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屍者の誇り  作者: 狭間義人
二章
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誘い

 時刻は午後六時。

 本格的な夏が始まる時季であれば、まだ空も明るい時間帯。しかし今日の空は厚い雲に覆われ辺りは暗く、一雨きそうな空模様。


『それじゃあ、当日はそんな感じで頼むわ』


 端末を耳に当て、チームプライドの代表ことマサノブとの電話をしつつ、俺は近所にある自動販売機まで足を運んでいる最中だった。


「ああ、わかった。マキちゃんには明日頼みにいってみるよ。でもよかったのか? こんな簡単な役割で」


 P・B・Zまで残り五日。

 俺の公園デビューならぬ、野良試合デビューから早三週間が経過していた。


『いいのいいの、こっちの事は任せておけよ』


 そして現在、電話で話していた内容はP・B・Z当日の役割分担。大会初参加の俺に気をつかってか、言い渡された俺の役割はとても簡単な内容だった。手伝える事ならなんでもやるつもりではあったが、慣れていない俺がでしゃばっても足を引っ張りかねないのでここは素直に甘えておこうと思う。


「うん、頼んだ。それでマサノブ、参加料は貯まったのか?」


『おうよ! ダイトが紹介してくれたホンダ兄弟のところで毎日鉄の塊を運びまくったおかげでな!』


 少しでも効率良く稼げる場所はないかと探していた頃に『時間がある時に手伝って貰えないだろうか?』と、俺の端末にシビルさんのお兄さんから連絡が入ったことが幸いした。

 ホンダ兄弟は屍者の身体としての能力は人間並みであり、重たい物を運ぶ時にはクレーン車などの重機を扱っていたらしい。しかし重機が故障し、困った末に俺に相談を持ち掛けられ、俺はその依頼をそのままマサノブへと紹介することにした。

 最初は黒酔の親類だと嫌がっていたマサノブだが、現地で顔合わせをしたのも束の間、数時間後には元気よく働く相棒の姿があった。半年間以上生存(ハーフナー)ともなれば重たい鉄の塊でもその気になれば持ち上げられ、俺たちは一時的な労働力として雇われ、その代価として電子通貨を受け取る形となった。


『けどさぁ、タクロウから聞いたけどダイトの方も結構大変だったみてぇじゃん』


「うん、まぁね……今でも身体のあちこちが痛むよ」


 しかし俺がホンダ兄弟の手伝いをしたのは初日だけであった。

 翌日からは『時間があるうちに少しでも実戦を経験するべきであろう』と、鬼教官ことトキウチさんからの特訓を提案され、つい先ほどまでみっちりとしごかれたばかりであった。

 特訓と一口に言っても筋力トレーニングなどをするのではなく、ただひたすらに一対一を想定した闘い方を実戦形式でトキウチさん自らが俺の相手になり指導を受けた。そしてタクロウからは戦術指南のような講習を受けたりもした。


『ハハッ! そりゃご愁傷様、でもこれで準備万端だな。さっきホタルに連絡しても特に問題なしって言ってたし。あとは大会まで大人しく待つだけだな』


 そう、あと少しでナオに会える。

 人類保全機構が創り出した、平和で平等を謡う理不尽な世界。家族に会うのもままならず、平気で暴力が他人へ振るわれるような間違った世界だと俺は思う。しかしこの世界で自分の願いを叶えるのであれば、闘うほかないのだ。


「そうだな、やっとナオに会えるんだな」


『……なぁ、ダイト。ちょっと気になってたんだけどさ、P・B・Zに出場するのは自分の為になんだよな?』


「え? 勿論そうだけど、どうしたんだ突然?」


『いや、別に! それとさ、トキさんから聞いてると思うけどあんま一人で外出歩くなよ』


「確か『知らない人にはついて行くな』だっけ? 子供じゃないんだから余計な心配しなくていいよ」


『念の為ってやつだよ、誰が襲ってくるかわからねぇんだからさ。それじゃ俺は明後日くらいにそっちに戻るから、その時はラーメンでも食いに行こうぜ!』


「ああ、またな」


 通話を終え、端末をポケットへ放り込む。

 マサノブはホンダ兄弟の住処に居候で働いており、暫くの間会っていなかった。それでも終わりの日を迎えゾンビが蔓延っていた時代を考えれば、遠く離れた場所でも連絡を取り合える通信環境のありがたさは痛感せざるを得ない。

 

 空を見上げてみると本格的に雨が降ってきそうになってきたので足早に自動販売機を目指す。

 いつもなら喫茶店で食事を済ませてもよかったのだが、ここ最近毎日のように通いつめていた為にたまには自分で夕飯の用意しようとの気まぐれであった。


 自動販売機へ近づくと、何やらガサゴソと物音が聴こえてくる。先客でもいるのだろうか。


「ん? フジか」


「シノさん! こんばんは」


 そこには地面に置いた大きな紙袋に囲まれた川崎シノさんの姿があった。


「自販機使うのか? いいぞ先に使って」


「え、あ、はい……」


 彼女の姿を見て思わず(ども)る。

 これまでの彼女の服装は男性が着るような服装をしていることが多かった。しかし今夜は黒いロングのワンピースを着ており、むき出しになっている肩に目が奪われる。首周りの露出と、薄手の生地が女性らしい身体の線をあらわしており視線のやり場に困ってしまう。


「シノさんは、罰ゲームの買い出しですか?」


「まあな、でもよくわかったな。罰ゲームって」


「はい、先日サラさんも似たような状況だったので」


「へぇ、そうだったのか」


 紙袋の整理が終わったのか、手を払いつつ立ち上がる彼女はどことなく機嫌が悪そうにも見えた。ゲームに負けたのがそんなに悔しかったのだろうか。


「よかったら手伝いましょうか? かなり量があるみたいですし」と、提案してみるも彼女はポカンとした表情を浮かべこちらを見る。


 何か変なことを言っただろうか? と不安に思い始めた頃、シノさんは何か納得したかのように優しい口調に切り替わる。


「そうだな、そうしてもらおうかな。それじゃ、あと少しで買い終わるから待っててくれ」


 そう言いながら彼女は再び自販機に向かい、買い物を再開した。

 ちょっと怖かった。また彼女の機嫌を損ねたのではないかと思ったが、単なる杞憂のようだった。


 それから買い物を終えたシノさんから紙袋を二つ預かりマンションへ向かう、と思っていたら。


「フジ、そっちじゃないぞ。こっちだ」


「あれ? でもマンションは――」


「今日の買い出し分は違うんだよ、まぁついてこいって」


 そう促され、案内されたのは別のマンションだった。

 黒酔のメンバーが住居としている場所からは少し離れ、どちらかと言えばマキちゃんの喫茶店の近くにある大きなマンション。その建物内に入り所々電気が通っていない薄暗い通路を歩き、エレベーターで最上階の階層までやってきた。


 そして彼女は一つの重厚感ある扉の前で立ち止まり、端末をドアノブにかざしロックを解除。室内に入ってみればとんでもなく広い部屋がそこにはあった。


「シノさん、ここは?」


「この部屋はパーティールームみたいなもんでさ。私たち黒酔とマキとルミさんで食事会をしたりする時に使ってんだ」


 新世界のセレブ恐るべし。

 部屋は三十畳はあるだろうか、大きな長机に椅子が十二脚ほど。そこから少し離れて、背の低い机を囲むように大きなソファが三つ置かれている。また奥にはガラス張りの扉があり、まだまだこの物件の広さを窺わせるようだ。


 部屋の広さに関心しつつ、買ってきた食料や酒を指定された場所へと詰めていく。

 キッチンにある冷蔵庫は業務用かと疑うほどに巨大で、中には様々な食材が所狭しと並べられていた。


 買い出し分の整理が終わり、改めて部屋を見回して壁際にあった食器棚に目が止まる。ガラス越しに見える食器棚の中は皿が置かれている訳ではなく、様々な種類の酒が置かれていてどれもこれもが高級感溢れるラベルが貼られている。そしてその隣にあった黒い冷蔵庫のような機械物、簡易式のワインセラーからシノさんはワインを一本取り出してこちらへ振り返る。


「フジ、一杯付き合えよ。外は雨降ってるしさ」


 その言葉を聞いて窓の外を見れば、大粒の雨が窓に張り付いていた。

 

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