できるため、あえて片方の手で飛んできたナイフを手で掴む。

 そして相手はホルダーから拳銃を引き抜き、俺に銃口を向ける。

 『屍者同士での闘いに銃火器を使うのは悪手である』最初は冗談を言われているのかとも思ったが、実際にその場面に直面して理解できた。

 集中した俺の世界では相手の動きはとても緩慢に見えている。引き金に指をかざし、銃弾が放たれる。


 悪い好奇心が疼く。

 特訓を始めて一番最初に教わった『人間だった頃の感覚は捨てること』をどうしても試したくなったのだ。

 普通に考えれば飛んできた弾丸を避けることなんてできやしない。しかしそれは人間の常識だ。

 そして、俺たちのように長く生き残った屍者であればあらゆることが可能になる。最初から無理だと思わず、思い切ってやってみれば屍者の身体は応えてくれる。


 飛来してきた銃弾をバールであえて弾く。

 この動作を見て、相手が闘いを放棄してくれればよかったのだが、ギャング風の男は諦めることなく背負っていたライフルを手にしている。

 

 ここまでだ。

 もう少しばかり自身の屍者としての性能を計りたいところではあったが、観客席に銃口が向いては面倒だ。


 相手に向かって疾駆する。

 全身が一つのバネになったかのように跳ねた身体で男に肉薄してライフルを掴み、捻じ曲げる。

 

 闘技大会に出場した彼らにも目的があったのだろう。

 しかし、俺にだって譲れない目的がある。


 そして俺は先鋒戦を飾った彼のように、リング外へと相手を突き飛ばし勝利となる。


『フジサワ選手の勝利! これによりチームプライドが一回戦突破となりまぁす。つうか相手弱すぎ、キャハハハ』


 不快な司会者の宣言により、俺たちは二回戦に駒を進めることになった。


 俺がチームのメンバーのもとへ戻ると、労うような声が掛かるなかで「ふん、ダイトなら当然の結果だな」と、自分が勝った時よりも嬉しそうにするホタル。


 そんな仲間からの歓迎を受けながら、一人神妙な顔つきの人物と視線が合う。


「どうした、マサノブ?」


「ん、いや別に……さっすがは俺の相棒だぜ! 余裕のデビュー戦だったな!」

  


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