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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
30/81

新世界の日常

 目の前に広がるのは男の軍勢。

 それぞれの手にはえげつない形状の武器や、黒く光る銃器を振りかざし威圧するような罵声を上げている。そして男たちが囲う中心、黒い装束を纏った乙女たちの一人がその罵声に応戦している。


「アアン! カカッテコイヤァドグサレヤロウドモォ!! テメェラノクサッタコカンブッツブシテヤンゾォ!!」


 あの人はいったいどこで日本語を覚えたのか、それとも周りにいる人物の影響か。折角翻訳できる埋め込み式マイクロチップがあるのだから自国の言葉を話せばいいのに、なにか拘りでもあるのか。


『うっせぇんじゃボケェ!! マジで今日はお前ら終わりだかんな!』『今まで散々調子乗りやがってぇ!』『殺す! 殺す! 殺ぉす!』『サラちゃんだけ許してやらねぇでもないけどな!』『ああ! 裏切んのかてめぇ! 全殺しじゃあ!』


 更なる罵声が飛び交うここはまさに戦場、もしくは不良同士の抗争にも似た場だが規模はそれと大きく異なる。中央の六人に対して、約三百人は超えているであろう暴漢たちは今にも少女たちに飛び掛からんとする勢いだ。


「マサノブ! これは!?」


「定期的に来るお礼参りってやつだ! 黒酔は色んなとこから恨み買っちまってるからな!」


 ホタルが言っていた面倒事とはこれだったのか。世界中の悪党を敵に回した代償、それがこの戦場だった。

 助けなくては、と一瞬頭によぎるもこの状況で俺にできることはなんだ。ベルトに差してあったバールに手をかけるも躊躇をしてしまう。

 自身の体格より一回りも二回りも大きな獣たちが、明確に人を殺すための武器を持つその姿に脚が震える。もしあの群衆にバールを向ければ確実に殺されるという恐怖が脳内に警鐘を鳴らす。


 考えろ、ココで、コロス、ヒツヨウ。



「おおい! フジとモジャ男じゃねぇか! 暇なら黒酔(こっち)の方を手伝わねぇか! いい稼ぎになるぞ!」


 下を向き、思案を巡らせようとした時に大きな声が聞こえた。


 声の主は昨日、共に夕陽を眺めた白髪の人。こちらへ向かって満面の笑みを浮かべ、天に向かって木刀を振り上げている。


『なんだお前ら!? 黒酔の手下かぁ!』


 近くにいた男たちが一斉にこちらの方へ鋭い眼光と武器が向けてくる。

 手下というわけではないが大事な知り合いであり、ホタルは俺にとって今でも大切な仲間であるということに変わりはない。しかし強引に闘いの渦中に誘われ、その先にあるのは恐らく死地。


 どうして、こんな場面で俺の身体と口は動かないんだ。なんて、臆病者なんだ。


「舐めやがって……ちくしょう! やってやる、やってやるぞぉ!!」


 隣にいた男が唸る。その声の主に振り向こうとしたのも束の間、ドレッドヘアーを左右へ大きく揺らしながら突撃を仕掛けていく相棒。

 素早く助走をつけ「おらぁ!」と一人の大男に素手で殴りかかるも、その周りにいた暴漢たちから身体を掴まれ殴る蹴るの私刑が執行され「ぎょえええ」と叫び声が響き渡る。


「マサノブッ!!」


 やっと動いた一歩と一言。マサノブの行動と俺の言葉に黒酔対暴漢たちの闘いの火ぶたは切って落とされた。


 先陣をきるのは漆黒の剣客、宝塚蛍(たからづかほたる)。よく知るその少女は男たちの隙間を両手に握られた得物で鮮やかに斬り抜けていく。見境なく振られている凶刃のようにも見えたが、斬られた男たちの大半は黒光りする銃器を持ち、それらを的確に捉え神速ともとれる速度で駆け抜けていく。漆黒の剣客が過ぎ去った後には銃、腕、血が舞い上がり、男たちの断末魔と怒号が辺りを包む。


 二番手に動いたのは漆黒の巨人、ベル・ドゥカティエル。両腕を拡げ、群集の中にまっすぐ突進をする様はまるで装甲車が人を跳ね飛ばしていくような光景。猛進する巨人をなんとか止めようと鋭い刃や鈍器が襲うが、両腕を拡げた状態で独楽のように回転し飛び掛かった男たちをあらゆる方角へと弾き飛ばしていく。


 三番手に動いたのは漆黒のお姉さん、山羽沙羅(やまはさら)。動いたと言うよりも、手に持たれた木刀を左右にその場で振り「えぇい! それぇ!」と可愛らしい声を上げながら、襲い掛かる男たちをまるでテニスボールを打ち返していくように殴打して吹き飛ばす。宙を舞う男たちの顔は総じて笑みが零れており、満足したかのように地に伏せていく。なんだあれ、新手のお仕置きか。


 しかし、理解ができたのはここまでだ。

 身体能力が向上したとあれば、人間が現実に想像できる限界とも思える動きを見せる三人であった。しかし残りの三人はもはや次元が違う、言い換えれば異常そのもの。


 先ず目についたのは漆黒の荒くれ者、本田志美瑠(ほんだしびる)。動きは実に単純。近くにいる男たちを殴る、蹴る、斬る、投げるという動きで吹き飛ばしていく。その標的は先程のホタルのように的確な攻撃とは異なり、無差別に振るわれる暴力はさながら無双の乱撃。異常と感じたのはその一撃の一つ一つ、振るわれた斬撃を華麗に避けカウンターを顔面に叩き込まれる男の身体は数十メートルは飛び、近くの建造物に次々と突き刺さっていく。


 そんな戦場を歩く漆黒の知恵者、鈴木刀子(すずきとうこ)。小柄で眼鏡を掛けた彼女は黒い装束を纏い退屈そうな表情を浮かべ戦場をただ歩く。一歩進めば近くの男が二人倒れ、二歩進めば五人倒れていく光景は実に不気味だ。そして倒れた男に注視すれば、無い。人の身体にあるはずの、腕、足、腹、頭が消えており、そこから地面を這うように赤い液体が流れていく。


 そして闘いの中心に立つのは漆黒の暴風、河崎(かわさき)シノ。まさに嵐とも呼べるその姿は、他に比べ数倍の人数を相手に木刀を一度振るえば数十人の暴漢たちから血潮が舞い散る。二度振るえば人の身体が様々な形状で、一瞬にして空を埋め尽くし地に堕ちる。気のせいだろうか、彼女の顔はとても愉快な笑みを浮かべていた。


 ほんの数十秒の合間に暴漢の軍勢は、最初に比べ半数ほどの集団に数を落とした。それでも未だに大群とも呼べる男たちの標的はこの場においての弱者へと切り替わる。


『おうおう兄ちゃん! てめえも黒酔の仲間ならぶっ殺してやらぁ!』


 闘いの鉄則、弱者から潰す。そんな当たり前のお約束に引っかかってしまった自身に獣の矛先は向けられる。


 闘う力はある、そう周りから言われた。

 覚悟もした、妹に会いに行くために。

 叶うのであれば、平和な人間の時代に戻りたい。


 しかしそれは新世界を本当の意味で理解していなかった、大馬鹿者の息巻いた妄想だ。目の当たりにした現実に俺の足は情けなく震え、息が荒れる。

 死線をくぐり抜けてきたつもりであった。あの地獄のような腐乱した世界で生き抜き、バールを片手に数々のゾンビを屠ってきた。

 だが、そんな自信はいかに矮小であったかを思い知る。想像でしか思い描けなかった強者たちの闘いに

俺の心は膝をつきかけている。


 にじり寄ってくる足元に視線を彷徨わせ、定まらない思考が行動しようとする身体を阻害し石像のようにその場から動くことができない。この戦場に身を投じた相棒の姿も見えない、いやこんな情けない俺を彼はもう相棒だなんて呼んでくれないのではないだろうか。


 距離にしてあと数メートル。男たちの凶器がこちらを喰らわんとする時、そこに一つの飛来物が着弾する。


『パッコオオオオオン!!』


 視界に星が浮かぶ。

 どこからともなく飛んできた木刀が頭に当たり、この戦場で俺は気を失った。 

 


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