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屍者の誇り  作者: 狭間義人
二章
36/81

同調

 少し、夢を見ていた。

 酒を口にしてうたた寝をするだなんて、緊張を欠いている自身に呆れてしまう。


 目の前にあるグラスから酒を煽り、しばらくして店の扉が開き一人の男が現れる。


「あら、いらっしゃいフジサワくん。今日はお一人?」


「こんばんは、ルミさん。今日は……時内さんとの待ち合わせでして」


「そうなの。こっちよ」


 男はこの店の主に促され、一番奥にあるテーブル席に座る俺と目が合う。そして河川敷で見せたように再び一礼をした彼にこちらも一つ頷く。


「なにかのむ?」


「それでは、時内さんとおなじものを」


「わかったわ、それじゃあ座ってて」と、カウンター席に向かう店主。


 落ち着いている。

 ナガブチのような軽薄さは無く、ヒロスエのようないい加減さも感じられない。目上の人物には最低限の礼を払いながらも、対等に話し合おうとする姿勢は評価ができる。


 フジサワと呼ばれた男は、テーブル席の対面に座り姿勢を正す。

 願わくば、この男が人の心を忘れていなければいいのだが。


****


 なんだろう、この大人の空間は。

 先日、シノさんに連れて来られた時には感じなかったが、今日は随分とアダルトな空気が店内を埋め尽くしている。店の入り口にあったプリザーブドフラワーや花を生けた照明など、黒を基調としたこだわりを感じるインテリアも今日は一段と艶やかな色に包まれているように見える。

 そしてそれは目の前にいる成熟した男の影響だろうか。河川敷では中年などと失礼な考えをもってしまったのだが、薄暗い店内で再び相まみえた人物は、男の色気がムンムンと香ってくるようだ。


「フジサワくん、と言ったね。先程の河川敷では失礼した、改めて自己紹介しておくと時内 学(ときうち まなぶ)という者だ。すでにあの二人からは聞いているのかもしれんがね」


「はい、伺っております。僕は藤沢大翔と申します。よろしくお願いします」


 何年かぶりに『僕』という人称を使い、むずかゆい気分になる。普段から使っている『俺』という人称を避けて咄嗟にでた『僕』だが、流石に『私』となると堅苦しすぎる気もするのでこれでいいだろう。しかし、目の前にいる人物はこちらの心情を悟ったらしく、鋭い目つきは変わらないが穏やかな声色に切り替わる。


「そんなに固くなる必要はない、大体のことはナガブチから聞いているよ。妹さんに会うために闘技大会へ出場したいとか」


「はい、そうです。そして、えっと俺はまだ転生をしたばかりで、この世界での知り合いが少ないんです。そこで、トキウチさんのような方とチームを組めればと思っております」


 ここへ来る前に『絶対チームに必要だから、なんとか説得してきてくれよ!』とマサノブから聞かされてきた訳だが、いかんせん上手く口が回らない。まるで企業で受けた面接を思い出す。


「こちらとしても相応の実力者と組みたいという気持ちはあるが、別に誰でもいいという訳でもない。以前、ナガブチが連れてきた輩はろくでもない人物だったからな。その話は聞いているかな?」


「はい、大体の事情は」と、言葉を切る。


 恐らく赤隈兄弟のことを言っていることは察しがつく。そしてその兄弟に怒りを覚え、目の前にいる人物からチームを解散する流れになったことも聞かされていた。つまりはこの場所では、俺が悪事を働く人物ではないか、計られているとみていいだろう。


「どうぞ、フジサワくん。それにしても珍しい組み合わせですわね」と、俺の前に酒が置かれ店主が話に加わる。


「ナガブチから紹介されてね、チームに入らないかと勧誘されているところですよ」


「あら、そのナガブチくんは?」


「五月蠅い男ですからね、今回は外してもらいましたよ」


「ふふ、可哀想。それじゃあなにかあればお呼びください」と、煌びやかなドレスを翻し店主は再び店の奥へと消えていく。


 テーブル置かれた二つのグラスは乾杯をすることはなく、互いにグラスに口をつける。すると喉元が焼けそうなくらいに強い酒気に思わず身を震わせる。


「さて、話を戻そうか。君の目的はわかった、そして単刀直入に聞こう。もしも優勝した場合は人類保全機構になにを願うつもりだ?」


 その言葉に、迷う。

 つい先程、他言しないほうがいいと言われたばかりの願い事。しかし、目の前にいる人物からの威圧感とでも言おうか。有無を言わせない姿勢は、とてもその場限りの嘘が通じるとも思えない。

 俺らしくもない、元々嘘は苦手なんだ。


「人間に……屍者の身体ではなく普通の人間に戻りたいと、考えています」


「なにっ!?」と、トキウチさんは驚く。


 当然、なのだろうか。タクロウの話では俺の意見は少数派ということは理解していたつもりではあったが。

 俺の言葉を聞いて考え込む対面の人物は、口を片手で抑える。


「トキウチさんは、優勝した場合は何を願うつもりなんでしょうか?」


 沈黙に耐え切れず、質問をしてみるも返答はない。変わらず俺を値踏みするかのような視線がまとわりつく。

 どうしたものか、と思案を巡らせていると口元から手を離した男は語り始める。


「いや、すまないな。少し驚いていたんだ、まさか人間に戻りたいと願う人物がいようとはな……」


 そこで再び彼は酒を煽る。


「俺も正直に話そう。まず、俺は君の考えに賛成だ。元の人間に戻る、本当にそんなことが可能かわからないが、人間の身体を変異させてしまう技術があるのであれば戻すことも難しくもないだろう」


「そう、なんですか!?」


「あくまでも予想だよ。だが、人類保全機構が言うようにこのまま人間に戻すことは、自殺行為のようにも思えてしまう。俺がこの世界で見てきたことを踏まえれば、だがね」


 今まで冷静沈着を装ってきた大人の男が、口調を荒げる。


「知った事ではない! こんな世界は間違っている、そうだ、なぜこの世界の住人は受け入れてしまったんだ! どうしてこんなことに……なったんだ……」


 驚いた。

 まるで自分や父親を見ているような感覚。目の前に居る人物は俺と同じくこの世界に違和感を感じ、そして恐らくではあるが、この人は今まで誰にも心境を吐露できなかったのではなかろうか。


「すまない、少し感情的になってしまった」


「いえ、いいえ! 俺もです! トキウチさんと同じように新しい世界には色々と疑問を感じていました」


「そう、か」と、彼は再び口に手を当てる。


 心臓の鼓動が少しばかり速く鳴る。今まで新世界で会ってきた人物の中でも、俺の考えに同調してくれそうな人は初めてだったからかもしれない。


「……フジサワくん」


「はい」


「君が作ったチームに、俺も参加をしてもいいだろうか?」


 それは願ってもいないことだ。それが目的であり、こうして面と向かい合って話してみても信頼できる人物だと俺自身でも理解できた。


「勿論です! ですが、正確にはマサノブが言いだしっぺのチームなんですよ」


「ナガブチか……あいつの実力も度胸も顔の広さも認めてはいるのだがね、いかんせん人を選ぶのには不得手のように見える。しかし意外だったな、フジサワくんのような真っ当な人物と知り合いだったとは」


 真っ当な人物と言われ、少々気恥ずかしい。なにせこちらは親と喧嘩した後に東京へ移住して、これといった目的も持たず、ただ生きているだけの人間だったのだから。

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