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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
31/81

はじまりの夕暮れ

 眺める空は夕暮れ、今日という一日が終わるような時間帯。

 河川敷の土手に腰を降ろし、相棒と二人で緩やかに流れる水面を眺める。


 あの後、戦場で目を覚ました時には全てが終わっていた。

 周りには屍者の死体が無数にあり、ドローンの群れがそれらを回収している真っ只中。危うく自身も回収されそうになり、慌てて飛来する爪を避けつつ、ぼろ雑巾のように地に転がっていたマサノブを引きずるようにしてここまで逃れてきた。


 黄泉がえりという新世界のシステム。どうやら死亡、もしくは大怪我を負ったと人類保全機構に判断されれば強制的にドローンで連れていかれてしまうようだ。死体の首を回収していく機械物が冥府への案内人のようにしか見えなかった、恐ろしや。


 誰かに踏まれでもしたのか、身体中にあった傷も完治している。しかし身に着けていた衣服は相棒共々ボロボロで、魂の抜けきった表情を二人して並べている。


 力がある、と父や友から言われ、根拠もない自信がどこかにあったのかもしれない。


 しかしあの戦場こそが新世界の現状だ。暴力を暴力で黙らせ、気に入らない相手を蹂躙しても力さえあれば許される。怖い世界だ。


 闘技大会に出ようと決意した心も、今では随分とおとなしい。それもそうだ、無鉄砲に振るわれるゾンビの攻撃とは違い、明確に人から敵意を向けられるというのはいつの時代であっても恐ろしい。臆病者の俺にとって、戦場の住人たちとやり合おうなどという気概はとうに崩れ去っていた。


 別にいいじゃないか、諦めたって。


 妹のナオと対話するためには闘技大会に出場し、対戦する環境でなければまともに話せないとはわかってはいるが俺には無理だ。

 実に情けないが、黒酔の人たちに兄が目覚めたという取り次ぎを頼んでみようか。闘いを日常とする彼女らなら、妹が所属するコレクトというチームと相対する機会もあるだろう。俺なんかよりもずっとその可能性は高いはずだ。


 優勝すれば願いが叶う。

 頂点にたった時にもらえる副賞は実に魅力的だ。しかし、俺が願う『人間に戻りたい』だなんて誰もこの世界では望んでなんかいない。むしろ新世界になったからこそ願いを叶えた人がいるのも知っている。

 英雄願望なんてありはしない。それは夢を追う者の特権であり、旧世界で庶民であることを受け入れた俺にはとても荷が重すぎる願いだと気づいたのだ。


 この世界で強い力を有するのは『ウイルスに感染した時間』というのも実に理解しがたい。

 それならば最初から闘技大会なんかせずに、強い力を持った者同士でこの世界をどうしていくか話し合って決めればいいのではないか。しかし、話し合いを重ねてきた人間が滅んだのであればこれは皮肉な話だ。


 明日からは何をしよう。


 目標を失った俺は、夕陽に向かってそんなことを考えることしかできなかった。







 『ピピッ』と、端末が鳴る。

 近くに怪物でも出たのかと慌てて端末を立ち上げると、そこには人類保全機構からのメッセージが表示されていた。


 第五回P・B・Z開催のお知らせ

 人類の皆様へ闘技大会の開催を伝達します

 会場  元日本領地 座標 35.679900, 139.714000

     詳しくは下記のURLにて記載

 

 日時  本日から二十八日後 現地にて受付開始


 ルール 予選  五人一組の団体戦 複数ブロックトーナメント形式 三本先取で勝利

     本選  予選から勝ち上がった四チーム 二十名による個人戦トーナメント 


 違反  下記のURLにて記載


 報酬  優勝者 大会参加者の参加料全額を譲渡

         人類保全機構への要望案受付


 人類の皆様は奮ってご参加ください

                        以上   

 

 と、長々とした文面の下にアルファベットの羅列が記されている。


 なんだこれは、と言い掛けて隣で呆けていた相棒が立ち上がる。


「ダイト! これはチャンスだ!」


 その言葉に「え?」と返すと、彼は話を続ける。


「いいか? 闘技大会は奇数回が個人戦で、偶数回が団体戦だったんだ! でも今回のルールは今までとはまるで違う、こんなやり方見た事ねぇ! 正直な話するとよ、個人戦はあの『河崎シノ』のせいで勝ち目なんかねぇんだ。それでも団体戦は違う、黒酔は昔やらかしているからな!」


 夕陽を背負う彼の表情と話はよくわからない。それにしても黒酔の人たちが第四回闘技大会の決勝をすっぽかしたことは有名な話なのか。


「なぁ、ダイト。俺とチームを組んで、大会に参加しようぜ!」


「マサノブ。お前そんなに女の子にモテたいのか?」と、嫌味交じりに言葉を返すも彼は首を横に振る。


「違う、そうじゃない! 俺はこの世界で気づいた、どんな場所でも闘うってことは()()()()()()()ってことなんだ! 本当の自分と!」


 まただ、彼の言葉は理解できないことがある。それでもこちらに向けられた熱を帯びた言葉は、俺に鼓動を与える。


 夕陽に照らされる彼を見る。そういえば初めて会った時もこんな空模様だった。

 差し出された手。全身が薄汚れたその姿、はっきりとは見えないひたむきな彼の眼差し。

 

 差し出されたその手を、俺は。



 掴む。


「よろしくな、マサノブ」


「おう! よろしくな、ダイト先輩!」


「その気持ち悪い呼び方やめろって……」と、呆れる俺をよそに掴んだ手から力が込められる。


「ははっ! そんじゃまぁ、チームの旗揚げにいっちょ派手なことでもするか! なっ!」


 突然、『ボッチャアァン!』と勢いよく川にむかって投げ捨てられた。


「ぷはっ! なにすんだよマサノブ!」と、水面から陸に向かって文句をつける。


「進水式ってやつだ! 俺たちのチームのな!」


「それ、船とかでやるやつだろ!」


「うるへぇ! 行くぞ、とうっ!!」『ボッチャアァン!』


 傍から見ればいい大人が川に飛び込み、騒いでいる姿は迷惑な存在でしかないだろう。しかし、それを咎める人はいない。そもそも人間がいない、新世界だ。


 この世界はある程度自由だ。ゾンビが蔓延った時代に選択肢はなかったが、今は共に歩む者を選べる時代。


 正直な話、あの闘いに身を投じる覚悟はまだできていない。それでも共に死線を渡り歩いた彼となら。

 なにかができそうな根拠のない自信を、また持てるかもしれない。


****


『カリリッ! カリリッ! カリリッ!』


 あのお遊びの後、酒でものもうぜと提案があり、黒酔内じゃんけん大会が実施された。

 その敗者であるシビルとベルは買い出しへ、サラとホタルは肴の準備へ。そしてじゃんけん大会決勝で敗北した私はゼンマイ式のランタンに動力を注ぎ込む。

 

『カリリッ! カリリッ! カリリッ!』


 そして優勝者であるシノは機嫌よくマンション屋上に設置されているソファーに座り、サラたちが作る料理を楽しみにでもしているのか、鼻歌でも歌いそうな調子だ。

 しかし、気になることがある。


「なぁシノ、聞きたいことがあるのだが」


「なんだ、トウコ」


「ホタルの元仲間でフジサワってやつ。お前、随分と気にかけているみたいじゃないか?」


「……さぁ、なんのことだ」と、惚けた態度。


 相変わらず嘘が下手だなこいつは。気付いていないはずがない、シノは私と同じく()()()()。それに先程のお遊びでも、アイツにちらちらと視線を向けていたことを、私は偶然目にしていた。


「誤魔化すなよ、アイツは一体なんな――」


「トウコ、頼みがある」と、こちらの言葉が遮られる。


 その表情はいつになく真剣だ。元々感情の起伏が薄い女だが、これから真面目な話でもするかのように背を曲げる。


「なんだよ、頼みって?」


「あのフジサワって男には、手を出さないで欲しいんだ」


 あまりにも突拍子もない頼みに「はぁ?」と返すも真剣な表情を崩さない。

 しかし『手を出すな』とは随分と広範囲な意味でとれるが、まぁ別にそれは構わない。こちらとしても面倒ごとは御免なのだ。


「別にいいけどさ、なにか理由でもあんのか?」


「アイツは()()()()()()()()


 夕陽に染まる女の顔は、嗤っていた。

 


 

 


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