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屍者の誇り  作者: 狭間義人
二章
37/81

「それにしても、トキウチさんはどうしてチームに入ってくれる気になったんですか?」


「俺には、子供がいた……いや、いるんだ」


 瞳を閉じ、なにかを思い出すように彼は言う。

 そして『子供』という言葉に先日、父が言っていた話が脳裏に浮かぶ。


「十五歳以下の子供は転生をされていない……つまりトキウチさんのお子さんも?」


「ああ、トモミという名前でな、まだ産まれたばかりだった。そして子供を奪われたショックでな、妻は心を病んでしまった」


「そう、だったんですか」


 何も言えない自分に歯がゆさを覚える。家族を失った人は多くいるだろうし、俺も母や妹と会えないでいる。しかしこの世界のどこかで生存はしている、機会があればいつかは再会できる可能性はある。

 だが、目の前の人物は我が子を奪われ、子供を抱き上げることすらできない。

 先程から聞いてきた彼の言動を思い返して理解した。恐らく彼の願いは子供を救いたいということだろう。

 そして己の信念に近い俺の考えに共感して、チームへ参加することに決意をしてくれたのだ。


「トキウチさんの願い事は、子供を転生させるということですね?」


「いや、違うな」


「あ、あれ?」


「フジサワくんは、この世界がどう見える? 間違った世界、といった主観的な意見ではなく客観的に見てだ」


 こちらの考えが外れ、替わりに変な質問をされ頭を悩ませる。

 客観的にと言われても、どうしても個人の考えでは主観が少なからず入ってしまう。だが質問者もそこまで深い考察をした回答を求めているようにも見えないので、この世界で少なからず感じたことを口にしてみる。


「そうですね、人の身体が不老になり、新しい物が生まれなくなって、昔からあった物が重宝されている。まるで『時が止まった世界』のように見えますね」


 と、こちらの自信無さげな言葉にも「ふむ、そうか」と短く相槌を打って再び考え込む仕草を見せる成熟した男。

 どういう意図があっての質問なのだろうか。こちらが質問者に対し様子を伺っていると、これはまた予想外の質問が飛んでくる。


「今俺たちの目の前にあるウイスキーという酒だが、ここ日本においては氷をいれる慣習がある。その理由は知っているか?」


「え? 確か、香りの変化を楽しむため、ですかね」


「ああ、そうだ。そして俺はこの世界を、氷の入っていないウイスキーだと考えている」と、彼は自らのグラスを指さした。


 もしかしてトキウチさんは酔っていらっしゃるのだろうか、と不安に感じた。しかし、こちらの懐疑的な視線に彼は笑って応える。


「すまない、説明が不足していたな。これは一つの例え話だ、酒の席だから適当に聞き流してくれて構わない。まずは氷の入ったグラスの酒を旧世界、つまり人間がいた世界とする。氷が段々と酒を薄めていくように、人間も世界を様々な方面へ変化をもたらした。そして氷の入っていないグラスの酒は変化することはなく、時がたちいずれは気化をしてグラスは空になる。という話だ」


「つまり、この世界はいつかは無くなるという意味ですか?」


「そうだ、俺はこの世界に危機感を覚える。人間の歴史を紐解いてみても永遠なんてことはあり得ない。いくら不老の身体になったとしても、このまま世界が進行しなければいつかは滅びるだろう、とな」


 一風変わった例え話ではあったが、なんとなく理解はできる。この人と話をする時は少々頭を使いながらでないといけないようだ。


「駄目だな、俺は。元教師なのに教え方が下手なんだ。忘れてくれ」と、自嘲気味に彼は酒を煽る。


「教師? トキウチさんは学校の先生をされていたんですか?」


「ああ、そうだが。それがなにか?」


「あ、いえ。すみません、特に深い意味はないんです。俺の父親も中学校の教師をしていたので」


 対面に座る人物に父親との会話に似た既視感を感じていたのはその為だったかと、妙に自分の中で納得する。

 会って間もないが、時内学という人物に親しみを感じたのは父親と同じ職業だったからと思うのは思い違いだろうか。


「そうだったのか。父君はどちらの学校に?」


「この辺りの学校ではなく田舎のほうなんです。俺が上京する頃には校長になったみたいですが、だいぶ苦戦していたようで」


「それは仕方がないさ。教育者としてだけではなく危機管理や地域との連携、経営者としての資質も求められることになるからな。俺からすれば立派なものだよ」


 家族を褒められることは嬉しい。昔の自分ならいまいち素直に喜べなかっただろうが、父と和解した今でなら自身の親を誇れるというものだ。


 それから少しばかり互いの身の上話をしながら酒をのむ。俺が東京で働いていたことや、トキウチさんがアーチェリー部の顧問をしていたという話。

 しかし、この新世界にきて酒をのむ機会がかなり増えた。たまたま酒を愛飲する人物と知り合ったからなのか、屍者の肝臓は大丈夫なのだろうか。


「さて、話が逸れたが俺の願いについてまだ答えていなかったな。実は……まだ何も考えていないんだ」


 それは意外な言葉。ここまでの会話で、強い信念をトキウチさんからは感じていただけに意表を突かれた気分になる。


「それではどうして、P・B・Zに参加しようとしているんですか?」


「情けない話だ、俺はこの世界を全てではないが色々と見てきた。そして人類保全機構が行った救済措置の全てを否定することもできない。だが、それでもこの世界をなんとかしなければと思い、P・B・Zに参加をしているが、色々と迷いながら半端な心構えであったことも事実だ。それに……なにぶん障害が大きくてな、優勝することは諦めかけていた、というのが本音だ」


「障害、ですか」


「ああ、黒酔というチームは知っているか?」


 当然知っている。しかし、河川敷で大型の怪物を一撃で仕留めたであろうこの人も、間違いなく強者であると思っていたのだが。


「はい。トキウチさんでも、黒酔の人たちには敵わないと?」


「さて、どうかな。実際に彼女たちと相対したことはない、なんとも言えないな。が『河崎シノ』という人物は別格だ。噂ではあるが木刀を振るって海を割ったという神話めいた話も耳にするくらいだ。個人戦で当たればまず勝ち目はないだろう」


 なんですかその武勇伝。噂は嘘であってほしいと心の底から願うばかりだ。


「しかし、ナガブチが俺に言っていた通り今回のP・B・Zは団体戦からの個人戦でチャンスはある。団体戦で黒酔と当たらず、さらに個人戦に出てこないという前提での話ではあるがね」


 それはとても小さな可能性なのだろう。それに俺にとっては妹のナオと再会するという目的が一番であり、無理に黒酔との対戦を意識する必要もない、と思いたい。


「そうですね。それにしても人類保全機構はどうして大会のルールを毎回変えてくるんでしょうか? マサノブの話では今回のような形式は初めてだと言っていましたが」


「さてな、屍者同士で殺し合う姿を見てどこかで嘲笑っているのか。よくわからない連中だよ」


「気になっていたことなんですが、人類保全機構はどんな人たちなんでしょう? 一度も表舞台には出てきていないと聞きましたが、トキウチさんは何かご存知ですか?」


「なあ……フジサワくん、いやフジサワ。そろそろ、同じチームを組むのであればそのお堅い話し方はやめにしないか? ナガブチほど砕けろとは言わないが、こちらも肩が凝る」


「す、すみません……」


 と、頭を下げ謝罪する。手を抜くという訳ではないのだが、会ったばかりの人と話す時は丁寧語が楽だったりするのだ。


「まぁいいさ、君の性分なのだろう。人類保全機構についてはあまりに情報不足で、俺が特に語れる事はないな。科学者や研究者やらの集まりで各国のお偉いさんが組織した、としかわからない。しかし、まぁこの世界になってからも目的や行動には揺るぎないものを感じるがね」


「人類保全機構の目的、ですか?」


「なに、その名の通りだ。『人類』を『保全』する組織、人を保護して安全に人類全体を運営するとでも言い換えてもいいかな。しかし、そのやり方はあまりにも非道なのは言うまでもない。人という存在を保護するために人間を全て殺す、いや造り変えてしまったのだからな。どちらにせよタガが外れた連中だろうよ」


 そう、人間をゾンビに変えてさらに殺し合わせるなんて普通ではない。異常なんだ、間違いなく。

 しかし、この世界に疑問を持ち続けてきたにも関わらず『新世界の方が便利がいい』だなんて考えが浮かんでいるのも事実ではある。

 きっと俺だけではない。父も、目の前にいる人物も同じく迷い、今でもこの世界で彷徨い続けている。


 その後少しばかりの雑談を交え、店を後にする。そして明日、喫茶店で再び会う約束をして帰路につく。


 もう見慣れた夜の街並みを見て視線を空高くに移し、酒臭い息を吐く。

 ここから数百メートルは離れているビルの屋上は、この辺りでは一番高く雲がかかるほどの高さだ。もしもその屋上から俯瞰すればここら一帯の街並みが拝めるだろう。そしてあの高所から落下すれば簡単に死ねるはずだ。だが、ここ新世界では簡単に生き返る、強制的に。

 

 どんなに生活が苦しかろうと、自らの命を投げうつ人物の心は理解ができない。

 どんなに人生を悔やんでも、自らの名を捨てようとは思わない。


 しかし、これは昔の考え方だ。

 感染症が流行った世界は辛い世界だった、そしてこの世界も厳しい世界だという実感が今なら湧いてくる。そんな悲壮な世界から逃げ出す選択肢がない俺たちは、まるで籠の中の鳥のようだ。


 そして、バーで例えられた氷の入っていない酒の話を歩きながら思い出す。

 考えてもみれば、氷を人類と例えると幾ら酒に追加してもいつかは溶ける。それからさらに氷を追加しても溶けていき、いずれ気化して消えていく。

 思わず苦笑いが浮かぶのは()()()()()


 どちらにせよ人類が消え去るという皮肉だったのではないだろうか、と酔っぱらった頭は思考に耽る。



 


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