表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍者の誇り  作者: 狭間義人
二章
44/81

協力者

 新たな来客は俺たちが座るテーブルへ視線を向けつつ瓶ビールに口をつける。どうやらこの店のマスターとも知り合いのようで、久しぶりに会った友人と話でもしているかのようだった。


「おいおい、なんだよあのお色気たっぷりの姉ちゃんは!? なぁダイト、ちょっと声掛けてみろよ!」


 この酔っぱらい、一発ぶん殴ってやろうか。

 昼間に起きた面倒事をもう忘れたのか、鼻息荒く爛々とした表情のナガブチくん。

 しかし、彼の言いたいことがわからないでもない。カウンター席に座る女性客は少なくとも日本人ではないだろう。最初に目についたのは赤みがかかった髪の毛で腰の辺りまで伸びており、真っ直ぐに降ろされた長髪は暗い店内でもはっきりと視認できるくらいによく目立つ。体つきも女性らしく出ているところは出ていて、締まるところは締まっている。身長は椅子に座っていて計りかねるが、カウンター席の下に見える脚は長く細く黒の網タイツが男を誘う。顔つきもはっきりとはわからないが整っているようにも見える。簡単に言えば男から見て魅力的な女性像を体現しているような人物だ。


 隣で興奮する相棒に呆れ、対面に座る二人に目をやるとなにやら小声で話をしている。


(ねぇ、トッキー。あの人がつけている腕章って……)


(ああ、恐らくな)


 タクロウが口にした腕章という単語が気にかかり、再び赤毛の人物へと目をやると確かに白衣にも似た上着の右腕には黄色い腕章が装備されている。そして黄色い腕章には黒い印、大きく翼を開いた鳥のようなデザインが施されていた。


 そこで彼女と目が合った。その人物はクスリと笑いカウンター席を立ち、ビール瓶を片手に俺たちが座るテーブルまで近づいてきた。


「やあ、ボウヤたち。初めまして、私はフィオナだ。随分と楽しそうだね、今夜はなんの集まりなんだい?」


「え、ええっと俺たちは――」「近所に住んでいる者同士での飲み会ですよ、お嬢さん」と、俺の言葉を遮るようにトキウチさんが答えた。


 どうしたのだろう。ボウヤと呼ばれたことに腹を立てたのか、腕を組み警戒しているかのようにフィオナと名乗った女性を睨む年長者。

 しかし、そんな彼の視線を気にもせず高笑いをする赤毛の人。


「ハハハッ! 警戒しているのかい? 大丈夫、私は普通の人だよ。君たちの事が気になったから、声を掛けてみたんだ」


 ここで違和感に気づく。耳から聴こえてくる彼女の言葉と口の動きが合っていない。どうやら先日身体に埋め込んだ翻訳機能が活かされているようだ。


「普通の人、ではないだろう。その腕章は四大勢力(ビッグ・フォー)の一角である『ヴェルク』の証ではないか?」


「ああ、そうだよ。わかっているのならどうしてそんなに警戒するのかな? 男らしいお兄さん?」


 トキウチさんと赤毛の人の応酬が続く。そして俺は四大勢力と聞いて身体を強張らせる。

 つまり目の前にいる人物は妹のナオが所属する『コレクト』と匹敵するチームの一員ということだろうか。


「そうっすよ、トキさん。『ヴェルク』の人ってんなら、むしろお近づきになりたいくらいじゃないっすか!」と、赤毛の女性を庇うような発言をするマサノブ。


 話について行けない俺。

 警戒と歓迎という相反する対応の二人を見てどうしたものかと同じく沈黙していたタクロウに視線を向ける。すると状況を察したのか小声で説明をしてくれた。


「ダイトンは初めて聞くのかな? この女の人は『ヴェルクツォイク』っていうチームのメンバーで、ヴェルクってのはその略称ね。トッキーも言ってたけど四大勢力の一つなんだ。でも、P・B・Zとかに参加するような人たちじゃなくて、元々研究職についている人だったり、技術者の人たちが寄り集まったチームなんだよ」


「へぇ、そんなチームもあるのか……」


 チームといえば闘いに身を投じるような人たちの集まりかと思っていたが、新世界の技術屋集団といったところなのだろうか。


 そして諦めたかのように溜息を漏らしつつ「別にこちらもヴェルクの人間を警戒したい訳ではないのだがな」とバツが悪そうに赤毛の彼女から視線を外すトキウチさん。


「俺も噂程度でしか聞いたことがないのだがな、四大勢力と黒酔は随分と仲が悪いそうではないか。そしてここは黒酔が住まう土地でもあって、そこにヴェルクのメンバーがいれば警戒するのは当然であろう?」


「いやいや、それは違うよお兄さん。確かに黒酔の娘たちは色んなチームと敵対しているが、私たちヴェルクは別さ。なにせ、その黒酔の『協力者』なんだよ。私は」


「なっ! 黒酔の協力者だとっ!?」と俺を除く三人が席を立ち驚きの表情を浮かべる。しかし、ここまできていまだに訳がわからない俺は察しが悪いのだろうか。


「アハッ! 心配しなくていいよ、お兄さんたち。私は協力者だけど仲間ではないのだから。そして私が興味を持ったのはソレだよ、この店は黒酔の支配下でもあるよね? 黒酔の中には男嫌いな娘もいるはずだが、どうして君たち男性陣が呑気にこの店でお酒をのんでいられるのか気になったのさ」


 陽気な声の調子が段々と落ちていき、まるでこちらを試すかのような顔つきに切り替わっていくフィオナという人物。

 さっきまでの楽しげな空気はどこへやら、立ち上がった四人が視線を交錯させるなかで俺は一人席に座り事の成り行きを見守ることしかできないでいる。そこへ、


「はい、そこまでよフィオナさん。この店で面倒事を起こしたらお酒の提供はしませんよ?」と、この店の神ことルミさんが仲裁に入った。


 本名は知らないがこの店のマスターである『ルミ』と呼ばれている人物は、一言で言えば大人の女性だ。

 店では煌びやかなドレスを身に纏い、緩やかなパーマが掛かった長い黒髪と首元を彩るアクセサリーは夜の女を演出している。年齢は三十代後半あたりだろうか、映画なんかにでてくる実力派女優を思わせるような人物だ。


「ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだ。ただ彼らの反応が余りにもおかしくてさ、つい悪い人を演じてしまったよ」


 その言葉に場の空気は緩み、席を立った三人も静かに席につく。


「あの、一つ質問をしてもいいですか?」と俺の発言に対し「いいよ、なにを聞きたいのかな?」と軽い調子に戻るフィオナさん。


「黒酔の協力者って具体的にはどんな協力をされているんですか?」


「ああ、残念だがそれは秘密さ。私は彼女たちの仲間ではないが、売りもしない。言えるのはここまでだよ、かわいいボウヤ」


 その言葉に思わずムッとする、これでも一応成人した男である。しかし海外の人から見ればアジア圏の人種は幼く見えるのだとどこかで聞いた覚えもあるので適当に流すことにする。


「ふふっ、フィオナさんは彼らが黒酔を狙う人たちと勘違いしているのではなくて? それなら心配いらないわ、だって今そこで質問をしたフジサワくん。彼はシノちゃんと二人でこの店に来るような関係なんだから」


「「「「な、なんだってぇ!?」」」」


 この展開、もう何度目だろうか。

 俺とルミさんを除く四人は珍獣でも見るかのように俺を凝視する。


「あの、ルミさん。俺とシノさんは……」と変な誤解を解いておこうとするも「ええ、わかっているわ。お友達、でしょ?」と妙に含みを持たせるような言い方をされてしまい、ますます場が混沌と化す。


「ダイト! おまっ、川崎シノとサシ飲みとかホントかよっ!」

「うわあぁあん! リア充かよ、同士だと信じてたのにぃ! 裏切り者!」

「とんでもない男だな、フジサワは……」


 うん、もう慣れてきた。タクロウだけは意味合いが異なりそうではあるが今は気にしない。そして目の前に立つ赤毛の人は目を輝かせながら驚嘆する。


「それは凄い! シノがそこまで心を許した男の人は初めて見たよ! もしかして君は男の子に見えるけど実は女の子?」


「男ですよ!」と、声を張り上げ反論する。


「あはは、冗談だとも。うん、シノの友達ってことなら君の話は特別に聞いてあげるよ。何か聞きたいことは他にあるかい? 私は黒酔から仕事を頼まれているから手を貸すということはできないが、知識の譲渡であれば今回は無料で構わないよ。もちろん、さっきも言ったように黒酔の情報は言えないけどね」


 知識の譲渡と急に言われても、そんな高尚な知識を求める知識が俺にはない訳で。そこで先程から引っかかっていた疑問を口にしてみる。


「ヴェルクってどんなチームなんですか? 研究者や技術者がチームを組んで一体なにをされているんですか?」


「なんだ、かわいい質問だね。私が所属する『ヴェルクツォイク』はチームと表現するより同士の集まりと言ったほうがわかりやすいだろうね。専門知識や特別な技術の相互関係を構築していくなかで生まれたのがヴェルクだよ。誰が決めたのか知らないけれどチームに所属した者はこのような黄色い腕章が送られてきて腕につける決まりがあるんだ。そうしないとチームが所有する施設に入れないからね」


「施設? そんな場所があるんですか?」


「ああ、あるよ世界中にね。そしてその施設に入る権利が欲しくて私はヴェルクに入ったようなものだ」


 それから彼女の話を要約すると、現在人類保全機構が管理するこの世界では大量の電力を使用することはできない。しかし、ヴェルクの創始者は人類保全機構に特別なコネがあるらしく、チームが所有する施設だけは人類に害を与えない研究や開発を許可されているのだそうだ。


「ねぇ、君はトレードというアプリは使ってみたことはあるかい?」


「端末に入っているあのアプリですか? 使ったことはありませんが、たしか屍者同士がネット上で物々交換をするためのアプリですよね」


 つい先日、暇を見つけて端末の全アプリを確認して得た知識が役にたった。トレードというアプリは全世界共通のネットオークションのようなものだ。


「そう、そのトレードに出品されている殆どの物がヴェルクのメンバーが作った芸術品なのさ。私たちには変わり者が多くてね、自分で作った物を誰かに使ってもらいたいと願う奉仕的な人もいれば、自らの技術を見せびらかしたい変人も多くいるんだ。ただ構成員が何名いるか私でも把握していなくてね、それでネット上では四大勢力の一つなんて言われているが、表立ってチームとして動いたことは一度もないのさ」


「な、成程。ありがとうございました」


 長々とした解説に一区切りがつき、ビールを口にする赤毛の人。

 なんとなくではあるが理解したヴェルクと呼ばれるチーム。彼女の話しぶりによれば同じ四大勢力と呼ばれるコレクトとは全く違う活動方針のようで、屍者たちの生活を支える素晴らしいチームだと俺は感じた。


「ふぅ、少し話疲れてしまったね。ねぇお兄さんたち()()は持っていないかい?」


 その言葉を聞いて「あっ!!」と、自分でも驚くくらいの間抜けな声を上げてしまった。


「な、なんだよ急に?」と怪訝な顔をする相棒。


「わ、忘れてた。シノさんから煙草を、頼まれていたんだ……それで実家に帰った時に手に入れてたんだけど」と、己の愚かさに落胆し頭を抱える。


「なんだ、それなら話が早い。シノが煙草を欲しがるのは私との取引きが目当てだろうからね、ここで直接受け取っても構わないよ?」


「すみません、今ここには無いんです。えっとフィオナさんがよければ、すぐにでも部屋に取りに行ってきますが」


「いやいや、そこまでしなくていいよ。またシノと会った時にでも渡しておいてくれ。ふふっ、シノのお友達は真面目だね」と、悪戯な笑みを浮かべる。


「さて、お兄さんたちはまだここで飲むのかな? 私としても色々と話したい所ではあるが、実はこの店で黒酔の娘たちと待ち合わせをしていてね。どうだい君たちも一緒に?」


 その言葉を聞いて「さて、そろそろお暇するか」と席を立ち帰り支度を始める男三人。俺は別に構わないのだが、女性陣の中に男一人では邪魔になるだろうと思い同じく席を立つ。しかし身体が重い、シノさんからの頼みを忘れてしまっていたことに自己嫌悪を感じつつ帰り支度を始める。


 そしてどうやら俺たちの行動が予想通りだったため、くつくつと笑う赤毛の人の脇を通り抜け店の出口で支払いをしている相棒を待つ。すると再び声がかかる。


「ねぇ、お兄さんたち、もしかしてP・B・Zに出るのかい?」


「それは貴女にとって関係ないはずだが?」と俺が答えるよりも早くトキウチさんが答える。


「まぁそうなんだけど。ふんふん、成程ね」


 まるで品定めをするかのように俺たち一人一人を目配せしていく彼女、一体なにを見ているのか。

 

 支払いを済ませたマサノブと共に店の外へ出て、蒸し暑い外気が身体を覆う中で見送りにきたルミさんとフィオナさんに振り返る。そこで白衣にも似た服の内ポケットから煙草を取り出して細いライターで火を点ける赤毛の人。


「あら? フィオナさん煙草持ってるじゃない」


「まぁね。これは知り合いから譲って貰ったんだ。でも節約したいだろう? 自分で作れればいいんだけど、私は葉っぱの扱いは苦手でね」と、こちらに向かってウインクが飛んでくる。そして彼女は煙を空に向かって吐き言葉を紡ぐ。


「アーチェリー、ナイフ、バール、そして君は鉄の棒? いや先端が尖っているところを見ると槍かな? 面白い武器を扱うチームだね、お兄さんたち」


 彼女が口にしたのは俺たちが手に持つ武器の名称だった。そして「それが何か?」と問うとまたもおかしそうに彼女は答える。


「もしもP・B・Zに出るのであれば、君たちが黒酔の娘たちに勝つのは難しいだろうね。なにせスタート地点で既に大きな差があるのだから」


「え?」


「おっと、これ以上は言えないよ。あの娘たちに怒られちゃうかもしれないからね。でも最後にヒントをあげる。私は研究者でも技術者でもなく、職人と呼ばれているのだよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ