経験
「トキさん! 久しぶりっすねぇ! 丁度よかった!」と、マサノブが中年の男に駆け寄る。
その言葉に短く視線で応え、再びこちらを注意深く観察してくる。
どうやら相棒とも巨体の人物とも知り合いのようで、俺に関しては警戒している節があるようだ。
「ナガブチ、この男は?」
「ダイトって名前で俺と生存者として生き残ってた仲間っす! ダイト、この人はトキさんっていって、第四回P・B・Zの時に同じチームのメンバーだ」
「よ、よろしくおねがいします」と、紹介に合わせてお辞儀をする。
しかし相棒よ。このような顔合わせの時には愛称ではなく本名で紹介をしてほしいのだが。そんな心の声を漏らす前にトキさんと呼ばれた人物は「そうか」と、こちらへの興味が失せたようにここから立ち去ろうとする。
「ちょちょ、待ってくださいよ! 俺たち新しいチームを組むことになったんすけど、トキさんにも参加してもらいたいんですよ!」
「知らん。お前が連れてくる人物はろくでもない連中ばかりではないか、他をあたれ」
「わぁお、トッキーってば相変わらず超クール」
「五月蠅いぞヒロスエ、あとその呼び方はいい加減にやめろ」
そう厳しい言葉を残し、中年の男は河川敷から離れていった。
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その後『俺がなんとか説得してくっから!』と言い残し、トキさんと呼ばれる人物をマサノブが追って行った。その場に残された俺と今日会ったばかりの広末くんは微妙な距離感を感じつつ、彼の部屋に再びお邪魔することになる。
そして部屋に戻ったあと、先程気になっていた彼のセリフと本棚にあったアニメの事について聞いてみると「ええっ!? ダイトくん、デロリマン知ってんのぉ!?」と、驚嘆の声を上げられた。
興奮した彼からの話を要約すれば、本棚にあったアニメのタイトルが刻印された箱は『でぃぶいでぃぼっくす』と呼ばれている物らしい。大昔なんかは記録用のディスクを専用の機械物に挿入し、テレビにケーブルを繋いで映像鑑賞をしていたそうだ。なんとも面倒な仕様なんだろう。
しかし、彼の話によれば映画や漫画、様々な嗜好品はネットを経由して閲覧することが当たり前だったのだが「ネットが使えなくなった世界ではさ、こうやって形に残った作品はとっても貴重なんだ」とのこと。
そして同好の士と思われたのか、喜々とした彼から『アニメ鑑賞会』を提案され、現在テレビの前で男二人が座布団の上で正座をしながら『銀河時空警察 デロリマン 第一話 殉職そして昇進』を鑑賞中だ。
子供時代の経験は大人と呼ばれる年代になっても、ふとしたきっかけで知り合ったばかりの人物と距離を縮めることもある。たとえそれが新世界であっても変わらない。
そしてこのデロリマンというアニメ、とにかく話数が多いい。たしか最終回を迎えたのが八百話を超えており、休みの日に小学生の頃から見ていた俺が最終回を見終わったのが高校二年の時だった。
あれから月日を重ね、こうして見返してみるとやはり面白い。一話冒頭で主人公は宇宙怪獣に襲われて死亡するが、脳ミソを機械の身体に移植され、機動警察ロボとして宇宙中を駆け回るといった作品だ。
『僕は、人間としての誇りを捨てる!』
第一話のグッとくる主人公の名セリフだ。機械仕掛けの身体になった主人公は今後様々な問題に直面し、時に残酷に、時に温和に問題を解決していく人情物語である。
『私も……私もいくわ!!』
そして主人公に無理やりついてくるヒロインはこの時はまだ十代の女の子。しかし、物語が進むにつれ彼女は成長していき立派な大人の女性になる。そして機械仕掛けの主人公に恋心を抱いてしまう、少し悲しいお話なのだ。
ちなみにこのヒロインこそ俺の初恋相手だというのは内緒の話。
「ううむ、やはり何度見てもいいものですなぁ」と、エンドロールが流れた辺りで隣の人物が感想を漏らす。
「そうだね。でも広末くんがこのアニメを知ってるなんて驚いたよ、かなり古いアニメだよね?」
「いやいや、デロリマンは我々オタクからしても義務教育のようなものですしな。ダイトくんこそデロリマンをどこで知ったのん?」
「動画配信サイトでたまたま見つけたんだよ。父親が厳しい人でアニメとか漫画とか嫌いな人でさ、母さんから端末を借りてこっそり見てたんだ」
「おおう、なんという厳しい家庭内環境。だがしかしデロリマンに出逢えたのは幸運ですな、大事なことはデロリマンから教わったと言っても過言ではありませんからな、我」
そこから俺の身の上話を中心とした雑談になった。
最近になって転生を受け、妹に会うためにP・B・Zへ参加しようとすることを伝える。
「なるほどねぇ、妹さんと再会するためにかぁ……」
「うん、俺はこの新しい世界で知り合いがあまりいないからさ、マサノブが仲間になってくれそうな人を探してくれて、広末くんのところに連れて来られたってところなんだ」
「そうだろうね、半年以上生存者ってだけで珍獣扱いされる世界だもの。あ、僕の事はマサヤンみたいにタクロウと呼び捨ててもらっていいよ。そのかわり僕もダイトくんのこと『ダイトン』って呼んでいい?」
「勿論いいよ、よろしくね。えっと……タクロウ」
「ふふぅん、その恥じらい加減なかなかに乙な物ですな。よろしくでありますよダイトン!」
少し意味はわからないが、先程よりもお互いの距離が縮まったことを喜ぶとしよう。
それにしても彼は、他の人物をやや変わった呼び名をつける傾向にあるようだ。そして先程、彼が『トッキー』と呼んでいた人物について詳しく聞いてみることにする。
「それで河川敷で会ったトキさん? は、タクロウやマサノブと同じチームだったんだよね?」
「そうそう、僕たち三人と赤隈兄弟っていう嫌な人たちでチーム組んでたんだよね。まぁ、結局その兄弟にトッキーがブチ切れて大会中に解散になったんだけどね」
その言葉を聞いて、まだ碌に話してもいない中年の男に僅かな信頼が生まれる。
赤隈兄弟についてはあまりよく覚えていないのだが、素行の悪い人物に怒りを覚える人物であれば真っ当な判断ができる人なのだろう。
「そうなんだ、やっぱりその人も……強いの?」
「うん、前のチームでも一番戦闘力があったんじゃないかな? 使っている武器がアーチェリーだけど格闘戦もなかなか凄いよ。それに相手が悪人であれば容赦ないしねぇ」
どうやら彼やマサノブからの信頼も厚い人物のようだ。
「俺からしてみればタクロウも凄いと思うよ。さっきの闘い方も、何かの格闘技を習っていたりとかするの?」と、先程熟練の兵士のようにナイフを振るっていた姿を思い出して何気なく聞いてみる。
「んん? 僕が格闘技なんか習う訳ないじゃん、昔もゾンビがうじゃうじゃいた時も、そして今も大抵引きこもってきたのに。さっきは特別にナイフを振るったに過ぎぬよ」
「え? でもさっきの身のこなしは、随分と闘いなれているように見えたけど」
「ああ、あれね。本当のこと言うと、僕が闘う時はゲームのキャラクターがしている動きを真似しただけなのよ」
その言葉に疑問が浮かぶ。
別に自身が格闘技を習っていたわけでもないが、闘いは経験によるところが大きいように思える。
今まで怪物に襲われてもなんとかなってきたのは、数えきれないほどのゾンビと相対してきたからに他ならない。もし、あの時のような戦闘経験が無ければいくら身体能力が高かろうと、先程の彼が披露した体さばきができるのだろうか。
「ところでダイトン、P・B・Zに出るのは妹さんに会うためにってのは分かったけど、優勝した時は何を願うつもりなん?」
「それは、あまり深く考えたことはなかったけど。できれば普通の、人間の身体に戻りたいかなって」
何気なく雑談の延長として応えたつもりだった。しかし、隣にいた彼は驚愕とした表情でこちらを見る。
「うえぇ!? それってさ、例えばマサヤンとかに話したことあったりする?」
「いや、まだ誰にも話したことはなかったけど……そんなに不味いことなのかな」
「んん、考えは人それぞれだけどねぇ。あまり歓迎するような人はいないかなぁ、マサヤンなんか割とこの世界を楽しんでるみたいだしね。あまり他の人には言わない方がいいと思うよ?」
思わず言葉が詰まる。
共にチームを組んだ相棒。しかし、彼と意見が違えているのに黙ったままだなんて。それはまるで彼を利用しているみたいで気分が悪い。
「そっか……タクロウは優勝したらどんな願い事をするつもりなの?」
「そりゃあ勿論ネットワークの復活でしょ! 色々自由になったこの世界も悪いとは言えないけど、ネットが使えないのはめちゃ苦痛ですよ。オンラインゲームとかもできないしさ。だからまぁ、ダイトンの願いに関しては僕は否定しないよ、人間に戻れば昔みたいにネット環境も整うだろうし」
少なくとも中立といったところだろうか。俺としてもそんなに自分の願いに固執するわけでもないが、少なくとも敵対することはない。
そこへ『プルル』と彼の端末が鳴る。
「ありゃ? 珍しいな『ピッ』もしもし、どうしたん僕に電話なんて? うん、うん。目の前に居るけど? ……うん、ほほぅ。わかった、そう伝えればいいのね? 了解『ピッ』」
「電話は、マサノブから?」
「いんや、トッキーから。ダイトンは『オアシス・ベース』って店は知ってる?」
それは先日、黒酔のシノさんに連れて行ってもらったバーの名前だった。
「知ってるけど、それが?」
「今日の夜九時くらいに来て欲しいんだって、トッキーが。一対一で話したいんだとさ」