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屍者の誇り  作者: 狭間義人
二章
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五人目

「はぁ? ホタルを助っ人として借りたい?」


 訪れたのはチーム黒酔が住まうマンションの屋上。先日、飲み会にお呼ばれされた屋上には海辺などで見かけるパラソルがコンクリートの床に直接ぶっ刺され、その日陰の下でかき氷機が唸りを上げながら白い氷の粒を量産している。


 ここへ訪れた目的は我らが軍師ことタクロウの策。

 それは今回の闘技大会の団体戦、一チーム五名であり六人いる黒酔は必然的に一人余ることになる。そして俺とマサノブと生存者グループで一緒に行動していたホタルに泣きつき、もとい助力を依頼するという一計を軍師から俺一人に授けられた。

 どうして俺一人なのかと疑問を投げかけたところ『俺たちがいたらむしろ邪魔になる』と一蹴され、四人でチームを組んで初めての活動が単独行動とは、少しばかり先が思いやられる。


 そしてホタルに電話でその旨を伝えてもよかったのだが、お世話になっている黒酔に隠し立てをするのも気が引けた。そこで、こちらとしても相談しやすそうなシビルさんに連絡してみたところ『話? 今から買い出しに行くから……そうだな、一時間後にウチのマンションの屋上に来いよ』と、言われ訪れてみれば、真夏の太陽光を浴びながらの黒酔かき氷パーティーが行われている。そこでは黒曜のメンバーが全員集合しており、いつも身に纏っていた黒い特攻服ではなく各々薄手の私服を着ていた。


「まぁ確かに、次のP・B・Zは五人チームで一人余るもんな」と、シャツを肩まで捲ったシビルさんが言う。


「そうよねえ、でも私は今度の大会は出なくてもいいかなって思ってたんだけど……」と、胸元が大きく開いたキャミソールを着たサラさんがぼやく。


「ウウン! コノカキ氷ッテヤツ、キンキンニツメタクテオイシイデェス!」と、話には興味無さげなタンクトップのベルさんはかき氷を喰らう。


 助力を求めた瞬間に『ウチのホタルを助っ人にしようとはいい度胸してんじゃねぇかてめぇ!』などと言われるのではないかと身構えていただけに、少しばかり緊張の糸も緩む。しかし、当の本人である黒いポロシャツを着たホタルは、青色のシロップがかかったカキ氷のカップを片手に、顔を下に向け困惑しているといった表情だった。

 それも当然だろう。期間限定とはいえ、昔の仲間から今の仲間と敵対してくれと頼まれているようなものだ。心の中でホタルに謝罪する。


 しかし、今回の策は『戦力になる』『悪事を働かない信頼の置ける人物』と同時に『黒酔の戦力低下』も含まれており、実にずる賢いとでも言おうか。昔の親交を盾に協力を求めるなんて実に汚いやり方だと思うし俺自身があまり気乗りしないのだが、現状ではこれ以上にない最高の企みであるのは間違いない。


 そして俺の要請をそれぞれの意見で、黒酔内で吟味され始めた頃に「おい、フジ。少しいいか」と、今までパラソルの下に設置されたベンチに横たわり、気だるげにかき氷をつついていたジャージ姿のトウコさんから声がかかる。


「はい、なんでしょうか?」


「言い分はわかる。妹に会うために大会に出場したい、そしてかつての仲間であるホタルに助っ人を頼む、まぁ理解できなくはない。しかしな、お前が今いる場所はとても幸運な立場だと理解はしているか?」


「どういう、意味ですか?」


「簡単な話だ。お前の目の前にいるのはこの世界でも最強だとか言われているチームでな、大会に出ればそれなりに勝ち上がれる集団だ。そして幸運なことにそのメンバーとはそれなりに顔見知りになっていて、お前が頼めば妹と引き合わせることに協力してくれる好き者もいるかもしれん、という話だ。私は面倒だからお断りだけどな、だがそれでも可能性の話をするのであれば、お前のチームが大会に出場してコレクトと相対するよりもずっと妹と出会える確率は高いと思えるが」


 確かにそうだ。俺も考えなかった訳ではない。屍者同士で争いあう場に、闘いにおいて素人である俺が出張るよりもずっと可能性が高い選択肢であるとはわかっている。


「そうかもしれません。ですが……」


「俺が直接会わなければ意味がない、自分は兄だから、とでも言うか? やめろやめろ、そんなちっぽけなプライドなんか捨ててしまえ。別にベーカー街の探偵のように心の眼で見て判断しろとは言わないが、現状をまず理解するべきだ。違うか?」


 突き放すようで優しい言葉。

 眼鏡の奥底から見える鋭い目つきで睨まれる。そして彼女が発した言葉の意味を理解できないほどではない。


「ありがとうございます」


「はぁ? 何を言ってるんだ?」と、呆れた声のトウコさん。


「確かに、俺は幸運な立場にいると理解しているつもりです。あ、いや、つもりではなく理解しています。それでも俺が直接、妹であるナオに会いに行くことが筋だと思います」


「……理由は?」


「それは、感染が広まる世界で自分に約束をしました。どんなことがあっても妹を守る、と。ですが俺はその約束を……守れませんでした」


「自分に約束とは変な言い方だな、それは誓いだとか誓約と言い換えたほうがいい。それに守ってやるだなんてとんだエゴだぞ、それは」


「はい、それでも……誓いを守れなかった自分自身が、許せません。そんな中で黒酔の方に協力をしていただいて、妹と再会したとしても、きっと自分が納得ができる形ではないと思います」


「別にお前が納得しようがしまいが結果は変わらんだろう。それでもか?」


 その言葉に「はい」とだけ答える。俺の正直な気持ちと考えを打ち明けたせいか少し胸が軽くなったような気がする。そして小柄な少女は溜息をつく。


「クソ真面目な上に頑固ときたか、こりゃ手に負えんな。まぁいいさ、好きにしろ。黒酔は自由がモットーだからな、ホタルがイエスと言えばそれまでだ」


「あら、今日のご意見番は優しいのね。トウコ」


「五月蠅いぞ、サラ。堅物の相手が面倒になっただけだ」と、こちらこらは視線を外し再び手に持っていたかき氷をぱくつき始める眼鏡の少女。


 そしてその言葉から「手伝ってやってもいいんじゃないか?」という空気が屋上を漂うも、ホタルは視線を彷徨わせ未だに迷っている面持ちだ。そしてその迷える視線の先には、こちらから見て奥に位置する河崎シノさんの方へと向いている。


「ホタル、手伝ってやってもいいんじゃないか?」と、鶴の一声ならぬシノさんの声が漆黒の少女に向けられた。


「シノさん、ですが私は……」


「昔言ってたじゃないか、世話になった人物に礼が言いたいと。その人物、フジが手を貸して欲しいって言ってるなら恩を返すいい機会じゃないのか?」


 その言葉にホタルは黙る。

 先日、この場所でホタルを叱った厳しい口調とは打って変わり、静かで優しい口調の金髪の麗人。今日は白いブラウスが大変にお似合いでございます。

 それにしてもホタルは義理堅いとでも言おうか、お互いに協力して生き残っていて恩を売ったつもりなんか無かったのだが。わかってはいたがホタルの弱みにつけこむような今回の策は、本当に申し訳なく思う。


 そして黙り込むホタルを見かねてシノさんは更に言葉を続ける。


「何を心配しているのか知らないがな、たとえホタルが別のチームに加担したところで()()()()()()()()()()()()()()()?」


 晴れ渡る夏空に『ビシィ!』と稲光が轟いた、気がした。

 え? なにこの空気? と、慌ててそれぞれ表情を覗うとシビルさんとトウコさんはくつくつと笑い、サラさんは呆れ顔、ベルさんはかき氷をおかわりしている。


 そしてホタルは溜息をつき「わかりました」と呟き、観念したかのように顔を上げた。


「不肖、宝塚蛍は今回の闘技大会で藤沢大翔に助太刀し、黒酔の皆様と相対する時が来れば胸を借りさせて頂きます」と、高らかに宣言した。


 その言葉に満足してか、卑しく笑う黒酔の皆様方。


「いいのか、ホタル。本当に……」


「いいさ、私が自分で決めたことだ。ですよね? シビルさん」


「おうよ! それに俺もホタルとは一戦ヤッてみたいと思ってたんだ! 黒酔(おれたち)とあたった時には俺とやろうぜ! なぁホタル!」


「それは、運次第ですね。勿論、誰が相手だろうと全力で挑ませて頂きますよ」


 目の前にいるホタルの姿は出逢った時となんら変わらない姿をしている。それでも俺が見ない間に成長した彼女はとても逞しく思える。ちょっと怖いという意味で。



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