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屍者の誇り  作者: 狭間義人
三章
48/81

開幕

「マキちゃん、ありがとう」


 いつもの喫茶店で用意してもらっていた紙袋を受け取り店主へ礼を言う。

 渡された紙袋からはできたての香ばしいパンの匂いがして今にも腹が鳴りそうだ。


「いえいえ! 私も明日には会場に向かうから、応援に行くね」


「お店閉めちゃうの?」


「うん、だってこのお店に来てくれる人って黒酔の人たちとダイトくんたちだけなんだもん」


 それもそうか。

 俺が初めてこの喫茶店に来て早一ヶ月、ここで出会う客は既に見知った人物ばかりだった。

 本当に幸運だと思う。この喫茶店を利用していた人物たちの中に、二人も見知った人物がいて沢山のことを教えてもらえたのだから。


「それじゃあ、そろそろ行くね」


「うん、頑張ってね! でも黒酔の人たちには勝てないだろうけどねぇ、にっしっし!」


 うるさい、かわいい。


 晴れ渡る空の下、店先で喫茶店の主に見送られながら受け取った紙袋を手に最寄りの駅へ。背中には数日分の着替えを入れたリュックを背負い、はやる気持ちを押さえながらも目的地に向かう足取りは軽い。


 P・B・Z当日。ついにこの日を迎えた。


 今日は受付と対戦グループの抽選だけが行われるらしいが、それでも心は躍っている。

 やっとナオに会える、考えてみれば変な話だ。肉親である妹と再会するために、世界中から注目を集める大会に出場しなければならないなんて。

 それでもこの一ヶ月の間、できることをやってきたつもりだ。

 感染が拡がった世界を生き抜き、目覚めた新世界では怪物や屍者と闘い、様々な人に出逢い考え方に触れてきた。人類が滅び屍者の肉体を手に入れても互いに争ったり、チームとして共存していく姿をみれば人はそんな簡単には変われないとも思ったりした。

 しかし、昔と大きく違うのは願いの叶え方。試験やオーディションを受けなくても他者を圧倒する力さえあれば、なんでもまかり通ってしまう不平等な世界。そんな世の中に疑問を抱きながらも、自身の身体に与えられた恩恵には少なからず感謝している。


 駅のホームから電車へ乗り込むと車内には複数の人が座っている。

 先日、実家に帰省した時には人っ子一人見かけなかった交通機関に人が乗っているというだけで思わず楽しげな気分になる。耳を澄ませてみると、あのチームは今回参加するのか、どうせ黒酔が優勝するといった会話が聞こえてくる。まるでこれからスポーツの観戦にでも行くかのような雰囲気に包まれながら、電車は目的地へ向かう。


****


 会場は人でごった返していた。

 いったいこれほどの人がどこに居たのかと思わせるぐらいの人、人、人。

 大昔にはここでオリンピックが開催されたと聞いていたが、当時の賑わいを上回るのではないかと感じれるほどだ。


 それから人の波をかき分け、仲間と落ち合う場所である記念碑まで行くと聞き慣れた声が聞こえる。


「おおい! ダイト、こっちだこっち!」


「ごめん、遅れた! それにしても凄い人の数だな」


 既に集合地点に来ていた仲間三人に駆け寄り軽く頭を下げる。


「いいって、時間通りだ。それより腹へっちまったよ、朝からなんも喰ってねぇんだ」


「ああ、ちゃんと持ってきたぞ」


 そう言いつつ紙袋に入ったマッキーお手製のバクバクサンドウィッチが入った包みを紙袋から取り出し、一人一人に手渡していく。


 P・B・Z当日の役割分担。俺に与えられた役割は食料調達班であった。


 相棒曰く『P・B・Zに出場すると決めた時から闘いは始まっている』だそうだ。

 人類保全機構が定めた規定によれば、今日の午前零時から午後六時までの十八時間が闘技大会出場の受付時間らしい。


「それで受付はうまくいったのか?」


「おう! 俺たちも二回目だからな、慣れたもんだぜ」


 普通に考えれば大会に出場登録をするだけなのだから、そこまで難しくもないように思われるが現状ではそうもいかないらしい。

 闘技大会の出場者ともなれば腕に覚えのある強者が集まるのは自明の理。その中にはターゲット、つまり賞金首が一堂に集まる場所ともなっている。そんな状況を狙い賞金首を一掃して荒稼ぎをしようと襲撃を企てる人物がいるらしく、面倒事を回避するためにマサノブたちと別行動になった。


 マサノブは大会への受付、タクロウはその護衛と保険、トキウチさんが二人から離れた位置での護衛という役割分担。襲撃者と相対しても対応可能なP・B・Zの出場登録ができる、という布陣らしい。

 俺が護衛から外された理由は『敵を見分けることができないだろうから』とのことで食料調達班を言い渡された。今となってはあの日、金髪の麗人から殺されかけた自分には耳の痛い話だ。


 そこに突如周りから歓声が湧き上がる。


『黒酔だ! 黒酔がきたぞォ!!』


 声の先に目をやると群集の中心がぽっかりと開き、堂々と歩く漆黒の集団が姿を現す。どよめく周囲に目もくれず、真っ直ぐに歩く姿はまさに現代の英雄と言っても過言ではない。


「よぉ! お前たちもう来てたのか、早いな!」


「シビルさん、おはようございます」


 白髪の人を先頭に現れた六人が俺たちの前で立ち止まる。正確には相棒たち三人は俺の背後に隠れてしまっているのだが。

 そこで彼女たちの異変に気付く。黒い服装は相変わらずなのだが、以前まで身に着けていた特攻服とは様子が異なる。


「あれ? 皆さんの服、いつもと違いますね?」


「そうなのよ、頼んでおいた服が最近になって届いたの。前のゴワゴワした服に比べてこっちのほうが動きやすくていいわぁ」とその場でくるりと周り、黒酔の新衣装全体を見せてくれるサラさん。


 例えて言うなら女性用のフォーマルウェア。ポリエステルの生地に多少の光沢が乗り、通常と違う部分をあげるとすれば、上着の丈がロングコートのように足首部分まで伸びている所だろうか。

 遠目から見れば特攻服と見わけがつかないが、近くで視認すれば上品な装いにも見える。


 黒酔の晴れ姿に目を彷徨わせていると、とある人物が目に付いた。


「うへぇ……ねみぃ……」


「あの、トウコさん。どうかしたんですか?」


 漆黒の巨人ことベルさんに、まるで荷物でも運ぶかのように肩に載せられた小柄な少女はうな垂れている。


「オオウ、トウコハコノジカンイツモオネンネシテルネ。ダカラムリヤリキガエサセテツレテキタネ」


 もうすぐ昼になろうとしているこの時間まで普段寝ているのであれば、トウコさんの私生活は中々に不規則なのではないだろうか。


「フジ、ホタルのこと頼んだぞ」と、そこに金髪の麗人ことシノさんから声がかかる。


「はい、シノさんも新しい服、かっこいいですね。似合ってます」


「そうか? 普通だろ、こんなの」


 慣れないことはするものではない。新世界での教訓が全く活かされていない俺である。そこに、


「シノさん、私を子供扱いするのはやめてください」


 拗ねたような口調で俺たちの前に現れた我らが助っ人ホタル様である。


「悪い、別にそんなつもりはないよ」


 そう言いつつホタルの頭を撫でるシノさんの表情はとても穏やかだ。この時、俺の背後で「きましたわぁ……」とくぐもった声が聞こえたが無視をする。


「さあて、そんじゃ行くか。じゃあなフジ、またあとでな」


 シビルさんの号令で動きだす漆黒の集団。まるで襲撃を予期していないかのような振舞いだが、それも世界最強チームと呼ばれる強者ならではの余裕だろう。

 ホタルはこの場に残るが、俺は意を決してシノさんを呼び止める。


「あの、シノさん!」


「ん、なんだ?」


「俺の、この喋り方とかは、人の顔を窺ったりするものではなくて。ええと、昔からの癖みたいなもので、その、治すようにはしますから……」


 あの日の夜、彼女から指摘された俺の悪癖の一つ。

 誰とでも話せるようにならなくてはと、自分に言い聞かせながら身に着けた処世術。彼女から言われた通り、どこか人の目を気にしながらの話し方だったかもしれない。だからこそ、人によっては不快に感じるような俺の話し方を矯正しようと思っての言葉だった。

 彼女にだけは、シノさんにだけは嫌われたままでいたくないと、心のどこかでそう思った。


「ああ、別にいいよ」


「へ?」


「今更タメ口で話されたらそれはそれでムカつくし、別にそのままでいいよ」


 と、俺の決意が籠った言葉をあっさりと躱し、シノさんはスタスタと歩いて行ってしまった。


「ダイト、シノさんと何かあったのか?」


「……ううん、別に」


 ああ、神よ。どうか心の狭い僕をお許し下さい。

 心の中で『シノさんってめんどくせえええええええええ!!』という心の叫びを聞かなかったことにしてもらえないだろうか。

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