身勝手
屋上で快晴のち稲妻を体感した後に、俺とホタルはチームプライドの顔合わせに、タクロウから集合場所と指定されていた公園へ向かっていた。
「なぁ、ホタル。やっぱり怒ってるのか?」
「別に……」と、俺の方へは向かずに前だけを見てホタルは応える。
これはお怒りでいらっしゃるというよりも、拗ねているのではないだろうか。どちらにせよ、へそを曲げられたまま公園に行けばマサノブと衝突しかねない為、強引にでも話をして気を紛らわせておこう。
「悪いとは思ってるんだ。昔からの知り合いだからって助っ人を頼むってのも卑怯だし、ホタルからしてみれば黒酔の人たちと闘うことになるかもしれない訳だから……」
「いやそれは別にいい。どの道、今度のP・B・Zは団体戦の後に個人戦になるんだ。大体、私を引き抜こうだなんてダイトの考えではあるまい?」
「そ、それは……」
「それも別に構わない。どこぞの馬の骨と組まれるくらいなら私を頼ってきたのはいい判断だ。だがなダイト、つい先日私が話したことを忘れてしまったのか?」
その言葉に、はて? と頭をひねる。新世界で再会してからの彼女との会話を思い返すも特に思い当たる節はない。
俺の惚けた顔を見かねて「はぁ……」と大きな溜息をついた後に、歩を止めてこちらに向き直り「その様子だと忘れているようだな」と呆れた様子のホタルさん。
「ご、ごめん。俺なにか言われたっけ?」
「喫茶店で『シノさんには逆わないでくれ』と、頼んだはずだ。先程の屋上でシノさんがダイトの話を聞いて、機嫌を損ねないものか戦々恐々としていたよ」
「待ってくれ! 別に逆らうつもりなんて無かった、ただナオに会いたいから大会に出場したいってだけで」
「それは受け取り方次第だろう? 最初ダイトの話した言葉だけでは私を助っ人として引き入れ、チームを組んで黒酔と対立しますと宣言したように聞こえくもない。それをトウコさんが巧くダイトから話を引き出して、シノさんが納得できるような話に落とし込んでくれたのではないか」
考えてもみなかった。
どちらかと言えば口が悪いような印象だった黒髪お下げの小柄な少女。今にして思えば、チームを組むための建前だけではなく、俺が本当に考えていることを引き出してくれたのも彼女だ。
「もしかして、トウコさんって優しい人?」
「ふふっ、それはどうかな? 移動が面倒な時はベルさんを馬がわりにしたり、部屋が散らかっていればサラさんに叱られたりしている。自分に甘く、他人に厳しい方だよ」
それだけの情報であればろくでもなさそうな人物を想像してしまうが、ホタルの楽しそうに語る姿を見れば、黒酔の中でも信頼の置ける人物だと想像に難くない。
「さてダイト、他のメンバーと合流する前に一つ話をしておこう。ナオについてだ」
「え? ナオについて何かわかったのか!?」
「いや、そうではない。ダイトが黒酔の飲み会に連れて来られた時、コレクトに関することをシビルさんたちと話をしたな」
「ああ、確か洗脳されているんじゃないかって」
「私はナオが洗脳を受けたのではなく、自らの意思でコレクトに入ったと見ている」
その言葉に「どういう意味だ?」と、眉をひそめる。
あの優しくて穏やかな性格の妹が、人体実験をしているような黒い噂を持つチームに自分の意思で入ったとは到底考えにくい。
「怒らずに聞いて欲しい。私の恩人であるダイトの妹であり、生存者グループでは歳も近いナオと仲良くなろうとしていたのだが、少しばかり壁を作るような立ち振る舞いをしていたのは気づいていたか?」
「それは、なんとなくだけど。もしかしたら二人の性格が合わないのかなとは思っていたよ」
実の事を言うと、なんとなくではなく確信はあった。はた目から見てもお互いに避けているような、そんな素振りをしているように感じていた。
「それは違う、私は最初からナオに避けられていたんだ。それにグループで拠点を作り、ダイトやマサノブが調達で留守にしている間のナオは、度が過ぎた潔癖症とでも言おうか。少し歪んでいるようにも見えた」
ホタルの言葉に疑問を抱く。
確かに自分の部屋だけでなく、時折俺の部屋も掃除をしてくれていた綺麗好きのナオではあるが潔癖症とは少し言い過ぎだ。それに歪んでいるだなんて、ホタルがナオの陰口を言っているようでいい気分はしない。
「ホタル、昔ナオとなにかあったのかもしれないけど、あまりそんな事は言わないで欲しいな……」
「心配するな、別に喧嘩をした訳ではないさ。まぁ、私がこれ以上口を出すのも悪いしな、後は兄妹二人で話し合う方がいいだろう。さて、公園へ向かうのであろう。そろそろ行くとしよう」
その言葉を境に前を歩き出すホタル。
そして彼女の背中を見ながら身勝手な願いが思い浮かぶ。俺の弟分を自称するホタルと、実の妹であるナオが仲良く隣で笑い合う日がくればいいと。
****
公園でチームプライド四名、助っ人一名が合流し顔合わせを初め、互いの簡素な自己紹介を済ませる。そして今回のP・B・Zにおいてチーム内での取り決めが行われた。
優勝した時の分配金は優勝者が一人で六割、残りを四割を四人で一割づつ。
人類保全機構への要望、つまり願い事は優勝者が独自に決めてよい。
参加料は各自で用意、会場へは現地集合。
と、マサノブが慣れた様子で取り決めを提案していき、特に誰からの反論もなくあっさりと話し合いは終わった。そもそも優勝狙いではない俺は抗議することなど最初からなにもない。
「いやぁそれにしてもホタル、よく手伝ってくれる気になったな。正直、タクロウから提案があった時は絶対に無理だって思ってたけど」
「言っておくがなマサノブ、私が手伝うのはあくまでも予選である団体戦までだ。もし個人戦でここにいるメンバーと当たっても全力で叩き伏せるぞ。それにダイトを争いごとに巻き込むなとあれほど注意していたのに……」
「え? それってどういう――」と、言い掛けるも話を聞こうとしない二人。
「あのなホタル、お前はダイトが転生してからよ、ちょいと過保護が過ぎるんじゃあねぇのか?」
「そんな事はない! ダイトは十分にあの世界で闘ったんだ。この世界になっても騒乱に巻き込むだなんて、私は反対だと言っていたではないか」
「ちょ、ちょっと待て、二人とも!」
恐らくではあるが、俺の身を案じて言い争っている二人の間に強引に割って入る。
「俺が言いだしたことなんだ。P・B・Zに出てナオに会いたいって。それでマサノブがタクロウやトキウチさんに声をかけてくれたんだ。そしてホタルが助っ人にきてくれて、俺は凄く二人に感謝しているよ」
俺の言葉が通じた訳でもなく、相棒と弟分が互いに「フンッ!」と顔を背ける。この二人はこうやってよく言い争いをしていたものだが、それは新世界になっても変わらないようだ。
「あれれぇ? かつての仲間って聞いてたけど、まさかのギスギスってやつ? マサヤンとホタルンっていつもこんな感じなん?」
「おい、ちょっと待てそこの広末拓郎とかいうヤツ。なんだその私の呼び方は?」と、ホタルが食って掛かる。
「んん? だって『ホタル』って呼び名のキャラは『ホタルン』って呼ぶ習わしじゃん?」
その巨体の言葉に「一体、どこの習わしだ!」とキレるホタルさん。俺が思うにこの二人の相性は最悪なのではないだろうか。
そんなやり取りを、一歩引いた場所で眺めていた人物にホタルがさらに食って掛かる。
「トキウチ、だったな、名前くらいは知っていたが、またもマサノブに手を貸すとはな」
「俺も他に当てがある訳でもないからな」と冷静に、この場での年長者は言葉を短く返す。
「ホタル! トキウチさんに向かってそんな口の利き方は――」
俺が諫めようとしたところで、またも拗ねた態度を見せる困った弟分。
俺たちが住んでいたここ日本では良くも悪くも縦社会が根強く残っていた。自身もそれに漏れず社会の一員として働いただけに、目上である人物に失礼な物言いをするホタルを諫めるつもりだった。
「なに、別に構わないさ。黒酔のメンバーで世界中を相手にしてきたのであれば、それくらいの気概が無ければ務まらんだろうよ」と大人な対応をしてくれたトキウチさん。
前途多難な顔合わせになった場に思わず頭を抱える。
大丈夫なんだろうかこのチームは、と考えていた折にホタルがまたもマサノブを問い詰める。
「マサノブ、この場所には他に誰も呼んでいないんだろうな?」
「あ? 呼んでねぇけど、なんで?」
「公園の北口付近から足音だ。七、いや八人の男だな。私が嫌いな人種の歩き方だ」