変わり者
「おうよ! 昨日電話で話したろ、入れてくれ!」
『わかった、わかったから。ちょい待ってて』
扉越しのやり取りを静観をしていたが、どうやらあまり歓迎はされていないようだ。だが、聞こえてきた部屋の主と思わしき人物の声には驚きこそあれど敵意はないように感じる。
『ガチャリ』と、開かれた扉の向こうに見えたのは壁、ではなく人だった。
開かれた扉とほぼ同じぐらいの体格をした男。俺やマサノブが見上げるほどの身長と、扉をぎりぎりで通れるのではないかと思わせる横幅。中肉中背ならぬ大肉大背の巨漢と目があった。
「その人が……昨日話してた人?」と、大きな身体の男がこちらを睨む。
「あ、藤沢大翔と申します。よろしくお願いします」
「おっと、これはご丁寧に。広末拓郎です。よろしく……」
思わず職場でするような自己紹介にも、軽い会釈と共に応えてもらい安堵する。マサノブの知り合いだと聞かされていたからか、どんな不良じみた人物かと思いきや普通の人である、体格以外は。
髪は黒くて短髪、目元には眼鏡が装備されており、身に着けているシャツがパンパンに張り詰められている。
「まぁここじゃなんだし、とりあえず中に入ってよ。外暑いしさ」
そう促され、アパートの部屋へマサノブと二人でお邪魔することに。
部屋へ入ると中はとても涼しく、クーラーが少し効き過ぎではないかと思いながら部屋の中を眺める。
そして思わず「凄く、広いですね」と、正直な感想が口から洩れた。
アパートの外装から平均的な広さのワンルームかと思いきや、想像していた広さよりも倍近くはあろう室内。そして壁際に設置されている複数の本棚には、辞書なんかと同じくらいの大きさであるケースなどが綺麗に並べられている。
「ん? ああ、ちょっと物が増えすぎちゃってさ。隣の部屋も借りて壁をぶち抜いたのよ。と言うよりも、ここのアパートの部屋は全部僕が借りていて、倉庫替わりに使ってるんだけどね」
「相変わらず変なことしてんなタクロウは。どうせならもっと広い部屋に引っ越せばいいじゃんかよ」
「いいの! どこに住もうが僕の勝手でしょ!」
言い争いをする二人をよそに内心呆れてしまう。
この街では人が少ないとはいえ、アパートの部屋を全て占拠するような使い方なんて旧世界でも庶民だった俺には想像もつかないやり方だ。
「へぇ、そんな使い方があったんですね」と、またも感想が漏れる。
「別に珍しいことでもないぜ? 黒酔の連中なんて、喫茶店周りにある住居なんか全部占拠してるからな」
「えっ!? 全部!? でも俺やマサノブが住んでいる場所は?」
「おう、それな。あの辺りはホタルが管理しているエリアで、部屋を幾つか空けてもらったんだよ。実を言うとなダイトとホタルを会わせる前に、俺とホタルで部屋の吟味してたんだわ。床が抜けてたりする所もあったりしたからさ」
驚きと同時に、二人に感じるありがたさ。
どうして俺なんかの為にそこまでしてくれるのか、だなんて考えは無粋だ。生存者として共に支え合った仲間だから、その手助けをありがたく噛みしめる。そしていつか二人が困った時がきたのなら、今度は俺が支えようと心に誓う。
そして最初は驚いたが、黒酔の人たちが住居を占拠しているという話。冷静になって考えれば納得できる事柄だ。
世界中の悪党から殺意を向けられているとあれば住処はとても重要なのだろう。例えば、『近所にあなたの命を狙う人物が引っ越してきました』だなんて俺じゃなくても嫌なはずだ。
「そんで、本当にマサヤンと……ダイトくんはP・B・Zに出場するつもりなん?」と、不安げに巨漢な広末くんが問うてくる。
「そうだぜ! 俺たちが新しく結成したチームプライドで、いっちょ優勝狙おうぜ!」
「はぁ? ぷらいどって何かのアニソンか何か? と、いうか昨日も電話で話したけど出場するだけ無駄でしょ、常識的に思考して」
チーム名に関して俺と似たような感想を持つ彼に対して親近感を覚えるのだが、どうやら闘技大会にはあまり前向きではない様子。
見た目はどちらかと言えば大人しい印象で、口調もマサノブに関してはやや棘のある口ぶりではあるが、お互い昔からの知り合いとあればこんなものだろう。
相棒の説得が難航しているようだが、俺の出る幕は無さそうなので広い部屋を再度見渡している時、壁際に設置された本棚の一部に目が留まる。
『銀河時空警察 デロリマン』
懐かしい。子供の時に見たことがあるアニメだ。
本棚の中にあった角ばったタイトルロゴの背表紙に思わず釣られ、近寄って確認してみたいという衝動に駆られる。
「だからさぁ、参加料も高いんだしお金がもったいないじゃん! 今度知り合いから『魔法少女武闘列伝ポンキュア メモリアルボックス』を買い取る約束してるから無駄遣いできないだよ!」
「なんだそれは! それに金なら余裕があるって昨日言ってただろ!」
「それはそうだけどP・B・Zってことなら話は別ですぅ! 勝てない戦はしない主義なんですぅ!」
なにやら説得が言い争いになりかけているようで、そろそろ止めたほうがいいかと思った時に三人の端末が同時に鳴る。
もはや条件反射のように三人同時に端末の画面に目を移す。
『緊急警報 危険生物を多数確認 近隣の住人は至急避難されたし 協力者は至急討伐に向かってください 危険度C』
これは近くに怪物が出現したというメッセージだ。
突然の出来事にどうしたもんかと尋ねようとしたところ、眼鏡を光らせた巨体が叫ぶ。
「ふひょおおお! めちゃ近いじゃん! ボーナスボーナスゥ!」と、慌てながらもテンションアゲアゲな様子で広末くんは部屋から飛び出していった。自身の部屋である扉も閉めずに。
「ええと、マサノブ、彼はアンビのところに?」
「現金なヤツだよなぁ、アイツも。まぁいいや、とりあえず後を追おうぜダイト。戦力ってことならタクロウは申し分ないからな」
そう言われ、彼の後を追うことに。部屋の主に代わり扉を閉め、念の為に準備をしていたバールに手をかざす。
****
辿り着いた現場は昨日マサノブと居た河川敷。
その土手には無数の怪物が出現しており、既に戦闘が始まっていた。
目の前に広がる怪物の軍勢はどれも同じ外観をしており、川魚の本体から蜘蛛の脚が生えたような見た目はなんとも気味が悪い。身体の大きさは俺が目覚めてすぐに出逢った怪物と同じくらいだろうか。
そして大地を埋め尽くす怪物の隙間を『シャアアアウ!』と奇声を上げながら巨体が跳ねていくのを視認する。
己の目が信じられないといった光景に思わず息を呑む。先程知り合ったばかりの広末拓郎という人物には申し訳ないのだが、とても戦闘を得意とするような人物には見えなかった。
人類保全機構が撒いたというウイルスに、感染して生き残った時間で身体能力が決まる新世界。
人を見た目で判断するな、とはよく言ったものだ。その言葉通りに巨体の手に握られている小振りなナイフを自在に操り、怪物の隙間を斬りわけながら飛び散る血と共に駆け抜けていく。
そんな熊が兎のように跳ねていく光景に見惚れていると、相棒が溜息をしつつ途中で拾ったであろう武器を構える。
「まったく、相手がCランクってことなら元気だなアイツも。それにしても数が多いいな……タクロウがやられるとは思えねぇが手伝ってやるか。いけそうか、ダイト?」
「あ、ああ」と、返事をしながら彼の方を見る。
その目は軽い口調とは違い真剣そのもの。まるで俺の出方を覗うような視線はどうしたのだろうか。
「どうした? マサノブ……」
「ダイト、昨日俺が言ったことは覚えているか? どんな闘いの場であれ、それは自分と向き合うってことだと」
それは夕陽に染まる中、俺が理解できなかった言葉。覚えている、と無言で首を縦に振り次の言葉を待つ。
「ここだって例外なんかじゃねぇ。それでも、今あそこに居る怪物たちは人間の手で生まれた化物だ。だからこそ屍者があのウイルスから動物たちを解放してやらなくちゃいけねぇと俺は思う」
マサノブは時々ズルい事を言う。色黒でサングラスをかけてドレッドヘアーが決まっている派手な外見をしている彼。そんな人物がこんなにも真っ当な話をすれば、俺は頷くしかない。
「だけど逃げたっていいんだ。怖いなら、ここを離れたって誰もお前を責めたりなんかしない。わざわざダイトが怪物を殺す必要だってないんだ。それでも、俺とくるか?」
見透かされている、俺の心情を。
昨日の戦場に比べれば、怖いという感情も薄い。しかし今までゾンビや怪物に襲われてきた状況とは違い、ここに俺がいる必要性を感じないのも事実だ。
怪物の相手に慣れている二人に任せてしまってもいいのではないか、と心のどこかで思ってしまっている。
これはマサノブから問われた最終確認だろう、恐怖を抱え闘う覚悟はあるのかと。
「ああ! やるぞマサノブ、俺だって闘うさ!」
答えは決まっている。もう嫌なんだ、誰かが目の前で傷付くのは。
「よっしゃ! よく言った! それでも無茶はするな、お前は一人じゃねぇ。お前が闘うなのらこれからは必ず俺が傍にいてやるからよ!」
「お、おう!」
たまにこんな恥ずかしいセリフを真顔で言う相棒からは目を逸らし戦場に視線を移す。
「いつも通りさ。ゾンビたちと闘った時と同じで俺が前に出る、そんでダイトは後ろでいつも通りに決めてくれよ! んじゃいくぜぇ!」
その言葉を皮切りに二人で怪物の軍勢へ向かって駆け始める。
いつも通り。その言葉に反応して、俺の身体にあった記憶がまた一つ蘇る。
マサノブが愛用する長物の武器で相手の動きを止め、俺が敵の頭部を叩くという連携技。生存者グループとして調達をしていた時に二人で編み出した『安全なゾンビの倒し方』。それに応用を効かせながら怪物の頭部を一体ずつ潰して回る。
相棒が怪物の脚を払ったり胴体を突き刺す。そして俺が頭部を突き刺したり叩いたりして確実に倒していく。その繰り返し。
もしもこの場に俺一人なら確実に逃げ出していただろう。それでも共に恐怖を分かち合い、共に進もうとする仲間がいれば、マサノブが言っていた『自分と向き合う』こともできるのかもしれない。
「ラストォ!!」と、相棒の言葉と同時に最後の怪物が地に伏せた。
四十体くらいはいたであろう怪物も、既に赤い蒸気になって空に向かい霧散していく。そんな中で、片手にナイフを持ちなにやら決めポーズをとっている巨体が一人。
「ぬっふっふ、我にかかれば宇宙怪獣など敵にあらどぅ!」
噛んだ。
しかし、今のセリフはどこかで聞いたことがあるような。
そんな何気ない疑問を抱いていると『ピピピッ』と、端末が鳴る。
報酬が振り込まれたのかと思い、端末を開くとそこには『緊急警報 危険生物 近隣の住人は至急避難されたし 協力者は至急討伐に向かってください 危険度A』と、再び脅威を指し示す文章が羅列されている。
「おいおいおい、またかよ! つぅかどこにいんだよ! ここにはもうアンビはいねぇぞ!」と、相棒が辺りを見回しながら吠える。
同じく辺りを警戒するように見回すが、怪物の姿は確認できない。
『バッシャアン!!』
油断した、というのは言い訳だ。
近くにある川の水面が膨れ上ったのも束の間、先日ホタルたちと相対した怪物とほぼ同じぐらいの体躯をしたウナギのような怪物が大きな口を開け、こちらに飛び込んできた。
遅かった。バールで応戦するのも、逃げるのも間に合わない。そう思った瞬間。
『キュドォオン!』と、轟雷一発。
その音と共に怪物の頭がはじけ飛び、俺の足元で頭部を失った怪物が地に落ちた。
なにが起きたのか、理解が追い付かない頭で辺りを見回すと見慣れない中年の男が一人。
その姿はまるで狩人。すり切れた服を身に纏い体格は細く、髪はやや長く顔付きは強者の様相をしていた。そして片手には弓らしき武器、もといアーチェリーと呼ばれていたであろう競技用の装備が備わっている。
「ナガブチとヒロスエか。それとお前は……見ない顔だな」