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屍者の誇り  作者: 狭間義人
二章
42/81

闘い方

 広い公園の石畳に描かれた半径十メートルほどの円は、大の男二人で立っても広く感じられる。

 腰からバールを引き抜き、対戦相手であるスキンヘッドの男を睨みつけてみる。しかし、慣れない事をしているようだと見透かされたのか、見上げる程の大男はきらりと光る頭頂部を撫でつつ半笑いでこちらを煽ってくる。


「なぁ、僕ちゃん。あのターゲット狩りと一緒にいて気がデカくなってんのか知らんがよぉ、喧嘩慣れしてねぇのがバレバレだぜぇ?」


「どうして……そう思うんだ?」


「ハハッ、強がるなよ。お前が手に持ったそのバール、随分と力を込めて握りしめているじゃねぇか。わかるんだよ、意気って得物を握りしめて凄んだところでな、滑稽にしか見えねえぜ?」


 そんなの人それぞれだろと、心の中で愚痴りつつもバールを持つ手を少しだけ緩める。


「俺はハマダって者だ、お前さんの名前はフジサワだっけ? まぁこれが終わったらよ、ウチの店に遊びに来いよ。そこそこ腕が立つならよ、女には困らねえぜ」と大男は手に持つ金属製のバットをクルクルと回す。


「クラブだっけ? 遠慮しておくよ、騒がしい場所は昔から苦手なんだ」


「へへっ……そりゃ残念だ。んじゃ始めようか?」


 スキンヘッドの男と向かい合う。その距離は約三メートル、互いに大きく一歩踏み込むだけでぶつかり合いそうな立ち位置。そして闘う前に交わした雑談で理解した。この男、強い。

 明確な理由ではないが、どことなく『余裕』があるように見える。俺の様子を観察するほどの余裕、相手を指摘する余裕。こちらを格下のように嘲りつつも、油断はせずに腰を落として身構えるその姿は、まるで歴戦の戦士のようだ。


 闘いに関して確かに俺は素人だ。それでもバールを振るう事に関しては多少の自信はある。なにせ数百体のゾンビを屠ってきた経験があるのだ。当然俺一人の功績なんかではないが、生存者グループでは頼りにもされてきた。そして同じグループにいたあの二人がこの世界で実力者として認められているのであれば俺だって、やれるはずだ。


 そして粗末なリングの中央に立ち、アーチェリーを片手に成熟した男が両陣営に聞こえるほどの声を張り上げる。


「それでは今回の野良試合、ルールの確認をしておこう。勝敗は片方が死亡で敗北、もしくは場外へ身体の一部が触れればその時点で同じく敗北だ。例え負けを認めるような発言や素振りを見せても途中で止めるようなことはしない。そして、両陣営からの妨害も禁止だ。それで双方、異論はないか?」


 その言葉に俺とハマダと呼ばれたスキンヘッドの男は同時に頷く。それを確認してトキウチさんはリングから出て足元の小石を拾い上げる。


「それではこの石が地面に落ちてから試合開始だ! 始めるぞ!」


 その言葉を最後に投げられた小石は高々と宙を舞う。その間にも派手な恰好をした男たちからは歓声や野次にも似た声援が湧き上がる。

 試合だなんて言われているがまるで場末の喧嘩だ。そんな感想を思い浮かべつつ、目の端で石が落下を始めるのを確認したところでバールを強く握り直す。喧嘩の定石なんか知らない、それでもこれがゾンビと闘うと想定すれば、俺がどう動けばいいかだなんて答えは自ずと見えている。


 石が落ちて、突進する。


 突進と同時に上段から振りかぶったバールは火花を散らし相手の金属バットにより防がれる。前陣速攻、できれば初撃で相手の得物を弾き飛ばしておきたかったがさすがに甘い考えだった。バールとバットで剣豪同士の鍔迫り合いをするように金属同士が擦れ合う。


「へっ! なんだよイキがいいじゃあねぇか、ん? しかしよ、あのナガブチの為にお前さんだそんな必死になって闘う理由ってのはなんだ? もしかしてお前たちデキてんのかぁ?」


「そんなんじゃねぇよ、俺とマサノブは!」


 安い挑発にも意識を緩めたりなんかしない。それでもこの膠着状態では何もできないと悟り、一度距離をとろうとバールを握る手の力を緩めた、瞬間。


「ぐほぉっ!!」


 後方へ逃れようとしたところで脇腹に蹴りを一発貰ってしまう。

 喉の奥から鼻へと鉄の匂いが抜けていく。歯を食いしばり、相手からの追撃を逃れるように態勢を立て直す。しかしスキンヘッドの男は余裕があるのか、腹部を片手で押さえる俺を下卑た笑いで見下している。


 争いごとは苦手だ、逃げてきたと言ってもいい。それでも今ここで逃げる訳にはいかないんだ。自分の為に、仲間になる人物たちも為に。

 そして俺はとんでもない勘違いをしてしまっていたことに気づかされたのも事実だ。もしも相手がゾンビならこんな反撃はあり得ない。そうだ、ここで闘っているのは人なんだ。無作為に人を襲う敵ではなく、明確な意思を持ち攻撃してくる人なのだと。

 

「おいおい、どうした。もう終わりか?」


 バットを先程と同じくクルクルと回し煽ってくるスキンヘッドの男。

 このままでは駄目だ、目の前にいる男に勝てるイメージが浮かばない。初撃で相手を出し抜けると考えていた速攻はいとも容易く防がれたのだ。

 経験の差、そう言ってしまえば簡単だ。この世界では屍者の身体能力は既に転生を受けた時点で決まっている。だが、たった一度の武器による応酬でも、身体能力だけではまかり通らない事実を突きつけられた一瞬でもあった。


 そしてふと思いついた考えに基づきバールを持ち替え、姿勢を変えて相手を睨む。


「ハハッ! なんだそれは!」


 笑いたければ笑うがいい、これが今思いついた『俺の闘い方』だ。

 手に持つバールのⅬ字型の短い方を逆手に握り、相手のバットと同様に回転させる。そんな俺の姿をひょうきん者でも見ていたかのような目つきは、次第に鋭い眼光へと切り替わる。見慣れないであろう光景にスキンヘッドの男は態勢と態度を正し、警戒するかのように得物であるバットを両手で握り直す。


 相手が躊躇するのは無理もない。なにせ対峙する男が、工具であるバールを円形のハンドルを回すようにブンブンと振り回しているのだ。俺ならまず近寄らない。


 しかし相手は人であり強者である。俺の浅い考えを看過しているのか、じりじりとにじり寄り攻撃の機会を窺っている。そしてその動きにこちらもじわりと合わせつつ、その距離は確実に縮まっていく。互いに地面を擦りつつ、距離にして一メートルもなくなったところで、今度は相手から横薙ぎの一撃が入る。

 それをバールで下からすくい上げるように弾き、躱す。

 上手くいった、と安堵する間もなく弾かれたバットは切り返され、今度はこちらの足元を狙ってくる攻撃をバールを再びクルリと回し今度は斜めに再び弾く。


 僅かな隙。バールを持った左手を瞬時に己の脇へ引き込み、一歩踏み込んで右の拳を相手の顔面に向けて打ち出すも相手が身体ごと後方へ跳びのき避けられる。そしてまた互いに距離を置き、視線が交わる。大男が見せびらかしていた余裕はとうに消えていた。


『うひょう! 凄いぜダイトン! そんなバールの扱い方、見た事ないぜぇ!』


 後方から声援が飛んでくる。その声に振り向きはしないが、感謝を込めてバールと姿勢を構え直す。

 ありがとうタクロウ、君のおかげなんだ。

 こんな闘い方は俺だってしたことはない。それでも先日彼の部屋で聞いた『ゲームのキャラクターがしている動きを真似しただけ』という言葉がヒントになった。

 俺が真似しているのは昔見た映画の一部始終。功夫映画で主人公が振り回していたトンファーという武器の扱いを模しただけであった。見様見真似でもいい、それで闘いになるのであれば。


 そこからバットとバールでの応酬が始まる。

 金槌で打ち付けてくるようなバットを左手に持ったバールで打ち払い軌道を変える。そして一歩ずつ踏み込んでいく。逃げるのではなく躱す、そして不格好ながらも拳打と蹴りを隙あらば繰り出していく。


 認識のズレを少しずつではあるが修正していく。相手は考え無しに突っ込んでくるゾンビではなく、隙を見せれば襲い掛かる聡明な獣。ならば隙を造る前に、ぼろが出る前に前進し攻撃あるのみだ。


 数十を超える鼓膜を引き裂くような衝突音と火花が散る中、とうとう相手を土俵際まで追い詰めた。

 そこまでの過程で、自身でも信じられないほどに身体が動くことに驚きを隠せない。一挙手一投足が『こうなればいい』『そう動けばいいな』と思ったことが屍者の身体では即座に反映される。まるで子供の時に遊んだヴァーチャルゲームのように自分の身体を操作しているみたいだ。


 あと一歩、相手の顔には先程まで見せていた余裕は微塵も感じられない。このまま、あと少し押し出せば俺の勝ちだ。しかし、そう簡単にいかせては貰えない。


 『ガギィン!!』と右側から飛んできた上段への蹴りをバールで防ぐが、耳元で鳴り響いた鋭い音が脳内で反響し態勢が崩れる。履いていたブーツに鉄板でも仕込んでいたのか、重くのしかかるような一撃を境に右から左からとバットや蹴りが振るわれ、今度はこちらが防戦一方に曝される。


 そこからリングの中央まで押し戻され、最初の位置から然程変わらない位置でまた互いに距離を置く。

 だがこれは振出しに戻ったわけではない。相手が肩を揺らして息をする中、俺の身体は息が上がるほど温まっていないことに気づく。本来であれば信じられない速度での攻防、それに自身がついていけるのは集中していたからだと思っていた。


 だが違う、これが屍者の身体。生き残った時間から得られる恩恵なのかと改めて感じる。

 しかし、相手は降参をする気配など感じさせないどころか笑っている。この状況をまるで楽しんでいるかのように引きつりながらも笑みを浮かべる。


「降参、しないのか?」


「ハッ! する訳ねぇ、そんな勿体ねぇことする訳ねぇぜ!」


「勿体ない? アンタ、頭でもおかしくなったのか?」


「そうかもな、ああそうだ。この世界は本当に退屈なんだよ! いくら踊っても、歌っても、暴れても、女とヤッても満たされねぇんだ! だけどこの瞬間、今お前と一対一(さし)でやり合ってるこの時間は最っっっ高の瞬間だ!!」


 変態かよ。

 こちとら一刻も早く終わらせたいと考えていて、相手の欲求不満に付き合う義理もない。しかし、ここまでの闘い方では決め手に欠けているのも事実だ。身体能力の差はあれど、経験でその差を埋められているのは否めない。それなら攻め手を変えるのが定石なのだろうが、生憎そこまでの引き出しを有しているわけでもない。

 しかし、皮肉なことに人はどんな窮地に立たされていても思いついたことを試したくなるものだ。


 再び衝突する。一度、二度とぶつかり合った得物に脳内で照準を合わせ、相手のバットを片方の掌で受け止める。当然痛い、それでも先日マサノブが公園の遊具を引き抜いたように、力任せに相手から武器をむしり取ろうとする。

 しかし、予想外だったのは相手は金属バットに執着することなく簡単に手を離し、拳を握る姿を目の端で捕らえる。相手から奪ったバットを後方に投げ捨てながら、繰り出された拳打を頬を掠るようにして躱していく。

 そして相手が渾身の一打であろう正拳突きを倒れるようにして避け、バールを大男のお留守になった踵へと引っかけ、力の限り上方へとすくい上げる。


 巨体が宙を舞う、そしてその瞬間にバールを手放し大男のベルトと胸ぐらを両手で掴み天高く持ち上げる。持ち上げた男は意外な程軽かった、もしくは俺の屍者の身体の影響だろうか。

 地面から足が離れた人は無力だ。踏ん張ることも、駆けることもできなくなった身体の持ち主は俺の頭上で蠢くも掴んだ手は離さない。


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


 腹の底から声を出し、両の腕に力を込める。

 わざわざ殺す必要は無い、そう相棒が言ったんだ。そして俺とこの男では身体の性能に差があるのも事実だ。恰好をつけるつもりはない、ここで使える武器は全部使えばいいんだ。

 この世界では力が全てだと誰かが言った、力ある者が願いを叶える世界なのだと。この世界を受け入れた訳ではない、それでも今ここにいる間はその理に従ってみようと思う。


 着地点はどこでもいい、強いて言えばこのリングの外へ。瓦礫を拾い上げ投げ捨てるように、男の身体を力の限り明後日の方角へと投げ飛ばす。


 そして『ガッシャァアン!!』と、大きな炸裂音と共に一つの建築物へぶつかった男の身体は瓦礫の山に埋もれた。


「うおおおお! ダイトの勝ちだ!」


 少しばかりの歓声が沸き、緊張していた心身が緩んでいく。

 勝利、そんな言葉を俺は人生で初めて味わったのかもしれない。


 そして男を投げ飛ばした方角へと目をやる。スキンヘッドの男を心配した訳ではない、気になったのは倒壊した建築物。それは先日、丹精込めて掃除した公衆トイレだった。


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