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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
4/81

旅立ち

 裸足で静かな廊下を歩く。


 赤い目をした怪物から二度も弾き飛ばされた影響か、身体には擦り傷や打ち身が所々に点在していたが、幸い骨などは折れていないのは僥倖だ。

 

 足元に無数に散らばるガラスの欠片や扉の破片を慎重に避けつつ、先程までアンドロイドといた部屋へと入っていく。両腕で抱え込んだ生命に少し気を使いながら。

 

 驚愕という表現がもっとも近いだろうか。

 

 倒れた怪物の亡骸が赤い蒸気となって露散し、そこに残された一匹の子犬。未知への探求心に駆られ、子犬へと近寄り確認してみると、呼吸をしていた。

 元々そこに寝ていたのか、という疑問は即座に否定。俺が吹き飛ばされた時にはゴミ一つとして落ちていなかった廊下だ、なにかあれば流石に気づくだろう。


 寝息をたてる愛らしい子犬。雑種であろうその毛並みを優しく撫でてみるとほんのりと温かい。生命の温もりに触れたのは久々に感じた。

 

 そのまま放置することもできずに寝たままの子犬を抱え、先程の部屋に戻ってきたのだが酷い有様だ。

 

 ベッドが一台と床に無数に散らばるガラス片、上半身は仰向けに下半身はうつ伏せになり二つに別れたアンドロイドが無惨にも転がっている。

 話ができるとも思えなかったが、人間でいう胴体部分から銀色の管らしきものが漏れ出ている機械へと近づいてみる。

 

「ご無事でしたか」


「うおっ!? 話せるのか?」


 瞑っていた目がギョロリとこちらを捉え思わず身じろぎする。

 

「イエス。ですがあまり長くは持ちません。予備電源の残量も残り僅かとなります」


「そ、そうか。救援とかは? さっき君が言っていた、人類保全機構は来ないのか?」


「人類保全機構はこの機体の廃棄を決定しました。こちらの施設へは明日正午に清掃と修復用のボットが派遣され、施設の復旧を行った後に第三百七十八番転生処置施設の運営を再開予定となっております」


 廃棄とは随分と薄情な組織だ。昔勤めていた会社で聞いた話だが、古い機械を修復するより新しく最新のものを生産した方がコストはかからない場合もあるというやつだろうか。

 そんなことに耽っているとアンドロイドから声が掛かる。

 

「ミスター。残念ながら貴方への説明職務を全うできそうにありません。活動可能時間が三分を切りました。そこで貴方に協力を仰ぎます」


「な、なんだ?!」


「私の胸ポケットには端末が入っております。それを取り出してください」


 言われた通りに倒れたアンドロイドへ近寄り胸へと手を伸ばす。

 自身の胴体が引き裂かれても涼しげな顔でやり取りするその姿は、どれだけ見た目を人間に寄せようとも機械は機械だということを再認識させられる。

 

 胸ポケットから取り出した端末は、若干古いモデルの携帯端末によく似ていた。手のひらサイズで片面は液晶で側面に起動用のボタンがあるタイプだ。

 

「それでは端末側面にある起動ボタン二度押してください」


 指示通りに操作すると画面にはNAMEと書かれた文字の下に半透明の枠が点滅している。

 

「本来であれば環境説明と生活指南を行った後に端末を通しての登録となりますが、今回は特例に基づき登録を優先させて行います」


「登録って?」


「人類保全機構のデータベースへの登録です。登録した端末がなければこの世界での活動に支障をきたします」


 アンドロイドから説明を受けていた時。

 

「キャン! キャン!」と、突如片腕で寝こけていた生き物が鳴き声と共に小さく暴れだす


「あ、おい!」

 

 暴れだした小さな獣は俺の腕から逃れ、部屋の出口へと散らばるガラス片を避けつつ駆けていく。

 端末を片手に持ち跪いていた身体は膠着したまま子犬を見送った。

 

「さっきの生き物は何なんだ? 突然襲ってくるし、蒸発するし、子犬になるし」


 誰に話しかけるでもなく一人でぼやく。

 見送った子犬を追う気にはなれない。自由を求め、もがき、走り去る姿に何かを重ねてみた影響だろうか。

 

「ミスター。早く、登録……を」


 電池残量が少ないのか、アンドロイドの首元にある首輪のような機械物が赤く点滅を開始する。

 

「わ、わかった! えっと、どうすればいいんだ?」


「端末……に、ある、画面がめがめんに、なまえ、え、ええ、を、にゅにゅうりょくし、し、して」


 言い終わる前に指を滑らせる。昔使い慣れていた携帯端末と同じ操作方法で素早く自身の名前を入力しエンターボタンをタップする。

 

「できたぞ! あとは!?」


「ふ、ふ、ふつかごごご、に、にに。きて……こここんへ、ここに、き、きて」


「二日後、だな! またここに来ればいいんだな?!」


「…………」


 応答はなかった。

 

 襲い掛かる孤独感。いや、孤独なのは随分と前からだったような。いまだ頭には靄が掛かったかのように記憶を呼び起こす事ができないでいる。

 

 

 部屋で一人、風が吹き込んでくる窓の外を眺める。ここはどこなんだろう。

 視界に拡がる街並みはどこかで見たような、記憶にはないようなそんな風景。

 無限にとまではいかないが、所狭しとそびえ陽を浴びるビル群に美しさを覚えたのはこれが初めてなのかもしれない。

 

 見に行こう、そう思った。

 

 そうすれば何かを思い出せるかもしれない。何もわからないかもしれない。

 それでもここでただ待つのは嫌だった。ただ、じっとしているのが苦手な性分なのかもしれない。

 

『新生類へ進化を遂げられた皆様へは自由と平等が約束されました』


 自由と平等とはそもそもなんだ。いや、今はそんな哲学めいた事を考えるのはやめておく。


 歩いてみよう、この世界を。そうすればきっと何かがわかる、死地を乗り越えたばかりだというのに根拠のない直感に思わず内心苦笑する。

 

 活動を停止したアンドロイドを残し、少しばかりの罪悪感を置き去りにして扉へ向かう。

 まずは一階へ。室内から垣間見える外の景色は少なくとも建物の上階だろうというのは察しがついていた。

 

 廊下へ出て、先程とは違い下の階へ進路をとる。静寂な屋内で動くものはなく、まるで時が止まったかのような世界が広がっていた。

 そこでふと片手に持っていた端末に目を移すと、画面には短い文章が綴られていた。

 

『ようこそ新世界へ 藤沢(フジサワ) 大翔(ダイト) 登録を完了しました 』

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