策
「よっしゃ! これで全員揃ったな!」
いつもならカウンター席に座っていた俺は、今日は初めてテーブル席に座っている。
昨日新たに知り合った二人、巨体で眼鏡を掛けたタクロウと成熟した大人の男トキウチさんとドレッドヘアーの相棒と俺で一つの卓を囲み、新チームの話し合いの場に喫茶店に集まっていた。
「それにしてもタクロウ、昨日はあんなに嫌がってたのによく来る気になったな」
「まぁね、ネットの復活は我々オタクの悲願であるし、昨日のボーナスでお金の方にも余裕ができたしね。それに同士が妹ちゃんの為に力を欲するのであれば手を貸すのもやぶさかではないのだよ、ふふん」
彼の同士として認められたであろう俺に眼鏡越しのウインクが飛んできて、それに笑顔で応えて感謝の意を伝える。言動や嗜好はやや変わってはいるものの、河川敷で見た彼の力や人柄は充分に信頼のおける人物だと理解できただけにとても心強い。
「トキさんも、チームに入ってくれてホントよかったすよ!」
「別に、こちらもチームを探していたのは事実だ。ろくでもない輩に優勝されて、世界の行く末を変な方向に向かわれるのも癪だからな。それにフジサワはお前と違って面倒事を起こすような人物には見えん、充分に手を組むに値すると判断したまでだ」
その言葉に「アハハひっでぇな、トキさん」と相棒が機嫌良く応える。
そして俺に向けられた視線に確認の意味を込めて一つ頷く。昨夜バーで話し合った結果、優勝した場合の願い事はこれ以上は他言しないとの約束をしたのだ。それが例え隣に座る相棒であっても、という条件付きで。隠し事をするようで心苦しいが、この二人から一目置かれているトキウチさんの加入の為にでもあるし、これもまた心強い味方が増えたことを喜ぶとしよう。
「でもさマサヤン、今しがた全員とか言ったけど本気ではあるまいな?」
「へ? なんで?」
「はぁ? アンタばかぁ? 次回の闘技大会は五人で一つのチームだよ、まだ一人足りてないじゃん」
「やべ……忘れてた……」
その場の空気が固まる。
てっきり今日集まった四人で新たなメンバーを勧誘にでも行くのかと思っていたが、どうやら相棒はチームをこの四人で組むところまでしか頭になかったようだ。
「やれやれ、相変わらずだなナガブチは」
「およ? トッキーいつもなら『阿保か貴様ぁ!』ってブチ切れてもおかしくないのに今日はやけに優しいですな」
「俺も他に当てがある訳でもないからな、あとその呼び方をいい加減にやめろ」
対面に座る二人のやり取りを眺めつつ、隣に座る相棒に目をやると困ったと言った顔で端末を取り出し操作している。
「なぁマサノブ、他に頼れそうな人っているのか?」
「……いんや、P・B・Zに参加するんなら最低でも半年間生存以上が目安になるんだけど、俺の知り合いで条件満たしてて、トキさんの要望に合いそうなのってここにいるメンバーだけなんだよなぁ」
そう言いながらも端末の操作を続ける彼を不憫に感じてか、残る三人も端末を取り出し操作を始める。
しかし、端末を立ち上げたところで知り合いが増えるはずもなく、タクロウなんかは静かに唸る。
「ううん、困ったでござるな。我の知り合いなんか闘技大会に出ようだなんて人物はいないしなぁ」
「こちらも左に同じだ。一応聞いておくがフジサワは誰か心辺りはないか? 転生したばかりで知り合いも少ないだろうが」
「ええっと、そうですね。俺の電話帳にはここにいるメンバーとこの喫茶店の店主、父親と黒酔の三人、それからシビルさんのお兄さんの――」
「「はぁっ!? 黒酔!?」」と、目の前に居る二人が声を荒立たせる。
あまりの声の大きさに思わず身じろぎしていると、隣の相棒が溜息をつきながらぼやく。
「あらら、言っちっまったか。まぁこの二人なら問題ないだろうけど」
「おい! ナガブチ、これはどういう事だ? 説明しろ!」
「はい、オッケーっす。ちょっと落ち着いて下さいよ。さてどこから話すかな……」
それからマサノブは俺たちとホタルが生存者グループとして一緒だったこと、黒酔に近しい知り合いがいるとトラブルに巻き込まれやすいことを順に説明していく。それはつまり俺の発言は不注意であることを示していた。
「すまん、マサノブ。考え無しだったかな……」
「いいって、さっきも言ったけどこの二人なら俺たちを出汁に黒酔を強請ろうなんて考えやしないさ」
そして目の前にいる二人は、困惑した表情とでも言おうか、釈然としないながらもこちらの話を理解してくれたようだ。
それにしても連絡先を知っているだけでこれほど驚かれるとは、新世界での黒酔はやはりとても特別な存在なのであろう。
「けどよぉダイト、いつのまにあの針鼠……えっと本田志美瑠と知り合ったんだ? それに黒酔であと一人、誰の番号ゲッチュウしたんだよ、隅に置けないヤツめ」
「そんなんじゃないよ、シビルさんは仕事を手伝った時についでに教えてもらっただけで。あと一人は河崎シノさんだよ」
「「「河崎シノォ!?」」」
と、今度は三人同時に席を立ち驚かれた。そこへ喫茶店の主がお盆にグラスを四つ載せ、呆れたようにテーブルの上にグラスを並べていく。
「もうさっきから五月蠅いなぁ。はいマサヤンはコーラ、トキウチさんはアイスコーヒー、ダイトくんはトマトジュース、ヒロちゃんはクリームソーダ」
「ヒロちゃん!?」と、今度は俺が驚いた。
「え? そうだよ、ヒロスエだからヒロちゃん。なにか変かな?」
「いや……なにもおかしくないでござるよマキ氏。ダイトンの電話帳に比べれば普通も普通でござる。いやはやしかしダイトンには恐れ入りましたな」
そういいながら席につき、平静を取り戻しつつあるテーブルには妙な空気が流れる。それからなぜ連絡先を知っているのかと執拗に問いただされ、こちらはそれにただ正直に答えるしかなかった。
「驚いたな。まさかあの河崎シノと知り合いだとは……よく無事でいられたものだ」
「ホントっすよ。男と目があっただけで斬り殺すだなんて話もあるのに。ダイト、この世界でいかに自分がとんでもない立場にいるか理解しといた方がいいぜ? 俺の知りうる限り黒酔にこれだけ近い野郎はお前だけだぜ」
「そう、なのかな」
ここまで言われてくると少し面白くない感情が生まれてくる。確かにシノさんは言葉がきつい時なんかはあったりするし、先日の超人じみた戦闘を見れば恐れてしまうのも分からなくもない。だが、話をしてみれば気さくな一面もあったりするのだし……綺麗な人だとも思うし。
しかし、ここの三人はまるで化物の類を話の肴にでもするかのような口ぶり。世界で最強という称号は彼女に対して少し不憫に思えた。
「ねぇねぇ、確認なんだけど今僕たちのチームは一人足りなくて、マサヤンとダイトンは宝塚蛍って人と知り合いなんよね?」と、タクロウは提案でもするかのように人差し指をたて質問をしてくる。
「ああ、そうだけど。それが?」
「ぬっふっふ、我チームプライドの軍師也。無知なる諸兄に策を授けようぞ!」
そして自称軍師は赫々たる振る舞いで語り始め、授けられた策を実行するためにチームプライドは動きはじめるのであった。