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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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アリゲーター・ナイト

 ステージ上で歌手によるパフォーマンスが終わり、程なくして俺たちのもとに二人が戻ってくる。

 問題児の首根っこを掴み、引きずるようにして連行する年長者。まるで不良の生徒を叱る教師のようだ。そんな光景につい頬が緩む。


「それにしても今回の参加者は少ないっぽいねえ」とタクロウが周辺を見回しながらぼやく。


「やっぱり、そうなのか?」


 競技場の観戦席は満員だ。しかし会場の中心に設置された正方形で石畳のリングの周りには、同じチームと思われる集団がちらりほらりと点在しているだけだ。会場内は薄暗く正確な数はわからないが、俺たちを含めても五十人くらいしか視認できない。


「確かに少ねえな。前回は身動きがとれねえぐらいに人がいたけど、今回はスカスカだ」


「それも仕方あるまい。世界で唯一の催事であっても、わざわざ負けに来る好き者もおらんだろう」


 戻ってきた二人が腕を組み、同じように周囲を見渡す。

 トキウチさんの言う『負けに来る』という発言。ほんの少し前なら食って掛かるような言葉も、会場内の異様な空気に気圧されている今は身体が委縮してしまっている。

 何気なく見ていた端末の電子掲示板。そこには『黒酔』の文字が所狭しと綴られている。書き込みの中には黒酔以外の参加者を嘲笑するような書き込みが散見する。参加者の一人として非常に不愉快なのだが、それも仕方のない話なのだろう。


 観戦席にいる人たちの大多数は黒酔を見に来ている。彼女たちの武勇伝に尾ひれはひれがつき、新時代の英雄たちをこの目で見ようと集まったのだろう、と掲示板から得た情報で推察する。


「どうしてこんなにも黒酔は人気があるんだろうな……」


「やっぱり四大勢力に唯一少人数で対抗できるチームだからじゃない? 嫌ってる人も沢山いるからね」と、俺のぼやきに解説をしてくれるタクロウ。


 いつの時代にも巨大な勢力には反感を持つ人物はいるが、それは屍者の時代になった今でも変わらないということだろうか。

 そんな勢力の一つに俺の妹が所属しているとは、兄としてはいたたまれない気持ちになる。


「お、ホタルンお帰り」


「だからその呼び方は……もういい、それで何か問題はないか?」


 そして新時代の英雄からの助っ人であるホタルが戻り、チームプライドが再び勢ぞろいする。


「特になんもねえけど、どうかしたんか?」


「いや、シノさんから警戒をするよう言われてな。何もなければ――」『ピピッ』


 そうホタルが言い終わる前に全員の端末が鳴る。端末の画面を確認すると人類保全機構からのメッセージが表示されている。


 P・B・Z参加者へ

 出場チーム 16チーム

 午後 8 時頃 抽選会を行います

 今しばらくお待ちください


「た、たったの十六チームだとォ!?」と、マサノブが驚嘆の声を上げる。


 驚くのも無理はない。一チーム五人だから、今回の参加者は八十人といったところか。世界的なお祭りで、以前の大会では数千人から数万人が参加していたと、特訓の合間に聞かされていた俺としても少なく感じる。

 つまりそれほど黒酔の影響力があるのだろう。存在するだけで、多くの人物が心を折るくらいの。


 そして突如照明が落とされ、会場の宙に一人の人物を映し出したホログラムが浮かび上がる。


『ハアイ! 屍者の皆さま、ごきげんよう! 今回からP・B・Zのオープニングのプロデュースと司会進行を預かることになりましたゾン・カビラです。気軽にゾンビって呼んでねヒャハハハ!』


 映し出された人物は声からして男。しかし顔はピエロのような頭巾を被り、目がチカチカするような派手な衣服を着ている。はっきり言って不気味だ。


『さっきまでは俺の友人に熱いパフォーマンスをしてもらっていたんだけど、抽選会まではまだ時間が三十分ほどあるんだよね、退屈じゃない? 退屈だよね! だ、か、ら、ちょっとしたイベントを用意してみたんだ』


「おいおいおい、なんだありゃ! 今までの大会と違うぞ」


 誰かの言葉が耳に入る。

 暗がりの中、少ない明かりを頼りに仲間の表情を窺っても同様に困惑をしている。

 ヒリヒリと感じる緊迫感。俺は自然とバールに手を伸ばし、呼吸を殺す。身体に染み付いていた癖が、俺をじわりと突き動かす。


『ぐふふ! さあさあ全世界の皆さまもよく見ていってね! 準備するのすんごい大変でヘンタイだったんだからァん! ヒヒっ!』


「全員構えろっ! クソっ、なんてことだ!」


 トキウチさんの掛け声を聞くまでも無く身構える。

 視覚、聴覚、嗅覚を研ぎ澄ませていく。すると聴こえる、ズルズルと足を引きずるような音と呻き声。そして先程から鼻についていた匂いを思い出す。肉が腐り、放つ異臭。

 懐かしむ余裕なんてない、俺の身体は徐々に熱を帯びていく。


『さあ! 今回、俺が用意したプレゼントはP・B・Z参加者VSゾンビちゃん千体の大乱闘だ! あひゃハハハハハ!』


「ふざけるなあああああああ!!」


 俺の叫び声はかき消される。観客席から聴こえる悲鳴、怒号、歓声。

 会場に光が灯され、四方のゲートには柵が設置されており、その奥から無数のゾンビが姿を現す。


『怒っている人がいるねえ? でもでも安心して。今日集まってもらったゾンビちゃんは悪いヤツらなのさ! 元々ターゲットランキングに名前があった愚か者、そして落第者! つまりは善良で臆病な君たちの敵だったヤツらなのさ!』


 頭がおかしいとしか思えない。

 ゾンビだろうと、悪人だろうと元々は人だ。それらを見世物のように扱うなんて馬鹿げている。


『はいはいはい、わかってますよ! 相手にならないよね、ここに集ったのはこの時代の強者たち! だからちょっと細工をさせてもらったヨ? ゾンビちゃんたちが元気になっちゃうお薬をブスッと注入してあげたの! めちゃ走るぜ? めちゃ飛ぶぜ? ここでリタイアは御免だぜ強者たちよ!』


 全身を血が駆け巡る。

 眩暈がしそうになる状況の変化に腹に力を入れて踏ん張り、感情を滾らせる。

 駄目だ、この世界は、こんなセカイは――


「ダイト、いいか? 昔と同じだぜ。俺と、俺たちと一緒に生き残った時のことを思い出せ!」


 肩を掴んできた相棒と目を合わせる。

 サングラス越しの瞳には困惑こそあれど、恐怖はない。世界で一番頼もしい男、背中を預けてきた相棒はいつも俺を正しく導いてくれる。


「二人はそこで見ていろ、私が片付けてやる」


 漆黒の剣士が木刀を腰から引き抜き振り返る。彼女の立ち振る舞いに迷いは無い。


「おいおい、ホタル。お前なに考えてんだ!?」


「私は……私はもうダイトやマサノブに守ってもらう必要がないというだけだ。私を見ていろ、私はもう二人の足手まといになる宝塚蛍ではない!」


 まるで宣戦布告をするかのように宣言して、彼女は俺たちに背を向ける。

 ホタルのことを足手まといだなんて考えたことは一度も無いのに。それでも先程まで落ち込んでいた表情を見せていた少女の面影は既にない。


『さあさあ、準備はいいかい? 潰れた臓物の上でダンスを見せてくれ、そして素敵な夜を彩ろうぜベイビぃたち! それじゃあゲートオープン、ミュージックスタートォ!!』


 けたたましいギターサウンドと共にゲートを塞いでいた柵が開け放たれる。

 

「ホタルばっかりにいい恰好させるかよ! 行こうぜ!」


 相棒の言葉に頷き、漆黒の少女の後に俺たちも続く。

 自由を得たゾンビたちはとても俊敏だが、それでも遅れを取ることはない。


 斬る、突く、裂く、射る、叩く。

 それぞれの得物でゾンビとなった個体を各自打ち倒していく。会場に似合いの陸上選手のように腕を振るいながら突進してくる怪物たちだが、相も変わらず直線的に血や肉を求める姿には知性がない。

 超人的な身体を手に入れ、あの感染が拡がった世界でゾンビたちと相対してきた俺たちの敵ではない。


 幾つかの頭部を弾き、手に持つバールに赤黒い血が滴る。

 いつからだろうか、感染者が元々人間だと理解していても一切の躊躇なくバールを振るえるようになったのは。

 必要だったんだ。

 仲間を守る為に、家族を守る為に、自分の為に。


 一時的な共同戦線を張ることになった大会参加者同士だが、干渉しあうことはなく、それぞれが順調にゾンビの数を減らしている。

 その中でも一際目を引くのは漆黒の集団。以前、街中で愚連隊を屠っていた時のように、彼女たちは嵐のようにゾンビどもを吹き飛ばしていく。味方である今は、とても頼もしい人たちだと感じる。


 そして白銀の甲冑を身に纏った人物たちに視線が移る。

 互いに背中を預け合い、襲い掛かるゾンビたちを確実に仕留めていく姿はまるで熟練された兵士のようだ。


 余所見をしていた俺に、二体のゾンビが襲い掛かる。

 油断をしていたわけではないが、寸前で攻撃を躱してバールを二度振るい頭蓋を砕く。その二体の頭部は赤と金の薄汚れたモヒカンをしていたが、気にしている余裕はない。


 そこで強烈な視線を感じ、その方向へ目を向ける。すると手を赤く染めたミリア・スワンプと視線が交じり合う。瞳は猫の眼のようにして俺に卑しい笑みを向ける彼女。その手にはゾンビだったであろう個体の頭部が握られていおり、潰された。


 背に寒気を感じ、俺は咄嗟に視線を外して場所を移動する。見たことがない、平和な時でも感染が拡がった世界でも俺の妹はあんな、あんな恐ろしいことをする子ではなかったのに。

 その夜、俺は初めて妹に恐怖を抱いた。

 


  

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