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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
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警戒

 現在時刻は午後六時。闘技大会出場の受付終了時刻だ。

 昼間まで賑わっていた競技会場周辺も、どうやら大半の人は観客席に移動をしたらしく、今では人も減り閑散としている。


 受付申請を担当していた三人は事前に電子通貨用ロッカーに置いていた荷物を回収し、俺を含めた男四人はこれから旅行にでも行くかのような出で立ちをしている。

 そしてチームの紅一点でもあるホタルは宿泊施設に荷物を運んでくれる協力者がいるらしく、現地には手ぶらでの参戦だ。まるで新世界の富裕層、羨ましい限りである。


 しかし、そんな少女も今は浮かない顔をしている。当然だ、俺の妹からあんな酷いことを言われたのだから。


 ナオと再会してから数時間、熱くなっていた身体と頭は冷え、暫くのあいだ思考に耽っていた。

 どうしてナオは俺にではなくホタルに牙を剥いたのか。それは恐らく俺とホタルのことを誤解しているからだ。生存者グループで共同生活を送る中、俺は妹であるナオも、年下のホタルも同じように接してきたつもりだ。それでもナオからしてみれば、あの環境でたった一人の肉親が、知り合ったばかりの少女と話す姿を見て心細い思いをしたのではないだろうか。

 

 久方ぶりに再会した妹は姿や話し方が激変していた。それは四大勢力と呼ばれるコレクトから、なんらかの影響を受けたからだと思いたい。

 ホタルは洗脳について否定はしていたが、実際に会ってみてどう思ったのだろうか。

 それとなく声を掛けてみても『大丈夫、心配するな』の一点張りで、その後は沈黙を貫いている。


 俺がもっとしっかりしていれば、あの二人が険悪な関係になることはなかったのではないか。


「さあて、んじゃ行くか」


 マサノブの号令で出場者専用ゲートへ向け、五人が動き出す。

 その道中でマサノブが俺の横について小声で話しかけてくる。


「ダイト、俺がもっとしっかりしとけば、なんて考えるんじゃねえぞ」


「エスパーかよ……なんでわかった?」と、俺も小声で返す。


「見てりゃわかるって。さっきからホタルのこと気にしすぎだ。けど他人のことなんて気にしてる場合じゃねえぞ? 勝ちに行くんだろう?」


 それはそうなのだが。先程、仲間の前で宣言した『勝ちに行く』という発言も『今更かよ』と呆れられた。


「でも他人って、俺だって無関係ではないんだし……」


「いいや、女同士のいざこざに男は首をつっこむべきじゃあないね、たとえそれが兄妹であってもだ。女同士の関係は女同士で解決するしかねえんだからよ」


 知ったような口ぶりのマサノブに若干の苛立ちを感じるも、反論できない自分にも歯がゆさを覚える。

 言葉が届かなかった妹、言葉を遮った妹のような少女に俺はいったい何ができただろうか。


 出場者専用ゲートに到着すると、待ち構えていた人型アンドロイドから競技場内と宿泊施設での規約諸々が言い渡される。それは事前にメンバーから聞かされていた内容ではあったが、再確認の意味を込めて静かにアンドロイドの言葉に耳を傾ける。

 説明が終わりゲートをくぐって歩を進めていくと、競技場内はまるでライブ会場のような賑わいを見せていた。

 けたたましく鳴り響く大音量の音楽に合わせ、観客席近くに設置されたステージの上でマイクを握った男がリズミカルに韻を踏む。


 競技場には屋根が無い。そして地上から見えるのは無数の星ではなく、鮮やかな色で艶めかしく会場を照らすドローンの数々だった。かつて往年のスポーツ選手たちがしのぎを削ったこの会場も、今では巨大なクラブハウスのような様相をしている。


 そんな光景に面喰っていると、どうやらステージ上で歌う人物はマサノブの好きなアーティストだったらしく、荷物を俺に預けてステージの方へと走って行ってしまった。


「まったく、アイツは警戒心というものがないのか。俺はナガブチにつく、三人は別の場所で待機していてくれ」と、タクロウに荷物を預けトキウチさんはマサノブの後を追って行った。


 そして二人が去った後に、


「それでは私も一度、黒酔の人たちに顔を見せてくるとしよう」


「あれれ、大丈夫? 途中までついて行こうかホタルン」


「問題ない、あとその呼び方はやめろ」


「ほいほい、相変わらずクールですな。いてら」


 ホタルは俺たちのもとを離れ、その場には俺とタクロウの二人が残された。

 いつまでもここにいても仕方がないので、競技場内の隅に設置されてある横長の机と椅子に二人で腰かけ荷物を降ろし、端末の画面を開く。

 ここに来る前までは確かにあった所持金が目に見えて減っている。参加料百万円、電子通貨ではあるが、そんな大金を要する買い物をしたことがない俺にとっては心にくるものがある。


 端末をしまい再び会場内を見渡すと観客席に違和感を覚える。

 観客席にいる人々がステージに向かって手を振りかざし、熱狂する姿があちらこちらに見えるのだが、その中に子供はいない。わかっていたことではあるが、会場内には大人しかいないのだ。俺もこの新世界に転生して一ヶ月以上が経過したが、改めて多くの人が集まる光景を見て一抹の寂しさを感じる。

 この世界に子供たちの笑顔はないのだ。


「はあ、どうせライブとかするならアニソン歌手とか呼べばいいのに……」


 椅子に座ったタクロウが一人愚痴るのを聞いて、疑問を一つ投げかけてみる。


「なあタクロウ、さっきトキウチさんは何かを警戒していたようだけど、何を警戒しているんだ? 参加料はもう払ったわけだし、それにP・B・Z参加者同士での暴力もしくは戦闘行為は禁止なんだろ?」


 それは先程ゲート前で説明された一部分。

 闘技大会参加者同士が試合以外での戦闘を行えば即時失格というルールがあるにも関わらず、トキウチさんやタクロウは未だに警戒を解いていないようにも思える。


「ええっとね、端末のアプリに『マップ』ってあるじゃん? それ開いてみて」


 そう促され、再び端末を取り出し言われた通りのアプリを起動する。

 画面には俺が今いる競技場を中心に、今回宿泊するであろうホテルまでの敷地が赤く塗りつぶされた地図が表示されている。


「さっきの説明でさ、競技エリアから外に出ても失格。つまりその地図にある赤い枠から出たら失格って説明は覚えてる?」


「ああ、そんなことも言ってたな」


「そんでさ、確かに暴力や戦闘は禁止されてるんだけど『拉致』はオッケーなんよな」


「なっ!? 戦闘はダメで拉致はいいって、でたらめじゃないか!」


「ホントだよね、空中を飛んでるドローンとか監視カメラはあるんだけど。それでもさ、例えば今ダイトンの口を素早く塞いで、手と足を縛って競技エリア外に担いで連れていけばダイトンを失格にできるんよ。人類保全機構が暴力行為と判断しない限り、なにをやってもお咎め無しだもんね」


 空を舞うドローンを指さしながらタクロウはスラスラと俺の問いに答えてくれる。


「だから今回みたいな団体戦は補欠とかってないじゃん? 参加者が五人揃ってないと試合には出られなくなっちゃうからね。ダイトンも団体戦の間だけは極力誰かと行動をするようにしてね」


「……わかった」


 気を引き締めなおす。

 人類保全機構は参加者を選手などと呼称するが、ここは公正なスポーツをする場ではないのだ。俺たちは殺し合いの場に来ているのだと改めて自覚する。


 それにしも、妙だ。


「タクロウ、何か、変な匂いがしないか?」


「え、やだ、僕そんな臭いの? どうしよう、まだ抽選会まで時間あるのに……」と、自分のシャツをつまみクンクンと匂いを嗅いでいるタクロウに既視感を感じる。


「いや、人の体臭とかじゃなくて。なんだろうな……この匂い」


 会場に入った辺りから鼻につく嫌な匂い。チームの誰もが気にはしていない様子だったが、どうにもこの匂いは落ち着かない。

 どこかで嗅いだことのある匂いは、忘れかけていたなにかを思い出させるようであった。


****


 覚悟はしていた。

 この世界でも私が彼と一緒にいるところを見ればナオが怒り出すだろうとは予期していた。


「あ! ホタル、こっちこっち」


 進む先に見えた漆黒の集団から手招きされて近寄ると、彼女たちはまたも酒を飲み交わしている。困った人たちだ、こんな場所にきても酒盛りをしているだなんて。


「ちょっとホタル、何かあったの?」


「いえ、別に何も……」と否定する私を亜麻色の髪を揺らす乙女が駆け寄ってくる。


「う、そ! 困ってるって顔にかいてあるわよ?」


 サラさんは本当に察しがよくて、優しい人だ。こんな私の微妙な変化にもすぐに気が付き、手を差し伸べてくれる。


「オオウ、ホタル。モンダイアルナラテツダウヨ? ドコノヤロウヲブットバスカ?」


 ベルさんの話し方はいつも変わっていて、つい頬を緩ませてしまう。それでも二メートルはある巨体でいつも黒酔の先頭に立ち、時には盾になって皆を庇う姿はとても勇ましい。


「ホタル、こい」


 呼ばれた先の机に三人の人物が座る。そのなかで中央に座る白髪の人物は鋭い眼光を私に向ける。


「自分で、どうにかできるんだな?」


「……はい、できます」


「そうか、ならいい」


 言葉は短い。それでもシビルさんからは信頼の籠った笑みを私に向けてくれる。

 癖の強い黒酔のメンバーを纏め上げるのはこの人だ。口にこそ出さないものの、彼女こそがこのチームの核だと誰もが認めている。


「ホタルよお、そんな辛気臭いツラしてねえでこっち座れよ。一緒にべろべろになろうぜ、ぎゃはは!」


 トウコさんは相も変わらず酒癖が悪い。しかし私がこのチームに入ってから沢山のことを教えてくれたのはこの人だ。

 どんなに口が悪くても、決して彼女の言葉は人を傷つけない。きっと彼女がこれまで多くの傷を知っているからだ。


「飲むか、ホタル?」


「はい、頂きます」


 椅子に座った私に酒を勧めてきたその人は、どこか寂しそうな顔でグラスに酒を注ぐ。

 シノさんはきっと後悔をしている。あの日、彼が屋上にきて私を叱ったことを。サラさんの真似をする訳ではないが、問題があるのなら相談しろと顔にかいてある。


 それでもこれは私の問題だ、彼女たちに頼っていい話ではない。


 私は彼女たちを、黒酔を利用した。

 声を掛けられチームに入ったのも彼女たちの顔が広いと知っていたからだ。少しでも早く彼を、そして彼が会いたがるであろう妹と再会できる時機を見繕う為に。


 そんな私を彼女たちは仲間として受け入れてくれた。

 時には妹のように、時には後輩のように私を可愛がった。それでも下っ端のようには扱わず、平等な仲間として接してくれた彼女たちには感謝しか思い浮かばない。


 私は嫌な女だ。

 利用しようとした人物たちに、いつのまにか依存してしまっている。

 そんな私を優しく迎え入れてくれる黒酔を、私は誇りに思う。


「それにしても人類保全機構の連中はなにを考えてんのかねえ」


「まったくだ、せっかくの酒も不味くなるってもんだ」


 いつもなら酒が入れば上機嫌になるシビルさんとトウコさんが、苦虫を嚙み潰したような顔で辺りを見回している。

 どうしたのかと聞く前に、私の隣に座るシノさんは私に静かに呟く。


「ホタル、ソレを飲んだらフジのところに戻ってやれ。今回のP・B・Zはどうもきな臭い」

 

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