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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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疑問

 時刻は午後八時。

 抽選会が行われる競技場内は異様な空気に包まれている。


 屍者とゾンビによる大乱闘も、屍者側の圧勝で幕を閉じた。その後、ゾンビ千体分の死骸や血を清掃するために多数のボットによる清掃が行われ、今では競技場も俺たちが入場した頃と変わらない状態にまで戻っていた。

 しかし、匂いは残る。

 参加者の中には火炎放射器を使用していた人物もいるらしく、血と肉が焦げたような香りが鼻につく。


 最悪の気分だ。

 屍者とゾンビを闘わせ、現在では闘技場リングで抽選会の説明をしているピエロ風の男には不快な感情しか湧いてこない。男の話によれば人類保全機構にスカウトされた一般人とのことだが、平凡な人物があのような惨事を提案するとは思えない。

 そしてそんな不快感を残すイベントを承認した人類保全機構もまともな組織とは思えないでいる。確かに彼らがこの新しい世界を運営することにより便利で快適な部分は増えた、それに食事と仕事が平等にある世界を築き上げた実績は人類史上でも類を見ない。しかし、この世界の支配者であっても人を玩具のように扱っていい訳がない。

 もしも、現在抽選会が行われている檀上で人類保全機構を名乗る人物がいれば、腰にさしてあるバールを投げつけてやりたい気分だ。

 だが闘技場のリングにはピエロ風の男と各チームの代表者十六名の姿しか確認できない。どうやら人類保全機構が表舞台に姿を現さないとは本当のことらしい。


 抽選会では箱の中から代表者が一枚の紙を引き、それに書かれたアルファベットと番号を司会者が読み上げている最中だ。

 チームを組んでの予選ではAからDまでの四組に分けられ、全体は十六チームであるから一組四チームで各組の代表がトーナメント形式で争われる。つまり予選で二回勝てば個人戦の決勝行きが決まる。


「チームコレクト、Cの三番!」


 全身を白で纏った少女が目に映る。

 照明が当たる中で堂々と胸を張り、自身に満ちた表情で代表者たちの列に戻っていく姿は実に様になっている。その姿はどこか神々しくも感じ目を細める、もしも事情を知らなければ憧れを抱いていたかもしれないくらいの麗らかさだ。だが、あのミリアと名乗る少女は俺の妹であり血縁者だ。

 俺のことを兄と呼び、藤沢奈央は死んだと宣言した少女は今なにを考えているのだろうか。


 後悔にも似た暗い感情が脳内を埋め尽くす。

 あのゾンビとの乱闘中であれば、強引にでもナオの手を取り会場を抜け出すこともできたかもしれない。それこそ、タクロウが言っていた拉致のような手段を使ってもよかっただろう。

 だが俺は逃げ出した。妹がこれ見よがしに血濡れた手と悦に浸る表情を向けてきたことに恐怖し、その光景から目を逸らしたのだ。


「チーム黒酔、Dの四番!」


 場内から歓声が湧き上がる。

 黒酔の代表として檀上に立っているのは白髪のシビルさんだ。彼女を遠目から見れば男のような姿見をしており、男装でもすればさぞや女性から支持されそうな端正な顔をしているのだが、今の彼女は険しい顔をしている。

 先程の催し物が俺と同じく気に喰わなかったのだろうか。もしそうであれば少し嬉しい。

 ホタルを除けば黒酔の中で一番話しやすいのは彼女だ。気さくに声を掛けてくれる人で、バイクの後ろに乗せてもらった間柄でもある為、できれば彼女とは争いたくはない。勿論、他の黒酔メンバーも例外ではない。


 そして、俺たちの代表であるマサノブが抽選箱の前に立つ。

 可能性の話をすればチームプライドが、ナオの所属するコレクトが組み分けされているCブロックに入る確率は高い。そして優勝候補者が名を連ねているDブロックの黒酔と当たるのだけは避けたいところだ。

 祈るようにして彼が箱に手を入れる瞬間を見守る。


「チームプライド、Aの二番!」


 流石は俺の相棒、妥当だ。

 俺からしてみれば本命は逃したが、脅威からは逃れた形となる。


 それから参加しているチーム全てがクジを引き終わり抽選会は終了した。一回戦は明日の正午、チームプライドの初陣となる。


『さあさあ、明日から始まる屍者たちの闘いを見逃すなよ! 優勝者にはどんな横暴な願いも叶えてくれる特典付きッ! 何を願うんだろうね? もしも僕が願いを叶えられるなら全世界のカワイ子ちゃんとスケベなことができちゃう権利なんて望んじゃうかな! キャハハハ!』


 もしも今すぐにでも俺の願いが叶うのなら、あの司会者をぶん殴る権利を主張するだろう。

 会場が司会者へのブーイングに包まれる中、俺たちは競技場を後にして、人類保全機構が用意した宿泊施設へと向かう。


 アンドロイドから案内された宿泊施設は実に豪華な佇まいをしていた。

 人類保全機構がこの日の為に会場近くのホテルをわざわざ改装したらしく、平和な時代であれば決して俺なんかが足を踏み入れないであろう空間に思わずたじろぐ。しかし、準備されていた夕食は簡素なもので、缶詰の中身をそのまま皿に載せたかのような食事には不満が残る。


 各チームには三部屋が割り当てられ、ホタルが一部屋、その後は男四人でグーとパーによるジャンケンで部屋割りをして、各自の部屋で明日に備えるためにその場で解散となった。


「ダイトンはどっちのベッド使う?」


「ああ……どっちでもいいよ」


「んじゃ僕が窓際ね」


 同室となったタクロウは背負っていたリュックと手提げの大きな鞄をベッドの脇に置き一息つく。それにしても彼の荷物はどうしてあんなに多いいのだろうか。必要な物は主催者が用意してくれるとマサノブから聞かされていた俺は着替えくらいしか持ってきていないのだが。


 室内を見回すと華やかなロビーと同じく、部屋に設置された家具や照明器具からは高級感が溢れており、なんの役にもたたない大型のテレビが壁に掛けられている。

 全体的に洋風で彩られている室内だが、所々で和風な家具が目に入る。和洋折衷というやつだろうか。

 

 その中でも一際目を引いたのが壁際に設置されているメモ帳なんかが置かれている一つの机だ。全体が羊羹(ようかん)色をしており表面には漆塗りが施されている。木目も凄く複雑で年輪もはっきりとしており銘木なのは間違いない、もしかして広葉樹を素材として扱っているのだろうか。木材はケヤキ? いやアカダモだろうか。それをここまで完成度の高い家具として昇華しているのであれば『いい仕事してますね』と称賛するしかない。


「どうかしたの?」


「ん? いや別に、高そうな机だなって」


「変な所に注目してますな。とりあえず座ったら?」と、促され俺もタクロウと同じく自分のベッドに腰を下ろして一息つく。

 

 疲れた。

 朝は期待に胸を膨らませ、この世界で初めて多くの人を見て興奮した。しかし、久しぶりに会った大人しくて清楚な印象だった妹は見る影もなかった。


「ダイトン疲れてる? というよりは落ち込んでる?」


「そう、かもな。今日一日で色々あったから……」


「ううむ、頼りにはならないかもだけど、僕でよければ相談にのるぞい?」


 頼りにならないなんてとんでもない。

 会場でゾンビ相手にも見事なナイフ捌きを見せた大柄な彼。俺がわからないことがあればそれとなく解説をしてくれるタクロウには本当に頭が下がる思いだ。

 しかし、今は妹の話をする気にはなれない。これは俺がなんとかしなくてはならない案件だ。


「相談ってよりも、少し疑問に思っていることがあるんだけど」


「どうぞどうぞ」


「タクロウやトキウチさんなんかもそうなんだけど、二人はどうして今回のP・B・Zに参加してくれる気になったんだ? 前も話しは聞いたけれど、理由としては少し弱くないかな」


「ほうほう、そうですなあ……」と、彼は俺の疑問に熟考する姿勢を見せる。


 最初にタクロウと会った時には『出場するだけ無駄』とも言っていたくらいだ。

 実際に会場へ来てわかったことだが、黒酔に対する世間からの期待度は凄まじいものだ。もしも立場が違えば俺も彼と同様の意見を述べていたかもしれない。


「ダイトンはさ、昔嫌いな人って近くにいた?」


「え? まあ、苦手な人とかはいたけど。それが?」


「うん。例えばの話なんだけどさ、もしも苦手な人が学校や会社にいても、その集団から離れればその人物と会う可能性ってグッと低くなるじゃん? さらに極端な話をすれば相手を殺すか、自分が死ねば二度と会わなくて済むよね。昔の世界なら」


「それは、そうだけど。いきなり物騒なこと言うなよ」


「まあまあ、最後まで聞いてって。それでもさ、この世界ではいくら相手を殺しても、いくら自分が死んでも嫌いな人と会う可能性はなくならない訳」


 言いたいことはわかる。死ねない世界、それを良しとするかどうかは人次第だろう。だが、それがさっきの疑問とどう繋がるのか。


「それでこれは僕の考えなんだけども、この世界では人との繋がりがとても大切だと思えるようになったんだよね。昔からボッチだったから最初はあんまり気にしていなかったんだけど、でも……一緒にいて楽しいと思える人のことは大事にしたいんだ。オンラインゲームとかもできないしさ」


「タクロウ……」


「だから正直に話すとさ、今回のP・B・Zでは勝つことよりもチームに参加してダイトンに信頼してもらえるようになることが僕にとっては重要なんだよね。もしも手を貸して欲しい状況になったら、助け合えるような関係になれたらなって」


「そんな……別に俺はP・B・Zに出なくても、タクロウから手伝いを頼まれたら普通に手伝うよ。参加料の百万だって安くはないだろう?」


「いやいや、流石に行動も起こさずして信頼されようなんて甘い考えはもってござらんよ。ふぉっふぉっふぉ!」


 彼はまるで照れ隠しをするかのように頭を掻きつつ笑い飛ばす。

 俺なんかのためにここまで付き合ってくれた彼の行動には胸が詰まる思いだ。


「わかった。ありがとう、タクロウ。もし俺の力が必要な時がきたらいつでも頼ってくれ」


「ぬっふっふ、それではその権利を早速行使させていただくことにしよう」


 そう言いながら彼は手提げの大きな鞄から黒い機械物を取り出してきた。昔、どこかで見たことがあるような――


「そ、それは『ドリーム・プレイ・キューブ』じゃあないか!」


 それは子供ながらにして厳しい父親に幾度となくせがんだゲーム機であった。


「流石はダイトン! それではコチラはご存知かな?」と、彼は端末と同じくらいのパッケージを取り出して俺に見せびらかす。


「なっ!? 『檄! 大乱闘ヴァルキリードラグーン』か! 懐かしいな、よく友達の家で遊んだよ」


「ほっほっほっ! 我が見込んだ通りの男よ。トッキーやマサヤンはゲームなんてしないからね。さあ、ダイトン! 今日ここには厳しい親もいない、鬼教官のトッキーもいない、そしてこの部屋にはテレビがある!」

 

「タクロウ……お前天才か……」


「夜は長いですぞ、思う存分対戦しましょうぞ!」


「言われるまでもねえ!」


 差し出されたコントローラーを受け取り、俺たち二人は夜遅くまでゲームに興じることとなる。


 その間だけ、今日あった色んなことや、あの人の涙は考えずに過ごすことができた。


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